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めぐみちゃんとでぇと
第伍拾七話 傘に入れてくれないかな?

 さて、今日は何事もなく、あっと言う間に授業も終わりました。
 土曜日なんだから、午前中しか授業はないんですけれどもね。
「さってと」
 大きく伸びをしながら、公くんは立ち上がりました。
「それじゃ、帰るかな。好雄、おまえは?」
「あ。ワリィ。俺ちょっと野暮用があるんだ」
 好雄くんはそう言うと、公くんを拝んで見せます。
「しょうがないなぁ。じゃ、一人寂しく帰るとするか」
 公くんは肩をすくめて、そのまま教室から出ていきました。その後ろ姿を見送りながら、好雄くんは呟きます。
「ターコ。おまえが一人で帰れるわけないだろうが」

 公くんは、ちらっと廊下から外を見て、眉をひそめました。
 あたりは薄暗くなっています。
「こりゃ、一雨来そうだな。でも、こんな時のためにっ!!」
 鞄をごそごそと探って、公くんはパッと傘を出します。
「さんだんしきおりたたみがさぁ〜〜〜」
 ……。
「……さっさと帰ろう」
 公くん、赤くなってぶつぶつ言いながら歩いていきます。だったら、最初からやらなければいいのにね。
 靴をはきかえていると、外から大粒の雨が地面を叩く音が聞こえはじめてきました。
 思わず、よしっ、とかガッツポーズを取ってしまう公くん、昇降口の軒先で外の様子をうかがいながら、困った顔をしている娘をみかけました。
「あれ? あれは、虹野さんじゃないか」
 公くんは、声をかけました。
「おーい、虹野さん!」
「え? あ、こ、公くん!?」
 沙希ちゃんは、びっくりして振り返りました。
「ど、どうして!?」
「どうして?」
 そのリアクションに思わず目をぱちくりさせてしまう公くんでした。
 さて、その頃、詩織ちゃんは音楽室のドアを息せききって開きました。
「ご、ごめんなさい。遅くなっちゃって」
「お、来た来た!」
 淳くんが笑って言いました。
 既に、淳くんと勝馬くん、そして弾くんが音楽室の中にいました。
 チャカチャカチャカ 弾くんがリムを叩く音が、リズミカルにこだましています。
 詩織ちゃんは部屋を見回して訊ねました。
「でも、まだベースの人が来てないみたいだけど……」
 と、後ろから元気のいい声が聞こえました。
「お待たせ! ちょっと遅れちゃったかな?」
「え? 清川さん?」
 詩織ちゃんは振り向きました。
 お馴染み、水泳部の部長をしている、きらめき高校一のスポーツ少女、望ちゃんです。
「どうしてここに? ……まさか、ベースって!?」
「そゆこと」
 勝馬くんが、エレキギターにストラップをつけながら笑いました。
 詩織ちゃん、目を丸くしています。
「清川さん、ベースできるなんて知らなかった……」
「秘密にしてたんだけどさ」
 照れくさそうに笑うと、望ちゃんは音楽室に入りました。
 弾くんがリムを叩きながら笑います。
「他の連中ならともかく、俺の目はごまかせないぜ。その指のピックたこ、ギターじゃなくてベースだってね」
「とりあえず、調子合わせで一曲やってみようぜ」
 淳くんがそう言うと、サックスを構えました。
 望ちゃんは、もうスタンドにかけてあったベースを取りました。
「お、フェンダーじゃん。さすがいいもの置いてあるね、この学校」
 機嫌良さそうな望ちゃんですね。ちなみにフェンダーというのは、ベースのメーカーの名前で、結構有名どころなんです。
 詩織ちゃんは、鞄を手近な机に置くと、ドラムセットの脇にセットしてあるキーボードの前に立ちました。
「で、どの曲にするの?」
「まずは、アレいこうか」
 淳くんはウィンクしました。
「ああ、あれね」
 頷くと、勝馬くんは詩織ちゃんに視線を向けました。
「『ときめき』行くよ!」
「オッケイ!」
 詩織ちゃんはぴっと親指を立てるとキーボードに指を走らせて、音を出してみます。それから、弾くんに言いました。
「お願い」
「了解! ワン・ツー・ワンツースリーフォー!」
 弾くんはリムを叩いて調子をとります。そして、詩織ちゃんはC6コードを押します。
 ファーッ
 シンセの電子音が音楽室に響きます。
(せっかく今日は部活がお休みなのに、嫌なお天気だなぁ)
 沙希ちゃんは、そんなことを思いながら、靴をはきかえていました。そして、外に出ようとしたとき、その額にポツリと冷たいものが落ちてきました。
「きゃ!」
 慌てて、昇降口の軒先に戻る沙希ちゃん。それを待っていたように、雨が激しく降り出しました。
「あーん、困ったなぁ。今日の天気予報、雨が降るなんて言ってなかったのにぃ」
 沙希ちゃん、恨めしげに空を見上げました。
(こんなとき、公くんが一緒に傘に入らない、何て来てくれたらなぁ……。なんちてなんちて。えへへへへ。やだぁ、もうあたしったら何考えてるのよぉ! でも……うふ、うふふ)
 雨の降る空を見上げながら、沙希ちゃんが楽しい妄想ににやけておりますと、突然後ろから声がかかりました。
「おーい、虹野さん!」
「え? あ、こ、公くん!?」
 びっくりして、沙希ちゃんは振り返りました。間違いなく公くんです。
「ど、どうして!?」
 思わず聞き返す沙希ちゃんでした。だって、今まで想像していたシチュエーションそのものだったんですから。
「どうして?」
 と聞き返されて、沙希ちゃんちょっと困りました。
「あ、なんでもないの、なんでもないんだってば。あははは」
「そ、そう? それより、傘ないの?」
「え?」
 ドキン
 思わず胸が大きく鳴る沙希ちゃん。
「あ、そ、そう。無いの、傘」
「やっぱり。急だもんね。それじゃ、傘、貸そうか?」
「そ、そんなのダメよ!」
 思わず叫んでから、沙希ちゃん真っ赤になります。
(やだぁ。これじゃ、あたしの方から相合い傘しましょうって言ってるみたいじゃない! もう、あたしったらぁ。やんやんやん)
 また手で頬を挟んで首を振っている沙希ちゃんを、公くんは呆気にとられて見ていました。
(どうしたんだ、虹野さんは?)
「あのー、もしもし?」
「はっ!」
 我に返って、沙希ちゃんは公くんに言いました。
「あの、もしよかったらで良いんだけど……、その……傘に入れてくれないかな?」
「あ、うん。折り畳み傘だから、ちょっと小さいけど……」
 公くんは傘を広げながら言いました。
「どうぞ」
「うん」
 沙希ちゃんは、公くんにピッタリと寄り添って、幸せそうに微笑みながら帰っていくのでした。
「オッケイ。一通りいいみたいだね」
 淳くんは満足げに頷きました。それから、詩織ちゃんに話しかけます。
「にしても、さすがだね。ちゃんとこなすなんて」
「何とかうまくできたって感じよね」
 詩織ちゃんは額の汗を拭いながら答えました。
「それにしても、清川さん、本当にうまいのね」
「いやぁ、照れるじゃないか」
 ボボボボボ 低音を鳴らしながら、望ちゃんは照れたように笑います。
「どうやらうまく行きそうだな、カツ」
「そうだな」
 淳くんと勝馬くんは、満足げに頷き合いました。そして、弾くんに視線を向けます。
 弾くんは、ぴっと親指を立てて見せました。
「あれ?」
 公くんは、不意に傘の下から手を差し出しました。
「雨、やんだかな?」
「え? あ、ホント」
 沙希ちゃんも手を出してみて呟きました。
 公くんは傘を畳むと、軽く振って水滴を飛ばします。
「よかったなぁ、やんでくれて」
「でも、ちょっと残念……」
「え?」
「あ。何でもないよ、何でも!」
 慌てて手を振って、沙希ちゃんは顔を上げました。
「あ、虹!」
「本当だ……」
 空に、大きな虹が架かっていました。二人は足を止めて、しばらくその虹を見つめました。
 沙希ちゃんは、そっと公くんの腕に頭を寄せました。そして、心の中で呟きました。
(いいよね、これでも……)

《続く》

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