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めぐみちゃんとでぇと
第七拾八話 すべてです

 公くんの家の居間は、フローリングの10畳くらいある広めのお部屋です。真ん中には2畳くらいのカーペットの上にガラスのテーブルが置いてあり、そのまわりに座ると気持ちのいい、ふかふかのソファが並んでいます。
 壁の方には、サイドボードが置いてあり、お父さん愛用のグラスやお酒が並んでいます。その脇には、26インチのテレビとオーディオシステムが並んでいます。その反対側の壁は、庭に面した大きな窓になっています。
 今、そのお部屋の中には、好雄くん、夕子ちゃん、優美ちゃん、彩子ちゃん、未緒ちゃん、沙希ちゃん、ゆかりちゃん、めぐみちゃん、見晴ちゃんと、そうそうたるメンバーが顔を揃えていました。
 さすがにこれだけの人数ではソファに座り切れません。というわけで、好雄くんと夕子ちゃんと沙希ちゃん、そして見晴ちゃんの4人は壁際に立っていました。
 と、ドアが開いて、みんなが思いも寄らなかった人物が姿を現したのです。
「ど、どうしちゃったの? みんな揃って……」
「藤崎さんこそ、どうして?」
 この中では一番ショックの小さかった夕子ちゃんが聞き返しました。ちなみに、真っ白になっているのは見晴ちゃんです。
 未緒ちゃんはさりげなくその後ろにプラカードを掲げていますね。
『ガガーン』
 一方、詩織ちゃんは夕子ちゃんの質問に、ぽっと赤くなって手を振りました。
「やだぁ、もう、朝日奈さんってばぁ!」
 ブン
「うわっちっ」
 とっさに夕子ちゃんはその一撃をかわしました。さすがは見晴ちゃんを倒しただけのことはありますね。
「超危なかったぁ」
 ほっと息をつく夕子ちゃんですが、詩織ちゃんはそんな夕子ちゃんの様子には拘泥せずに、ほっぺたを両手で挟んでうつむきながら答えました。
「そんなこと、言わなくてもわかるじゃない……。や、恥ずかしいな」
「あ、あのー、もしもし……」
 そんな詩織ちゃんに声をかけようとして、夕子ちゃんは背後の異様な気配に気づきました。
 思わず振り返って、夕子ちゃんはあわてて詩織ちゃんの前から退きました。
 それに代わるように、彩子ちゃんがソファから立ち上がりました。
「アイウォント。あたしはちゃんと聞かせてほしいわね。どうして詩織がここにいるのか、をね。学校を休んでお見舞いに来た、なんて言い訳は通用しないわよぉ」
 詩織ちゃんは、軽くうなずいて微笑みました。
「言い訳をするつもりはないわ」
「じゃあ……?」
 彩子ちゃんは先を促しました。
 夕子ちゃんには、二人の間で火花が散っているような気がして、思わず首をすくめました。
(おお、超怖ぁ。そっかぁ、この二人って先週の保健室対決の決着ついてないもんね)
 先週の話ですが、公くんは詩織ちゃんと彩子ちゃんの二人と同時にデートの約束をしてしまい、この二人は保健室で公くんを巡る対決をしたのでした。
 あの時は錯乱した公くんがちょうどそこに居合わせた未緒ちゃんを選んでしまったため、二人の決着はうやむやになっていたのでした。
 でも、夕子ちゃんの見たところ、今はどうやら詩織ちゃんの方が余裕ありげに見えます。
 今も、彩子ちゃんの質問に、にこにこしているだけです。
 と、不意に、違う方向から声が聞こえました。
「詩織ちゃん……」
「え?」
 詩織ちゃんは、その声で初めて気がついたようにめぐみちゃんに視線を向けました。その表情が強ばります。
「メグ……」
 やはり、昨日めぐみちゃんに叱られたことが頭をよぎったのでしょう。
「詩織ちゃん。あ、あの……」
 そこまで言いかけて、めぐみちゃんはうつむいて、膝の上で手をぎゅっと握りしめました。
 と、その手を別の手が柔らかく包み込みます。
 めぐみちゃんはお隣に視線を向けました。
 ゆかりちゃんが、微笑みながらうなずきました。
 めぐみちゃんもうなずくと、詩織ちゃんに視線を向け直しました。そして、意を決したように口を開きました。
「詩織ちゃん。昨日はごめんなさい。私、詩織ちゃんの気持ちなんてこれっぽっちも考えないで、あんなひどい事を……」
「……ううん」
 詩織ちゃんは静かに首を振りました。
 そして、落ち着いた表情になって居間を見回しました。
 みんなが詩織ちゃんに注目します。
「みんなに聞いてほしいの。公くんのことで」
 好雄くんは肩をすくめました。
「どうやら、俺達はお邪魔みたいだな、ほら行くぞ朝日奈」
「え? う、うん」
 夕子ちゃん、珍しく素直にうなずくと、ドアを開けました。好雄くんは優美ちゃんの肩をぽんと軽く叩くと部屋から出て、ドアを閉めました。
 それから、呆れたように小声で訊ねます。
「で、公。おまえはこんなところで何をしていらっしゃるわけ?」
 ドアに張り付いていた公くんは、こちらも小声で言い返しました。
「あんな中に入っていけるか!」
「ま、わからんでもないけどよ。でも、こっから先は俺達の入れる場所じゃないぜ」
 好雄くんはそう言うと、すたすたと歩き出しました。
「お、おい、何処へ?」
「勝手知ったる他人の家ってね」
 笑いながら台所に入ると、好雄くんはお茶の用意をしていた公くんのお母さんに話しかけます。
「あ、おばさん。今ちょっと大事な話してるから、あっちには入らない方がいいと思いますよ」
「あら、そうなの? 困ったわねぇ。せっかくお茶煎れたのに冷めちゃうわ」
「あ、ご心配なく。俺達でいただきますから。なぁ、朝日奈」
「超ラッキー! おばさん、あんがとー」
 歓声を上げながら、夕子ちゃんはキッチンテーブルにつきました。お母さんはその前に、お皿に山盛りになったクッキーを出しました。
「お袋、それ、もしかして!?」
 それを見て、思わず声を上げる公くん。
「わぁ、超美味しそう! いただきぃ!」
 夕子ちゃんは早速2、3個取って口の中に放り込みました。
 お母さんは公くんに答えます。
「ええ、この間詩織ちゃんが持ってきてくれたあのクッキーだけど……」
 クッキーを口に入れたまま凍り付く夕子ちゃん。
 その肩を叩いて、好雄くんは言いました。
「朝日奈、無理するなよ。な?」
「そうだよ、朝日奈さん。あ、洗面所あっちだよ」
「あらあら、大丈夫?」
「うぐぐぐ……」
 いったい、どんな味がするんでしょうねぇ。詩織ちゃんのクッキーは。

 さてその頃、居間では、詩織ちゃんがぐるりと一人一人を見つめていました。
 そして、最後に壁際に立っていた見晴ちゃんをじっと見ました。
 見晴ちゃんは、ぎゅっと拳を握りしめました。
(逃げちゃ駄目よ、逃げちゃ駄目よ)
 心の中でそう繰り返しながら、じっと詩織ちゃんを見返す見晴ちゃん。
 詩織ちゃんは、一つうなずくと、静かに言いました。
「私は……公くんのことが、好きよ」
 一瞬ため息にも似たざわめきがあがります。詩織ちゃんは言葉を継ぎました。
「小さい頃から、公くんとずっと一緒だったけど、でも最初から好きだったんじゃないの。今から考えると、ね……」
 少し目を閉じて、言葉を選んでから、
「そう。小さい頃はほんとに好きだったんじゃなくて、きっと恋愛ごっこをしてたんじゃないかな、私……」
 自分に向かって呟くように、詩織ちゃんは言いました。
「うちのお父さんとお母さんも、公くんのお父さんとお母さんも、とっても仲がいいの。そんなお父さんお母さん達に囲まれて育って、私も小さな頃から思ってた。私と公くんも、お父さんお母さんみたいに仲良くしなくちゃいけないんだって。
 でも、小学生、中学生と大きくなっていくにつれて、そうじゃないってことがわかってきて、段々公くんとも一緒にいる時間が減っていったの。
 だけど……」
 詩織ちゃんは、傍らの壁に片手をつきました。
「だけど、高校生になって、公くんは変わっていったわ。そう、どんどんステキになっていった。この中で中学生の頃の公くんを知ってるのは、メグだけよね?」
 不意に話を振られて、めぐみちゃんは頷きました。
「そうですね。……お隣に同じ歳の男の子が住んでいるって話は何度か聞いたことがありました……。実際に一度偶然逢ったこともありますけど、そのときは何とも思いませんでしたし……」
「でも、きらめき高校に入ってからは違ってた。どんどんステキになっていく公くんをずっと見てて……、何時の頃からなのかな、今までとは違う目で公くんを見てる自分に気が付いたのは。
 私、それまで恋ってしたことがなかったから、だから気が付かなかった。私が公くんに恋してるってことに。
 それに気が付いたのは……、そう、メグと公くんのことで、公くんに文句を言ったときだったわ。あの時、公くんが私のこと抱きしめてくれて、そして気が付いたの。私、公くんのことが好きなんだなぁって……」
 そう言うと、詩織ちゃんはくるっとみんなを見回しました。
 いつしか、立ち上がっていた彩子ちゃんも座っています。
 沈黙が流れる中、静かな声がしました。
「私も、主人さんのことが好きです」
 皆は一斉に、声の方を見ました。
 壁際に立っていた沙希ちゃんが呟きます。
「未緒ちゃん……」
「好きなんです」
 未緒ちゃんは、ソファに座ったまま、繰り返しました。そして、詩織ちゃんの方に視線を向けました。
「私、身体が弱いせいもあって、小さな頃からいろんな本を読んできました。そして、その中の主人公に自分をなぞらえて、空想の世界で遊んできました。
 小さな頃は、冒険活劇の世界で遊ぶのが好きでした。自分には出来ない、思いっきり飛んだり跳ねたりできる、そんな主人公達は、私にとっての憧れでした。
 でも、中学生、高校生となっていくにつれて、私は冒険活劇よりも、別のものをよく読むようになりました。ええ、いわゆる恋愛もの、です。
 いろんな物語にいろんな恋が、いろんな愛が描かれていました。私はいつしか、そんな恋愛に憧れていました。
 だから、保健室で公さんにデートを申し込まれたとき、藤崎さんと片桐さんのお二人には悪いですけれど、とっても嬉しかったんです。ついに夢が叶ったと有頂天になっていました。
 でも、次の日、公さんはそのデートの申込みを断ってきました。その時、やっぱりと思いました。これが現実なんだって……。
 だけど……」
 未緒ちゃんはちらっと沙希ちゃんに視線を向けました。
「ある人が、私に気づかせてくれました。私の本当の気持ちを。
 公さんにデートの申込みを断られて、私はどうして落ち込んだんでしょうか。それは、とりもなおさず私が公さんのことが好きだということの裏返しなんだって、そう気づかせてくれたんです」
 沙希ちゃんは少し赤くなってうなずきました。
 未緒ちゃんはにこっと笑うと、詩織ちゃんに向き直ります。
「そして、もう一人の人は、私に言ってくれました。自分に自信を持てって。だから、私は自分のこの想いにも自信を持って言います。
 主人さんが、好きです」
 未緒ちゃんはそう言い切りました。そして、正面に座っていた彩子ちゃんに視線を向けました。
 それに答えるように、彩子ちゃんは肩を軽くすくめて言いました。
「イッツ・ノー・リーゾン・フォー・ラヴィン。“好き”って気持ちに、難しい理由なんてないわよ。でも、強いて言うならねぇ……。
 そうね、フィーリングが合うっていうのかしらね。彼といるとハッピーになれるから。だから一緒にいたい。それだけよ。
 で、沙希はどうなの?」
「え? あたし?」
 急に話を振られて、沙希ちゃんは思わず自分を指しました。彩子ちゃんはうなずきます。
 沙希ちゃんはトンと壁に背中をつくと、視線を宙にさまよわせながら、言いました。
「あたしは……、藤崎さんみたいにずっと前から公くんのことを見てきたわけじゃないけど、でも公くんが頑張ってるのは知ってるの。私は、そんな公くんの姿を見ているのが好き。そんな公くんのお手伝いをするのが好き。公くんのためにお弁当を作るのが好き。だから……そんなのじゃ、ダメなのかな?」
 最後は誰にともなく訊ねる沙希ちゃんでした。
 意外なところから、その質問への答えが出ました。
「それで、よろしいのではないでしょうか?」
 ゆかりちゃんがにっこりと微笑みながら言いました。
「そう言うゆかりはどうなの?」
 彩子ちゃんが訊ねると、ゆかりちゃんは彩子ちゃんの方に向き直って、丁寧に言いました。
「わたくし、ですか? わたくしは主人さんをお慕いしておりますよ」
 あっさりと答えたゆかりちゃんに、詩織ちゃんが訊ねました。
「古式さんは、公くんのどんなところが好きなの?」
「すべて、です」
 そうきっぱりと言い切ると、さすがにそれだけでは答えになってないと思ったらしく、ゆかりちゃんは言葉を続けました。
「わたくしは、公さんは良いところも悪いところも、そのすべてが公さんだと思っております。ですから、何処が好きか、と聞かれましたら、すべてです、としかお答えできません」
 そう言うと、ゆかりちゃんは上品ににっこりと微笑みました。

《続く》

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