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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃん、すっとばす(前編)

それは、あたし達が入学して最初の体育祭も終わり、きらめき高校が静けさを取り戻してきた頃。
「決まったぞ!」
その日の練習が終わって、みんながサッカー部の部室に戻ってきたところに、明石キャプテンが叫びながら入ってきたの。
練習が始まる前に、キャプテンだけ、顧問の賀茂先生に呼ばれてたけど……。なにかあったのかな?
「どうしたんすか、キャプテン」
「聞いて驚け。練習試合が決まったんだ!」
「ええーっ!?」
みんな、わっとキャプテンの周りに集まったの。
無理もないわよね。今まで10人しかいなかったサッカー部は、練習試合なんてここ1年の間やってないって聞いたし。今年になって、主人くんが入部したから、やっと11人になったんだもんね。
「よぉし、燃えるぜ!」
「やるっきゃないな」
「おう!」
盛り上がる中、金沢副キャプテンがキャプテンに訊ねたの。
「で、相手は何処です?」
「大門高校だ」
「!?」
みんな、一瞬にして静かになっちゃった。あたしも、血の気が引いたような気がしたくらい。
公くんが不思議そうな顔をして訊ねる。
「どうかしたんですか?」
そっかぁ。公くん、高校に入ってからサッカー始めたんだもんね。知らないのも無理ないわよね。
「お前、大門高校を知らんのか?」
「知ってますよ。でも、大したレベルの学校じゃないでしょう?」
そう答えると、富山先輩は宙を仰いだ。
「おまえ、もしかして勉強のレベルの話してないか?」
「そうですけど」
「大門高校はスポーツ校だからな」
と、キャプテンが口を挟んだ。
「サッカー部のレベルもかなり高い。去年の県大会では準決勝まで進んだくらいだからな」
「そんなに強い所なんですか?」
公くん、びっくりしたみたいに聞き返した。キャプテンは頷いた。
「そうだ。でも、あそこくらいしか、今俺達と練習試合を組んでくれるような所はないだろうな」
悔しそうな口調のキャプテン。
そうよね。今はチーム作りに一番大事なときだもの。そんなときにきらめき高校みたいな弱いチームと練習試合する目的は、勝って自信をつけるため。それしか考えられないもん。
でも、いくら悔しがったって……。
「じゃ、勝てば俺達も認められますね」
「え?」
みんな、一斉に公くんを見た。かえって公くんの方がびっくりしたみたい。
「え? 俺なんか変なこと言いました?」
「よし」
明石キャプテンはひとつ頷いた。なにか思いついたみたい。
「あ、虹野さん」
校門から出ようとしたところで、後ろから呼ぶ声がしたの。
振り向いたら、公くんが走ってきた。
「あら、主人くん。今帰り?」
「ああ。あのさ、よかったら一緒に帰らない?」
「ええ、いいわよ」
あたしは頷いて、並んで校門をくぐったの。
「いよいよ、試合ね」
「そうだね」
公くんは頷いて、不意にあたしをじっと見た。
ドキン
心臓が大きく跳ねる。
「あのさ、一つ聞いておきたいんだけど……」
「な、なに?」
声が上擦っちゃった。
沙希、落ちつくのよ。変に思われちゃうじゃない。
第一公くんとはまだ2回しかデートしてないんだし。
あーん、もう。何を考えてるのよ、あたしったら。
公くんは、そんな事をあたしが思ってるなんて知るはずもない。まじめな顔であたしに聞いたの。
「試合の日っていつ?」
「え? ええ? 試合?」
「練習試合だよ。大門高校との」
「え、あ、ちょっと待ってね」
あたしは鞄からスケジュール帳を出してめくった。
「16日ね。再来週の日曜日よ」
「オッケイ。よし」
公くんは頷くと、あたしの頭をくしゃっと掴んだ。
「きゃっ」
「俺、頑張るよ、虹野さん」
そう言って笑う公くん。
その笑顔が、何だかとっても眩しかったの。
だから、あたし……。
翌日の練習後。みんな緊張した面もちで部室に集まってたの。
賀茂先生が、練習試合のポジションを発表するから。
「富山、ゴールキーパー」
「はい」
「明石、右サイドバック」
「おす」
「金沢、左ディフェンシブハーフ」
「わかりました」
どんどん名前が呼ばれていく。
あれ?
あたしは、頭の中にポジション図を描いてみて、首を傾げた。
今のきらめき高校サッカー部のポジショニングはワントップ、つまりフォワードを独りだけ前に出して、あとは中盤を厚くするという、どっちかと言えば守りの布陣をひいてるの。
だけど、いつまでたっても、そのワントップを誰がするのか、賀茂先生が言わないの。
ま、まさか……。
「最後に、主人」
「はい」
賀茂先生は、主人くんに向かって言った。
「おまえがセンターフォワードだ」
「は?」
公くんは思わず聞き返した。ううん。主人くんだけじゃなくて、他のみんなもそうだった。
だって、公くん、まだサッカー初めて2カ月しかたってないのに。
「以上。解散」
それだけ言うと、賀茂先生は部室から出ていった。途端に部室の中が騒がしくなる。
あたしは、先生を追いかけた。
職員室の前で、あたしは先生に追いついた。
「賀茂先生!」
「ん? 虹野、どうかしたのか?」
「質問があるんですけど……」
あたしの顔を見て、先生は頷いた。
「主人のポジションのことだな?」
「はい」
「……中で話そうか」
先生はそう言うと、職員室のドアを開けた。
職員室に入ると同時に、声が聞こえた。
「朝日奈、お前、これで何度目の遅刻か、わかってるのか?」
「そーねー、ま、今月から数えるのやめちゃったからわかんない」
「お前なぁ……」
ひなちゃん、また遅刻して怒られてるんだ。しょうがないなぁ、もう。
「虹野、そっちに座れよ」
「あ、はい」
言われて、あたしはもう帰っちゃった先生の椅子を借りて座った。
賀茂先生は自分の椅子に座ると、あたしの方に向き直った。
「言いたいことはわかる。経験の浅い主人をセンターフォワードに据えるなんて無茶だってことだろう?」
「そうです」
あたしは頷いた。
「確かにあいつは経験が浅い。だから、なんだよ」
「え?」
「はっきり言ってな、俺は今回の練習試合を勝ちに行くつもりだ」
賀茂先生はそう言うと、手元にあるサッカー雑誌を見た。
グラビアページに大門高校が載ってる。
「俺はな、虹野。お前や主人達が3年生になったとき、お前達を国立へ行けるチームにしようと思ってる。そのためには、こんな試合で負けてなんかいられない。そうだろう? たかだか県大会で優勝できなかったチームに負けてるようじゃ、頂上は狙えないしな」
「先生……」
「で、だ。大門高校だってバカじゃない。勝ちに来る以上、俺達の事は調べてるはずだ。しかし、それは去年までのデータに過ぎない。あいつらのデータにない存在、それが……」
「……主人くん、なんですね」
あたしは頷いた。
大門高校の朱雀監督といえば、たしかデータサッカーをモットーとしてて、相手の戦力を徹底的に分析して、試合に勝ってきたのよね。
去年、決勝戦で負けたときも、相手チームのストライカーが怪我で欠場して、補欠選手にシュートを決められちゃったから、って聞いたわ。
でも、公くん、できるのかな?
あたしがそれでも不安そうな顔をしてるのを見て、先生は笑ってあたしの肩を叩いた。
「虹野、マネージャーが信じてやらなくてどうする」
「え?」
「試合も恋愛も、信じることから始まるんだぞ。仲間を信じること、相手を信じること。それが始まりだ」
「……信じること……」
あたしは繰り返した。
《続く》

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