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めぐみちゃんとでぇと
第六拾壱話 あんまり信用してもダメよ

「ごっめぇーん。電車がモロコミでぇ!」
 10時12分。夕子ちゃんが改札口からそう叫びながらダッシュで駆け出して来るのを見て、好雄くんと公くんは肩をすくめ合いました。
「ま、いつものことだもんな」
「そーそー」
「ひっどぉい」
 夕子ちゃんはプンとむくれました。
 今日の夕子ちゃん、髪を結わえています。いわゆるやわらちゃん風ヘアスタイルといえばわかるでしょうか?
 さりげなく髪飾りに気を使ってる辺りがさすがですね。
「それじゃ、あたしがいつも遅れてるみたいじゃん」
「違うとでも?」
 好雄くんが突っ込みます。形勢不利を悟ったか、夕子ちゃんはいささか強引に話を逸らします。
「それじゃ、早速ゆかりを連れ出しに行くね!」
「ちょっと待てい!」
 好雄くんががっしりとその夕子ちゃんの髪を引っ張ります。
「きゃん! なにすんのよ!」
「まだ何にも聞いてないんだぞ、こちとら! それに……」
「わーってるってば。ちゃんと説明すっから。そこのマクド行こ!」
 さっさと先に歩き出す夕子ちゃん。
 公くんは好雄くんの肩をポンと叩きます。
「苦労するな、おまえも」
「公ほどじゃねぇよ」
 好雄くんはあっさりと切り返しました。

「……というわけで、かわいそぉーなゆかりを家から連れ出してあげるんが今回の作戦の目的なわけだ。わかったかな、隊員諸君」
 テーブルの前で立ったまま、夕子ちゃんは腰に手を当てて二人の顔を見ました。
「隊員諸君って、朝日奈、おまえなぁ!」
 好雄くんも立ちあがります。
「夏祭りの時にあれだけ大騒ぎになったの、忘れたのかよ! 公や藤崎さんや鏡さんまで巻き込んでさ!」
「わーってるわよ!」
 夕子ちゃんはそう言うと、俯きました。
「ゆかりさ、卒業したらこの街出て行くんだって……」
「!?」
「この街を出て、他の街の大学に行くって……。そうなったら、もうあたしとは離ればなれになっちゃう……」
 夕子ちゃんは顔を上げました。そして、潤んだ瞳で好雄くんを見つめます。
 思わず、好雄くんはドキリとしました。
「あたし、後悔したくないの! ゆかりと別れわかれになっちゃってから、あれもしておけばよかった、これもしたかった、なんて思いたくない!」
「……わかったよ」
 好雄くんは頷きました。そして、公くんの方を見ます。
「公、俺からも頼むよ」
 公くん、返事代わりに肩をすくめて見せました。
 夕子ちゃんはにこっと笑いました。
「二人とも、アリガト……」
「なぁに。この礼はあとでたっぷりと払ってもらうさ。なぁ、公」
 笑って答える好雄くんでした。
「状況はわかった」
 一通りの説明を受けた上で、好雄くんは言いました。
「でも、どうやるんだ? 夏に古式さんのお屋敷に潜入したときは犬に追い回されるわ黒服に追い回されるわでえらい目にあったじゃないか」
「うん、それなんだけどね、とりあえずあたしがゆかりの家に遊びに行ったって振りして、隙を見て連れ出そうと思うんだ」
「……わかった。で、俺達はアッシーか」
 好雄くんは頷きました。そして、要領を得ないという顔をしている公くんに説明します。
「つまり、だ。俺達は古式さんのお屋敷の外で、自転車に乗って待機してろってことだよ」
「そそ。で、あたし達を乗せて全速で逃げちゃえってことよ」
 夕子ちゃんはにこにこ笑いながら頷きました。
 公くん、天を仰ぎます。
「そんな作戦で上手くいくのかよ?」
「なんにもやんないよりは、やった方がましっしょ?」
 明るく答える夕子ちゃんです。根っからのB型ですよね。
 ライブハウス『アンテナ』は、繁華街の真ん中にあります。半分地下にあるライブハウスで、表通りには小さな入り口しかありませんから、知らなかったら見過ごしてしまうでしょう。
「よいしょっと」
 沙希ちゃんはディバックを担ぎ直すと、階段を下りていきました。そして、受付の所に座っているお兄さんに声をかけました。
「あの、tTSのメンバー、もう入ってますか?」
「関係者?」
 お兄さん、無愛想に聞き返します。沙希ちゃんはこくりと頷きました。
「はい。虹野っていいます」
「ちょっと待ってて」
 そう言うと、お兄さんはドアを開きました。途端に、中からドラミングの音が聞こえてきます。
「わぁ、やってるやってる!」
 沙希ちゃんは思わずドアに駆け寄りました。
 お兄さんは中と二言三言話してから、沙希ちゃんに頷いて見せました。
「ありがとうございます」
 沙希ちゃんは一礼して、ドアの中に入りました。
 ステージには、弾くんと淳くん、そして望ちゃんがもう来ていました。
 淳くんが駆け寄ってきます。
「やぁ、虹野さん。どうしたの?」
「みんな頑張ってると思って、お弁当作ってきたの。よかったら食べない?」
 沙希ちゃんはディバックを開けながら言いました。
「お、さすが虹野さん。気配り満点だね」
「やだ、そんなに誉めたって何も出ないわよ」
 照れ笑いを浮かべながら、沙希ちゃんはタッパーを並べました。
「お、噂の虹弁ってやつだね」
 弾くんがドラムの前から降りてきます。上半身Tシャツだけ、という姿ですが、もう汗びっしょりになっていますね。
「わぁ、すごい汗! はい、濡れタオル。清川さんもどうぞ」
 沙希ちゃん、小さなクーラーボックスから冷やしたタオルを出すと、弾くんと望ちゃんに渡します。この辺り、普段からサッカー部のマネージャーでやってることですから、手慣れたものです。
「サンキュ、虹野さん。ふわぁ、気持ちいいなぁ」
 望ちゃんはタオルで顔を拭いて、一息つきました。
 と、ドアが開いて勝馬くんと詩織ちゃんが駆け込んできました。
「悪い、遅れた」
「ごめんね、みんな」
「ちょうどいいタイミングで来るんだからなぁ、カツ」
 淳くんはサックスを拭きながら笑いました。
「ほら、ゆかり! 早く早く」
 夕子ちゃんはゆかりちゃんをせかします。
「少々お待ち下さい。せめてお母さまにご挨拶を……」
「だぁーっ! そんなことしたらバレバレじゃん! 後にし、後に!」
 そう言うと、夕子ちゃんはすっと襖を開けて、廊下を伺います。
 長い廊下に人影は、なし。
「オッケイ! 行くよ、ゆかり!」
「あら、お待ち下さいなぁ」
 夕子ちゃんはそう言うゆかりちゃんの腕を掴んで、廊下を駆け出します。
 と、不意に、二人の前に黒服の男が出てきました。
「こら、お嬢様を何処に……」
 次の瞬間。
「邪魔だぁっ!」
 夕子ちゃん、問答無用でまず頭をぶん殴ります。
 かくんと膝が折れたところに、すらりと伸びた足で容赦なく蹴り上げ、そして反動で跳ね上がった頭をむんずと掴みました。
 ガコォッ
 掴んだ頭を、自分の膝にたたきつけてから、夕子ちゃんは立ち上がりました。そして一言。
「ああーん、コンサートに間に合わないよぉ!!」
「あのぉ、大丈夫ですか?」
「ほら行くよ、ゆかり!」
 ゆかりちゃんは心配そうに振り返りながらも、夕子ちゃんに引っ張られて言ってしまいました。
 しかし夕子ちゃん。当たり屋の異名は伊達ではありませんね。
 古式邸の門の前で、自転車にまたがったまま、好雄くんと公くんはのんびりお話ししていました。
「でさ、こないだ鏡さんが……」
「来た!」
 公くんは顔を上げます。
 門の中がやにわに騒がしくなったかと思うと、大きな門がバンと開きました。それと同時に、閑静な住宅街に男達の殺気だった声が響きます。
「待てぇ!」
「お嬢様をどうする気だ!?」
「捕まえろ!!」
「待て! チャカはお嬢様に当たる!」
「ハジキを出すな!!」
「おいおい、ちょっと待てよ」
 公くん思わず好雄くんと顔を見合わせます。
 と、ドアから夕子ちゃんとゆかりちゃんが手を繋いで飛び出してきました。そして、左右を見回して叫びます。
「よっしー! 公くんっ!!」
「ええい、ままよ!」
 公くんと好雄くんは、同時にペダルを踏みました。そして、門の前でブレーキをかけます。
「バッチタイミングゥ!!」
 叫びながら、好雄くんの後ろに飛び乗る夕子ちゃん。
 公くんは振り返りました。
「ゆかりちゃん、乗って!!」
「まぁ、公さん」
 ゆかりちゃん、ぽっと赤くなりました。そしてもじもじします。
「あ、あのぉ、おはようございます」
「いいから、早く!」
 じれた公くん、ゆかりちゃんの腕を掴んで引っ張り寄せます。
「あら、まぁ、そんな……」
「ゆかり、何やってんのよ!」
「公、急げ!」
 と、こっちは既にロケットスタートした夕子ちゃんと好雄くんです。
「では、失礼いたします」
 ゆかりちゃん、公くんの自転車の荷台にちょこんと横座りします。
「しっかり掴まってて!」
 言うなり、公くんはペダルを踏みました。振り落とされそうになって、慌ててゆかりちゃん、公くんにしがみつきます。
(お、ゆかりちゃん結構あるのな。役得ですってかぁ?)
 公くん、思わずにやけながらペダルを踏みます。
 こちらは古式邸の中。黒服の男の人達が右往左往しています。
「自転車だと!? ふざけやがって!」
「おい、早く追いかけろ!」
「車を出せ!」
「へい!」
 と、
「お待ちなさい」
 静かでいて、それでいて良く通る声が、男達の動きを止めます。
 皆、一斉に声の方を見ました。
「姐さん?」
 ゆかりちゃんのお母さんが、つっかけを履いて庭に出て来ています。
 お母さんは、静かに言いました。
「皆さん、御苦労様でした。持ち場にお戻りくださいな」
「しかし、姐さん! お嬢さまが……」
 一人が言いかけましたが、お母さんはそれを遮ります。
「ゆかりのことは大丈夫ですよ」
「しかし、我々は社長に……」
「うちの人には、わたくしからお話しします」
 お母さんはそう言うと、門の外に出ました。
 もうゆかりちゃん達は見えなくなっています。お母さんは、ゆかりちゃん達が駆け去った方に向いて、手にした火打ち石をカチカチと鳴らして、微笑みました。
「ゆかり、楽しんでいらっしゃいね」
「どーやら、振り切ったみたいね」
 そんなことを知る由もなく、後ろを振り向いて警戒していた夕子ちゃんは、ほっと一息ついて好雄くんの背中に顔を埋めました。
「超疲れたぁ」
「で、これからどうすんだ?」
 こっちは肉体労働する好雄くん。
「どうするって?」
 夕子ちゃん、その姿勢のままで聞き返します。
「公と古式さん、あのままにしておくわけにはいかねぇだろ? あのままライブハウスに連れていって見ろ、藤崎さん大噴火だぜ、きっと」
「んー。それもそっか」
 気怠そうに顔を上げると、夕子ちゃんは後ろからついてくる公くん達の自転車を見ました。
 ゆかりちゃん、幸せそうに公くんに抱きついています。
「……仕方ないよね」
 夕子ちゃん、ため息ひとつつくと、右手にはめた腕時計を見ました。
「1時、かぁ……。ライブは5時からだから、それまでゆかりとどっかでちょっとぶらぶらしてよっかな」
「それじゃ、公には御苦労様でしたってことで」
「だね」
 二人は頷きあいました。それから好雄くん、自転車を止めます。
「公、ストップ!」
「もう大丈夫なのか?」
 聞き返しながら、公くんも自転車を止めました。それから、ゆかりちゃんに言います。
「古式さん、もう大丈夫だよ」
「え? あら、まぁ、どうしましょう」
 ゆかりちゃん、声をかけられてはじめて自分が公くんに抱きついていたことに気がついたみたいですね。真っ赤になっています。
「あの、失礼いたしました。大変ご迷惑をおかけしまして」
「いいえ」
 こっちは役得ありの公くんですから、迷惑なんてとんでもないってところですね。
 その公くんに夕子ちゃんが声をかけました。
「御苦労様。もうここまでで良いから」
「え?」
 ゆかりちゃん、夕子ちゃんの方を見ます。
「あ、そう?」
 公くんは頷きました。そしてゆかりちゃんに言います。
「朝日奈さんと楽しんでね」
「あ、あの……」
「それじゃ、また学校で!」
 そう言うと、公くん自転車に飛び乗って漕ぎだします。
 それを見送る3人。
 好雄くん、呟きます。
「公のやつ、妙にあっさり引き上げたなぁ」
「ホント。どーしたんかなぁ?」
 夕子ちゃんも首を捻っています。そして、ゆかりちゃんは……。
「お世話になりました。このお礼はいずれ改めて伺わせていただきますので、この場は失礼いたします」
 公くんの後ろ姿に深々と頭を下げていました。
 公くんはペダルを踏みながら時計を見ました。
「わぁ、1時か! 早く帰って着替えないと、詩織とのデートに間に合わねぇ! 急げや急げ!! V=MAX始動!!」
 ますますスピードを上げて、公くんの自転車は走って行くのでした。
「よし、ちょっと休憩しよう」
 淳くんはそう言うと、ステージの下で聞いていた沙希ちゃんに訊ねました。
「どんなもんだい?」
「うーん、大体いいと思うんだけど、BパートからCパートに行くとき、CメジャーからAマイナーに転調するでしょ? そこでちょっともたついてる感じがするんだけど」
「そうかしら?」
 詩織ちゃんが聞き返します。
「でも、そこはもともとそういう楽譜だし……」
「スコアって意外といい加減なところもあるから、あんまり信用してもダメよ」
 沙希ちゃんは笑うと、詩織ちゃんに言います。
「あそこは、一瞬ブレイク置いて、全部の楽器がジャンって入るところが命なんだから、もたついちゃったら台無しよ」
「そうなんだ。ありがとう、虹野さん」
「あは、えらそうなこと言ってごめんなさい」
 沙希ちゃん照れたみたいに笑います。
 望ちゃんは感心して言いました。
「でも、意外だったな。虹野さんがそんなに詳しいなんて」
「そんなことないよ。ただ、ロックは好きだから、良く聞いてるだけなんだってば」
 沙希ちゃんすっかりテレテレキューですね。

《続く》

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