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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃん最初の体育祭


 ドン、ドォン
 青い空に花火が打ち上げられてる。
 そう、今日は6月の最初の土曜日。
 毎年、きらめき高校の体育祭がある日なの。
 普通、体育祭って言えば、クラスごとに点数を競ったりするでしょ? でも、きらめき高校は違うの。
 きらめき高校のクラスは、全学年A組からJ組までの10クラスあるの。合計30クラスね。これを、各学年ごとに5クラスずつ紅組と白組の2つに分けて、紅白戦をするの。
 で、クラスの振り分けなんだけど、これが体育祭の2週間前に生徒会による厳正なる抽選とかで決まるんだって。
 今年のあたし達、1年生の振り分けは……。

  紅組 A、C、D、F、H組
  白組 B、E、G、I、J組

 ……と、こうなったのね。
 で……。
「やっほー、沙希ぃ! 元気してるかねぇ?」
 でぇん
 あたしの背中にひなちゃんがのしかかってきたの。
「きゃ、もう重いってば!」
「誰が重いって? このこの」
「とにかく、のっからないでよ!」
「どったの。なんか機嫌悪そうじゃん。あの日?」
「違うわよ、もう」
 ほんと失礼しちゃうんだから。
 あたしがプンプンして腕を組んでると、ひなちゃん急にははぁんとあごを撫でてにやぁっと笑うの。
 な、なによ。
「さては、紅白の振り分けに文句があるんだ、沙希としては」
「そ、そんなことないよ」
 あやや。なんでどもっちゃうんだろ?
 案の定、ますますにやにやしてるひなちゃん。
「そっかそっか。主人くんは紅組だもんね〜」
「そっちこそ、早乙女くんだって紅組じゃないの!」
 チッチッチッ
 ひなちゃんは指を振ってあたしに言ったの。
「何度も言わせるんじゃないの。あたしとヨッシーは何でもないんだったら」
「あ、噂をすれば、ほら早乙女くん?」
「え? あ、あいつぅぅ!」
 ひなちゃん、拳を握りしめてぷるぷる震えてる。まぁ、無理もないよね。だって……。
「俺、A組の早乙女好雄。君は?」
「はぁ。わたくしは、F組の、古式と、申します〜」
「そうかぁ。古式さんかぁ。今日は同じ紅組としてよろしくね。¢(..)m...メモメモ」
「まぁ、あなたも、紅組でしたのですか。それでは、よろしく……」
「くぉらぁぁ! よっしー!!」
 ひなちゃんが怒鳴りながら駆け寄っていく。
「げ、朝日奈!!」
「ヨッシー、ゆかりがあたしの親友と知っての狼藉かぁ!?」
 え? ひなちゃん、あのお下げの娘と知り合いなんだ。まぁ、随分交友範囲が広いのは知ってるけど、でもあたしは今まであの娘知らなかったなぁ。
 その娘は、ひなちゃんを見て、にこっと笑って頭を下げたの。
「これは、夕子さんではありませんか。ご無沙汰しておりました。ご機嫌いかがでしょうか?」
「ゆかりぃ、前に言ったっしょ? こいつには気を付けろって!」
 ひなちゃん、早乙女くんのこめかみをげんこつでぐりぐりしながら、その娘に言ってる。ふぅん、ゆかりさんっていうんだ。
 と、
「あ、虹野さん、おはよ」
 どきん
「え? あ、主人くん、おはよう!」
 もう、いきなり声かけてくるからびっくりしちゃったじゃないの。
 主人くん、赤いハチマキ締めてる。そっか、紅組だもんね。
「虹野さんは白組なんだよね。それじゃ、今日は正々堂々戦おう」
 笑って右手を差し出す主人くん。
「そうよね」
 あたし達は握手した。
 どきん
 あれ? また胸が大きく鳴った。なんなの?
「公くん、それに早乙女くんも、こんなところで油売ってていいの? 先生が呼んでたわよ」
 ちょうどそこに、藤崎さんが腰に手を当てて歩いてきたの。
「あ、やばい。好雄、ほら行くぞ!」
「あ、ちょっと待って、古式さん、せめて生年月日だけでもぉぉぉ」
 好雄くん、公くんに襟首掴まれてそのままずるずる引っ張って行かれちゃった。
 藤崎さん、そんな二人見送りながら、膨れてる。
「ほんとにしょうがないんだから、もう。知らない」
 うーん。美人は膨れてても絵になるのよねぇ。
 そんなこと考えながら、ぼーっと藤崎さんを見てたら、藤崎さんも急に視線を上げてあたしの方を見たの。
「虹野さん」
「は、は、はい」
 びっくりして、声がうわずっちゃった。藤崎さん、そんなあたしに苦笑してる。あーん、恥ずかしいよ。
「今日は、頑張りましょうね」
「あ、はい。そうですね」
「それじゃ。あ、古式さん、私たちも集合場所に行かないと」
 藤崎さん、戻りかけて、古式さんにも声をかけてる。あ、もうそんな時間なんだ。
「ほら、ひなちゃん、行くわよ」
「あーあ、かったるいなぁ。このままブッチしちゃおうかなぁ?」
 んもう、これだもの。
 順調にプログラムは進んで、1992対2019で僅かに白組リードってところで、お昼になったの。
 お弁当、どこで食べようかなぁ?
 あたしは、教室に置いておいた自分の鞄からお弁当箱を出してから、考え込んじゃった。
 中学生の時までは、応援に来てくれたお父さん、お母さんと一緒に食べてたんだけど……。さすがに高校生になると、ね。
「あ、沙希! いたいた」
「あ、ひなちゃん。それに彩ちゃんも」
「ハァイ、沙希。グッドアフタヌーン」
 あたしが損なことを考えてたら、ひなちゃんと彩ちゃんが、教室の窓から覗き込んでたの。
「お昼、一緒に食べない?」
「うん、いいわよ」
 あたしは、お弁当を片手に教室を出ていったの。
 あたし達は、屋上のドアを開けたの。
 うーん、気持ちいいなぁ。
「ほら、なかなかの穴場っしょ?」
 ひなちゃん、得意げに言ってる。
「あら、虹野さん」
「え? あ、藤崎さん」
 先客あり。藤崎さんともう一人の女の子が、シートを広げてお弁当の用意をしてたの。
「お邪魔だったかな?」
「ううん、そんなことないよ。あ、よかったら一緒に食べない? メグもいいわよね?」
 藤崎さん、もう一人の女の子に話しかけてる。あ、思い出した。入学式のときに掲示板の前で藤崎さんに話しかけられてたあの娘だわ。
「あ、うん、いいけどぉ……」
 その娘、こくんと頷いた。
「あら、夕子さんでは、ありませんか」
 屋上の入り口で、声がしたのはその時だったの。あたし達がそっちを見たら、今朝のお下げの女の子がいた……のはいいんだけど、その後ろにどうして男の人たちが並んでるの? それも、あれ……、ちょっとやくざさんみたいで……。
 でも、ひなちゃんは慣れてるみたい。そんな人たちのこと気にしてないみたいに呼びかけてる。
「ゆかりじゃん。超ばっちたいみんぐってやつね。あんたも一緒にお昼しよ」
「それは、よろしいですねぇ」
 その娘はにっこりと笑うと、振り返って、後ろの男の人たちに言ったの。
「そのようなわけで、わたくしはみなさまとお食事をいたしますので、そうお父さまとお母さまにお伝え下さいませ」
「はい、お嬢さん。それじゃ、あっしらはこれで。あ、お弁当はここに置いておきますぜ」
 そう言うと、その人達はだだっと降りて行っちゃった。後には、大きな重箱が残ってる。なんだかすごく高そうなお重ね。
「それじゃ、古式さんって、古式不動産の社長さんの娘さんなの?」
 藤崎さんが、目を丸くして聞き返したの。
 古式さんはにっこりと笑って頷いてる。
「はい、そうなんですよ」
 あたしも驚いちゃった。でも、それでさっきの男の人たちのことも何となく納得しちゃうな。
 でも、そうすると、古式さんってお嬢様なのよね。どうしてひなちゃんと知り合いなのかな?
「ねぇ、ひなちゃん。ひなちゃんと古式さんって、どこで知り合ったの?」
「へっへー。それは秘密なのだ」
 ひなちゃん、そう言って笑ってる。もう、教えてくれたっていいじゃないのぉ。
 あれ? そう言えば、さっきから彩ちゃんが妙に静かだけど……。
「あ、あの……」
「フリーズ、動かないの」
「あ、はい……」
 あはは。彩ちゃんまた写生してる。モデルは藤崎さんのお友達の美樹原さん。
 でも、美樹原さんっておとなしいのよね。なんだかおしとやかっていうか、かわいらしいっていうか。ほら、あたしの友達って、ひなちゃんとか彩ちゃんみたいにバイタリティ溢れるって人ばっかりだから、なんだか妙に新鮮だなぁって思っちゃう。
 こうしてみると、小柄だし、ちょっと硬めの栗色の前髪を綺麗に切りそろえてて、日本人形みたいな感じよね。
 あたし、ふとみんなをくるっと見回した。
 ひなちゃん、彩ちゃん、藤崎さん、美樹原さん、そして古式さん。みんな美少女よねぇ。
 なんだか暗くなりそ。ぐすん。
 キーンコーンカーンコーン
 急に鐘の音が鳴って、藤崎さんが立ち上がったの。
「それじゃ、そろそろ午後の競技も始まるし、行きましょうか」
「そ、そうね。行きましょう!」
 あたしは、お弁当を片づけながら、頷いたの。
 グラウンドに出たところで、急にひなちゃんが立ち止まったの。
「あれぇ?」
「どうしたの? ひなちゃん」
「うん、あれ、あそこにいるの、優美っぺじゃない?」
「優美ちゃんって、早乙女くんの妹さんの?」
 話には聞いたことあるんだけど、あたしはまだ逢ったことないのよね。
「どこ?」
「あそこ……、あれ? いないなぁ。見間違いかな?」
 ひなちゃん、目をごしごしこすってる。
「あ、もう競技始まっちゃうよ! ほらほら、早く行かないと!」
「う、うん」
『次は、競技ナンバー17番、全学年男女混合1600メートルハードルリレー、決勝です』
 アナウンスの声が聞こえて、あたし思わず身を乗り出してた。
 うちのクラスは、残念だったけど、午前中の予選で予選落ちしちゃったの。だけど、1年の中でただ1クラス、A組だけは決勝に残ったの。
 そして、そのA組のアンカーは主人くんなんだものね。
 え? どうしてあたし……。第一、今の主人くんは、白組なんだから、敵なのにね。
 すとんと腰を下ろす。
 でも、やっぱり気になる。また立ち上がって、フィールドに視線を向ける。
 だけど……。
 また、すとんと腰を下ろす。
「おい、沙希ぃ。なにをぴょこぴょこしておるのだ?」
 後ろからひなちゃんがあたしの肩を叩くの。
「あ、ひなちゃん。な、なんでもないってば」
「ははぁん、なるほどね。主人くんのことが、そんなに気になるか」
「違うって言ってるでしょう? もう!」
 ほんとに、ひなちゃんったら、すぐからかうんだからぁ。
 あ、そうだ。
 あたしは、澄まして言い返したの。
「そりゃ、気になりますよ。なんて言ったって、主人くんは我がサッカー部の期待の星なんですからね」
「ほーほー。それじゃ、そういうことにしておこっかな。あ、主人くんだ!」
「え?」
 ひなちゃんの指さす方を見ると、ちょうど主人くんが藤崎さんからバトンを受け取るところだったの。
「ああっ!!」
 あたし、思わず立ち上がってた。バトンの受け渡しが上手く行かなくて、主人くんバトン落としちゃってたの。
 慌てて、バトンを拾い上げたけど、もう他のみんなとは、ずっと差が開いちゃってる……。
 あたし、思わずぎゅっと拳を握りしめて、叫んでいたの。
「あきらめちゃ駄目! 頑張って!!」
 え?
 主人くんが、今一瞬こっちを見たような気がした。
 そして、主人くんは走り出したの。
 その時、あたしの目には、他のものは何も見えなかった。ただ、主人くんが、ゴールに向かって走る姿だけが映ってたの。
『ただいまのハードルリレーの結果をお知らせします。優勝、3年B組、準優勝、3年F組、第3位……』
 結局、主人くんは4位に終わっちゃったけど、でも、一生懸命に走ってるその姿は、あたしの瞳に焼き付いてた。
 でも、あたしは知らなかったの。その時、もう二人、その主人くんの姿を瞳に焼き付けた娘がいた、なんてことは……。
 結局、総合得点は3992対3889で、あたし達白組は紅組に負けちゃったの。
 うーん、残念だな。
 オクラホマミキサーの音楽が、校庭を満たしてる。最後の種目は、全校生徒によるフォークダンス。
 でも、残念ながら、紅組は紅組同士、白組は白組同士でしか踊れないの。だから、あたしは主人くんとは……。
 え? や、やだ。あたしってば何を考えてるのかしら?
 でも……。ちょっぴり残念だなぁ。
「それなら、あっちに行くかい?」
「きゃ。え、戎谷くん!?」
 あたし、思いっきりびっくりしちゃった。いつの間にか、あたしの踊ってる相手は戎谷くんになってたの。
 あれ? でも、確か戎谷くんってC組だったよね? C組って、今回は紅組じゃなかったの?
 そう聞いてみたら、戎谷くんは笑ってウィンクしたの。
「そこはそれ、蛇の道は蛇ってね」
「でも……」
「それじゃ、俺と踊ってくれたお礼に、これをあげるよ」
 そう言うと、戎谷くんは、体操服のポケットから何か出して、あたしの頭にくるっと巻き付けたの。
 え? これ、赤いハチマキじゃ……。
「行ってきなよ」
「……ううん、やっぱりあたしはいいわ」
 あたしは肩をすくめたの。
 そうよね。主人くんとフォークダンスが踊れなくても、別に大したことじゃないもんね。
「そう? 君がそれなら、俺はいいけど」
 戎谷くんがそう言ったとき、ちょうど曲が終わったの。
「あ、……終わっちゃったね」
「やば。それじゃ、虹野さん、またね」
 ウィンクをして、戎谷くんはあたしから離れていったの。気を使わせちゃって、ちょっと悪いことしちゃったかな?
 でも……。
 あたしはちらっと紅組の方の輪を見た。

 あ……。

 今、一瞬だけ、主人くんが見えたの。
 それと同時に、あたしの胸が、とくんって鳴った。
 なんだろう、いまのは?

 こうして、あたしがきらめき高校に入って、最初の体育祭は終わったの。

《続く》

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