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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃん、ある男子生徒を勧誘する


 あたしがサッカー部のマネージャーになってから、あっという間に3日ほどが過ぎていったの。

 キーン、コーン
 6時間目のチャイムが鳴ると同時にひなちゃんがあたしのクラスまで走ってきた。
「ねぇねぇ、沙希ぃ。紅茶のおいしい喫茶店見つけたんだ。一緒に行こう!」
「ごめん。あたし、今からクラブなの」
「またぁ? もう、最近つきあい悪いぞ」
 ひなちゃんは腕組んでぷぅっと膨れた。あたしは両手を合わせた。
「ごめんね。今度おごってあげるからさぁ」
「マジぃ? よし、許す。じゃ、あたしは彩子と行って来るから」
 そう。あたしがクラブで忙しくしてる間に、ひなちゃんは、あの片桐さんを見つけだしてお友達になってたの。さすがはひなちゃん。
「ハァイ、お二人さん。元気してるぅ?」
 噂をすれば、なんとやら。片桐さんが廊下側の窓からE組の教室をのぞき込んできたの。そうそう、片桐さんはD組で、あたしのクラスのお隣さんなのよね。
「彩子、沙希やっぱ今日もクラブだって。あたし達だけで行こうよ」
「ソーリー、ごめん。あたしも今日はクラブなのよ」
「ええ〜っ? そりゃないぞぉ〜、がっくり」
 肩を落とすひなちゃん。ちなみに、片桐さんはやっぱりって言うか何て言うか、美術部なの。
 その片桐さんは、そんなひなちゃんを横目にあたしに話しかけてきた。
「それより、虹野さんってサッカー部のマネージャーになったんですって?」
「やだ。虹野さんなんて堅苦しい言い方しないでよ。沙希って呼び捨てにしていいから」
「じゃ、コールミー、あたしのことも彩子ってよぶべし」
「ん〜〜。じゃ、彩ちゃんでいい?」
「オッケイ、いいわよ」
 片桐さん……彩ちゃんはそう言ってウィンクした。
 わぁ、ウィンクがすっごく決まってる。かっこいいな。あたしも練習してみようかな。
「リターンバック、話を戻すけど、沙希はサッカー部のマネージャーになったんでしょ?」
「うん」
「じゃ、いま部員捜してるのね」
「そうなの」
 あたし、俯いちゃった。
 入った後でわかったんだけど、サッカー部の部員って、たった10人しかいないのよ。これじゃ、試合もできないわ。
 賀茂先生は「まぁ、そのうち何とかなるだろう」とか言ってるけど、このままじゃクラブがつぶれちゃうもの。それを避けるためには、とりあえずは最小一人は入れて、試合できるくらいにしておかないとね。
「そんな虹野さんにグッドニュースだぜ」
「わきゃ!」
 いきなり後ろから声をかけられて、あたし思わず飛び上がっちゃった。
「さ、早乙女くん!?」
「よ。お、こちらの美人はどなたかな?」
 早乙女くんは、彩子ちゃんの方に視線を向けた。彩子ちゃん、小首を傾げる。
「フーイズユー、あなた誰?」
「おっと、これは愛の伝道士としたことが。俺は1年A組の早乙女好雄。そこの朝日奈や虹野さんと同じ中学校の出身なんだぜ」
「不本意ながらね」
 しぶしぶって感じでひなちゃんがつけ加える。彩ちゃんはうなずいた。
「オーライ、そうなのね。あたしは1年D組の片桐彩子」
「D組の、片桐、彩子っと。それじゃ、ついでに住所と電話番号、趣味と特技と生年月日血液型身長体重スリーサイズに門限の有無まで教えてくれると嬉しいなぁ」
 早乙女くん、メモを片手に彩子ちゃんにずいっと迫る。
「あ、よっしー、またそんな事してる! ちょっと、恥ずかしいからやめてよね」
「朝日奈、お前はこの俺の崇高な使命をなんと心得ておるのだ?」
「ただのナンパ」
「……あのなぁ……」
 この二人の掛け合い、面白いからずっと聞いててもいいんだけど……。
「ねぇ、早乙女くん」
 あたしは二人の間に割って入ったの。
「グッドニュースって?」
「お、そうそう。虹野さん、サッカー部の部員捜してるんだろう? いいやつがいるんだ、これが」
「だ、誰なの?」
 あたし、思わず勢い込んで訊ねちゃった。好雄くん、半歩引いて答えてくれたの。
「俺と同じクラスのやつでさぁ……」
「ヨッシーのクラスって、あの藤崎さんがいるクラスっしょ?」
 突然ひなちゃんが復活して話に加わってきた。ほんとにパワフル。どこにそんな元気が隠れてるんだろう?
 でも、藤崎さんって誰?
「そうそう。でね、一人素質のありそうなやつがいるんだ、これが」
「素質?」
「ああ。俺はそう見込んだね」
「誰々?」
 目を輝かせてひなちゃんが尋ねた。
 早乙女くんは答えた。
「主人公(ぬしびと こう)って奴さ」
「主人? ああ、あれはダメダメ。もてないクンの最先端を行くようなださださな奴じゃん」
 ひなちゃんが呆れたように肩をすくめた。
「そんなにひどい人なの?」
 ひなちゃんがここまでけなすと、その人が可哀想になってきた。
「もう、超さいってぇ」
「夕子、その人に何かされたの?」
 彩ちゃんが尋ねた。当たりだったらしくひなちゃんはむっとした顔で話し始めた。
「この間、そいつに体当たりされてさぁ。酒乱Qのコンサートの最前列チケット取り損ねたのよ」
 あ、それはひなちゃんが激怒してもしょうがないな。
 でも、多分ひなちゃんの前方不注意のせいだろうけど。中学のときもよくこれで失敗してたもんね、ひなちゃんは。
 ちょっと、興味があるな。よぉし、じゃ、その人、サッカー部に勧誘してみようかな?
「早乙女くんのクラスってA組だったよね?」
「沙希ぃ、もしかして、あんな奴勧誘する気ぃ? やめときやめとき」
 ひなちゃんが手をひらひら振る。
 あたしは立ち上がった。
「一応、誘ってみるだけよ。じゃね」
「じゃ、沙希が失敗したら、あたしが美術部に勧誘してみよっかなぁ」
「大きなお世話ですよぉだ」
 彩ちゃんにあかんべをしてから教室を出る。あ、ひなちゃんと早乙女くん、また何かやりあってる。ホントに仲がいいんだから。
 A組、A組っと。あ、ここね。
 深呼吸して、教室にはいろうとしたとき。
 ドシン
「あ、ごめんなさい」
 出てこようとした人と、あたしぶつかっちゃった。
「こちらこそ……。あ……」
 あの人だ。入学式の日に、クラス分けの掲示板の前でぶつかっちゃった、赤いロングヘアの人……。
 向こうの人も、あのこと覚えてたみたい。苦笑してる。
「また、ぶつかっちゃったわね。あ、私、藤崎詩織っていいます」
 あ、この人がひなちゃんの言ってた藤崎さんなんだ。なるほど、美人。
 あたしも慌てて自己紹介。
「あ、あたしは、E組の虹野沙希っていいます。……藤崎さん、A組なんですか?」
「ええ。あ、誰かに用事かしら?」
「あ、はい。その、主人くんって、います?」
「公くん? えっとね……。あ、まだいるわよ。ほら、あそこ。後ろから3番目の席に座ってるのが公くんよ」
 あ、あそこだわ。
 いるいる。帰る用意してるみたいね。
 よぉし。
 あたしは、藤崎さんにぺこりと頭を下げると、そっちに駆け寄っていったの。
 ……あれ? そういえば藤崎さん、主人くんのこと名前で呼んでたな。知り合いなのかな?
 ま、いいわよね。
「主人君」
「は、はい。あの、君は…?」
 その人は、顔を上げてあたしを見た。
 トクン
 一瞬、胸が高鳴ったの。何故かわかんないけど、……予感がして。
 あたしに、何かを見せてくれる。そんな予感がして……。
「あ、あたし、サッカー部でマネージャーをやってる虹野沙希なんだけど」
「で、俺に何の用?」
 困ったな。なんていって誘おうかな?
 あたし、とっさに言った。
「あなたには根性があるわ! あたしと一緒に国立競技場をめざしましょう!」
 その人は、ちょっと困ったみたいにあたしを見たの。
「悪いけど、サッカーには興味がないんだ」
「そう……。あなたが来てくれれば、かなりの戦力になるって思ったのにな……」
 残念。早乙女くんの情報って信用できるから、あたしも期待してたのになぁ。
 主人くんは肩をすくめた。
「それに、入ったって補欠がいいところだろうし。それじゃ勧誘してくれた君に申し訳がたたないだろう?」
「そんなことない!」
 だって、サッカー部員まだ10人なんだから、入れば即レギュラーなのよね。
 でも……。
「でも、無理強いは出来ないわよね……」
 あたし、がっくりしちゃった。まぁ、最初から成功するとは思ってなかったけど実際に勧誘に失敗しちゃうと、……辛いなぁ。
 あたしがよっぽどがっかりしてたのを見かねたのか、主人くんは声をかけてくれたの。
「そのうち、一度練習見に行ってもいいかな?」
「うん、きっと見に来てね」
 そう言って、あたしはA組の教室を出たの。
 はぁぁ。残念。
「どうだった、虹野さん?」
 わきゃぁ!!
 いきなり扉の陰から声をかけられて、あたし思わず飛び上がっちゃった。
「さ、早乙女くん!?」
 扉の陰にしゃがみ込んでいた早乙女くんは、ひょいっと立ち上がったの。
「主人のやつ、OKしてくれた?」
「……ううん。サッカーには興味ないって言われちゃった」
「そっか。まぁ、地道に勧誘するしかねぇよな。んじゃ、俺はちょっとフォロー入れておいてやるよ」
 そう言って、早乙女くん教室に入っていったの。主人くんに声をかけてる。
「おい、今の虹野沙希だろ? 運動部のアイドルがお前に何の用だったんだ?」
 や、やだ、早乙女くんったら。運動部のアイドルって、何なのよそれは?
 あたし、恥ずかしくなっちゃって、そのまま自分のクラスに駆け戻っちゃった。
 次の日曜日の朝。
 今朝は、なぜだかとっても気分がいいの。綺麗に晴れてるからかな? 本当に雲一つない青空なの。
 サッカー部は朝から練習。というわけで、あたしも部室の掃除を終わらせて、みんなの様子を見てるんだけど……。
 あれ? グラウンドを見下ろせる土手のところに、誰か座ってる……。
 あ! あれ、主人くんだ。でも、どうしたんだろう?
 行ってみようっと。
「主人くん。どうしたの?」
 グラウンドから土手を見上げて声をかけたら、主人くんはあたしの方に視線を向けた。
「えっと、君は……」
「サッカー部のマネージャーやってる虹野です」
 忘れられちゃったかな?
「……見に、来たんだ」
「え?」
「約束……したから」
 そう言って、主人くんは、グラウンドを駆け回るみんなのほうをじっと見ていたの。
 ちょっとくらいは、いいかな?
「そう? それじゃ、ゆっくり見ていってね」
 練習が終わって、あたしは着替えもしないで土手に駆け昇ったの。
 主人くん、まだそこにいてくれた。
「どうだった?」
「俺、やってみようかな?」
 自信なげな口振りで、それでも公くんはそう言ってくれたの。
 あたしは、思わずその手をぎゅっと握っちゃった。
「ありがとう! これからも、頑張ろうね!!」
 こうして、あたし達きらめき高校サッカー部は、なんとか11人になったのでした。

《続く》

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