喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く

めぐみちゃんとでぇと
第七拾四話 私のこと、どう思ってくれてるの?

トルルル、トルルル、トルルル
ベルが鳴り響きました。勝馬くんは、アコースティックギターを抱きかかえてチューニングしながら叫びました。
「奈津江、ちょっと頼む!」
「んもう、まったく。はいはい」
台所で食器を洗っていた奈津江ちゃんは、タオルで手を拭きながら電話に駆け寄ると、受話器を取りました。
「はい、鞠川……じゃなかった。芹澤です」
「もしもし、私、稀城と申しますが、……奈津江ちゃん、なの?」
「稀城って、香恋ちゃんなの? やだぁ、久しぶりぃ。どうしたの?」
「よかったぁ。お家に電話したら、きっとそこにいるだろうって言われたから」
「あ……」
奈津江ちゃんは少し赤くなりました。
「そ、それはともかく、何かあったの?」
「う、うん。実はね、詩織ちゃんのことで……」
「詩織の? まさか、詩織ってば、デンマークまで電話かけたの?」
「……ここ、ハンガリーよ」
「え? あ、そ、そうともいうわよね」
視界の隅に、笑いをこらえている勝馬くんが映りました。奈津江ちゃんは無言でじろっと勝馬くんを睨むと、香恋ちゃんに尋ねました。
「で、詩織、どうかしたの?」
「うん。それがね……」
「……」
香恋ちゃんのお話を聞いて、奈津江ちゃんは溜息を一つ、つきました。
「詩織って思い詰めるからねぇ。ありがと。明日にでも話してみるね」
「お願いね。それじゃ、……そっちはお休みなさい、ね?」
「うん。あ、そうそう。水野君、元気にしてるわよ」
「やだ、もう……」
香恋ちゃんは照れたように笑いました。奈津江ちゃんも笑います。
「大丈夫よ。浮気何かしないように、ちゃんと見張ってるから。部長として、ね」
「ありがと。それじゃ、またね」
ブツッ
電話が切れました。奈津江ちゃんは受話器をおくと、深々とため息を付きました。
「藤崎と主人が、またなにかあったのか?」
ギターから顔を上げて、勝馬くんは訊ねました。
奈津江ちゃんは肩をすくめました。
「みたいね。とにかく、明日にでも詩織に話を聞いてみるわ。勝馬、くれぐれもまた突っ走って主人くんに殴りかかるなんてことはしないでよね」
「わーってるって。あ、奈津江、そろそろ帰らないといけないんじゃないか?」
「え? あ、もうこんな時間」
奈津江ちゃんは時計を見上げると、あたふたと帰り支度を始めました。ディバッグに自分の持ってきたものを詰め込むと、玄関に向かいます。
勝馬くんはギターを置くと、玄関まで見送りに来ました。
「それじゃ、気を付けろよ。ま、奈津江を襲おうなんて物好きはいないか」
「よく言うわね、物好きさん」
奈津江ちゃんは笑って勝馬くんのおでこをつつくと、ドアを開けました。
「それじゃ、また明日の朝に起こしに来るからね」
「はいはい。じゃな」
勝馬くんは笑って手を振りました。
本当に仲がいいんですね。
さて、翌朝。
公くんのお母さんが、朝御飯の準備をしていると、不意にチャイムが鳴りました。
ピンポーン
「あら? こんな朝から誰かしら? はぁい」
お母さんは、手を拭きながら玄関に出ました。
ドアを開けると、詩織ちゃんが立ってました。深々と頭を下げます。
「おはようございます、おばさま」
「あら、詩織ちゃんじゃない。どうしたの?」
「あの、もしおばさまのご迷惑でなければ、また朝食の作り方を教えていただけないでしょうか?」
詩織ちゃんは礼儀正しく言いました。
お母さんは笑って答えました。
「いいわよ。上がって」
「はい」
詩織ちゃんは公くんの家に入りました。そして、2階にちらっと視線を走らせます。
(香恋ちゃんは昨日、明日には公くんは元に戻ってるって言ってたものね。とすると、もう元に戻ってるはずよね)
「どうしたの、詩織ちゃん?」
階段の前で上を見上げている詩織ちゃんに、お母さんは怪訝そうに声をかけました。
「あ、何でもないです。それで、何からすればいいんですか?」
そう聞きながら、詩織ちゃんは台所に入りました。
その頃、虹野家では、いつものように沙希ちゃんがお弁当の仕上げにかかっていました。
今日も今日とて、お料理している沙希ちゃんはいつも楽しそうに歌っています。
「♪コンビニのバイトで見つけた恋は〜」
「おはよう、沙希」
「あ、お母さん。おはよう!」
お弁当箱に卵焼きを詰めながら、沙希ちゃんは台所に入ってきたお母さんに挨拶しました。
お母さんはにっこり笑って娘を見ます。
「その様子だと、今日のお弁当はうまくできたみたいね?」
「うん。最近の中でも会心作よ。えへ、えへへ」
沙希ちゃん、にまぁっと笑い崩れます。
(昨日は紐緒さんが出て来てあんなことになっちゃったけど、今日はもしかしたら……。やだぁ、もう。あ、そうだ。下着、お気に入りのに変えようかなぁ。あ、でもそんな事したらなんだか期待してるみたいだし……。そりゃ、ちょっとは、あれだけど……。で、でもね、あたしたちまだ高校生だし……。でも夕子ちゃん、高校生じゃ遅いくらいだ、なんて言ってたよね。ど、どうしよう?)
沙希ちゃん、急におろおろしはじめましたね。
お母さんは、その様子をしばらくにこにこしながら見ていましたけど、不意に沙希ちゃんに話しかけました。
「お母さん、沙希のことは信じてるから、あんまりやかましいことは言わないけどね。でも、まだおばあちゃんにはなりたくないわよ」
「え?」
一拍置いて、沙希ちゃんはお母さんの言ったことの意味がわかったみたいです。かぁっと真っ赤になると、両手を振り回して言い返します。
「そ、そんなことないのよ。だって、だって、あの、その、ね?」
「はいはい。まぁ、顔でも洗ってらっしゃいな。私は朝御飯の用意するから」
「……うん、そうする」
沙希ちゃんは、このままでは形勢不利と悟って、ばたばたと洗面所の方に走って行きました。
それを見送りながら、お母さんは微笑みました。
「まだまだ子供だ、なんて思ってたら、いつの間にか大きくなっていくものなのねぇ」
「見晴姉ぇ! ちょっとそこのレモンマーマレード取ってよ!」
「ん、ほい」
「あ、こら美鈴! さっさと髪結いなさいよ!」
「いーじゃないのぉ。ふぁぁぁぁ。まだ、眠いら……」
館林家の朝。見晴ちゃん達3人は、リビングで仲良く朝のお食事です。
見晴ちゃんはトーストを頬張りながら、何気なく言いました。
「で、お姉ぇはまだ起きてきてないの?」
「なんだか、遅くまで起きて何かやってたよぉ」
と、こちらも遅くまで起きて受験勉強に励んでいる千晴ちゃんが、コーヒーを片手に答えました。
「ふぅーん。ま、いっかぁ」
と、見晴ちゃんがオレンジジュースを口に含んだとき、リビングのドアがぎぎいぃっと開きました。
先生が、のぼぉーーっとした感じで立っています。
「おあおー(おはよー)」
「ど、どうしたん、晴海姉ぇ? まさか、徹夜でもしたのぉ?」
びっくりして、美鈴ちゃんが訊ねます。ちなみに見晴ちゃんは、オレンジジュースが気管に入ったらしく、ゲホゲホとむせています。
にへらぁっと笑うと、先生は美鈴ちゃんにVサインを出して見せました。
「まぁ〜ね。冷蔵庫にユン○ル、残ってたぁ?」
「あ、こないだ無くなったっけ。代わりにモ○ならあるよぉ」
「それでいいや」
そう呟くと、先生は冷蔵庫からドリンク剤を取り出して、腰に手を当ててぐいっと飲み干します。
「くぅーっっ、来た来た来たぁ! よぅーし、もう一踏ん張りするかあ!」
先生はそう言いながら、リビングを出ていきました。その背中を見送りながら、ようやく咳の納まった見晴ちゃんは訊ねます。
「お姉ぇ、今日学校は?」
「行くわよ。……たぶん」
「おいおい」
見晴ちゃんと美鈴ちゃんの声が、綺麗にハモリました。
公くんは、顔を洗うといつものように台所を覗きに来ました。
ちょうどお母さんはいなくて、詩織ちゃんが一人でまな板に向かっています。
「おはよ……げ! し、詩織、さん?」
「あら、公くん。おはよう」
詩織ちゃんはにっこり笑いながら、振り返りました。その右手には、包丁が光ります。
思わず後ずさりして、壁にぺたっと張り付きながら、公くんは無理矢理笑いを浮かべます。
「し、詩織、落ち着け。な?」
「なぁに、公くん。私は落ちついているわよぉ」
そう言いながら、詩織ちゃんはゆっくりと近づいてきました。
「あ、あのさ、えっと、そのぉ」
「ねぇ、公くん」
詩織ちゃんは、包丁を両手でぎゅっと握り締めて、公くんに聞きました。
「ひとつだけ、聞いていい?」
「は、はい、なんでしょうか?」
台所に差し込んできた朝日が、包丁の刃に反射してキラリと光ります。
思わずごくりとつばを飲み込む公くん。
その公くんに、詩織ちゃんは訊ねました。
「公くん……。私のこと、どう思ってくれてるの?」
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く