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めぐみちゃんとでぇと
第六拾八話 元には戻れないんですね

きらめき高校は折しもお昼休みです。
屋上では、沙希ちゃんと公くんがお弁当を仲良く食べ終わったところです。でも、いつもとはちょっとだけ、様子が違っているみたいですね。
沙希ちゃんは、青い大きな瞳を潤ませて、公くんを見つめています。
「こっ、公くん……。あたし、公くんが望むんなら……」
そこまで言うと、沙希ちゃんは俯いて、かすれたような小さな声で言いました。
「……いいよ」
「に、虹野さん!?」
その、余りに可憐な沙希ちゃんの仕草に、公くん思わず理性の糸がまとめて全部弾けてしまったみたいです。そのまま、沙希ちゃんの顎に手をかけて、上を向かせます。
「こ……」
「綺麗だよ」
そう囁くと、公くんはその場にそっと沙希ちゃんを押し倒しました。
「きゃ」
急なことで、思わず小さな悲鳴を上げて、慌てて自分の口を塞ぐ沙希ちゃん。
「だ、大丈夫」
公くんは頷くと、そのままその場に崩れ落ちるように倒れました。
「……」
一瞬きょとんとしたあと、慌てて沙希ちゃんは身を起こして公くんを揺さぶりました。
「こ、公くん! 公くんってば! どうしちゃったの!?」
「ったく。何度邪魔する気なの? この男といい、あなたといい」
その声に、沙希ちゃんは顔を上げて目を丸くしました。
「ひ、紐緒さん!?」
「虹野」
今度は、結奈さんは沙希ちゃんに視線を向けました。
その鋭い左目の眼光に射すくめられたように、沙希ちゃんは数歩下がりました。
「紐緒さん、な、何?」
「ふふふふふ」
不意に、結奈さんは、何かを思いついたように笑みを浮かべました。
「そういえば、実験したいことがあったのよ。付き合ってくれるわよね、虹野?」
「あ、あの、あたしは、その……」
「さ、いらっしゃい」
そう言うと、結奈さんは、沙希ちゃんを引っ張っていきます。
「ちょ、ちょっと! 公くんは!?」
「大丈夫よ。命に別状はないわよ」
あっさり言う結奈さん。
沙希ちゃん、心配そうに公くんを振り返り振り返りしながら、結奈さんに引っ張られて行ってしまいました。
果たして、沙希ちゃんは無事に戻ってこられるのでしょうか?
さて、その頃。
「見晴! 見晴!!」
かくんかくんと肩を揺さぶられて、見晴ちゃんは顔を上げました。
「あら、夕子たん。……えへへ」
「あっちゃぁ、こりゃだめだわ」
振り返って、夕子ちゃんは肩をすくめました。
ゆかりちゃんは、ほっぺたに人差し指を当てて、小首を傾げます。
「困りましたねぇ」
「どうしよっか? こうなったら、保健室に連れてくしかないかなぁ」
そう呟くと、夕子ちゃんは時計を見上げました。
「あと、10分かぁ。このままほっとくかな?」
「そういうわけにも、参りませんわ。では、こういたしましょう」
ゆかりちゃんはそっと見晴ちゃんに近づくと、その耳に何やら囁きました。
見晴ちゃんがその声にびくんとします。
「……」
「あれ? おーい、見晴?」
夕子ちゃんは見晴ちゃんの目の前でひらひらを手を振って見ましたが、見晴ちゃんは反応を見せません。ただ、真っ白になって、虚ろな目つきで何やらぶつぶつ呟いています。
「ちょ、ちょっと、ゆかりぃ。見晴に何を言ったんよ?」
「まぁまぁ。見晴さん、見晴さん」
ゆかりちゃんはにこやかに微笑みながら、見晴ちゃんの肩を揺さぶりました。
と、見晴ちゃんがはっと意識を取り戻します。
「あ、あれ? 私、何を……。あれ? ゆかりちゃんにタコ」
「タコタコ言うなぁ!!」
夕子ちゃんが拳を振り上げて抗議しますが、見晴ちゃんは軽く受け流します。
「でも、似合ってると思うんだけどなぁ」
「超ムカァ!」
ぷっと膨れると、夕子ちゃんは腕を組みました。
「見晴とは、一度雌雄を決しないとね」
「いーわよぉ。受けて立ってあげる」
見晴ちゃんはくすっと笑いながら、立ち上がりました。
詩織ちゃんは、めぐみちゃんに言い放ちました。
「メグ、公くんには……」
「詩織ちゃん」
その詩織ちゃんの言葉を遮って、めぐみちゃんは言いました。
「私ね、決めたの。もう、自分に嘘をつくのはやめようって。私、主人さんが好きなんだもの」
「……」
今までのめぐみちゃんを良く知っている詩織ちゃんは、そのめぐみちゃんがこんなにハッキリとものを言うなんて想像してませんでした。
「メグ、あなた……」
「詩織ちゃんと主人さんの仲がどうであっても、私のこの想いは変わりません」
めぐみちゃんはきっぱりと言い切りました。
詩織ちゃんは、ふっとため息をつきました。そして、しみじみとした口調で呟きます。
「メグ、強くなったね……」
「詩織ちゃん……」
「でも!」
一転、強い口調になる詩織ちゃん。伝説の樹をバックにして、めぐみちゃんに向かって言います。
「公くんはだめ!」
「……」
「だって、公くんと私は、もう他人じゃないんだもの」
ザワザワッ
不意にまきおこった冷たい北風に、伝説の樹が大きくざわめきます。
そして……。
「う……嘘……」
「え?」
思わぬ方向からの声に、詩織ちゃんとめぐみちゃんは同じ方向を見ます。
そこには、優美ちゃんが立っていました。呆然と詩織ちゃんを見ています。
「藤崎先輩……、今の、嘘ですよね? 冗談ですよね?」
「優美ちゃん……」
詩織ちゃんは黙って、首を振りました。
みるみるうちに、優美ちゃんの瞳に大粒の涙が盛り上がってきました。
「……っ!!」
くるっと振り返ると、優美ちゃんは校舎の方に駆け戻っていきました。
その刹那、きらきらと光る珠が、優美ちゃんのまわりに弾け飛びます。
めぐみちゃんは、それを見送ってから、詩織ちゃんに近づきました。
「……メグ?」
詩織ちゃんがそれに気付いたとき……。
パァン
乾いた音が、伝説の樹の下に響きました。
「あ、優美! やべぇ」
好雄くんは、廊下を走って来る優美ちゃんに気付いて、慌てて逃げ出しかけました。
でも、その途中で優美ちゃんのただならぬ様子に、逆に駆け寄っていきます。
「おい、どうした優美!?」
「お兄ちゃん……」
優美ちゃんは、立ち止まって好雄くんの顔を見上げました。そして、唇を噛んで俯きます。
その頬を涙が流れ落ちました。
「……優美」
好雄くんは、優美ちゃんの頭を掴んで、ぐいっと自分の胸に押しつけました。優美ちゃんは、そのまま好雄くんの胸に顔を埋めて、声を殺して泣いていました。
(そうか、優美はもう……いつまでもガキじゃないんだよな……)
そんな優美ちゃんに、好雄くんは心の中で呟きながら、ただその場に立ち尽くしているのでした。
詩織ちゃんは、右の頬を押さえながら、信じられないという表情で、立ち尽くしていました。
めぐみちゃんは、ゆっくりと左手を降ろしながら、言いました。
「詩織ちゃん、それはいけないよ」
「……」
「いけないよぉ」
もう一度繰り返すと、めぐみちゃんは一歩退きました。
「……だって……」
詩織ちゃんはそう呟くと、めぐみちゃんをきっと見ました。
「だって、しょうがないじゃない!」
そう叫ぶと、詩織ちゃんは走っていってしまいました。
めぐみちゃんは、寂しそうにそれを見送って、伝説の樹を見上げました。
そして、そっと呟きます。
「もう……、元には戻れないんですね、私達……」
キーンコーンカーンコーン
鐘の音に、公くんは身を起こしました。
「……あれ? 俺、どうしてこんなところで……?」
短い冬の陽は、もう西に傾いています。
公くん、何気なく腕時計を見て仰天しました。
「げ! もう6時間目終わってる!!」
まったく、何をやっているんでしょうねぇ、この人は?
《続く》

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