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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんのセカンドデート(前編)


 放課後、あたしがいつものようにサッカー部の部室に来ると、中で大声がしたの。
「なにぃ!? 主人とマネージャーがデートしてただぁ!?」
 え? あたしのこと?
 あたし、思わずドアノブにかけてた手を引っ込めて、ドアに耳を押し当てちゃった。
 さっきよりハッキリと声が聞こえる。
「マジっすよ。俺、見ました。確かに、遊園地で一緒に並んで歩いてました」
「……おい、富山。お前はどうして、日曜日に遊園地に行ってたんだ?」
「え? い、いや、俺んことはどうでもいいじゃないですか、金沢先輩。それよりも、主人ですよ!」
「そうだよなぁ。俺達が相互不可侵条約を結んで、彼女を守っていこうと決めたのに、あの野郎はぁ」
「簀巻きにしてやる!」
「でも、主人は知らないんだろ? 俺達が……」
「却下だ却下!」
 ど、どうしよう。このままじゃ、主人くんが……。
 あたし、ドアを開けて中に入ろうとした。
「ちょっと、いいか?」
 太い声がして、あたしの動きを止めた。明石キャプテンの声。
「お前ら、勘違いすんなよ。マネージャーが自分の意志で、主人と付き合いたいっていうのなら、お前らが介入する余地はない。むしろ彼女に取っちゃいい迷惑だろうが。主人がどーしようもないクズな奴なら、ボコボコにしようと俺は何も言わん。だが、そうなのか?」
「キャプテン……、でも……」
「彼女が悲しくなるようなことをする奴を排除する。それが俺達が誓ったことだろうが。彼女を悲しませて、どうする気だ、お前ら!」
 ドン
 キャプテンが机を叩いた音がした。
「……すみませんでした!」
 金沢副キャプテンの声。よかった。何とか納まったみたい。
 でも……、なんだか、くすぐったいような、変な気分だな。
「あいつらも、変わってきたな」
「わっきゃぁ! か、賀茂先生!?」
 あたしはびっくりして振り向いた。
 あたしの後ろで、同じようにドアに耳を付けてた賀茂先生がにっと笑った。
「これも、マネージャー効果だな」
「そんなこと……」
「まぁ、いいか。よし」
 賀茂先生は、ドアをばんと開けると、怒鳴った。
「お前ら、何をだべってんだ! もう練習時間は始まってるだろうが!!」
「監督!?」
「おすっ!」
 みんな、慌てて外に飛び出していく。慌てすぎてて、あたしがいることにも気がつかなかったみたい。
 あ、主人くんが走ってきた。
「主人くん!」
「あ、虹野さ……、監督!?」
「こら、主人! 遅いぞ! 罰として、グランド5周追加だ! さっさと着替えて走ってこい!」
「はいっ!」
 主人くん、慌てて部室の中に入っていった。賀茂先生、あたしを見て、やれやれって肩をすくめて見せた。

「痛たたた」
「もう、だらしないなぁ、主人くん」
 練習が終わって、あたしは校門のところで主人くんを待っていたの。だって、今日は先輩にすごくしごかれてたんだもの。ちょっと心配になっちゃって。
 案の定、主人くん、一歩歩くたびに悲鳴上げてるの。
「そ、そんなこと言ったって……」
「そんなことじゃ、二度とデートなんてしてあげないぞ」
「え?」
「あ……」
 あたし、なんだかとんでもないこと言っちゃったみたい。
 立ち止まっちゃった主人くんとあたしは、しばらくじっと見つめあってた。
「こーう、クン!」
 ポン
「ひぐわぁっ!」
 いきなり後ろから肩を叩かれて、公くんは悲鳴を上げてしゃがみこんじゃった。
 その後ろには、呆気にとられた顔の女の子……。
 え? 藤崎さんじゃないの!?
 前に何度か会ったことがあるし、ひなちゃんから噂も聞いたことある。スポーツ万能、勉強もトップレベル、しかもすっごい美人。
 でも、主人くんの知り合いだったの? それも、今の呼び方……。
 主人くんが顔をしかめながら振り向いた。
「何だよ、詩織か」
 がっがーん。
 ……な、名前呼び捨て?
 そ、それじゃ、主人くんと藤崎さんって、もしかして、お付き合いしてるの?
「どうしたの、公くん?」
「いや、部活でしごかれて、全身筋肉痛でさぁ……」
「もう。普段から体を動かしてないからだよ」
「どうせ中学までは帰宅部でしたよ」
 ……すごく、仲良いみたい。
「あ、詩織、紹介するよ。マネージャーの虹野沙希さん。虹野さん、こっちが藤崎詩織」
「なんだか、ぞんざいな紹介ね。おひさしぶり、藤崎詩織です」
 藤崎さんが頭を下げた。あたしも慌てて頭を下げる。
「ど、どうも」
「なんだ、知ってたんだ」
 主人くんはあたし達を交互に見て、肩をすくめたの。
「虹野さん、噂は公くんからよく聞いてるよ。これからも仲良くしてあげてね」
「詩織ぃ……」
 主人くんが、情けなさそうな声をあげた。
 あたし、慌てて言った。
「それじゃ、あたしは先に帰るね。お休みなさい」
「あ。うん」
「虹野さん、また、明日ね」
 藤崎さんはにこっと笑った。
 あたしは……。
 あたしは、くるっと回れ右して、その場から駆け出してた。
 翌日の放課後。
「幼なじみ?」
「うん、そうよ」
 ひなちゃんは、「何を今更」って顔をしてあたしに教えてくれたの。
「藤崎さんと主人くんって、小さいときから家がお隣同士なんだってさ。だから小さい頃はよく一緒に遊んでたみたいよ」
「ふぅん」
「なんだか、安心したって顔してるね。あ〜。沙希、もしかしてマジになっちゃったのかな?」
「え? そ、そんなことないわよ」
「うっそばっかり。顔に出てるぞ、このこのこのぉ」
「痛たた、やめてってばぁ。あ、そうだ、行くところあったんだ!」
 あたしはそう言って、ひなちゃんを振り解いて教室から外に出た。
 でも、どうしようか。昨日のことがあるから、何となく、部室にも行きにくいなぁ……。
 あ、そうだ。あそこに行ってみよう。
 あたしは、普段行かない方向に足を向けた。
 探していた部屋は程なく見つかった。
 今、いるのかなぁ……。放課後はだいたいいるっていってたけど……。
 ノックしてみる。
 トントン
「イェス。フーアーユー、誰?」
 あ、やっぱりいた。
 あたしはドアを開けた。とたんに変な匂いがつんと鼻をついた。
「なに、この匂い?」
「あら。ウェルカム、いらっしゃい、沙希」
 彩ちゃんが絵筆を片手にあたしの方を見た。
「ちょっと寄ってみたんだけど、お邪魔だったかな?」
「いいわよ」
 絵筆を置くと、窓を開ける。
「どんな絵を描いているの?」
 あたしは、カンバスを覗いてみた。
「わぁ。風景画ね」
「イエス、ザッツライト。ここから見える風景よ。まずは腕試しってところね」
「上手よねぇ。あたしには書けないものなぁ」
「でも、あたしには料理できないから、おあいこよ」
 彼女は笑いながら言った。あたしも笑っちゃった。
 片桐さんって、ホントに聞き上手なんだ。あたし、いつの間にか昨日のことを話しちゃってた。
「ふぅん。で、主人くんと藤崎さんは幼なじみだったわけ?」
「でも……、ただの幼なじみには、見えなくって」
「そうねぇ、確かに、名前で呼び合うんだものね」
「……やっぱり、付き合ってるのかな?」
 あたしは、窓枠に顎をかけて、遠くの方を眺めながら呟いた。
「でも、そうなると、彼はふたまたかけてたわけだ」
「え?」
 あたし、思わず振り向いた。
 片桐さんは、ゆっくりと美術部室を歩き回りながら、言った。
「だって、そうでしょ? 藤崎さんとお付き合いしながら、沙希をデートに誘うなんて」
「う……」
 そう言われればそうだけど……。
「……ふふふ。何となく、納得できないって顔してるわね」
 片桐さん、足を止めると、あたしを見てにぃーっと笑った。
「そ、そうかな?」
 ……ひなちゃんも言ってたけど、やっぱり顔に出ちゃうのかな、あたし。
「やっぱり、沙希、彼のこと気にはなってるわけだ。まだ、好きっていうほどじゃないにしてもね」
「……うーん、そうなの、かな?」
「Love まではいかないけど、Like ってところかな?」
 ウィンクする片桐さん。それから、オーバーにポンと手を打った。
「そうそう。ちょっと待ってて。いいものが手に入ったの」
「え?」
 片桐さんは、部室の机を引っかき回してたけど、やがて紙切れを持って戻ってきた。
「はい、これ。プレゼンツ・フォー・ユー」
「なに、それ……」
 あたし、受け取ってびっくりしちゃった。
「これ、ファイヤーボマーのチケットじゃない! どうして持ってるの?」
「ちょっと、コネがあってね。気に入った?」
「うん。ありがとう!」
 あたし、思わずチケットを抱きしめちゃったの。
 ファイヤーボマーっていったら、いますっごい人気のロックグループなのよ。すっごく熱いロックを聴かせてくれるの。あたし、大好きなんだ。
 今度、きらめき市でコンサートするんだけど、ひなちゃんがチケット取り損ねたって言ってたから、あたしもあきらめてたんだけど……。嬉しいよぉ。
 あら?
「あれ、2枚あるよ。はい、1枚返すね」
「何を言ってるんだかぁ。もう1枚は、彼のよ」
「彼って……。あー、もしかして、主人くん!?」
「もしかしなくても、彼しかいないでしょう? まったく」
 片桐さんは大げさに肩をすくめて見せた。
 あ、ってことは、もしかして。
「もしかして、あたしが、誘うの?」
「Yes! そのとおり」
 大きく頷く彼女。
「この間は彼から誘ってきたんでしょう? 今度はあなたから誘って、これでフィフティ・フィフティよ」
「そ、そういうものなの?」
「そういうものよ」
「でっ、でも……」
「でもじゃないっ。彼が誘えなかったら、そのチケットは没収するからね」
「ええーっ、そんなぁ」
「さ、早いところ、誘ってきなさいよ」
 きゃん。
 片桐さんは、あたしを部室から押し出すと、一言。
「I wish your successes」

《続く》

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