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 Date with mistress Megumi
Curtain-Call
 Date with mistress Megumi
Curtain-Call
 Date with mistress Megumi
  Curtain-Call

 ブロロロロー
 山の間を縫うように走る道を、濃い緑色のボディーに白い屋根の小さな車が爆走していきます。
 きらめき高校の生徒なら知らぬ者とてないその車、もちろん名物保険教諭、館林晴海さんの愛車、ミニクーパーの“たてばー号”です。
 その運転席で、気持ちよさそうに鼻歌を歌いながらハンドルを切っているのは、言うまでもなく晴海先生です。
 キキィィィッ
 カーブを切るたびに、タイヤがきしみをあげます。
 助手席に座っているポニーテイルの娘は、派手に揺れる車中、「ゴーゴー」とか「ウォーウォー」とか叫んでいます。このスピード感がたまらないようですね。
 後ろの座席から、髪をお団子にまとめた娘が先生に声をかけます。
「晴海姉ぇ、もうちょっとスピードを……、きゃっ」
 ちょうどその時先生はハンドルを右に切りました。後ろの娘はその弾みに左に吹っ飛ばされます。
「なんか言った、美鈴ぅ?」
 振り向かずに訊ねる先生。
 美鈴ちゃんからの返事はありません。後部座席に倒れて目を回しているようです。
「みーちゃん。大丈夫ぅ?」
 助手席に座っていた優美ちゃんは、後部座席をのぞき込みました。そして先生に言います。
「先生、みーちゃんが目を回してますぅ」
「しょうがないわねぇ。まぁ、だいぶん距離稼いだし、そこのドライブインにでも寄っていきましょうか」
「さんせー!!」
 キキィッ
 先生は大きくハンドルを切ると、峠の小さなドライブインに車を止めました。それから後ろをのぞき込みます。
「おーい、美鈴、生きてる?」
「……三途の川の向こうでお婆ちゃんが手を振ってるのが見える……」
 後部座席に横たわったまま、ぼそっと呟く美鈴ちゃんでした。
 先生はフロントガラス越しに、道路案内板を見上げます。
 『ゆけむり温泉郷 ↑22km』
「よっし、あと30分くらいで着くわ。ってことは、十分先回りできるわね」
 それにしても、どうして学校があるはずのこの3人が、こんなところにいるんでしょうねぇ。
 それは、こういうわけなのです。


 めぐみちゃんとでぇと カーテンコール
  第伍話 「脱衣場では、静粛に」



 キーンコーンカーンコーン
 チャイムが鳴り終わる寸前に、優美ちゃんは2年B組の教室に飛び込んできました。
「ぎりぎりセーフ!! ……あれぇ? 妙に少ないねぇ」
 教室を見回す優美ちゃん。どういうわけか、もうすぐ授業が始まるっていうのに、教室には普段の半分も人がいません。
 優美ちゃんは、美鈴ちゃんに駆け寄りました。
「みーちゃんみーちゃん、どうしたの、これ?」
「あ、ゆー」
 美鈴ちゃんは肩をすくめました。
「なんだかインフルエンザが流行ってるみたい。みんな休みだって」
「そっかぁ。あ、もしかして」
 うひひと笑う優美ちゃん。
「ど、どうした、ゆー? 新型インフルエンザが脳に回ったか?」
「違うもん! ほら、これだけみんな休んでるとしたらぁ、アレになるかも」
「早乙女、せい……」
 ばきぃっ
 横合いからスポーツ刈りの男の子が口を挟みかけましたが、優美ちゃんはそっちを見もせずに殴り飛ばします。
「痛い……」
「茂音くん、それ以上しょうもない事言ったら優美バスターだからね」
 優美ちゃんは腰に手を当てて振り返りました。
 その男の子、サッカー部キャプテンの茂音修くんは、ほっぺたを押さえてうるうるしました。
「やんやぁん。優美ちゃん凶暴なんだもん」
「あれ? 今日は来ないね」
 美鈴ちゃんは辺りを見回しました。いつもならここで乱入してくるサッカー部のマネージャーで茂音くんの恋人の谷巣瑠美ちゃんが、今日は現れないのです。
「ああ、谷巣なら休みだよ。誰かさんと違って繊細だから、あいつは」
「誰かさんって誰よぉ」
 ぷぅっと膨れる優美ちゃん。と、そこに眼鏡をかけた男子生徒が教室に入ってきました。
「あ、委員長!」
 優美ちゃんはその男子生徒に駆け寄りました。
「やぁ、早乙女さん」
 学級委員長で、次期生徒会長の呼び声も高い沖田祐三くんは、快活に挨拶しました。それを見て、美鈴ちゃんは茂音くんに囁きます。
「やっぱ、主人先輩が卒業したから、委員長元気ねぇ」
「だな」
 そう言って笑う茂音くん。沖田委員長が優美ちゃんに好意を持っていることは、B組で知らない人はいないほど、周知の事実です。
 もっとも、優美ちゃん自身はそんなこと全然気づいていないんですけどね。
「どうなの?」
「うん。今から発表するから」
 そう言って、委員長は教壇にあがりました。それを見て、みんな席に着きます。これだけでも委員長の人望がわかりますよね。
 がらがらの教室を見回して、委員長は言いました。
「今、職員室に行って確かめてきたんだけど、今日と明日の2日間、臨時休校ってことになったよ」
 次の瞬間、歓声が上がりました。
 臨時休校した分、春休みが短くなるわけですが、とりあえずみんなは、遠くの春休みよりも目先の休日のようです。
「でも、こんなことなら優美たちも温泉に行きたかったね」
「そーよねー」
 優美ちゃんと美鈴ちゃんはそう言いながら、昇降口から出てきました。
「あれ? 晴海姉ぇ」
 昇降口の脇に、“たてばー号”が停まっています。その窓から晴海さんが顔を出すと、手招きしました。
 二人は顔を見合わせてから、駆け寄りました。
「どうしたの、晴海姉ぇ?」
「美鈴も優美ちゃんも予定ないでしょ? じゃ、今から温泉に行かない?」
 優美ちゃんたちは顔を見合わせると、同時に答えました。
「行くっ!」
「みーちゃん、どう?」
「うー。大分復活したぁ」
 濡れタオルを額からどけて、美鈴ちゃんはベンチから体を起こしました。そして、優美ちゃんが片手にトウモロコシを持っているのに気がつきます。
「ああー、ゆー、それどうしたのぉ?」
「へへー。先生に買ってもらったんだ」
「あー、それでいい匂いがしてたんだ。いいなぁ」
「病人はおとなしくしてなさい」
 先生がジュースの缶を片手にぶらぶらと歩いてきました。
「あうー、とうもろこしぃ〜〜〜〜」
 必死の面もちで手を伸ばす美鈴ちゃん。なんだかゾンビじみていますねぇ。
 その様子を見て、先生はぐいっと缶ジュースを飲み干すと、空き缶をぽいっと放り捨てて言いました。
「それだけ元気があれば大丈夫ね。それじゃ行くわよ」
「あー、せんせぇ、空き缶の投げ捨てはいけないんれすよぉ」
 優美ちゃんがトウモロコシ片手に指摘します。
「え? なぁに?」
 カラカラァン
 振り向いた先生の後方で、鮮やかな放物線を描いて空き缶がくずかごに飛び込みました。
「……負けましたれす」
 優美ちゃんはぺこりと頭を下げるのでした。
 カタンコトン・カタンコトン
 軽快な音をたてて、列車は走っています。
 きらめき駅9時15分発、特急ハイパーときめきスペシャルゴールデン4号。その1本前の特急に詩織ちゃんたちが乗っていた、なんて事は全く知らない公くんたち3人は、窓の外に広がる景観に見とれていました。
「とても、いい景色ですねぇ」
 ゆかりちゃんが言うように、山肌に沿って走る列車の車窓からは、早春の柔らかな緑に包まれた山々と、その間を縫う雪解け水で水かさが増した川の碧が、そして高い頂に残る残雪の白が、見事なコントラストをなしていました。
 窓を半分くらい開けて、吹き込む風に前髪を揺らしながら、公くんは大きく息を吸い込みました。
「本当に、気分が洗われる……」
 ゴゴゴゴゴーッ
 いきなり、静かな山間に爆音が響きました。そして、列車の真横を黒と紫に彩られた巨大なロボットが飛行していきます。
 その右大腿部装甲板には、大きく『悪』と描いてあります。
 辺りを揺るがせながら、そのロボットは列車を追い越して飛んでいきました。
 やがてその巨体が山陰に消え、爆音も聞こえなくなってから、未緒ちゃんと公くんは顔を見合わせました。そして、同時に言います。
「みなかったことにしよう」
「みなかったことにしましょう」
 そして、おもむろにゆかりちゃんはポンと手を打ちました。
「まぁ、わたくし、びっくりしてしまいました。最近はあのようなものも飛んでいるのですねぇ」
 キィーッ
 バスが停車して、ドアが開きました。みんながどやどやと降りてきます。
 詩織ちゃんは、大きく深呼吸しました。
「うーん、いい空気ねぇ〜。気持ちいいな〜」
 公くんたちよりも一足先に出発した詩織ちゃんたちは、列車からバスを乗り継いで、ようやくここ、ゆけむり温泉郷に到着したのでした。
「えっと、ホテルってどっちだっけ?」
 夕子ちゃんは辺りをきょろきょろ見回して、不意に好雄くんの腕を引っ張りました。
「よっしー!」
「おわっ!? な、なんだよ、こんな昼間から。この好きモノぉ」
「超ウルバカ! そーじゃなくてぇ、あれ!」
 そう言って夕子ちゃんは広い駐車場の方を指します。平日の昼間ってこともあって、1500台が収容できる駐車場も、車がまばらに停まっているだけです。
 その中に、見覚えのある車が停まっているのを、夕子ちゃんは見つけたのでした。
「あれ、館林先生の車じゃない?」
「え? まさか。ミニクーパーなんていくらでも……ってほどでもないにしても、そんなに珍しい車じゃないだろ?」
「そっかなぁ?」
 首をひねる夕子ちゃんに、案内板でホテルの位置を確認した彩子ちゃんが声をかけました。
「ハァイ、そこのカップルさん! 置いていくわよぉ〜〜」
 周りの視線を浴びて、真っ赤になった夕子ちゃんはぶつぶつ言いながらみんなの方に歩いていきます。
「ったく、彩子めぇ、自分はどーなのよ、自分はぁ」
 好雄くんもそれに続こうとして、不意に振り返りました。
 視線の端を、何か見覚えのあるモノがかすめたような気がしたのです。
「ほら、よっしー! 早く来なさいよ!」
「え? あ、ああ」
 夕子ちゃんに呼ばれて、好雄くんはみんなの後を追いかけて駆け出しました。
 ホテルにチェックインをすませて(招待券のみんなはそれぞれ個室、詩織ちゃんとめぐみちゃんはツインのお部屋でした)、みんなは早速温泉に行くことにしました。
「こないだ来たときは、なんだかんだであんまり温泉に入る暇もなかったしね」
 とは、詩織ちゃんの言葉です。
 そんなわけで、一同はゆけむり温泉郷の誇る大露天風呂に入ることにしたのでした。
 さぁて、さーびすさーびすぅ!
 さて、その頃。
「レイさま、少しお休みになられては?」
 伊集院家の地下にある特設司令室では、外井さんがレイさんの身体を気遣って言いました。
「ありがとう。でも、休んでいるわけにもいきません」
 隕石が異常な動きを見せてから半日あまり。レイさんの美麗なお顔にも、疲れの色が濃くなっています。
 核ミサイルのうち、軌道修正が可能なものの数は約半数でした。そのため、レイさんは各国にさらに追加のミサイルの発射を要請したのですが、結果は芳しくありません。
 各国とも、言い合わせたように「使えるミサイルはもう使ってしまった」という返事をしてきたのです。事実はどうあれ、もう協力はあまりあてにできないようです。
 レイさんはため息をつくと、パネルを見ました。
 加速した隕石が地球に到達するまで、あと3日ほど。正確に言えば、69時間33分です。
 隕石はそろそろ火星の軌道に到達しようとしています。
 さすがにそんな近くまで来ているため、いろんなデータが揃いはじめました。パネルのすみには、その隕石の映像が映し出されています。NASAが衛星軌道上に打ち上げた、本来は天体観測用の宇宙望遠鏡でとらえたもので、ご丁寧にLIVEの文字がはしに映っています。
 その隕石は、大まかにいってラグビーボールみたいな形をしています。長い方の直径が20キロ、短いほうでも5キロはある、巨大なものです。
 これがそのまま地球に落下した場合、直接の衝撃波による被害に加え、舞い上がった粉塵によって太陽の光が遮られ、地球が氷河期となる可能性が高い、というレポートがレイさんのもとにも届いています。
 それは、すなわち人類の滅亡を意味してます。
 軌道修正可能な核ミサイルがすべて命中しても、隕石の完全破壊は望めません。どれほど破壊できるか、数種類の試算結果があがっていますが、その中で最良のものをとったとしても、地球にかなりの被害が出ることは間違いありません。
 レイさんは、いらいらと膝を指で叩きました。そして心の中で呟きます。
(何とか、ならないかしら……。何とか……)
 チャプン
 結奈さんは、ゆったりと広い露天風呂の中で、バランスのとれたその肢体をのばしました。
 周りには、誰もいません。
「ふん。単純硫黄泉ね。血行をよくする効能はあるようだけど……」
 パシャ 軽く手でお湯をすくってみる結奈さん。手の指の隙間から、お湯は流れ落ちます。
 それを真面目な顔で数回繰り返してから、不意に結奈さんは湯面を叩きました。
「馬鹿馬鹿しい。何を感傷的になっているのかしら、私は……」
 と、脱衣場の方からきゃっきゃっという声が聞こえてきました。結奈さんは眉をひそめて、手近に置いておいた洗い桶を引き寄せます。
「わぁ、彩子ってば大きいじゃん! まだ育ったんじゃないのぉ?」
「夕子だってなかなかプリティじゃない」
「ふーんだ。あたしだってそのうち大きくなるもんねー」
「確かに夕子には好雄くんがいるもんね。好雄くんに毎日××んでもらえば、大きくなるわよ、きっと」
「どーしてそーゆー方向に行くかねぇ、キミは。そんなことじゃおフランスに行ってからが心配だわ」
「そうよねぇ」
「こら、沙希。なによそれは。そういうこと言う娘は、こーしてやるぅ!!」
「きゃぁー、やめてぇぇ! あたし、結婚するまでは清い身体でいたいんだからあ!」
「やめなさいよ、あーや」
「なによぉ、しおりんってばいい娘ぶっちゃってぇ。こぉしてやるぅ!」
「あぁん」
「やだぁ、藤崎さんってば、感じやすいんだ」
「そ、そんなことないのよ、館林さん」
「詩織ちゃん……」
「ち、ちがうってば、メグ!」
 結奈さんは溜息をひとつついて、洗い桶の中から、青いプラスチックの水鉄砲を出しました。そしてお風呂の中に沈めて、お湯を入れると、脱衣場の方に狙いを付けて、引き金を引きます。
 ドゴォン
 すごい音がして、仕切りが半壊します。そして、その向こうであられもない姿の女の子達が目をぱちくりさせています。
 結奈さんはそちらに突き刺すような視線を向けて、言いました。
「脱衣場では、静粛に!」

《続く》

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