喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

めぐみちゃんとでぇと
第六拾六話 負けないもん!

 お昼休み。公くんはいつものように廊下で沙希ちゃんとおちあっていました。
 沙希ちゃん、もじもじしながら、上目遣いに公くんに言います。
「あの、公くん。もしよかったら、今日もお弁当、食べてくれない?」
「もちろん! 虹野さんのお弁当ならいつでもオッケイさ」
 にこにこ笑いながら答える公くん。もっとも、この言葉に異論を唱える人は相違ないでしょうけれども。
 沙希ちゃんはポンと手を打って喜びました。
「よかったぁ! それじゃ、今日は天気がいいから、屋上で食べましょう!」
「いいね、屋上かぁ」
 公くんも頷きました。そして、二人は仲良く並んで廊下を歩いていくのでした。

 それに遅れること1分12秒。3年A組のドアがいきなり開かれます。
「主人先輩いますかっ!!」
「あれ? どうした、優美?」
 ちょうど購買にパンでも買いに行こうかと立ち上がりかけた好雄くんが、それを見て声をかけます。
 優美ちゃんは好雄くんのところに駆け寄ると、衿を掴んでかっくんかっくんと揺さぶりをかけます。
「おにーちゃん! 主人先輩は何処? ねー何処? 教えてくれないと、優美ボンバーだよ!」
「お、落ち着け、こら! く、くるぢい……」
「まぁまぁ、優美っぺ」
 何処からともなく現れた夕子ちゃんが、そう言いながら優美ちゃんの手を掴みます。
「止めないでくらさい、朝日奈先輩! お兄ちゃんに正義の鉄槌を下す邪魔するなら、たとえ先輩でも容赦しないれすよっ!」
「へ?」
 おやおや。優美ちゃんすっかり頭に血が上ってるみたいですね。好雄くんをドンッと突き飛ばすと、夕子ちゃんの方に向き直って、ぴっと人差し指を突きつけました。
「勝負れす!」
「ちょ、ちょっと優美ちゃ……」
「問答無用! ひっさぁつ、優美ラリアットォ!!」
 ブンと繰り出される優美ちゃん黄金の左腕。しかし、夕子ちゃんの姿はそこにはありません。
 一瞬目標を見失う優美ちゃん。その瞬間。
「ごめんねっ!」
 ぼかぁっ 眉間に一撃を食らって、優美ちゃんそのまま倒れます。
 床にだらしなく伸びていた好雄くんが、それを見て慌てて起き上がり、優美ちゃんを抱き起こしました。
「お、おい、優美! しっかりしろ! 傷は浅いぞ!!」
 その脇で、夕子ちゃんはぴしっとポーズを決めます。
「負けないもん!」
「で、どうしたん、優美っぺ」
 どうやら落ちついたらしい優美ちゃんに、夕子ちゃんは訊ねました。
「あ、そうだそうだ! 主人先輩は?」
 訊ねる優美ちゃんに、好雄くんは首を傾げて見せました。
「さぁ。鐘が鳴るなりどこかに飛び出して行っちまったからなぁ」
 本当は、公くんが沙希ちゃんと屋上に行ったことくらい知っている好雄くんですが、優美ちゃんにそれを教えない辺り、お兄ちゃんなんですねぇ。
「それより、あいつがどうかしたのか?」
 聞き返す好雄くんに、優美ちゃんはこくんと頷くと、話し始めました。
「主人先輩ね、今度は美樹原先輩に手を出そうとしてるって、優美のクラスで噂になってたんだ」
「まじまじ?」
 身を乗り出す夕子ちゃん。
 優美ちゃんは頷きました。
「うん。ほんとだよ」
「うっひゃぁー、公くんやるぅ!」
 と。
 ガタン
 いきなり3人の背後で大きな物音がしました。3人ははっとして、そっちを見ます。
 詩織ちゃんが立ち上がっていました。
 同時に3人は思いました。
(しまった!)
 ゆっくりと、詩織ちゃんは3人の方に向き直りました。そしてにこにこ笑いながら、優美ちゃんに言います。
「ねぇ、優美ちゃん。そのこと、もう少し詳しく教えてくれないかしら?」
「く、詳しくって言っても……。お、お兄ちゃん……」
「さて、朝日奈。俺達は飯でも食いに行こうか」
「そーね、よっしー。それじゃ二人ともバイバーイ」
 言うが早いか、2人はダッシュして教室を飛び出していきました。さすがに早いものです。
 優美ちゃん、拳を握りしめて呟きます。
「お兄ちゃん、帰ったら優美バスター10連コンボだ!」
 その優美ちゃんの肩に、詩織ちゃんはポンと手を置きました。
「ねぇ、優美ちゃん。まさか、バスケ部の先輩に対して、隠し事なんてしないわよねぇ」
 詩織ちゃん、本当はバスケ部は引退してるのですが、それを指摘できる雰囲気ではありません。
 優美ちゃんは、仕方なく、話し始めるのでした。
 その頃の3年J組では。
「うふ、うふ、うふふふふ」
「えへ、えへ、えへへへへ」
 異常なトワイライトゾーンと化している一角では、めぐみちゃんと見晴ちゃんがにこにこしていました。
(とうとう、公さんにデートを申し込んじゃった。恥ずかしいけど、嬉しいです。……勇気を出してよかった……)
(公さん、私の名前を覚えてくれたもんね! きっと今頃早乙女くんに私のことを聞いてたりして……。きゃぁ! やだやだぁ。私のヒミツは全部公くんに知られちゃうのね!)
 しかし、この平和なJ組に、暗黒の渦が迫りつつあることを、二人は知りませんでした。
 一方、屋上では。
「公くん、はい、あーん」
「あーん。ぱく」
「美味しい?」
「うん、グッドっすよ、グッド。沙希ちゃん、きっといいお嫁さんになれるね」
「やだぁ、もう。公くんったらぁ」
 微笑ましい光景が展開されていました。
 ガラガラッ
 J組のドアが、大きな音を立てて開かれました。平和な昼休みを満喫していた生徒たちが驚いてそっちを見ます。
 そこには、みんなよく知ってる女の子がいました。
 誰かが呟きます。
「……藤崎さん。何の用だろう?」
 もう少し、事情を知っている生徒たちは、一斉にもう一方を見ました。
 そして、詩織ちゃんも皆の視線の向いている方につかつかと歩み寄っていきます。
 そこには、周りの様子など目に入らない、という感じでにこにこしている二人がいました。
 詩織ちゃんはその前に立つと、静かに言いました。
「メグ。話があるんだけど」
「え?」
 その声で、めぐみちゃんははじめて、詩織ちゃんが自分の前に立っていることに気がつきました。
「詩織ちゃん……」
 もちろん、めぐみちゃんには、詩織ちゃんが来たわけがすぐにわかりました。
 ちょっと前までのめぐみちゃんだったら、怖じ気付いて小さくなってしまっていたところでしょう。
 でも、めぐみちゃんは立ち上がりました。
「いいわよ、詩織ちゃん」
「……」
 一瞬、ほんの一瞬ですが、詩織ちゃんはたじろぎました。それは、めぐみちゃんが、何時の間にか、自分の知っている“メグ”ではなくなっていたからかもしれません。
 詩織ちゃんは、たじろいだ自分に腹を立てたように、いつもよりちょっと強い調子で言いました。
「行きましょう、メグ」
「ええ」
 こくりと頷くと、めぐみちゃんは見晴ちゃんをちらっと見て、詩織ちゃんの後ろに従ってJ組の教室を出ていきました。
「えへ、えへ、えへへへへ」
 そして、見晴ちゃんはというと、今の騒ぎにも気付いてない様子です。まだにへらぁっとしています。
 詩織ちゃんは、後ろからついてくるめぐみちゃんを見ようともせずにすたすたと歩いていきます。
 でも、めぐみちゃんには、詩織ちゃんがほんの少し、自分が歩くスピードを落としているのがわかりました。無意識にかもしれませんけれど、詩織ちゃんはめぐみちゃんに合わせているのです。
(詩織ちゃん……)
 めぐみちゃんは、唇をきゅっと噛みました。そして、やや歩く速度を上げました。
 詩織ちゃんとめぐみちゃんは靴をはきかえて、グラウンドに出ました。
 そして、二人は校庭の片隅にある大きな樹の下にやってきました。
 きらめき高校の生徒なら、誰でも知っているその樹。
 詩織ちゃんは、樹に片手をついて、振り返りました。
「メグ……」
 めぐみちゃんは、思わずごくりと唾を飲み込みました。

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く