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めぐみちゃんとでぇと
第七拾七話 俺は、詩織が好きだ

「……ん?」
公くんは、目を開けました。
カーテンが引かれて薄暗いけど、自分のお部屋です。見慣れた天井、見慣れたベッド、そして見慣れた紅いロングヘア……。
「へ?」
その瞬間、公くんの思考は完全に停止しました。
自分がベッドに寝ているのはまだいい。でも、どうしてその隣りに詩織が寝ているのだ?
「う、うん……」
こちらに背を向けていた詩織ちゃんが、可愛らしいうめき声を上げて、ころんとこっちに寝返りを打ちました。
ピンク色の唇から、すうすうと寝息が漏れています。
公くん、思わず頭をかきむしります。
(お、落ち着けぇ、落ち着けぇ。そうだ、こういう時は人という文字を3回書いて飲み込めば……。人、人、人、よし、ごっくん)
公くん、飲み込んでからまた頭を抱えます。
(し、しまったぁ! 人じゃなくて入って書いてしまったぁ!)
……好雄くんじゃないんですから。
お約束のボケをかまして、やっと余裕が出来た公くん、詩織ちゃんが起きないようにそろそろと半身を起こすと、考え込みました。
(ちょっと待てよ。今朝起きてみてから何があったんだ? 落ちついて思い出せよ……。えっと、朝起きて、台所に行ってみたら、詩織がいたんだよなぁ……)
公くんは額に手を当てて、今朝のことを思い出していました。
それでは、回想シーンGO!
「ねぇ、公くん」
詩織ちゃんは、包丁を両手でぎゅっと握り締めて、公くんに聞きました。
「ひとつだけ、聞いていい?」
「は、はい、なんでしょうか?」
台所に差し込んできた朝日が、包丁の刃に反射してキラリと光ります。
思わずごくりとつばを飲み込む公くん。
その公くんに、詩織ちゃんは訊ねました。
「公くん……。私のこと、どう思ってくれてるの?」
「お、落ち着け、詩織。な?」
「答えて、公くん!」
詩織ちゃんはずいっと迫りました。
「えっと、その、あのさ、なんていうか、その」
公くん、詩織ちゃんがしっかと握っている包丁が気になって、まともなお返事が出来ないようです。
「ど、どうって、幼なじみで、お隣に住んでいて……。わぁっ! 詩織待てぃ!」
その瞬間、詩織ちゃんの瞳が絶望の色を宿したのが、公くんにははっきりわかりました。
詩織ちゃんは呟きます。
「やっぱり、あなたは公くんじゃない……。返して!」
「は?」
「私の公くんを返してよぉっ!!」
そう叫びながら、詩織ちゃんは包丁を振り上げました。
「どひゃ!」
ザクッ
公くん、慌てて詩織ちゃんの振り下ろす包丁を避け、包丁は壁に刺さりました。
詩織ちゃんはその包丁を軽く抜くと、再び公くんに向けます。
「返して!!」
「えっと、あの……。あ、UFO!」
「え?」
思わず公くんの指す方を見る詩織ちゃん。その隙を見逃さず、公くん脱兎のごとく逃げ出しました。
「ま、待ちなさい!」
詩織ちゃんはその後を追いかけました。
それを、ちょうどおトイレから戻ってきたお母さんは見送るのでした。
「あらあら、今から夫婦喧嘩の練習してるのかしら? 詩織ちゃん、がんばってねぇ!」
……随分暢気なお母さんですね。まぁ、公くんのお母さんらしいといえば、そうかもしれません。
公くんはスニーカーをつっかけて外に飛び出しました。その後から、サンダルを履いた詩織ちゃんが追いかけてきます。
「待ちなさい! 公くんを返しなさいっ!!」
「俺が公だって!」
「違うわ! あなたは公くんの振りをしている偽物よ!」
ちらっと振り返り、公くんは考えました。
(まいったな。詩織の奴、完全に切れちゃったみたいだ。とりあえずあの包丁を何とかしないと……。こんなとこ、他の人に見られてもやばいし……。よし!)
そのまま、公くんは近所の公園に飛び込みました。その後を追いかける詩織ちゃん。
(よし、ついてきたな。今だ!)
いきなり立ち止まると、公くんは振り向きざまに技を放ちます。
「“気分爽快”っ!」
バシッ
「きゃっ」
本来溜め技の気分爽快をいきなり放っても、そうダメージはありません。でも、詩織ちゃんの手から包丁をはねとばすには十分でした。
ぼっと一息つくと、公くんは詩織ちゃんに話しかけました。
「な、とにかく話し合おう、し……おり……」
詩織ちゃんは俯いて、肩を震わせていました。そして、不意に顔を上げます。
その瞳に涙がいっぱいたまっているのを見て、公くんは言葉を失いました。
「し、詩織……」
「どうして……。どうして返してくれないの? 私の公くんを……」
「だから、俺が公だって……」
「違うわっ!」
詩織ちゃんは、激しく首を振ると、きっと公くんを睨み付けました。
その頬を涙が流れ落ちます。
「おい……」
「あなたを倒して、公くんを取り戻す。それしかないわね」
静かにそう言うと、詩織ちゃんはヘアバンドを外しました。
さらりと髪が広がります。
「ち、ちょっと待て!」
慌てて叫ぶ公くんに構わず、詩織ちゃんはすっと構えました。
「あの構えは、まさか詩織、本気で……?」
「バスケ部奥義、“ナイアガラダンク”!!」
次の瞬間、詩織ちゃんの姿が高々と舞い上がります。その動きを追おうとした公くんの視界に朝日が飛び込んできます。
「ま、眩し……。しまった!」
咄嗟に公くんは飛び退きました。そこに詩織ちゃんが舞い降ります。
ズガァァッ
直撃は避けたものの、衝撃波で公くんは吹っ飛ばされました。
公園全体が大きく揺れ、樹が激しくざわめきます。
「詩織、本気か……。くっ!」
数回地面を転がって勢いを殺して、公くんは立ち上がりました。
詩織ちゃんは再び“ナイアガラダンク”の構えです。とても“気分爽快”を溜めている時間はなさそうです。
「これだけはしたくなかったけど……」
公くんは呟き、そしてパチンと指を鳴らして叫びました。
「ドラゴン学ラ〜ン!!」
不意に空がかき曇り、そして稲妻が公くんを打ちます。
「うぉぉぉ!」
公くんは叫びながら、光の中に消えます。そして光が消えたとき、そこには学ランをまとった公くんの、いえ、時空番長の姿がありました。
詩織ちゃんは、それを見て、“ナイアガラダンク”の構えを解きました。
「とうとう、正体を現したわね! 公くんは返してもらうわっ!」
「やめろ、詩織! 俺は戦いたくないんだっ!!」
言いかける公くんには目もくれずに、詩織ちゃんは高々と叫びました。
「私のこの手が光ってうなるっ! 貴方を倒せと輝き叫ぶっ! 必殺!!! シャイニング・背比べの跡っ!!!」
「くっ! “袖龍”!!」
咄嗟に公くんも、学ランから巨大な龍を打ち出しました。
そして。
ズガァァァッ
激しい爆発が起こりました。
「きゃあっ!!」
衝撃波で吹き飛ばされる詩織ちゃん。その後ろには、あの背比べの樹が。
「詩織ぃっ!!」
公くんは叫びました。そして両手を構えます。
「頼む、我が学ランに宿りし龍よ! 詩織を助けろぉっっ!」
ヴン
ドラゴン学ランの裏地に縫い込まれた龍が、瞳を紅く光らせます。
そして、公くんは叫びました。
「番長奥義! “袖龍天舞”!!」
ゴウッ
公くんの腕から、龍が飛び出しました。そして、詩織ちゃんをそのまま包み込みます。
「うぉぉぉっ!」
叫びながら、公くんは両腕でその龍を引き寄せます。
龍もそれに答えるように雄叫びをあげながら、詩織ちゃんの勢いを殺すと、ゆっくりと詩織ちゃんをその場におろしました。
「詩織っ!」
公くんはふらつきながらも駆け寄ると、屈み込みました。
どうやら、詩織ちゃんは気を失っただけみたいです。それを確認して、公くんは呟きました。
「よ……かった」
どさっ そのまま、公くんもその場に倒れてしまいました。
番長奥義“袖龍天舞”は、本来打った後は制御できない“袖龍”を無理矢理制御するという荒技です。前代の番長も使えなかった奥義をいきなり使ったので、公くんは疲労の極に達してしまったみたいですね。
二人が倒れてしまった公園には、静けさが戻りました。
おや?
その二人に近づく人影がありますね。誰なんでしょう。
その人は、腕を組んで倒れた公くんを見おろしながら、言いました。
「そうだ、公よ。その自らの限界も省みず女の子を助けるその心を忘れるな」
薄れ行く意識の中で、公くんはその人影を見上げました。
朝日でシルエットになっていて、誰なのかはわかりませんが、その口調には覚えがあります。そう、前にめぐみちゃんとデートしたときに、めぐみちゃんを襲おうとした公くんを叩きのめしたあの覆面の男です。
「おまえは……あの時の……タイガー……」
公くんはそこまで呟いて、意識を失ってしまいました。
「そ、そうか。それで今まで気を失ってて……」
公くんはちらっと時計を見ました。午後4時。
もちろん、公くんの変身は解けて、元の姿に戻っています。
「……公くん……」
詩織ちゃんが、呟きました。公くんは、自分の横で眠る詩織ちゃんに視線を移しました。
「……詩織」
そっと詩織ちゃんの頬に触れる公くん。その頬が湿っていることにはっとします。
「……泣いていたのか、詩織……」
その瞬間、公くんの心の中を、あの時の屋上での詩織ちゃんの言葉がよぎっていくのでした。
『どうして、どうしてそんなことを言うの!? 私は、私は公くんが好きなだけなのに! それも私には許されないっていうの!?』
(……そうか、詩織……)
その時。
「う……うん」
微かに呻くと、詩織ちゃんは目を開けました。
「ここは……」
「目が覚めたかい、詩織?」
公くんは優しく訊ねました。
詩織ちゃんは、公くんを見上げました。
「公……くん?」
「ああ」
頷くと、公くんは詩織ちゃんを優しく抱き起こしました。そして、静かに言います。
「ごめんよ」
「……公くん……」
詩織ちゃんの紅い瞳に、涙が浮かびました。公くんは、そっとその涙を拭うと、頷きました。
「公くんっ!」
詩織ちゃんは、公くんの胸にそっと顔を埋めました。そのまま泣きじゃくります。
「詩織、ごめん」
公くんは、静かにそっと詩織ちゃんを抱きしめるのでした。
「……ううん、もういいの」
公くんの抱擁から、そっと自分の身体を引き離すと、詩織ちゃんはベッドから降り立ちました。
「詩織?」
「公くんが帰ってきてくれた。それだけで、いいの」
詩織ちゃんはにっこりと微笑みました。
公くんも、ベッドから降り立つと、さっとカーテンを開けます。そして振り返りました。
「詩織……。俺、誤解してたみたいだ」
「え?」
「お、俺は、その、なんだ……」
公くんは窓を開けて、大きく深呼吸しました。そして振り返ると、言いました。
「俺は、詩織が好きだ」
「……公くん……」
詩織ちゃんの瞳が潤みました。
「信じて……いいのね?」
「ちょっと、待ってよ。確かに詩織は好きだよ。でも……」
公くんが言いかけたところに、ノックの音がしました。そして公くんのお母さんが顔を出します。
「あら、公も詩織ちゃんも気がついたのね。よかったわ」
「母さん!」
「お母さま、ご迷惑をおかけしました」
詩織ちゃんは深々と頭を下げました。公くん思わず口をぽかんと開けます。
(お、お母さまって何だよ、詩織?)
今まで詩織ちゃんは公くんのお母さんのことは“おばさま”と呼んできたはずです。
公くんのお母さんは、それには気付かなかったらしく、公くんの方に向き直りました。
「公、お友達がお見舞いに来てくれたけど、どうする?」
「居間にいるの? じゃ、降りていくよ」
「私も行くわ」
詩織ちゃんはそう言うと、先に階段を下りていってしまいました。公くんは慌てて追いかけます。
「待てよ、詩織!」
それを見送って、お母さんはほっと息をつきました。
「やれやれ。気絶した二人を連れて館林先生が見えた時にはどうなるかと思ったけど。ま、雨降って地固まるってやつかねぇ」
どうやら、ここでも先生が暗躍していたみたいですね。学校を休んで何をしているのかと思えば。
《続く》

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