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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃん電話する

きらめき高校に入って最初の期末テストも、根性でクリア!
いよいよもうすぐ、最初の夏休みが来るの。
いつも、ドキドキワクワクしちゃうけど、今年は特別。
なんていっても、去年は高校受験の準備だったし、第一すごく寒かったじゃない。泳ぎになんか結局行かなかったものね。
ひなちゃんじゃないけど、その分、今年は遊んじゃおうっと。
うーっ。熱いよぉ。
日曜日の午後。
ただでさえ暑いのに、こんなメニューを選んだもんだから、台所はもう暑いを通り越して、熱いになってるの。
でも、がんばらなくっちゃ!
あたしは、冷蔵庫からウーロン茶の缶を出した。リップルを引いて、ぐっとあおる。
冷たくっておいしぃ!
よぉし、この調子で、がんばるぞぉ!
トルルル、トルルル
あたしがコンロに向き直った途端に、電話のベルが鳴ったの。ああーん、もう!
でも、今日はお父さんもお母さんも出かけちゃってるもんね。仕方ない、かぁ。
あたしはコンロの火を止めると、受話器を取った。
「はい、虹野です!」
「あ、私、沙希さんの同級生で主人ともうしますが、沙希さんはご在宅でしょうか?」
え? 主人くん?
「主人くん、どうしたの?」
「あ、なんだ。虹野さんかぁ。緊張して損しちゃった」
主人くん向こうで笑ったけど、ごめんね、今あたしそれどころじゃないの。
「ごめんね、今ちょっと手が放せないの」
「え、そうなの? じゃ、しょうがないな。いつ頃ならいい?」
「そうねぇ」
あたしは柱に掛かってる時計を見上げた。
「あーんと、3時間くらい、かな? 5時頃なら大丈夫と思うわ。あ、こっちからかけ直したほうがいいかな?」
「そうだね。その方が間違いないか。じゃ、5時頃、だね?」
「うん。ホントに、ごめんね」
「いいって。じゃ」
ピッ
電話が切れた。主人くん、何の用だったのかな?
あ、いけない!!
あたしはコンロの火をつけ直すと、手元のレシピを見直した。
火は強火、ね……。
やっぱり中華は強火なのねぇ。でも、せっかくの結婚記念日だから、美味しい物をつくってあげなくちゃね。
いまは、こうしてお父さんやお母さんのためにつくってるけど……。
いつかは好きな人のためにお料理をつくりたいな……。
あ! やだぁ。お鍋が煙あげてるぅ!
よし、出来上がり!
あたしはお玉で中華鍋の中身をお皿に移した。そして、リビングに持っていくと、テーブルの上に並べる。
このまま、室温で冷やせばいいのよね。1時間も置いておけば、ちょうどいいくらいになってるはず。
うん、我ながら改心の出来よね。
満足して、何の気なしに時計を見る。
ああーっ!! 5時半になってる!!
主人くんに電話するの忘れてたぁ!
あたしは慌てて電話に飛びついた。電話番号のボタンを押しかける。
……あれ?
主人くんの電話番号って、何番だろ?
サッカー部の部員名簿には書いてあったけど、あれは学校に置いてあるし……。
あ、ひなちゃんなら知ってるかな?
あたしは、こっちはよく知ってる電話番号を押した。
トルルル、トルルル
呼び出し音が鳴る。
お願い、ひなちゃん、いてよぉ!
ピッ
「はい、朝日奈です! 今掛けてきたあなた、ちょー残念しょー! いまちょろっとでかけてるんだぁ……」
ガシャン
あたしは力任せに受話器を置いた。こんなときに、もうひなちゃんはぁ!!
どうしよう、どうしよう!
まだお父さんもお母さんも帰ってこないから、家から出るわけにもいかないし……。
あーん、こんなことなら、お父さん達にコンサートのペアチケットなんかプレゼントするんじゃなかったよぉ。
えっと、えっと……。
そ、そうだ!!
あたしは部屋に戻ると、鞄からノートを出した。
ええっと、確かここに挟んでおいた……。あったぁ!
その紙切れを持って、電話のところにとって返すと、番号を押す。
トルルル、トルルル、カチャ
「はい、早乙女れす」
あれ? 女の子の声。あ、そういえば妹さんがいるんだっけ。
「もしもし、早乙女好雄さんのお宅ですか?」
「そうれすよ。お兄ちゃんのお友達れすか?」
「はい。虹野といいますが、お兄さんはいらっしゃいますか?」
「いますよ。ちょっと待っててくださいね。おにーちゃん! 電話ぁ!!」
向こうで早乙女くんの妹さんが叫んで、しばらくして微かに早乙女くんの声が聞こえた。
「何だよ、また主人のやつか? あいつもまめだなぁ」
「えへへ。お兄ちゃん、はいどーぞ」
「もしもしぃ、今日はどした?」
ぶっきらぼうな口調で早乙女くんが出てきた。
うふっ。完全に主人くんって思いこんでるのね。
「もしもし、虹野ですけど」
「へ?」
一瞬の間があって、それから早乙女くん、慌てて言った。
「あ、これはこれは、虹野さん、わざわざどうもすいませんね。今ちょっと取り込みごとがあって、なにをかいわんや」
「んもう、慌てなくってもいいのに。それより、聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょう? この愛の伝道師早乙女好雄にお任せを。……優美、後ろで笑うな!」
「え?」
「あ、いや、なんでもないって」
「そうなの? あ、主人くんの電話番号、知ってる?」
早乙女くんって、話が上手いからついつい話しこんじゃって、切ったときはもう6時過ぎちゃってた。
慌てて、早乙女くんに教えて貰った電話番号を押す。
トルルル、トルルル、トルッ
向こうが出た途端に、あたしは叫んでたの。
「もしもし! 虹野といいますが、主人くんはいますか?」
「……公くん?」
ええっ? 今の、誰? 女の子の声、よねぇ?
「もしもし?」
「あ、ごめんなさい、虹野さん。私、藤崎です。お久しぶり」
「藤崎さん? あれ? そこ、主人くんの家よね?」
「そうよ。あ、私はお母さんとここにちょっとお邪魔させて貰っているの」
「……そうなんだぁ」
なんだか、ほっとしたような、悔しいような、変な気分。
「あ、ごめんね、公くん、呼んでくるわね。公く〜ん! 虹野さんからお電話よ!」
しばらく間があって、公くんが出たの。
「そんなに笑うなよ、詩織。あー、もしもし?」
「あ、虹野です。ごめんね、遅れちゃって。用事って何?」
「あー、えっと、やっぱりいいよ。それじゃ」
プツッ
……え?
あたし、受話器を持ったまま、唖然としてたの。
1時間遅れたから、怒っちゃったの?
やっぱり、あたしがいけなかったのかな?
……どうしよう。ごめんね、主人くん……。
その日の夕御飯。お父さんもお母さんも、おいしいって誉めてくれたけど、あたしにはちっともおいしくなかった……。
《続く》

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