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めぐみちゃんとでぇと
第七拾九話 もったいないもんね

 ゆかりちゃんの言葉が終わると、その場に沈黙が流れました。
 と、優美ちゃんがぴょんと立ち上がりました。
「優美だって、主人先輩のこと大好きだもん!」
「優美ちゃん……」
 詩織ちゃんは、優美ちゃんに優しい視線を向けました。
 優美ちゃんはくすんと鼻をすすり上げると、テーブルにバンと手をたたきつけました。
「そりゃ、優美はみんなみたいに大人っぽくないし、お勉強だって出来ないし、お料理だってうまくないれす。でも、優しい主人先輩のことが大好きなんだもん! 自分でも、かなわないってわかってても、大好きなんだもん!!」
「優美ちゃん」
 沙希ちゃんが進み出て、なおもテーブルを叩こうとする優美ちゃんの手をそっと握りました。
 優美ちゃんは顔を上げて沙希ちゃんを見つめます。
「虹野先輩……」
 何も言わず、沙希ちゃんはただ頷きました。
 みるみる、優美ちゃんの瞳がうるうるしたかと思うと、優美ちゃんはそのまま沙希ちゃんに抱きついて泣き出してしまいました。
「うわぁーん」
「あらあら」
 沙希ちゃんは優しく優美ちゃんの背中をポンポンと叩いてあやしています。
 ゆかりちゃんは、そんな二人を目を細くして微笑みながら見ていましたが、不意に視線を壁際に向けました。
「館林さんは、如何ですか?」
「わ、私?」
 見晴ちゃんは、きょろきょろと左右を見てから、自分を指しました。ゆかりちゃんはにっこりとうなずきます。
「はい。よろしければ、館林さんの想いもお聴かせいただけますでしょうか?」
「……」
 見晴ちゃんは、俯いて真っ赤になってしまいました。そして、しばらくもじもじしていました。
「私が初めて主人さんに逢ったのは、きらめき高校の入学試験の時でした……。私、試験中にうっかりして消しゴムを落としてしまって、困ってたんです。その時に、そんな私に何も言わないで自分の消しゴムを半分に割って私にくれたのが、隣りに座ってた主人さんだったんです」
 見晴ちゃんは目を閉じて、その時のことを思い出しながら、話していました。
「試験が終わって、消しゴムを返そうと思ったんだけど、主人さんはすぐに帰っちゃって、返すことが出来なかったんだ……。
 でも、私その時思ったの。
 もし、あの人が私の待っていた人なら、きっとまた逢える、絶対逢えるって。だから、私その消しゴムをもって、合格発表の会場でずっと待ってたの。だけど、そこでは逢えなかった……」
 詩織ちゃんがうなずきました。
「公くん、入試の出来があんまり良くなかったみたいだったの。発表の時も、『どうせ落ちてるからいい』って見に行かなかったんだもの」
「そうだったんだ……。
 でね、またダメだと思ったのね。でも、でも……。
 入学式の日に、クラス分けの掲示板の前で、私、主人さんと再会したの。また、逢えたの。その時思ったの。きっとこれは、運命の神様が二人を結びつけてくれたんだって……。
 でも、私、その直後に知っちゃったんだ……」
 そう言うと、見晴ちゃんは俯きました。そして呟きます。
「主人さん、掲示板見てとっても嬉しそうに言ってたよ。『やった! 詩織と同じクラスだ!』って……」
 皆一斉に詩織ちゃんに視線を向けました。
 詩織ちゃんは何か言いかけましたが、見晴ちゃんが先に口を開きました。
「そのとき、わかったの。私、主人さんが好きになっちゃってたって事。逢ってからの時間が短い。言葉も交わしたことだってない。でも、好きになっちゃったんだもの……」
 不意に今まで黙って聞いていた彩子ちゃんが口を開きました。
「どうして見晴は公の前に出ていかなかったの?」
「そ、それは、その……」
 見晴ちゃんはぽっと赤くなると、いやいやするように首を振りました。
「何度も言おうと思ったんです。でも、主人さんの前に出ただけで、ううん、主人さんのことを考えただけで、心臓が壊れそうになっちゃって、頭の中が真っ白になっちゃうの。気が付いたら、話しかけるつもりが体当たりしてたり……。これじゃいけないって、電話で謝ろうとしても結局言えなくて、変なことばっかり留守電に入れちゃったり……」
 もしここに夕子ちゃんがいたら、見晴ちゃんの事情について詳しく説明してくれたでしょう。でも、その頃夕子ちゃんは台所で大騒ぎしてたのです。
 結局、みんなが見晴ちゃんの本当の事情を知ったのは、卒業した後のことだったのです。

 さて、その頃。
「ふぁー、超怖かったぁ」
 夕子ちゃんはコップのコーラを一気に飲み干して、ほっと一息つきました。
 好雄くんは、メモを開いて何か書き込んでいました。
「備考、料理は……っと。これでよし」
「それにしても、まだ何か話してるのか?」
 公くんは立ち上がりました。そして台所を出ていこうとします。
「待てよ、公」
 好雄くんが呼び止めました。
「なんだよ?」
「今は黙って座ってろって」
 珍しく真面目な顔で好雄くんはそう言うと、メモを閉じました。
「なんでだよ?」
「……」
 好雄くんと夕子ちゃんは顔を見合わせました。そして、夕子ちゃんが言います。
「女の子ってね、いろいろあるんだよ」
「いろいろ?」
「そ。いろいろよ。ね、おばさま」
 夕子ちゃんは公くんのお母さんに話を振りました。お母さんはくすっと笑うと頷きました。
「そうね。男の子にはわからないようなことが、色々とね」
「でもおばさま。公くんってその辺りのこと超鈍いと思うんだけど」
 夕子ちゃんは笑いながら言いました。お母さんも笑います。
「そうね。困ったもんだわ。育て方間違えたかしら」
「おいおい」
 ぶ然とする公くんをよそに、台所は笑いに包まれています。
 詩織ちゃんは、ソファの方に視線を移しました。
「メグは、どうなの?」
「私は……」
 それまで、みんなの告白を目を閉じて黙って聞いていためぐみちゃんは、初めて目を開けました。
「私は、詩織ちゃんのおかげで主人さんに出逢うことが出来ました。そして、主人さんを好きになって、私、変わることが出来ました」
 そう言うと、めぐみちゃんは詩織ちゃんに視線を向け、そして言いました。
「そう、詩織ちゃんと主人さんのおかげで、私は勇気を出すことを覚える事が出来たんです」
「メグ……」
 詩織ちゃんとめぐみちゃんは視線を合わせました。そう、久しぶりに。
 めぐみちゃんは言葉を続けました。
「私、思うんです。その勇気って、一番大事なことなんじゃないかなって。だから、それを教えてくれた詩織ちゃんは、やっぱり、私にとって大事なお友達だし、そして主人さんは……」
 そう言いかけて、めぐみちゃんは頬を染めて俯きました。
「美樹原さん」
 ゆかりちゃんが声をかけました。その声に、めぐみちゃんは顔を上げました。
 こくんと頷いてみせるゆかりちゃん。めぐみちゃんも頷くと、真っ直ぐに視線をあげました。
「主人さんが、好きです」
「メグ……。うん」
 詩織ちゃんはにこっと笑いました。めぐみちゃんにはわかりました。
 その微笑みは、昔の、詩織ちゃんとの仲がぎくしゃくする以前に、めぐみちゃんだけに見せたあの微笑みだったのです。
(詩織ちゃん……)
 めぐみちゃんもにこっと笑い返しました。
 そうして、詩織ちゃんはみんなの顔をもう一度見回しました。
「こんな事を言うのは、虫の良すぎるお願いだってわかってるの。でも……」
 そう言いかけて躊躇う詩織ちゃんに、彩子ちゃんがウィンクしました。
「なぁに、詩織? 公くんを譲れって言うんなら、聞いてあげないわよぉ」
「ううん、そうじゃないの」
 冗談めかした彩子ちゃんの口調に、詩織ちゃんは首を振りました。そして、言います。
「みんな、このままでいきましょう。友達のままで……。そう、卒業までは。ううん、卒業式が終わる、そのときまでは。
 誰が公くんと付き合うとか、付き合わないとかは、公くんに任せちゃって」
「オッケイ、いいわよ」
 彩子ちゃんがあっさりと賛成しました。
「第一、もったいないもんね。卒業までもうあんまりないのに、公くん一人のことで、女の子が何人もうじうじして、楽しめないなんてね」
「そうよね!」
 沙希ちゃんが大きく頷きました。そして、優美ちゃんの頭をくりくりと撫でました。
「優美ちゃんは、それでいい?」
「うん」
 優美ちゃんは、制服の袖で目をごしごし拭くと、照れたようにえへへと笑いました。
「じゃ、優美、がんばって主人先輩にアタックしちゃおうっと」
「あ、こらぁ! プリティガール!」
 彩子ちゃんが優美ちゃんの頭を脇に抱え込みました。
「ひゃぁ!」
「この片桐お姉さんに主人くんのことは任せなさぁい」
「やだやだぁ!」
「彩ちゃん、やめなさいよぉ!」
 その騒ぎをよそに、めぐみちゃんはソファから立ち上がると、詩織ちゃんに駆け寄りました。
「詩織ちゃん」
「メグ……。ごめんね」
 詩織ちゃんはそう言うと、めぐみちゃんの額にこつんと自分の額をくっつけました。
「私ね、結局、自分のことしか見えてなかった……。公くんのことも、メグのことも、全然考えてなかった。そして、それに気付かなかった。二人のことを考えてるつもりになってた……」
「詩織ちゃん、それは……」
 何か言いかけるめぐみちゃんの口に、詩織ちゃんは人差し指をぴとっとくっつけました。
「でもね、今日公くんとお話しして、そしてみんなの想いを聞いて、初めて気が付いたの。相手のことを考えて、そして初めて成り立つんだって。恋愛も、友情も、ね。
 だから、私今からそうしていこうと思うの。もう遅いかもしれない。でも、始めなくちゃなにも変わらないものね」
「……そう、ですよね」
 めぐみちゃんは頷きました。
 そんな二人を、見晴ちゃんは壁にもたれて見ながら呟きました。
「いいなぁ。お友達って」
「そうですねぇ」
「ひゃ」
 急に隣で声がして、見晴ちゃんは思わず10センチほど飛び上がりました。
 いつのまにか、見晴ちゃんのお隣でゆかりちゃんがにこにこしていたのです。
「ゆかりちゃん?」
 と、控えめなノックの音がしました。一番近くにいたゆかりちゃんがドアを開けます。
「あら、主人さんではありませんか? ご無沙汰しておりました」
 その声に、みな思わずドアの方に視線を集めました。
「あ」
「あのぉー、お話は終わりましたでしょうか?」
 視線を浴びて、照れたように頭を掻きながら訊ねる公くんに、彩子ちゃんがぷっと吹き出しました。
 途端に、居間の中は笑いに包まれました。
「な、なんだなんだ?」
 事情の飲み込めない公くんは、一人きょろきょろしていました。
「……ということになったのよ」
 翌日の放課後。沙希ちゃんは屋内プールで望ちゃんを見つけて、昨日の公くんの家での話をしました。
「そっかぁ。ちぇ、ちょっと出遅れちゃったかな」
 望ちゃんは、プールにすらりと伸びた足をつけてジャバジャバさせながらつぶやきました。それからはっとして沙希ちゃんを見ます。
「に、虹野さん! ど、どうしてそんなことあたしにぃ?」
「だって、清川さんも部外者じゃないじゃない」
 沙希ちゃんはそう言ってからくすっと笑いました。
「なんてね。あたしも館林先生に聞くまで知らなかったけど。清川さんも公くんのこと……」
「わぁーわぁー!!」
 望ちゃんは慌てて両手を振り回しました。そして沙希ちゃんの口を押さえます。
「むがぁ」
「ちっくしょー。相談するんじゃなかったぜ」
 望ちゃんはそのまま立ち上がりました。
「文句言いに行ってやる!」
 そのまますたすた歩き出す望ちゃん。でも、その前に沙希ちゃんを放してあげた方がいいと思うんですけどね。
 ズルズルズル
「ひひょふぁあふぁんふぁふぁふぃへ〜〜(清川さん放してぇ)」
 哀れ沙希ちゃんは、望ちゃんに引きずられていくのでした。

《続く》

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