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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃん、サッカー部に入部する


 あたしがきらめき高校に入学してから最初の日曜日。あたしとひなちゃんは、繁華街でウィンドウショッピングしてたの。
「わぁ、この服最新流行じゃん! 超おっしゃれぇ!」
 ひなちゃん、ブティックのショーウィンドウに飾ってある服を見て、声上げてる。うーん……。あたしにはどれも同じに見えちゃうんだけどなぁ……。
「それ、買うの?」
「うーん、残念ながら今月は超ビンボーなの。シクシク」
 いきなり泣き真似始めるひなちゃん。ホントに見てて飽きない……のはいいけど、まだ今月って始まったばかりじゃないの? 大丈夫かなぁ?
「ちょっち、疲れちゃったね。あそこのロッ○リアでお茶してかない?」
「え? あ、うん、いいけど」
「オッケイ、決まりね!」

 あたし達はテーブルを挟んで向かい合って座ったの。
「で、沙希は部活に入るの?」
 ひなちゃんが早速ハンバーガーの包みを開きながらあたしに尋ねてきた。
「うん」
 あたしは頷いた。
「週明けにでも、入部届け出そうと思って」
「ほほー。何部なの? お姉さんに話してみなさい」
 なによぉ。お姉さんって誕生日が3ヶ月早いだけじゃない。
 ま、いいか。
「沙希のことだから、うーんとね、お料理研究会かな?」
「ううん。確かにお料理好きだけど……。あの、実はね……ゴニョゴニョ」
 あたしが耳打ちしたら、ひなちゃん、目を丸くしてあたしを見たの。
「サ、サッカー部? マジに? この自他共に認める運痴の虹野沙希が?」
「なによ、それ。失礼ね。あたしは人並みです」
「そう? 去年の体育祭でぇ……」
「あ、それは、たまたま足もとに石があって、転んだだけじゃないの! 第一、サッカー部って言っても、あたしがサッカーするわけじゃないもの」
「へ? あ、そっか。女子サッカー部なんてうちにはなかったもんね。……あ、そっか。マネージャーかぁ」
 一人でこくこくと頷いてから、いきなりひなちゃんはあたしの方に身を乗り出した。
「マネージャーすんの!? 沙希が!?」
「うん、そのつもり」
「やめときやめとき。あんなかったるいの」
「いいじゃないのぉ。そういうひなちゃんは、部活はやらないの?」
「あたしぃ? 部活なんて冗談ぽいじゃん。帰宅部よ、帰宅部」
 肩をすくめて言うひなちゃん。確かに、ひなちゃん、部活って雰囲気じゃないもんね。
「それよかさ、まぁ沙希がどうしてもってんなら止めないけどさ、なんでまたサッカー部のマネージャーなんてやりたいわけ?」
「うーん、何となく、かな?」
 ……ごめんね、ひなちゃん。本当のわけは……言えないの。
 ごめんね。
 月曜日の放課後。
 すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ
 あたし、もう一度深呼吸して、目の前のドアを確かめた。
 『サッカー部』
 ネームプレートにはそう書いてある。
 その下にマジック書きの紙が張ってある。
 『部員大募集中! マネージャー超募集中!』
 あたし、思い切ってノックする。
 トントン
「すいませーん」
「ん〜?」
 ドアが開いて、体操服姿の男子生徒が顔を出す。
「なんか用?」
「あ、あの〜、あたし、サッカー部のマネージャーに……」
 全部言い終わる前に、その人は部屋の中に向き直って怒鳴った。
「おおい! マネージャーが来たぞ!!」
「うぉぉぉ!」
 部屋の中で巻き上がる、うなり声みたいな声……。
 な、なにぃ?
 次の瞬間、バァンと扉が開いた。
 あたし、何があったのかよくわからないうちに、部屋の真ん中にいたの。
 周りは体操服や学生服の男子生徒たちが取り囲んでる。
 ち、ちょっと、これって、どういう状況よぉ。
 ひなちゃんの見せてくれたエッチな本のシーンが頭をよぎる。
 あ、あたしは嫌だったんだけど、ひなちゃんが強引に見せたのよ。ホントだってばぁ。
 そんな取り留めもないこと考えてると、ドアの方から声が聞こえた。
「何の騒ぎだ、おい?」
「あ、監督!」
 みんながざっと左右に別れたので、あたしはドアの方を見ることが出来た。
 ジャージ姿の太り気味……もとい、格幅のいい中年おじさんがたってた。
 男子生徒の一人が答える。
「あ、監督! ついに苦節3年、我がサッカー部にマネージャーが来てくれたんですよ!」
「マネージャー?」
 その人はあたしを見た。あたし、慌てて気をつけの姿勢をとって言った。
「1年E組の虹野沙希です! よろしくお願いします!」
「私がサッカー部の監督の賀茂だ。まぁ、本業は3年の物理の教師だがな。マネージャー志望か?」
「はい」
 あたしはうなずいた。賀茂先生はあたしを細い目の奥で見た。
「じゃ、テストをさせてもらう」
「監督、せっかくマネージャーに来てくれるって言うのに……」
 一人が言いかけたけど、先生は片手を振ってそれを止めた。
「マネージャーって言うのは、激務なんだ。ただのサッカー部員よりもな。それになろうっていうんなら、それなりの資質が必要だ」
 あたし、唇をぎゅっと噛みしめた。
「わかりました。テストしてください!」
「よし。まずは、この部室の掃除をしてもらう。30分でな」
 先生は部屋を指した。
「監督、この部屋、まだ誰もかたずけた事ないんすよ!」
「お前達は練習だ。さ、行った行った」
 先生はそう言ってみんなを追いだした。
「せんせぇ……、お、終わりましたぁ……」
 つ、疲れたぁ。
 あたし、お料理は得意なんだけど、整理整頓とかは苦手なのにぃ……。
 先生はストップウォッチを押した。
「29分38秒。まずは合格だな」
 ええ? 時間計ってたの? いつの間にぃ?
「じゃ、次だ。ここにある部員達のユニフォームを洗濯してくれ」
「は、はぁ……」
 ま、負けないもん!
 あたしは、両手で汚れたユニフォームを抱えあげた。むぅっとする臭いがしたけど、我慢我慢。
 パァン
 最後の一枚を延ばして干すと、あたしは部室に駆け戻った。
「終わりました!」
「28分16秒。まぁ、こんなものか」
 そう言うと、先生はあたしにクリップボードを渡した。
「……これは?」
「次は記録だ。いまから部員達に練習試合をさせるから、その記録を取ってくれ。まぁ、5人対5人しかできないがな」
「え?」
 い、いきなりぃ?
「で、でも、どうやって取ればいいんですか? あたし、何にも……」
「それは、自分で考えろ。マネージャーなら、出来て当たり前だからな」
 そ、そんなぁ。
 泣きそうな顔をしたあたしに、先生は1枚の紙を渡した。
「サッカー部の部員名簿だ。背番号も書いてあるから、誰が誰かくらいはそれで解るだろう?」
「で、でも……」
「それとも、ギブアップか?」
 ……むっ。
 あたしはクリップボードに部員名簿を挟んで言った。
「先生、紙ください」
「ふぅむ……」
 練習試合が終わって、先生はあたしの書き込んだ紙をめくっていた。
「あの、どうですか?」
 あたしは尋ねた。
 でも、あたしより、周りに集まってる部員のみんなの方が心配そうなんだけど……。
 先生は渋い顔してる。
 やっぱり、素人じゃダメなのかなぁ。
 あたしは俯いた。
 先生が呟く。
「ダメだな。まるでなってない」
 ……しゅん。
「虹野」
「はははは、はいっ!」
 あたし、急に名前呼ばれたのではじかれたように顔を上げた。
「部室からボール篭を取ってきてくれ。今日はちょっとこいつらをしごかにゃならん」
 で、でも……。
「どうした? マネージャーの仕事の一つだぞ、それも」
 え? それって……。
「虹野の記録で、こいつらの動きがまるでなってないことがよく解った。初めてにしちゃわかりやすい記録だったぞ」
「じ、じゃあ……」
「ああ。虹野、今日からマネージャーを頼むぞ」
「は、はいっ!」
 やったぁ! とうとう、マネージャーになれたんだぁ!!
 あたし、走って部室に戻っていった。
 その日の練習が終わって、あたしは改めてみんなの前で自己紹介することになったの。
 ううっ、緊張するよぉ。
「は、初めまして。1年E組の虹野沙希です。これからよろしくお願いします」
 うぉぉぉぉ
 パチパチパチ
 何故か、歓声と拍手が上がる。
「お、女の子じゃぁぁ」
「泣くな、金沢! 男だろうが!」
「ありがたや、ありがたや」
「拝むなぁぁ!」
 すごい騒ぎになってるな、もう。
 でも、今日はこれだけしか出てきてないのかな? ひのふのみの……、10人しかいないじゃない。
「あの、キャプテン」
「ん?」
 あたしは、キャプテンさんに訊ねたの。
「他の部員は、今日は休みなんですか?」
「う、うむ……」
 急に、みんな静かになっちゃった。なにか、わけがあるのかな?
「あ、あの……」
「隠しておいても、すぐにばれるだろうから、正直に話そう」
 あたしが聞こうとしたのを遮るように、明石キャプテンが言ったの。
「実は、これが我がきらめき高校サッカー部の全部員なのだ」
「……全、部員ですか?」
 もう一度、数えなおしてみる。
 やっぱり10人。
「あ、あの、サッカーって、普通1チーム11人ですよね? イレブンっていうくらいだし……」
「うむ。しかし、部員は全員で10人なのだ」
 キャプテンが重々しく言ったの。
 あたし、くらっと立ちくらみを起こして、慌てて机に掴まって、やっとの事で身体を支えてた。
 そ、そんなのないよぉ。それじゃ、まるで……、まるで……。

 廃部寸前じゃないのぉぉぉ〜〜!!

《続く》


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