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めぐみちゃんとでぇと
第六拾四話 そういうものっしょ?

「お疲れさま!」
「御苦労様」
ステージ脇の控え室に戻ってきたみんなを迎えたのは、沙希ちゃんと奈津江ちゃん、恵ちゃんの3人でした。
「奈津江、どうしておまえ……」
「聴かせてもらったわよ、勝馬のギター」
奈津江ちゃんは微笑みました。勝馬くんは照れたようにそっぽを向きます。
「これは、どうしてもって頼まれたから、仕方なくだなぁ……」
「でも、弾いたってことは、吹っ切れたってことでしょう? はい、これ」
そう言いながら、奈津江ちゃんは勝馬くんにカルピスソーダを渡しました。
「お、悪いな」
勝馬くんは、カルピスソーダを受け取ると、プルタブを引っ張って一気に飲み干しました。
「みんなもどうぞ! ちゃんと用意してあるから!」
そう言いながら、沙希ちゃんが用意して置いたクーラーボックスを開けました。
「お、さすが気の利くマネージャー様々。こういう時はサッカー部の連中が羨ましいぜ」
そう言いながら手を伸ばそうとした淳くんの手を、恵ちゃんがぴしゃと叩きました。
「ダメ」
「な、なんだよ、恵」
「淳くんのは、私が選んであげる。はい、これどうぞ」
恵ちゃんは、缶コーヒーを取ると、淳くんに渡しました。
「お、おう。ありがと。でも俺はソーダの方が……」
「ダメよ。今日の淳くん、缶コーヒーは相性いいって占いに出てたんだもの」
「……あのなぁ、おい」
その様子を笑って見ながら、望ちゃんは沙希ちゃんからスポーツドリンクを受け取りました。
沙希ちゃんは、詩織ちゃんにもスポーツドリンクを渡します。
「はい、藤崎さん。お疲れさま」
「ありがとう、虹野さん」
汗をタオルで拭いながら、それを受け取る詩織ちゃんに沙希ちゃんが話しかけます。
「でも、ホントにすごかったね。特に、ラスの曲! 芹澤くんとバトルってたでしょう! あたし、聴いててゾクゾクしちゃった」
「あは、ちょっと恥ずかしいな」
照れたように笑う詩織ちゃん。
(だって、あれは公くんが励ましてくれたから……。はっ! 公くん!!)
不意に詩織ちゃんは立ち上がりました。不思議そうに詩織ちゃんを見上げる沙希ちゃん。
「藤崎さん?」
「あ、あの、私、ちょっと用事があるから……」
あたふたする詩織ちゃんに、奈津江ちゃんが笑いかけます。
「わかってるわよ。後のことは私達に任せて、早く行ってあげて」
「ありがとう、奈津江ちゃん。それじゃ、みんな、ごめんね!」
そう言うと、詩織ちゃんは控え室を飛び出していきました。
勝馬くんは奈津江ちゃんに訊ねました。
「藤崎、急に何を慌ててるんだろう? おまえ、何か知ってるのか?」
「相変わらずねぇ、あんたは」
ため息をつく奈津江ちゃんです。
『アンテナ』の出口の階段を、息を切らせて駆け上がる詩織ちゃん。
「公くん!」
その声に、柱にもたれていた公くんが身体を起こしました。
「よ」
「ごめんね」
詩織ちゃん、謝ろうと頭を下げかけました。
公くんはそれを片手で制すると、言いました。
「詩織も疲れただろ? 今日はこれで帰ろうぜ。送るよ」
古式邸の大きな門の前で、ゆかりちゃんと、夕子ちゃん、好雄くんの3人がお話ししています。
「マジにここでいいの?」
「ああ。俺達からも謝って……」
そう言う好雄くんと夕子ちゃんに、ゆかりちゃんは首を振りました。
「これはわたくしの家のことですから。本当に、今日はありがとうございました。わたくし、とてもよい体験が出来まして、とても楽しかったですよ」
「それなら良いけど……」
「それでは、お休みなさいませ」
そう言って、ゆかりちゃんは通用門から屋敷に入りました。
黒服の男達が駆け寄ってきます。
「お嬢さま!」
「お嬢さま、ご無事で!」
「だれか、社長に知らせろ!」
「みなさま、夜遅くまで御苦労さまでございます。わたくしのことでご心配をおかけしまして、本当に申し訳ございませんでした」
深々と一礼して、ゆかりちゃんは男達の間を通り抜け、屋敷につきました。
ゆかりちゃんが、玄関を開けると同時に、知らせを受けたお父さんがばたばたと走って来ました。
「ゆかりぃぃぃぃ!! 無事かぁぁぁ!!」
「ただいま、戻りました」
ゆかりちゃんは、靴も脱がずにまず深々と頭を下げました。
お父さん、その場に仁王立ちになって、ゆかりちゃんを睨み付けました。顔を真っ赤にして怒っています。
「おまえという娘は……儂がどれほど心配したと……」
ゆかりちゃんはその場に正座しました。そして頭を下げます。
「申し訳ありません。お父さまの言うことを破ってしまいまして。いかなる罰をも覚悟しております。ご存分に」
と、お父さんの後ろから静かな声がしました。
「あなた」
「黙れ!」
お父さん、振り向きざまに怒鳴ります。
「第一おまえもなんだ!? ゆかりを監督するどころか、ゆかりが出ていくのを見逃したそうじゃないか!」
「……」
お母さん、黙ってお父さんを見つめています。それに気圧されたように、お父さんは聞き返します。
「な、なんだ? 言いたいことがあるのか?」
「ゆかりは、“かごの中の小鳥”ではありませんことよ。もうその翼は大空を羽ばたく力を十分に持っていますわ」
お母さんは、お父さんにそう言いました。
「それをかごの中に閉じこめる権利は、父親でも、いいえ、父親なればこそ、ありませんわ」
「……勝手にしろ」
お父さん、そう言い捨てて、足音高く戻っていきました。
お母さんはゆかりちゃんににっこりと微笑みかけました。
「ゆかりさん。楽しかったですか?」
「はい。ですが……」
ゆかりちゃんは心配そうに、お父さんの歩き去った方を見ました。
「心配は、いりませんよ。お父さまも、きっとわかっていらっしゃいますよ。ゆかりの取った行動が正しいということは」
そう言って、お母さんはゆかりちゃんの手を取りました。
「さぁ。今夜はもう遅いですから、お休みなさい」
「はい、お母さま」
ゆかりちゃんも頷きました。
好雄くんと夕子ちゃんは、並んで夜道を歩いていました。
好雄くんが夜空を見上げながら言います。
「いいライブだったよな」
「そうだよね。あたし、なんていうかさ、とっても気分いいな」
夕子ちゃん、にこにこしながら頷きました。
「俺もさ。なんか、こう歌いたい気分だぜ」
好雄くんはそう言うと、ちらっと夕子ちゃんを見ます。
「よっしー?」
聞き返す夕子ちゃん。
好雄くん、夜空を見上げたまま、口ずさみました。
♪少しだけ 近づいたのかな
君と僕との100センチ
いつかふれあう手と手を
夢見ていよう
夕子ちゃん、はっとしたように好雄くんを見ます。
「よっしー。それって……」
好雄くん、明後日の方を見ながら、口笛吹いていますね。
夕子ちゃんは悪戯っぽくくすっと笑うと、手を後ろで組んで、歌い返します。
♪愛とか恋とか 語る前に
一歩踏み出してみればいいだけよ
ほら ぶつかってみればワリと楽に
手にはいるもの きっと perfectlove
「朝日奈……」
「そういうものっしょ?」
夕子ちゃんは小首を傾げてウィンクしました。
「……かな」
好雄くんもくすっと笑いました。そして、そっと夕子ちゃんの肩を抱き寄せます。
公くんと詩織ちゃんはお家に帰る前に、近所の公園で話をしていました。
「でも、驚かされたぜ、マジに」
「ごめんね。黙ってて」
詩織ちゃんはそう言うと、公くんを見つめました。
「でも、公くん来てくれたのよね」
「約束だから」
公くんはそう言うと、詩織ちゃんを見つめました。
「……うん」
詩織ちゃんはちょっと俯いて躊躇った後、顔を上げました。そして目を閉じます。
そして、街灯の光に長く伸びる二つの影が、静かに重なりました。
ドタン、ドタン
頭上で響く派手な音に、遅くなってから帰ってきて、キッチンでひと休みしていた晴海さんが、美鈴ちゃんに尋ねます。
「あの子、なにかあったの?」
「何だか知らないけど、もうすっかり見晴が美春って感じ」
カップスープを渡しながら、美鈴ちゃんは肩をすくめました。そして晴海さんと同じように上を見上げます。
「でも、あんなに騒いでたら千晴に怒鳴り込まれるんじゃ……」
と、上で大声がします。
「見晴姉ぇ! うるさぁ〜〜〜いっ!!! こっちは受験生なのよぉっ!!」
「ほら、怒られた」
肩をすくめる美鈴ちゃん。
晴海さんは、ふんと笑いました。
「美鈴、コーヒーの用意。3つね」
「へ?」
「スグに千晴が降りてくるわ」
すると、本当にトントンと階段を下りてくる足音がしたかと思うと、千晴ちゃんがキッチンに顔を出します。
おやおや、半分泣きそうな顔をしていますね。
「美鈴姉ぇ。見晴姉ぇが壊れたよぉ」
「へ?」
思わず目を点にする美鈴ちゃんをよそに、晴海さんはのんびりとカップスープを飲んでいました。
2階の見晴ちゃんのお部屋では。
ドォン
真っ暗なお部屋の中で、壁にむかって鉄山靠をぶちかましながらにたにたと笑う見晴ちゃんでした。
(えへ、えへ、えへへ。公さんとお話ししちゃった! 名前も言っちゃった! もう見晴、死んじゃうかも知れない! えへへへ!! もうやーだ! ひゃひゃひゃ)
これは、千晴ちゃんが逃げ出すのもわかりますよね。
《続く》

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