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部室は重っ苦しい雰囲気に包まれてた。だって、一人足りないままなんだもん。
「どうする? 試合開始まで、あと15分しか無いぞ」
キャプテンは公くんに訊ねた。
「それは……」
「やっぱり、こうなったら俺が……」
富山先輩が三角巾をはずしかけたとき、不意にドアの方で声がしたの。
「すんません。きらめき高校サッカー部の控え室っちゅうんは、ここでええんすか?」
沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃん、すっとばす(後編)

みんな、一斉に視線をそっちに向けた。
あたしもその声の人を見て、絶句しちゃった。
すごいヘアスタイルなんだもん。あとでひなちゃんに聞いたら、ドレッドヘアって言うんだって教えてくれたけど。
「だ、誰だ? お前は」
「あ、きらめき高校1年G組の森っつうもんです。A組の早乙女に言われて来たっす」
その人はそう言うと、部屋の中に入ってきたの。
そ、それじゃ、この人が、代わりのキーパーさん?
大丈夫なのかなぁ?
みんなも同じ思いみたいで、顔を見合わせてる。
そんな中、主人くんがキャプテンに言ったの。
「キャプテン、そろそろ時間じゃないですか?」
「……よし」
キャプテンは、決心したみたい。大きくうなずいた。
「今回は、森にゴールを任せる。いいな、みんな」
「はいっ!」
みんなも、頷いた。そして、富山先輩が、机の上にのったままだったゴールキーパーのユニフォームを、森くんに渡しながら言ったの。
「森、ゴールは任せたぞ」
森くんはにっと笑ったの。
「やるだけやるっすよ」
みんながユニフォームに着替えている間、あたしは外で待ってたの。
やがて、ドアが開いて、みんなが出てくるの。
「ファイト!」
あたし、みんなの手を一人一人ポンポンって叩いてあげる。
そして、最後に、公くんが出てきた。
背番号は、10。
新しい、赤いユニフォームがよく映えてる。
「公くん、ファイトッ!」
あたし、公くんの手を、思いを込めて叩いたの。
公くんは、あたしの目を見て、言ったの。
「勝つよ」
「うんっ」
あたしは大きく頷いた。
「勝つよねっ!」
「ああ。じゃ!」
公くん、走って出ていった。あたしは、じっとそれを見送りながら、心の中で呟いてた。
みんな、がんばって!!
ピッ
審判が笛を吹いて、試合は始まったの。きらめき高校のキックオフ。
キャプテンが大きく前に蹴り出す。
え?
大門高校の選手がそのボールをカットして、そのまま上がっていく。
ああーっ、あっと言う間にバックラインが抜かれちゃったよぉ。
もう、キーパーの森くんしかいないじゃない!!
バシッ
弓なりのシュートがゴールを襲う。
入っちゃった!?
あたし、思わず目を閉じちゃった。
と、あたしの隣で試合を見てる富山先輩が口笛を吹いたの。
「やるな、あいつ」
「え?」
目を開けて見たら、しっかりと森くんがボールをキャッチしてたの。
「す、すっごぉい」
あたし、びっくりしちゃった。無意識のうちに、公くんがどうしてるかな、と思って、探してる。
え?
どうしてあんな所にいるの?
公くん、大門高校のゴールの真ん前にいるの。
大門高校のバックラインよりも、さらに後ろ。
あんな所にいたら、あっという間にオフサイドを取られちゃうじゃない。
と、公くんが叫んだの。
「森!! ここだぁっ」
「オッケイ!!」
森くんは叫び返すと、ボールを大きく蹴ったの。
あ、そうか!
ボールはぐんぐん伸びてく。あっという間にセンターラインを越えて、バックラインも越えて、そして公くんの前にぽとりと落ちたの。
ゴールキーパーからのボールを直接受けるときは、オフサイドにはならないのよね。
ゴールキーパーと公くん、一対一!
「でぇぇぇいっ!」
公くん、思いっきりボールを蹴った。
あっ、力みすぎよぉ! ボールが浮いてるじゃないの!
キーパーが、ふわっと上がったボールを取ろうと飛び出す。
「させるかよぉっ!!」
公くんが突っ込む。そのままヘディング! すごぉい、ダイビングヘディング!
ピーーッ
審判が片手を上げたの。
ボールは……、ゴールポストの……中!!
ゴール、よね。ゴールしたのよね!!
やったぁ、公くん!!
すごいよ、ホントにすごいよ!!
その後は一進一退のままゲームは進んだの。
そして前半終了間際。大門高校のこぼれ球を拾った公くんに、猛然と3人がかかっていく。
公くんは踵でボールを後ろに蹴る。いわゆるヒールパス、よね。
でも、いつの間に公くん習ったのかな? 練習でやってる所なんか見たこと無いのに。
後ろについてたキャプテンがそのボールを受けると、猛然と上がっていく。本来はディフェンスの人がこうやって攻撃に加わるのを、オーバーラップっていうの。
右サイドの大きく空いた所を突き進み、そして鋭角的にセンタリング。
ゴール前に上がったボールの真下にいるのは……、公くん!
え?
そのままシュートすると思ったのに、公くん、ポンとボールを膝で軽く上げたの。リフティングの要領で。
みんなシュートすると思ったから、一瞬タイミングをずらされて、体勢を崩してる。その隙をついて、公くんがその浮いたボールを蹴った。
インステップボレーキック。そのボールは、ネットの中に吸い込まれていった。
ピピーッ!
審判の笛で、あたしははっと気がついた。
2点目、よね? うん。 やったぁ!
前半の終わったところで、あたしはみんなの所にドリンクのパックを抱えて駆け寄っていった。
「みんな、すごいねぇ」
「いやいや、すげぇのは、森と主人だよ」
キャプテンがドリンクを取りながら言うと、みんな頷いた。
何となく、あたしも嬉しいな。
でも、ここで気を緩めちゃ、ダメよね。
あたしはポンと手を叩いて言った。
「みんな、後半も頑張ってね。試合は、終わるまでわかんないんだからぁ」
「おうっ!」
みんな、一斉に声を上げてくれたの。
でも……。
後半、大門高校は本気になって攻めてきた。あっと言う間にバックスは破られちゃって……。
森くん、一生懸命ボールを止めてたんだけど、とうとう2点も取られちゃったの。
同点……。
どうしよう。同点じゃ、勝ってないのよね……。
……公くん……。
残り時間、3分。
森くんが大きくボールを蹴り出す。
公くんにはずっとマークが2人ついてて、なかなかボールにも触れない。
どうすれば、いいの?
ううん。
信じるの。あたし、公くんを信じるから……。
キャプテンがボールをドリブルで持ち上がる。そのままシュート。
大門高校のディフェンスがそれをカット。
こぼれ球を、金沢先輩が拾って、留萌先輩につなぐ。シュート。
キーパーがパンチングでそれを弾く。
あっ!
あたし、思わず立ち上がった。
弾かれたボールが上がった所にいたのは、公くんだったの。
公くん、頑張ってっ!!
「うぉぉぉっ!!」
公くん、ジャンプした。周りの選手よりも高く。
そのまま、頭をあわせる。
バィン
ボールの弾む音。そして……。
お願い!
キーパーが、ボールめがけて飛ぶ。
その指先をすり抜けて、ボールがゴールに吸い込まれてく。
ピーーーッ
審判が笛を吹いた。ゴール、したのよね。
ゴール、したんだよね、公くん。
再び、大門高校のキックオフ。でも、もう審判は時計を見てる。
早く、終わって。お願い!
……あ。
ピーッ、ピーッ、ピーーーッ
審判が、高らかに笛を吹いた。
勝った……。勝ったのよね。
あたし達が、きらめき高校サッカー部が……。
あたし、その瞬間、何も考えられなかった。ただ、涙があふれてきたことだけがわかって……。
部室の前。
試合が終わった直後で、応援に来てくれてたみんなが詰めかけて、ちょっとしたお祭り騒ぎになってる。
あたし、ちょっと唖然として、その人波を見てた。
なんか、すごいなぁ。
と、その時。不意にあたしの肩に手がかけられた。
「虹野沙希さんだね。マネージャーの」
「は、は……ひっ!」
はい、って言おうとして振り返ったんだけど、相手を見て息をのんじゃった。だって、その人、長いガクランにダボダボのズボン、学帽を目深にかぶってるっていう、見るからにその手の人だったんだもの。
まわりの人も、その人に気がついて、さぁっと引いてる。
あ、もしかして、大門高校の……?
あたしが聞こうとしたとき、向こうから自己紹介してきたの。
「儂が、大門高校応援団、第29代団長を勤めておる、島本っちゅうもんや」
やっぱり、応援団の……。
あたしは、ぎゅっと唇を結んだ。
「何か、ご用ですか?」
「なに、我が大門高校を破ったきらめき高校に敬意を表して、というところだ」
そう言って笑うその人を見て、あたし一歩前に出た。どうしても、我慢できなくなって……。
「なぁに言ってるんだか。団員の管理もできないすっとこどっこい団長が」
「なにぃ?」
団長さん、振り返ったの。
あたしは、ひらきかけた口をぱくぱくさせてた。
「ひ、ひなちゃん? それに早乙女くん?」
そこには、ひなちゃんと早乙女くんが立ってたの。でも、早乙女くん、団長さんがぎろりっと振り返ったら、こそこそひなちゃんの後ろに隠れようとしてる。
そのひなちゃん、腰に手を当てて団長さんをにらんでる。
「おまえ、今なんと言った?」
団長さんはひなちゃんに向き直った。でも、ひなちゃんも一歩も引かない。
「何度でも言ってやるわよ、この超さいてぇな団長! やっぱ、応援団も応援団なら団長も団長よね」
呆れたって風情で肩をすくめてみせるひなちゃん。
「儂だけならまだしも、我が栄光の応援団まで愚弄する気か?」
「ほほー。相手校に脅しをかける応援団の、どこが栄光なんだか教えて欲しいもんだわさ」
「なにぃ?」
団長さん、ひなちゃんにゆっくりと近づいた。慌てて身構えるひなちゃん。
「ちょ、ちょっと、やる気ぃ?」
「おい!」
団長さんは、ひなちゃんの両肩をがっしりと掴んで言ったの。
「今の話、本当か?」
「とぼけたって駄目だかんね。ちゃんと調べはついてんだから。ねぇ、ヨッシー」
ひなちゃんは振り返って、早乙女くんに視線を向けたの。
「あ、はい」
「なに緊張してんのよ、ヨッシー」
呆れたみたいに言うひなちゃん。
「話はわかった」
ひなちゃんと早乙女くんの説明を受けて、団長さんは、静かに答えたの。
それにしても、ひなちゃん達、最近見ないと思ったら、いろいろ調べててくれたんだ。ほんとに詳しく調べてるんだもの。
団長さんは、学帽を目深に被りなおして、あたし達に頭を下げたの。
「この場はこれで失礼する。今から戻って、その話を確かめてみる。もし事実だったときは、改めて正式に詫びを入れるつもりだ」
「はい……」
「では、御免」
そのまま団長さんは、まわりの人波をかき分けるように戻っていったの。
「ふわぁぁぁ。超緊張したぁ」
それを見送ってから、ひなちゃん、ぺたんとその場にしゃがみ込んじゃった。
「ひなちゃん!」
あたし、慌ててひなちゃんに駆け寄ったの。
「沙希、この借りは高くつくわよぉ。『Mute』のスペシャルケーキセットだかんね」
「ありがとう、ひなちゃん」
あたし、ひなちゃんの手をぎゅっと握って、何度も振り回してた。
「ありがとう!」
応援に来てくれたみんなが詰めかけて、ごったがえしてたけど、さすがに試合が終わって3時間もたっちゃうと、もう誰もいないの。
ひなちゃん達も、「今日は超疲れたから、先に帰るね」って帰って行っちゃったし。
「今日は、いい試合だったね」
あたしと公くんは、並んで壁にもたれて話してた。
「でも、そんなことがあったんだ。好雄と朝日奈さんには感謝しなくちゃ」
「そうよね。あたし、ちょっとドキドキしてたのよ。何かされちゃうんじゃないかって」
「心配いらないって。俺達がそんなことさせないよ」
「それにしても、主人くん、ハットトリックでしょ? すごいね」
「虹野さんの、おかげさ」
公くんはあたしの顔を見て、にこっと笑ってくれた。
その顔を見て、あたし、胸がきゅんってなったの。
「……虹野さん?」
「え、あ、うん。な、なぁに?」
突然呼びかけられて、あたし、うろたえちゃった。
公くんは、微笑みを浮かべたまま、右手を出した。
「これからも、よろしくね」
「あ、そ、そうね。よろしく」
あたしは公くんの手を、ぎゅっと握りしめた。
そろそろ、季節は夏になろうとしてた。
後日談
月曜日の放課後、大門高校の応援団長さんが、あたしと約束した団員の人を連れて、謝りにきたの。「けじめだ」って言って、みんな頭剃っちゃって。そこまですることもないと思うんだけど。
でも、「今後は一切こういうことはしない」って言ってくれたから、ちょっと安心かな。
《続く》

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