喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く

めぐみちゃんとでぇと
第六拾話 最近あれ見ないね

チュンチュン
雀のさえずりに、公くんは目を覚ましました。ベットから身体を起こして、大きく伸びをします。
「ふわぁー。今何時だ?」
欠伸をしながら時計を見ます。
午前8時20分。
「さて、今日は……。午後5時に、詩織と繁華街のライブハウスの前で待ち合わせっと。それじゃ出るのは3時頃でいいよな」
再び、毛布に潜り込む公くん。
「もうちょっと寝よっと」
暢気なものです。
一方。
「ふぁー。おはよぉ」
見晴ちゃんは大欠伸をしながら、台所に入って来ました。
「あ、お姉ちゃん、おはよ」
眠そうに目をこすりながら、千晴ちゃんが挨拶します。
「なぁに、千晴。また徹夜してるの? 勉強も程々にしないと、きらめき高校に入る前に身体が壊れちゃうよ」
お姉さんらしく、優しく言う見晴ちゃんに、千晴ちゃんは欠伸混じりに答えました。
「ふぁい」
「おっそーい。またパン焼き直しじゃないのぉ」
そこに、サラダボウルを抱えて入ってきた美鈴ちゃん、見晴ちゃんを見てぶつぶつ言います。
「まぁまぁ、そう言わないで私のもお願いね」
「はいはい。それじゃ、晴海姉ぇ、起こして来てね」
「あ、ちょっと待ちなさい! 私パンいらないから、ちょっと!」
慌てる見晴ちゃんを置いて、美鈴ちゃんは鼻歌混じりにトースターに食パンをいれはじめました。
見晴ちゃんは、脇に視線を向けます。
「それじゃ、千晴……」
「くーくー」
千晴ちゃんは机に突っ伏して寝息を立てています。見晴ちゃん、がっくりと肩を落としました。
「あいわかった。永久に寝てなさい」
そのまま見晴ちゃんが台所から出ていくのを見計らって、千晴ちゃんはむくっと顔を上げました。
「見晴姉ぇ、ちょっと可哀想だったかな?」
「いーのいーの。試練が女を磨くのよ。コーヒーもう一杯飲む?」
「うん、飲む」
かと思えば、こんなお家もあります。
「あ、お母さん。おはよう!」
「おはよう、沙希。どうしたの?」
沙希ちゃんのお母さんは、台所で忙しく働いている沙希ちゃんを見て、訊ねました。
「うん、ちょっとお弁当を、ね」
沙希ちゃんはお母さんにウィンクしました。
首を傾げるお母さん。
「でも、今日は学校お休みでしょ? デートの約束だってないし」
「え? ど、どうして?」
沙希ちゃん思わず振り返ります。
お母さんは笑いました。
「わかるわよ。だって、明日はデートって日は、いつも夜遅くまでどたばたしてるじゃないの」
「そ、そうかな?」
「ええ。ベッドの上をごろごろ転がるわ、洋服ダンスから服を全部出してはため息つくわ、しまいには大声で歌い出すんですものね」
「ええー!?」
思わず沙希ちゃん、赤面してしまいました。
「あたし、そんなことしてた?」
「あ、ほら沙希。お鍋噴いてるわよ」
「え? あ、いけない!!」
沙希ちゃん慌ててお鍋の蓋を開けて、中をかき回します。それからやっと落ちついたのか振り返りました。
「今日はそうじゃなくって。実はね、友達がライブハウスで演奏するのよ。それで、お弁当差し入れしてあげようと思って」
「それで、こんなに一杯タッパー出してるわけね」
お母さん、納得したように台所を見回すと、エプロンを締めました。
「それじゃ、お母さんも手伝ってあげるわね」
「ありがとう、お母さん」
沙希ちゃんはにこっと笑いました。
一方、詩織ちゃんは電話に出ていました。
「それじゃ、もうお昼から使ってもいいの?」
「ああ」
電話の向こうの淳くんは、メモを見ながら頷きました。
「『アンテナ』のマスターに昨日聞いたら、今日の昼からは空いてるから、リハ(リハーサルのことですね)やってていいって」
「うん、わかったわ。それじゃ、12時に『アンテナ』の前でいいのね?」
「そう。頼むぜ」
「うん、了解」
詩織ちゃんはおどけた口調で答えると、電話を切りました。そして、時計を見上げます。
「それじゃ、シャワー浴びてから出掛けようかな」
「何!? ライブだと!?」
ゆかりちゃんのお父さんは、思わずコーヒーを吹き出しました。
「はい」
にこっと笑ってゆかりちゃんは答えました。
お父さんは慌てて立ち上がります。
「いかん、いかんぞゆかり! そのような不良の集まるような所に、それもそんなに遅く行くなんて、この儂がゆるさん!」
「そんな……」
ゆかりちゃんは一転、悲しげな顔になりました。
「約束、しましたのに……」
そのお顔に、一瞬躊躇いつつも、お父さんは断固として言いました。
「ダメだ! 大体、先週もひどい目にあったではないか! あの時はたまたま助かったからよいようなものの……」
先週の日曜日、ゆかりちゃんは公くんとデートしたのですが、その帰りに不良達に襲われたのでした。幸いその時は、引き返してきた公くん(と、たまたま通りかかった好雄くんと夕子ちゃん)のおかげで助かったのです。
その事件のせいで、ゆかりちゃんはすっかり公くんのことが好きになってしまったわけですが、それはそれとしておきますね。
「ですけれども……」
「とにかく、ゆるさんと言ったらゆるさん! よいな、ゆかり?」
お父さんは厳しい顔をして言うと、席を立ちました。
お母さんが訊ねます。
「あの、どちらへ?」
「書斎におる」
そう言い残して、お父さんはリビングのドアを閉めました。それから、ふと寂しげなお顔をして振り返ります。
「……ゆかり、許せ。これもおまえの身を案じてのこと。何時かきっと、おまえにもわかってもらえるだろう……」
「ええー!? それってマジな話ぃ?」
夕子ちゃんは受話器に向かって思わず叫びました。
受話器からは悲しげな声が聞こえてきます。
「そのようなわけで、せっかくお誘いいただいたのですが、残念ながらわたくし、お家から出ることができません……」
「あっちゃぁ」
額をぴたんと叩くと、夕子ちゃんは少し考えて言いました。
「うよーし、わかったぁ」
「はぁ、お判り頂けましたか……。はぁ〜」
受話器の向こうで切なげなため息をつくゆかりちゃん。
夕子ちゃん、受話器に向かって叫びました。
「絶対に連れてってあげるね!」
「はぁ〜〜。……え?」
「とにかく、ゆかりは家にいなさいよ! あたしが迎えに行くからさ。夏祭りの時みたく、変な連中に連れて行かれないように!」
「あ、はい」
「んじゃね!」
そう言うと、夕子ちゃんは電話を一度切りました。それからかけなおします。
トルルルル、トルルルル、カチャ
「はい、早乙女れす」
「あ、優美っぺ? あたし、夕子だけど……」
「あ、お兄ちゃんれすね。ちょっと待っててくらさい。おにーちゃん、電話ぁ!!」
受話器の向こうで優美ちゃんが叫びました。そして、待つこと数秒。
「もしもし、早乙女ですが」
好雄くんが、電話に出ます。夕子ちゃんはほっとして呼びかけました。
「あ、よっしー?」
「なんだ、朝日奈か」
「悪かったわね。それよりさぁ、ライブが始まるまでは暇っしょ? ちょっと付き合って欲しいんだけどさぁ……」
夕子ちゃんの声に、好雄くんは何となく嫌な予感が背筋を走るのを感じました。
「あー、なんだかお腹の調子が……」
「ばっくれてもダメだかんね。それじゃ、駅前に、うーんと、10時。いいね?」
「……へいへい」
仕方なしに、好雄くんは頷きました。
「超ラッキー! 絶対だよ! 絶対だかんね! んじゃ、待ってるから」
念を押して、夕子ちゃんは電話を切りました。それから、少し考えて、もう一度電話をかけます。
ベルが鳴っている間に数回咳をして声を整えた夕子ちゃん、相手が出ると上品に言いました。
「あの、主人さんのお宅でしょうか……?」
ドォン
大きな音がして、天井からぱらぱらと何かの欠片が降ってきました。
思わず見上げながら、千晴ちゃんはコーヒーを飲みました。
「大丈夫かなぁ、見晴姉ぇ」
「うーん。晴海姉ぇ、寝ぼけてるときは手加減しないからねぇ。いくら八極拳を極めた見晴姉ぇでも荷が重いんじゃないかな?」
平然と言うと、美鈴ちゃんはパンにバターを塗って、ぱくつきました。それから、千晴ちゃんに尋ねます。
「サラダは食べる?」
「ん……、食べる」
ちょっと考えてから、千晴ちゃんは頷きました。美鈴ちゃんは、冷蔵庫に入れて置いたサラダボウルを出して、小皿に盛りつけます。
千晴ちゃん、小皿を受け取ると、ドレッシングをかけながら訊ねました。
「そういえば、美鈴姉ぇ。最近あれ見ないね」
「あれ? ああ、目つきの悪いコアラね。そういえば見ないねぇ。動物園に帰ったのかなぁ?」
ドォォン
また大きな音がしましたが、もう千晴ちゃんも美鈴ちゃんもそんなことにはお構いなしに、お互いのうわさ話に夢中になっていたのでした。
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く