喫茶店『Mute』へ
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公くんの家の居間は、フローリングの10畳くらいある広めのお部屋です。真ん中には2畳くらいのカーペットの上にガラスのテーブルが置いてあり、そのまわりに座ると気持ちのいい、ふかふかのソファが並んでいます。
壁の方には、サイドボードが置いてあり、お父さん愛用のグラスやお酒が並んでいます。その脇には、26インチのテレビとオーディオシステムが並んでいます。その反対側の壁は、庭に面した大きな窓になっています。
今、そのお部屋の中には、好雄くん、夕子ちゃん、優美ちゃん、彩子ちゃん、未緒ちゃん、沙希ちゃん、ゆかりちゃん、めぐみちゃん、見晴ちゃんと、そうそうたるメンバーが顔を揃えていました。
さすがにこれだけの人数ではソファに座り切れません。というわけで、好雄くんと夕子ちゃんと沙希ちゃん、そして見晴ちゃんの4人は壁際に立っていました。
と、ドアが開いて、みんなが思いも寄らなかった人物が姿を現したのです。
「ど、どうしちゃったの? みんな揃って……」
「藤崎さんこそ、どうして?」
この中では一番ショックの小さかった夕子ちゃんが聞き返しました。ちなみに、真っ白になっているのは見晴ちゃんです。
未緒ちゃんはさりげなくその後ろにプラカードを掲げていますね。
『ガガーン』
一方、詩織ちゃんは夕子ちゃんの質問に、ぽっと赤くなって手を振りました。
「やだぁ、もう、朝日奈さんってばぁ!」
ブン
「うわっちっ」
とっさに夕子ちゃんはその一撃をかわしました。さすがは見晴ちゃんを倒しただけのことはありますね。
「超危なかったぁ」
ほっと息をつく夕子ちゃんですが、詩織ちゃんはそんな夕子ちゃんの様子には拘泥せずに、ほっぺたを両手で挟んでうつむきながら答えました。
「そんなこと、言わなくてもわかるじゃない……。や、恥ずかしいな」
「あ、あのー、もしもし……」
そんな詩織ちゃんに声をかけようとして、夕子ちゃんは背後の異様な気配に気づきました。
思わず振り返って、夕子ちゃんはあわてて詩織ちゃんの前から退きました。
それに代わるように、彩子ちゃんがソファから立ち上がりました。
「アイウォント。あたしはちゃんと聞かせてほしいわね。どうして詩織がここにいるのか、をね。学校を休んでお見舞いに来た、なんて言い訳は通用しないわよぉ」
詩織ちゃんは、軽くうなずいて微笑みました。
「言い訳をするつもりはないわ」
「じゃあ……?」
彩子ちゃんは先を促しました。
夕子ちゃんには、二人の間で火花が散っているような気がして、思わず首をすくめました。
(おお、超怖ぁ。そっかぁ、この二人って先週の保健室対決の決着ついてないもんね)
先週の話ですが、公くんは詩織ちゃんと彩子ちゃんの二人と同時にデートの約束をしてしまい、この二人は保健室で公くんを巡る対決をしたのでした。
あの時は錯乱した公くんがちょうどそこに居合わせた未緒ちゃんを選んでしまったため、二人の決着はうやむやになっていたのでした。
でも、夕子ちゃんの見たところ、今はどうやら詩織ちゃんの方が余裕ありげに見えます。
今も、彩子ちゃんの質問に、にこにこしているだけです。
と、不意に、違う方向から声が聞こえました。
「詩織ちゃん……」
「え?」
詩織ちゃんは、その声で初めて気がついたようにめぐみちゃんに視線を向けました。その表情が強ばります。
「メグ……」
やはり、昨日めぐみちゃんに叱られたことが頭をよぎったのでしょう。
「詩織ちゃん。あ、あの……」
そこまで言いかけて、めぐみちゃんはうつむいて、膝の上で手をぎゅっと握りしめました。
と、その手を別の手が柔らかく包み込みます。
めぐみちゃんはお隣に視線を向けました。
ゆかりちゃんが、微笑みながらうなずきました。
めぐみちゃんもうなずくと、詩織ちゃんに視線を向け直しました。そして、意を決したように口を開きました。
「詩織ちゃん。昨日はごめんなさい。私、詩織ちゃんの気持ちなんてこれっぽっちも考えないで、あんなひどい事を……」
「……ううん」
詩織ちゃんは静かに首を振りました。
そして、落ち着いた表情になって居間を見回しました。
みんなが詩織ちゃんに注目します。
「みんなに聞いてほしいの。公くんのことで」
好雄くんは肩をすくめました。
「どうやら、俺達はお邪魔みたいだな、ほら行くぞ朝日奈」
「え? う、うん」
夕子ちゃん、珍しく素直にうなずくと、ドアを開けました。好雄くんは優美ちゃんの肩をぽんと軽く叩くと部屋から出て、ドアを閉めました。
それから、呆れたように小声で訊ねます。
「で、公。おまえはこんなところで何をしていらっしゃるわけ?」
ドアに張り付いていた公くんは、こちらも小声で言い返しました。
「あんな中に入っていけるか!」
「ま、わからんでもないけどよ。でも、こっから先は俺達の入れる場所じゃないぜ」
好雄くんはそう言うと、すたすたと歩き出しました。
「お、おい、何処へ?」
「勝手知ったる他人の家ってね」
笑いながら台所に入ると、好雄くんはお茶の用意をしていた公くんのお母さんに話しかけます。
「あ、おばさん。今ちょっと大事な話してるから、あっちには入らない方がいいと思いますよ」
「あら、そうなの? 困ったわねぇ。せっかくお茶煎れたのに冷めちゃうわ」
「あ、ご心配なく。俺達でいただきますから。なぁ、朝日奈」
「超ラッキー! おばさん、あんがとー」
歓声を上げながら、夕子ちゃんはキッチンテーブルにつきました。お母さんはその前に、お皿に山盛りになったクッキーを出しました。
「お袋、それ、もしかして!?」
それを見て、思わず声を上げる公くん。
「わぁ、超美味しそう! いただきぃ!」
夕子ちゃんは早速2、3個取って口の中に放り込みました。
お母さんは公くんに答えます。
「ええ、この間詩織ちゃんが持ってきてくれたあのクッキーだけど……」
クッキーを口に入れたまま凍り付く夕子ちゃん。
その肩を叩いて、好雄くんは言いました。
「朝日奈、無理するなよ。な?」
「そうだよ、朝日奈さん。あ、洗面所あっちだよ」
「あらあら、大丈夫?」
「うぐぐぐ……」
いったい、どんな味がするんでしょうねぇ。詩織ちゃんのクッキーは。
《続く》