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めぐみちゃんとでぇと
第六拾弐話 ハードにいくぜ!

「遅れた遅れた!」
 公くん、繁華街を爆走しています。時間は午後4時40分。
「それにしても、『アンテナ』かぁ。今日はどこのグループがやるんだろう? ま、いいか。詩織と一緒に見られるわけだし」
 おや、まだ公くんは詩織ちゃんが演奏するって知らないんですね。
 そうなんです。実は詩織ちゃん、公くんにはまだ秘密にしているんですよ。

 淳くんに最初にお手伝いをお願いされたとき、夕子ちゃんが詩織ちゃんに耳打ちしたのを覚えてるでしょうか?
 あのとき、実は夕子ちゃんはこう言ったんですよ。

「主人くんにかっこいいところ見せれば、もう彼のはぁとは藤崎さんのもの、って感じっしょ?」

 本当はこの前後にいろいろと長い話が付いていたんですけれども、要約するとそういうことを夕子ちゃんは詩織ちゃんに言ったんです。
 だから、詩織ちゃんは公くんに自分がステージに立つことは秘密にして、驚かそうと思っているんです。だから、夕子ちゃんや好雄くんにも口止めしていたんですよ。
 でも、これだけ噂になってしまってるのに、詩織ちゃん、公くんにばれてないってまだ信じているんですよね。
 ……本当にばれていないんですけれどもね。さすが公くん。
 とにもかくにも爆走する公くん、『アンテナ』の前まで来て、仰天します。
「なんだってぇぇぇ!?」
 その入り口の前には、一枚の張り紙がしてあります。

“本日のライブのチケットは完売しました。ありがとうございます”

「……おーまいがっ!」
 思わずそう呟いてその場に立ち尽くす公くん。その脇を、中に入っていくお客さん達の列が流れていきます。
 すごい混雑ぶりです。
 と、唖然としていた公くんの腕が引っ張られました。
「おい、公! 何ぼーっと突っ立ってるんだよ」
「え? あ、好雄? それに朝日奈さん、古式さん」
 公くんが振り返ると、数時間前に別れた面々が立っていたのでした。
「やっほぉー! なかなかばっちり決めてるじゃん」
「先ほどは、ありがとうございました」
 夕子ちゃんとゆかりちゃんの挨拶を受け流して、公くんは好雄くんに訊ねました。
「で、どうしてここに?」
「まぁ、偶然ってことだな」
 笑う好雄くん。
「あ、そうだ!」
 夕子ちゃんがポンと手を打つと、ウェストポーチのファスナーを開けて、中から紙切れを出しました。
「藤崎さんに頼まれてたんだっけぇ。ごめぇん、忘れてて。はい、これ。渡しとくね」
「これは……、ここのチケット?」
「そ。藤崎さんに渡しておいてねって頼まれてたんだ」
 公くんはチケットを受け取りました。
 夕子ちゃんは好雄くんを引っ張ります。
「ほら、よっしー。ソッコーで行かなくちゃ! 全席自由なんだよ!」
「ああ。それじゃな、公!」
「それでは、また後ほど。失礼いたします」
「ほら、ゆかりぃ! 早く早くぅ! それじゃーね、主人くん。バイバーイ」
 手を振りながら入っていく3人を見送ってから、公くんはずらっと続く列を見ました。
「……最後尾、あそこかぁ……。げ! まだ列伸びてるじゃないか! 早く並ばないと!!」
 結局、誰が演奏するのかチェックしないお茶目な公くんでした。
 幕が降りたままのステージでは、みんなが最終調整をしていました。
 そこに、デニムのジャケットに着替えた詩織ちゃんが、更衣室から出て来ました。
「お待たせ! 遅くなっちゃってごめんなさい」
「お、なかなか似合うなぁ。さすがだよ、藤崎」
 サックスの調子を確かめながらも言うことは言う淳くんです。
「やだ、お世辞ばっかり」
 そう言いながら、詩織ちゃんはキーボードの前に立ちました。そして、脇にあるラックに積まれた音源やらエフェクターやらの電源を次々と入れていきます。
 ちょっと薄暗いステージに、LEDの赤や緑やオレンジのランプがいくつも灯ります。
 それをざっとチェックして、詩織ちゃんは呟きました。
「……公くん、見ててね」
「あ、虹野さん、ですよね?」
「え?」
 客席の最前列でわくわくしながら座っていた沙希ちゃんは、声をかけられて振り返りました。
「あら、美樹原さん。こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
 めぐみちゃんはぺこりとお辞儀しました。
 沙希ちゃんは意外という顔をしました。
「美樹原さん、こういうのも見に来るんだね」
「今日はお友達と来たから……」
「こんにちわ」
 めぐみちゃんの後ろから見晴ちゃんが顔を出しました。今日の見晴ちゃんは、いつもの輪っかの髪型じゃなくて、髪をひっつめてお団子にしていますね。こちらもなかなかお似合いです。
「それじゃ、私達の席はこちらなので、失礼します」
「うん。楽しんでいってね」
 沙希ちゃん、にこっと笑って言います。めぐみちゃんも頷くと、カーテンに閉ざされたステージにちらっと視線を向けました。
(詩織ちゃん……。私……)
 公くんは、遅く来たせいで客席の一番後ろになってしまいました。
 『アンテナ』は、きらめき市のライブハウスの中でももっとも大きなもので、客席のキャパ(キャパシティ、つまり定員です)は200人ほどです。
 その広い客席がほとんど埋め尽くされています。
 辺りを見回す公くん。
(詩織、どうしたんだろう? もうそろそろ時間だっていうのに……。それにこんなに混んでいたら、何処にいるかわからないじゃないか……。どうしよう……?)
 ザワザワザワ ライブハウス『アンテナ』の中は、大勢の若者達のざわめきに埋め尽くされていました。
 舞台裾のカーテンをちょっとめくって、詩織ちゃんは驚きます。
「こんなにいっぱい……」
「早乙女と朝日奈に宣伝を任せたからなぁ。さすがだぜ、あの二人は」
 苦笑すると、淳くんはステージを一通り見回します。
「みんな、準備はいいか?」
 弾くんがスティックをくるっと回します。勝馬くんがギターのストラップを肩にかけます。望ちゃんがベースのアンプのボリュームを上げます。
 そして、キーボードの前に戻って、詩織ちゃんが頷きます。
「いいわ!」
「おし」
 淳くんは頷くと、ステージ脇の係員に言いました。
「開けてください」
「しっかりな!」
 その人は、ぴっと親指を立てると、ブザーを押しました。
 ブーーーーーー
 会場内にブザーの音が響きわたり、ざわめきが収まります。
 そして、会場内のライトの光量が落とされ、暗くなります。それで、一瞬あたりがどよめき、そして静かになりました。
 前の方にいる人には、モーターの微かな音が聞こえて、ステージの幕が上がったのがわかりますが、ライトが何もついていないので、真っ暗なまま、何も見えません。
 と。
 静かにキーボードの和音が流れます。C#コード。
 それに被さるように、これも静かなエレキギターのソロが流れ、そして、静かな歌声が流れます。

 ♪I JUST FEEL "RHYTHM EMOTION" この胸の鼓動は
  あなたへと続いてる SO FARAWAY…

 客席の一番後ろでやきもきしていた公くん、その時思わず立ち上がりました。
「この声は……、詩織!?」
 次の瞬間、ドラムの音が響き、ステージが光に満たされました。
 客席から歓声が湧きます。
 ステージの中央にエレキギターを構えた勝馬くん。その向かって右にベースの望ちゃん、左にサックスの淳くんがいます。
 そしてステージ奥の右にキーボードセットと詩織ちゃん、左にドラムセットと弾くんがそれぞれ構えています。
 詩織ちゃんは、頭にいつものヘアバンド代わりにインカムをつけています。そして、キーボードを弾きながら歌っています。

 ♪もう傷ついてもいい 瞳をそらさずに
  熱く 激しく 生きていたい
  あきらめない強さを くれる あなた だから抱きしめたい

 詩織ちゃんの伸びのあるボーカルに、客席は手拍子で合わせます。最初からもうみんな総立ちですね。
 と、詩織ちゃんの目が客席の一番後ろで立っている公くんを捉えました。
(公くん! やっぱり来てくれたのね! ああ、やっぱり私、愛されてるんだわ! 見ててね、公くん。私、一生懸命やるから!!)
 詩織ちゃん、さらに声に伸びが加わります。

 ♪I JUST FEEL "RHYTHM EMOTION" 過ちも痛みも
  鮮やかな一瞬の光へと導いて
  I JUST FEEL "RHYTHM EMOTION" この胸の鼓動は
  あなたへと続いてる SO FARAWAY…

 公くん、手拍子であわせながら、やっと驚きから立ち直りました。
(なるほど、そういうことだったのか。よし、これは応援するしか無いな。よーし、この場は一観客になりきって、一緒にライブを盛り上げていくか!)
 1曲目が終わったところで、淳くんがマイクを取りました。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう!」
 わあーっと客席が湧きます。それを押さえて、淳くんは言葉を続けます。
「みんなも知ってると思うけど、今日は我らがドラマー、久我弾の壮行会ってことで、そうそうたるメンバーが集まってくれた。それじゃ、紹介しよう。まず、ドラムス、久我弾!」
 弾くん、ドラムを一通り叩いてみせて挨拶に代えます。客席から拍手が湧きます。
 淳くん、さっと右手を挙げます。
「ギター、芹澤勝馬!」
 キュィ〜〜ン
 勝馬くん、アドリブでエレキギターを少し弾いて、さっと拳を上げます。また客席から喝采が上がります。
「それから、ベース、清川望!」
 望ちゃん、ピックを客席に投げると、チョッパーベースを披露してくれました。また湧く客席。でも、心なしか女の子の歓声が多いような気がしますね。
 淳くん、メンバー紹介を続けます。
「キーボード・アーンド・メインヴォーカル! 藤崎詩織!!」
 詩織ちゃんはにこっと笑うと、キーボードに指を走らせました。これまたアドリブでさらっと弾いて聞かせてくれます。
 また湧く客席。今度は男の子の歓声がすごいですね。
「そして、サックスは俺、戎谷淳ってわけだ。それじゃ、次の曲は、ちょっとばかりハードに行くぜ!」
 イェー!
 客席のみんなが応えます。淳くん、その反応に頷くと、マイクに向かって叫びました。
「ディープ・パープルの"Highway Star"! ワンツースリーフォー!!」

《続く》

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