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めぐみちゃんとでぇと
第七拾話 それも私には許されないっていうの?

「本当に、いいお天気ですねぇ」
ゆかりちゃんは、伝説の樹の根元に座って、木漏れ日に目を細めました。
「……」
そのお隣で、めぐみちゃんは黙って俯いていました。
ゆかりちゃんは、そんなめぐみちゃんに視線を向けました。
「美樹原さん」
「あ、はい。なんでしょう?」
めぐみちゃんのお返事の調子が、なんだかいつもと違って硬いですね。
それに気付いてか、気付かずか、ゆかりちゃんはいつもの調子でのんびりと、さりげなく言いました。
「藤崎さんと、喧嘩なさったのですか?」
「え!?」
「お顔に、書いてありますよ」
そう言って微笑むゆかりちゃん。
「……」
めぐみちゃんは、黙ってまた俯きました。
そんなめぐみちゃんの様子に、ゆかりちゃんは独り言のように呟きました。
「わたくしの考えは、間違っておりましたのでしょうか……」
どさっ
詩織ちゃんは自分のお部屋に飛び込むと、制服のままベッドに身を投げました。
そのまま、枕に顔を押しつけます。その肩が細かく震えています。
「公くんの……莫迦っ!」
やにわに体を起こすと、詩織ちゃんは自分の机に近寄りました。
そして、その上に置いてあるフォトスタンドを手に取ります。
フォトスタンドの中には、修学旅行の時に撮った、詩織ちゃんと公くんのツーショットの写真が納まっています。
「……っ!」
詩織ちゃんは、大きく手を振り上げると、床にそのフォトスタンドをたたきつけました。
パリーン
フォトスタンドのガラスが砕けます。
詩織ちゃんは、頬に涙を伝わらせながら、それを見下ろしていました。
そして、叫びます。
「もう、大っ嫌い!!」
ここは、喫茶店『Mute』の中。優美ちゃんと好雄くんは、ストロベリーパフェとブレンドを前にして、向かい合って座っていました。
優美ちゃんは、口の周りをクリームだらけにしてパフェと格闘していましたが、あらかたその戦いも終わったところで不意にスプーンを止めました。そして呟きます。
「……藤崎先輩、泣いてたね」
「……ああ」
好雄くんは、苦い顔でコーヒーに口を付けました。
「何か、あったのかなぁ?」
「……さぁな」
そう言うと、好雄くんは手を頭の後ろで組みました。
「俺は、確実じゃない情報は流さないことにしてるからな」
「あ、お兄ちゃん。それってずるぅい」
優美ちゃんがスプーンを振りかざして抗議しようとしたとき、カランと入り口のベルが鳴って、きらめき高校の制服を着た女の子が2人入ってきました。
そのうちの一人が、好雄くん達を見て声をかけました。
「やっほー、よっしーに優美っぺ」
「あれぇ、朝日奈先輩じゃないですかぁ」
「おごらないぞ」
先手必勝とばかりに言う好雄くんに、夕子ちゃんは口を尖らせました。
「超むかぁ」
「あれ?」
好雄くんは、その後ろからこわごわとこちらを覗き込んでいる、妙な髪型の女の子を見て、目を輝かせます。
「お! 可愛い娘じゃん! ねぇねぇ、良かったら住所氏名年齢職業電話番号に、血液型と趣味、それから門限なんかも教えて……」
「優美ボンバーっ!!」
「爆熱! ゴッド・ナイトパレェェド!!!」
ドドォム
マスターが、のんびりと声をかけます。
「お客さん、喧嘩なら外でやってくださいね」
「あの、私、館林見晴っていいます。3月3日生まれの17歳、きらめき高校3年J組、電話番号はヒミツです。血液型はA、趣味はラジオを聴くこと」
見晴ちゃんはエンゼルちゃんパフェを食べながら答えました。好雄くんは、通称好雄メモを開いて書き込んでいきます。
夕子ちゃんと優美ちゃんは“あ〜あ”という顔で、そんな二人を見守っていました。
最後に好雄くんは訊ねました。
「えっと、最後にだけど、自分の事を教えて欲しくないって奴はいるかな? いるなら、そいつには絶対に君のことは教えないけど……」
そう言われて、見晴ちゃんはかっと赤くなって、もじもじしました。
「あ、あの、えっと、……います」
「誰?」
その瞬間、夕子ちゃんと優美ちゃんも、今まで動かしていた手を止めて耳ダンボ状態になって、見晴ちゃんの次の言葉を待ちます。
それには気付かないで、見晴ちゃんは答えました。
「あの、主人、公さん。……きゃっ! 言っちゃった! 見晴、恥ずかしい!」
その言葉を口に出してから、さらに赤くなってしまう見晴ちゃん。おやおや、うなじまで真っ赤ですね。
優美ちゃんが決然と立ち上がります。
「あのね、主人さ……」
「黙ってろ」
好雄くんが目にも留まらぬ早業で、アイスクリームの乗ったスプーンを優美ちゃんの口に突っ込みます。それからパタンと好雄メモを閉じました。
「オッケイ。君のことは、あいつには絶対に喋らない。約束するよ」
「ごめんね」
「……あれ? ちょっと待てよ。館林って何処かで聞いたような……」
不意に好雄くんは額に指を当てました。そしてはっとします。
「そうだ! 保健室の……」
「うん。晴海姉ぇは私のお姉さんなの。……一応」
最後の“一応”を小さな声でつけ加える見晴ちゃんでした。
「うーん。公く〜ん……はっ!?」
不意に沙希ちゃんは目を覚ましました。ぼんやりとしていた視界がだんだんはっきりしてきます。
最初に目に入ったのが、無機質な感じの白い天井です。
(あれぇ? あたしの部屋じゃ、無いみたいだけど……。ここ、どこなんだろう……)
「覚醒したようね」
淡々とした声が聞こえました。そちらの方を見ると、セーラー服の上に白衣を着た女の子が沙希ちゃんを見下ろしています。
「紐緒……さん? あたし……、そういえば、昼休みに……」
だんだんと思い出してきた沙希ちゃん、体を起こします。
結奈さんは、妖しげな笑みを浮かべています。
「協力に感謝するわ。おかげで興味深いデータも取れたしね」
「あ、あたしに、何をしたのっ!?」
沙希ちゃんは、思わず自分で自分を抱きしめるようにしながら、ベッドの上を後ずさります。
そんな沙希ちゃんに結奈さんは言いました。
「警告しておくけれど、あと10センチ後退すると、転倒するわよ」
「え? きゃっ!」
ドシィン
あらら。沙希ちゃん、ベッドから転げ落ちました。
「いたた……」
背中を押さえながら立ち上がる沙希ちゃん。その沙希ちゃんに、結奈さんは言いました。
「データは取れたから、もう帰ってもいいわよ」
「あの、データってなんですか?」
「……聞きたい?」
一瞬間をおいて、結奈さんは訊ね返しました。その結奈さんのお顔を見た瞬間、沙希ちゃんは思いっきり叫びました。
「ごめんなさいっ! 結構ですから帰らせて下さいっ!!」
「そう? 出口はそっちよ」
そう言うと、結奈さんはモニターの前に座り、何かキーボードを打ち始めました。
さてその頃、公くんは廊下を歩いていました。
その頭の中では、さっきの情景がリフレインしているのでした。
|
「詩織、あのさぁ」
屋上。公くんは、自分にもたれ掛かる詩織ちゃんを引き離しました。
幸せそうだった詩織ちゃんの表情が、一転して不審げに変わります。
「なぁに?」
「……なにか、誤解していないか?」
「……え?」
ヒューッ
冷たい北風が、屋上を吹き抜けました。
詩織ちゃんは、数歩下がりました。それから、ひきつった笑みを浮かべます。
「な、何を言ってるの?」
「あのさ、俺……」
公くんはフェンスに背中を押しつけました。そして空を見上げます。
「詩織とは、うまくやっていけそうにないよ」
詩織ちゃんは目を見開きました。
言葉を続ける公くん。
「今の俺って、詩織の恋人にはなれない」
「それ……、公くんの本心なの……?」
唇を震わせながら、詩織ちゃんは聞き返しました。公くんは頷きます。
「ああ」
「……そんな……。だって私……公くんに……」
「詩織の気持ちは嬉しかったし、それに状況に流されちゃった部分はあると思う。でも……、でもさ、俺……」
「やめてっ!」
不意に詩織ちゃんは耳を塞いでその場にうずくまりました。
驚いて公くんは駆け寄ります。
「し、詩織……!?」
「どうして、どうしてそんなことを言うの!? 私は、私は公くんが好きなだけなのに! それも私には許されないっていうの!?」
詩織ちゃんは激しく首を振ります。
「詩織、何も俺はそういう意味で言ってるんじゃなくて……」
「いやっ! もう聞きたくないっ!!」
そう叫ぶと、詩織ちゃんは駆け出しました。
「ちょっと、詩織……」
手をさしのべたその目の前で、バタンと重い扉が閉まりました。
|
「……俺はただ、まだ詩織とつき合えるような俺じゃない。だからもう少し待っててくれ。詩織にふさわしい男になったら、その時こそ……って言おうと思っただけなのになぁ……」
腕を組んでぶつぶつ言いながら歩いていた公くんは、前から鞄を提げた顔見知りの女の子が歩いてくるのに気がつきました。
「あれ? 如月さんじゃないか」
「あ。主人さん……」
未緒ちゃんは頬を赤く染めました。そして訊ねます。
「今、お帰りですか?」
「ああ、もう帰ろうと思ってるけど。如月さんは、部活終わったの?」
「あ、はい」
頷くと、未緒ちゃんは心の中で呟きました。
(自分に自信を持て、ですよね……)
「如月さん?」
「あの、よろしければ、一緒に帰りませんか?」
未緒ちゃんにそう言われて、公くんは頷きました。
「ああ、どうせ帰るところだったし、いいよ」
まったく、この男は……。
《続く》

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