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めぐみちゃんとでぇと
第七拾六話 見晴、感激!

「それでは、まいりますが、そちらの準備はよろしいでしょうか?」
 テニスボールを左手でポンポンとつきながら、ゆかりちゃんは訊ねました。
「いいわよぉ!」
「は、はい」
 見晴ちゃんとめぐみちゃんは、それぞれにラケットを握って頷きます。
 お昼休みのテニスコート。二人は、ゆかりちゃんに再度挑戦したみたいですね。
 審判台の上には、また部室でおしゃべりしていて引っぱり出されてしまったみゆきちゃんが座っていました。
(どうして、こうなっちゃうのかな? しくしく……。でも、まぁ、今回はいいかな?)
 みゆきちゃんはちらっとコートの反対側を見ました。そこには線審として二人の男子生徒が借り出されていました。
「なんで俺がここにいるのか、非常に疑問なんだけどねぇ。吉野将くん」
「仕方ないだろう? 姉さん……古式部長のたっての頼みなんだから」
 小声で言い合っているのは、テニス部の2年生のホープ、吉野将くんと、その親友の領家和人くんです。
 和人くんは、ぺたんと額を叩きました。
「あーあ。こんなことなら、一人で購買に行ってパンを買って置くんだった。だいたい、将が財布を部室に忘れたのが悪いんだぜ」
「そりゃそうだけど……」
「おまけに、なんでまたよりによってあの二人がいるわけ?」
 和人くん、ちらっと相手のコートを見ました。
 その和人くんの肩を将くんはポンと叩きました。
「ま、人間いつかは向き合わないとならない現実ってのがあるんだよ」
「知った風なことを良く言うぜ」
 漫才をしている二人に、ゆかりちゃんが声をかけます。
「それでは、将さん、領家さん、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますね」
「はい、姉さん」
 将くんはそう答えると、そのまま見晴ちゃん達のコートに移動していきます。さりげなく和人くんが見晴ちゃんたちのコートに近寄らなくてもいいようにフォローしてるんですね。
 それがわかってる和人くん、将くんにぴたっと手を合わせると、ゆかりちゃんの後ろに移動しました。
 さて、リターンマッチを挑んだ見晴ちゃんとめぐみちゃんですが、それまでとポジションを変えています。今までの2戦では見晴ちゃんが前衛、めぐみちゃんが後衛だったのですが、今回は逆に見晴ちゃんが後衛、めぐみちゃんが前衛に立っているのです。
 見晴ちゃんは、おでこに巻いたバンダナをきゅっと締め直して、コートの向こうのゆかりちゃんを睨みました。
「負けないぞぉ。お姉ちゃんにちゃんとビデオを借りて研究したんだものね! ……でも、フランス革命のアニメが何の関係があったのかな? ま、面白かったからいいか」
 見晴ちゃん、また見た番組が違うみたいですね。大丈夫なんでしょうか?

 その頃、未緒ちゃんは保健室のドアの前で、困ったお顔をしていました。
 保健室のドアには札が下がっています。
『みんなのアイドル晴海ちゃんは、今留守にしています。ごめんね』
「……どうしましょうか……」
 溜息を一つつく未緒ちゃん。
 その未緒ちゃんに後ろから声がかけられました。
「ハァイ、未緒。こんな所でどうしたの?」
「あら、片桐さん……」
 未緒ちゃんは振り向くと、苦笑気味にドアの札を指しました。彩子ちゃんはそれを見て、あっちゃぁ〜という感じで額をぺしんと叩きます。
「こりゃ、ドクター落としたのかなぁ? まずいなぁ。入稿は明日の朝一よね?」
「はい。どうします? 片桐さん、2枚今から描けますか?」
「うーん。フリートークか何か入れて誤魔化すかなぁ。それとも、未緒、何か書く?」
「そうですね……」
 未緒ちゃんは少し考えましたが、首を振りました。
「書きたいものはあるんですが、とても2ページには……」
「じゃ、次回作の予告編って感じでどう?」
「あ、そうですね。それは良いかも知れませんね。片桐さんの絵もラフっぽい感じで入れて頂ければ、それらしくなるでしょうし」
 二人はすっかり話し込んでいますね。しかし、一体何のことなんでしょうねぇ。
 ポコォン
 ボールがライン際で跳ねました。じっと見ていた和人くんが手を挙げます。
「インライン!」
 みゆきちゃんは頷くと、さっと手を挙げました。
「ゲームセット! ウォンバイ美樹原アンド館林!」
「きゃ! やったわぁ! 愛ちゃん、私達、とうとう勝ったのよ!!」
 見晴ちゃんは喜んでぴょんぴょんと跳ねました。
「は、はい。そうですね」
 めぐみちゃんも、荒い息をつきながらも、嬉しそうに微笑みました。
 ゆかりちゃんはネットに近寄ると、右手を差し出しました。
「お二人とも、とてもお上手になられましたねぇ」
「あ、ありがとうございます」
 めぐみちゃんはゆかりちゃんと握手しました。
 まわりで見ていたギャラリー達の中から、拍手が起こります。
 将くんは、審判台に近寄ると、みゆきちゃんが降りてくるのに手を貸します。
「ほら、大丈夫かい?」
「あ、ありがとう、吉野くん」
 おや、みゆきちゃん赤くなってますね。それを隠すみたいにちょっと早口で将くんに話しかけます。
「でも、部長が負けるなんて思わなかったわよね」
 それに答えるように、将くんは腕を組んで、ゆかりちゃんと握手している見晴ちゃんに視線を向けました。
「……館林さんって、何かやってるな。あれは何かの武術をやってる動きだよ。しかも、かなりの腕だよ、きっと」
 さすが将くん、見てるところは見ているみたいですね。
 保健室前では、未緒ちゃんと彩子ちゃんがお話をしています。
 いつの間にか打ち合わせは終わったみたいで、話は未緒ちゃんが昨日公くんに言ったことについてに変わっていました。
 未緒ちゃんは俯いて言いました。
「で、私、言ってしまったんです」
「ワッツセイ、何て言ったの?」
 興味津々といった顔で彩子ちゃんは訊ねました。
 ますます俯いて、未緒ちゃんは答えました。
「わ、私達の気持ちにも、気付いてくださいって……」
「オー、ジーザス!」
 彩子ちゃんは額をぺしんと叩きました。
「そりゃ、またはっきり言ったもんねぇ」
「私、主人さんにどんな顔をして逢えばいいんでしょう?」
 未緒ちゃんは小さな声で呟きました。
 その未緒ちゃんの頭をポンと叩くと、彩子ちゃんは笑いました。
「ドンマイ。気にしない気にしない。平気な顔して逢えばいいのよ」
「でも……」
「別に未緒が世界を背負ってるわけじゃないんだから、そんな深刻な顔しないの。ほら、笑って笑って」
 彩子ちゃんは未緒ちゃんの口に指を突っ込んでみゅーっと引っ張りました。
「い、いひゃいへふ、あひゃほふぁん」
 とても楽しそうですねぇ。
 さて、時は巡って放課後になりました。
 職員室の前で、好雄くんはイライラと足踏みしながら待っています。
 と。
「あ、おにーちゃん! こんなところにいるしぃ」
「何だ、優美か?」
 優美ちゃんがとててっと走って来ました。
「捜したんだよぉ。あのね、優美、聞きたいことがあるんだ」
「主人のことだろう?」
 聞き返す好雄くんに、優美ちゃんはこっくりと頷きました。
「そうだよ。あれ、何でわかったの?」
「誰でもわかるわい。ま、もう少し待ってろよ。朝日奈が出て来たら、一緒に主人の家に行ってみることにしてるから」
「あれ? 朝日奈先輩、この中なの?」
 優美ちゃんは、固く閉ざされた職員室のドアをちらっと見ました。
 好雄くんは肩をすくめます。
「ま、恒例の年中行事みたいなもんだな」
 もっとも、夕子ちゃんにお昼休みのことをネタに「絶対待っててよ、絶対だかんね!」と念を押されたということは、好雄くんは優美ちゃんに言いませんでした。
「あれ?」
 角を曲がったところで、沙希ちゃんは前を歩いている見慣れた姿を見かけて、声をかけました。
「未緒ちゃん、彩子ちゃん! どうしたの?」
「あら、沙希じゃない」
「虹野さん、そちらこそどうしたんですか? 家はこっちじゃないのでは?」
 聞かれて、沙希ちゃんはぽっと赤くなりました。そしてもじもじしながら答えます。
「あ、あのね、ほら、主人くん、今日休んじゃったでしょ? だから、身体の具合はどうかなって。ほら、何でも藤崎さんと何かあったらしいって聞いたから、ちょっと心配になっちゃって……」
「オー、それじゃ沙希もあたし達とセイムツー、同じなのね」
「え?」
 顔を上げた沙希ちゃんに、未緒ちゃんが答えます。
「私達もそうなんですよ。いろんな噂が流れていて、気になってしまって……」
「そうなんだぁ。それじゃ、一緒に行きましょう」
 沙希ちゃんはにこっと笑いながらも、心の奥ではちょっぴり残念に思うのでした。
(せっかく、二人っきりだと思ったのにぃ。もし二人っきりだったら、もしかしてもしかするような展開になったのかも知れないのにな。主人くん、汗、かくといいのよ……、なんちてなんちて、やんやんやん)
 その場にいきなり立ち止まって、真っ赤になって首を振っている沙希ちゃんを、思わず数メートル離れて見守ってしまう二人でした。
「あの、片桐さん。止めた方がいいんじゃないでしょうか?」
「そう思うなら、未緒、あなたが止めてくれない?」
「え? あ、その、あのですね……、ああっ、目眩が……」
「……というわけで、わたくしは、帰り道に主人さんのお見舞いに行ってみようかと思うのですが、美樹原さんは如何です?」
 学校からの帰り道、めぐみちゃんはゆかりちゃんに聞かれて、ちょっと考えてから頷きました。
「は、はい。私も……」
「よろしゅうございました。館林さんは……、行かれますね」
 ゆかりちゃんは、見晴ちゃんにちらっと視線を向けてから、にこっと笑いました。
 その見晴ちゃんは……。
「えへ、えへ、主人さんの家にお見舞い……。えへへへ、見晴、感激!」
 すっかり浸っちゃってるようですね。
 こうして、運命の糸の操るままに、主人くんと詩織ちゃんの家の前に人々が集結しようとしていました。
 そして、その頃、当の本人たちはというと……。

《続く》

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