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めぐみちゃんとでぇと
第伍拾八話 眠り歌を歌ってあげるね!

「ダイブ?」
 見晴ちゃんは聞き返しました。
「はい」
 にこにこしながら、ゆかりちゃんは頷きます。
 突然の雨のおかげで、ゆかりちゃん対見晴ちゃん&めぐみちゃんの第3戦は文字どおりのお流れになってしまいました。そこで、3人は雨が止むまでしばらくおしゃべりすることにしたのです。
「もしかして、ダイビングのこと?」
「いいえ、夕子さんは、確かにダイブとおっしゃっておられましたよ」
 ゆかりちゃんがそう答えたとき、保健室のドアが開きました。そして先生が両手にスーパーの袋を提げて入ってきます。
「まったく、姉使いの荒い妹ね」
「だって、車持ってるのお姉ちゃんだけじゃないの」
 見晴ちゃんは真顔で答えました。当たり前だと思いますけどねぇ。
「だからって、いやしくも学校の先生にパシリさせる?」
 そう言いながら、先生は袋を診察用のベッドの上に置きました。そして中からジュースのペットボトルを出して、冷蔵庫に入れます。
「あ、あの、私、お金払いますから」
 めぐみちゃんが言いましたが、先生は軽く手を振ります。
「いいのいいの。後で見晴に出してもらうから」
「ええー? 私、お金持ってないよぉ」
 ぷっと膨れる見晴ちゃんに、先生はにぃっと笑います。
「ほぉー。それではぁ……」
「え?」
 本能的に危機を察した見晴ちゃん、半歩下がりますが、運悪くそこに椅子がありました。
 ガタン
「あきゃ!」
 椅子につまづいて転んじゃった見晴ちゃん。その腕を先生はがしっと掴みます。
「身体で払ってもらおうかなぁ?」
「え?」
 一瞬きょとんとした見晴ちゃん。
 先生は、すっとお顔を近づけます。
「うーん。こうしてみると我が妹だけあってなかなか可愛いわ」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、冗談はやめてよぉ」
 ずりずりと床に座り込んだままの姿勢で後ずさりする見晴ちゃん。
 先生は、その見晴ちゃんの両肩をしっかりと掴んで動きを止めます。
 見晴ちゃんはうるうるします。
「いや、いやよぉ」
「へっへっへ。うぶなネンネじゃあるまいし」
 先生、とっても妖しいですね。
 そして……。
 めぐみちゃんとゆかりちゃんはじっとそれを見守っているのでした。
(と、止めた方がいいのかしら? でも、ちょっと見てみたいような……。きゃ、私ったらなんてことを……)
(まぁ、とっても仲のいい姉妹なのですねぇ)
 ゆかりちゃん、それってちょっと違うのではないでしょうか?

「んじゃ、また」
 公くんは手を挙げました。沙希ちゃんは赤くなって言いました。
「うん。ありがと」
「どういたしまして。それじゃ」
 そのまま、公くんはとてとてと歩いていきました。その背中を見送りながら、沙希ちゃんはぽぉーっとしています。
(やっぱり公くんって、根性ある人よね! あたしの理想の人だわっ!)
 あの、どこをどうしたらそういう結論になるのでしょうか?
「来週もお弁当、作ってあげようっと!」
 沙希ちゃんはにこにこしながら振り返って、ぎょっとしました。
「わっ! き、如月さん!?」
 未緒ちゃんが、沙希ちゃんの真後ろに立っていたのです。
「虹野さん……」
 なんだか未緒ちゃんの表情が堅いです。それに気付いて、沙希ちゃんは訊ねました。
「どうしたの、如月さん」
「……今のは?」
 未緒ちゃんは、公くんの方をちらっと見てから、沙希ちゃんに視線を向けなおします。
「え? あ、も、もしかして見てたの!?」
 沙希ちゃん慌てます。
「あの、そうじゃなくて、その、あたしが公くんを忘れて雨を貸してくれたら傘が降ってきたの! そう、あの虹に向かって走らなくちゃって!」
 はいはい、もう少し落ちつきましょうね。
 未緒ちゃんは、そんな沙希ちゃんの錯乱ぶりとは対照的に、静かに言いました。
「私、見ていました。雨が止んでからもずっと」
「あ……。そ、それは……」
「虹野さん、私たち、もう終わりですね」
「……え?」
 沙希ちゃん、目が点になりました。
「……こんなのヤダよぉ」
 見晴ちゃん、べそをかいて先生に訴えます。
「いーのいーの。ねぇ、美樹原さん、古式さん。お二人もそう思うでしょ?」
「え? あ、そ、そうですね」
「はい。とっても良くお似合いだと思いますよ」
 そう答える二人を、見晴ちゃんはじと目で睨みました。
「もう、愛ちゃんもゆかりちゃんも嫌い!」
「あ、で、でも……」
 慌てて口ごもるめぐみちゃんをよそに、ゆかりちゃんはおっとりと訊ねました。
「どうして見晴さんは嫌がるんですか?」
「だって……」
 見晴ちゃんはぷっと膨れました。
「あの髪型が私のアイデンティティなんだもの!」
「何を難しそうな横文字並べて」
 先生は見晴ちゃんの頭をこつんと叩きました。
「毎朝鏡の前で15分もかけてセットするようなうざったい髪型より、こっちの方がずっとシンプルで良いじゃない」
「でもぉ……」
「でももへちまもらっきょも辛子明太子もない! 見晴が15分、美鈴が15分で計30分なのよ! この上千晴が髪を伸ばしたらどうなるか、ああ想像するだに恐ろしいわ」
 先生はくわばらくわばらと手を合わせます。
「いいの!」
 見晴ちゃんは叫びました。
 ところで、皆さんは見晴ちゃんが今どんな髪型になっているのか、とっても興味があるんじゃないでしょうか?
 今の見晴ちゃんは、いつもの輪っかを完全に解いて降ろしています。ちょっと硬めの髪をしている見晴ちゃん、ゆかりちゃんのように解いてもウェーブがかかってるということもなく、まるでストレートパーマを当てたみたいに真っ直ぐです。
 そういえば、誰かに似ていますね。誰なんでしょう?
「はい、これ仕上げね」
 そう言いながら、先生は黄色いヘアバンドを机の引き出しから出して、見晴ちゃんにかぶせました。
 めぐみちゃんはびっくりして、思わず声を上げてしまいました。
「詩織ちゃんそっくり!」
「だからヤダって言ってるのにぃ」
 上目遣いに先生を睨む見晴ちゃん。でも、ホントにそっくりですね。
「じゃあ、見晴は今日からデモ版ね」
「なんなのよぉ、それは?」
「き、如月さん?」
 沙希ちゃん、目を白黒させながら、やっとの事で言いました。
「どうしたの、一体?」
「私、信じていたんですよ。虹野さんのことを……」
 未緒ちゃんは、そう言うと、眼鏡を上げて涙をハンカチで拭いました。
「でも、虹野さんは、私よりも男の人を選ぶんですね」
「だから、その、それは……あのね……」
 沙希ちゃん、可哀想にすっかりうろたえていますね。
「もう……いいんです。お幸せにっ!」
 そう叫んで未緒ちゃんは駆けだそうとしました。
「ちょ、ちょっと待って!!」
 とっさに、沙希ちゃんははっしと未緒ちゃんの腕を掴んでいました。
「離してください!」
「ダメ!」
 沙希ちゃんは叫びました。
 未緒ちゃんは俯いて、沙希ちゃんから顔を隠します。
 その肩が、細かく震えています。
「如月さん、ちょっと、本当になんでもないんだってば! だから、そのね、あたしが公くんじゃなくて、えっと、あの、だから、なんでもないんだって! あ、そうだ! あたしが眠り歌を歌ってあげるね!! ♪ねむれ、ねむれ」
 これは完全に舞い上がってますねぇ。
 おや、未緒ちゃんの様子が変ですよ。
「……ぷっ」
「え?」
 未緒ちゃん、吹き出してしまいました。
「うふふふふ、ご、ごめんなさい」
「???」
「ちょ、ちょっと、く、苦しい。くくくく」
 そのまま、未緒ちゃんは身体をくの字に折って笑い転げています。事情のつかめない沙希ちゃんはきょとんとしています。
「如月さん?」
 未緒ちゃん、やっとの事で体を起こすと、目のはしに溜まった涙を拭きます。
「ああ、おかしいかった」
「……あの?」
「ごめんなさい、虹野さん」
 今度は素直に頭を下げる未緒ちゃんです。沙希ちゃん、ますますきょとんとしました。
「へ?」
「今の、冗談です」
「……冗談?」
 今度は真顔になって、未緒ちゃんは静かに言いました。
「……それと、……嫉妬です」

《続く》

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