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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃん喧嘩しちゃう


 月曜日。
 あたしは、どよーんとした顔で、道を歩いてた。
 主人くん、怒ってるだろうなぁ。
 あたし、どんな顔して謝ったらいいんだろ。
 許してくれなかったらどうすればいいの?

 ど・う・し・よ・う……。

「おっはよぉーっ!!」
 ドン
 いきなり、後ろから突き飛ばされて、あたしはそのまま盛大にスライディングしちゃった。
「わぁーっ! どうしたの、沙希っ! 傷は浅いぞ、しっかりしろぉ」
「ひ、ひなちゃん……」
 あたしは振り向いた。
 あの時ひなちゃんがちゃんと家にいてくれれば……。
 そんなあたしの思いを知るはずもないひなちゃん、あたしの顔を見るなり大笑いし始めたの。
「な、なに、沙希の顔。きゃははは」
「なによぉ」
「だって、あははは」
 あたし、さすがにむかっとした。
「なによ! そんなに笑うことないじゃない!」
「へ?」
 ひなちゃん、呆気にとられた顔した。
 あたしは、立ち上がると叫んだ。
「だっ、第一、昨日どうして家にいなかったのよ! あたし、電話したのに、いなかったじゃないの!」
「あによ、それ」
 ひなちゃんの眉がつり上がった。
 でも、あたしももう止められなかったの。
「毎日毎日ちゃらちゃら遊び回ってる暇があるんなら、勉強でもしなさいよっ」
「なっ……」
 みるみる、ひなちゃんの顔が真っ赤になった。
「……そっか。わかったわよ」
 一瞬間をおいて、妙に静かにひなちゃんは言った。
「沙希とは、長い付き合いだったから、わかってくれてるって思ってたけど、やっぱ沙希も他の人とおんなじだったんだね」
 あたし……、何を言ったの?
「よっくわかったよ!」
 そのまま、ひなちゃんはくるっと振り向いて、走って行っちゃった。
 あたしは……。その場に呆然と立ち尽くしてた。
 蝉の声が、やかましいくらいに響いてる。
 今日も、思いきり暑くなりそうだった……。

 長い授業時間が終わって、お昼休み。
 ひなちゃんに謝らなくちゃ。
 あたしは、立ち上がると、ひなちゃんのクラスに走っていった。
「ひな……」
 ガタン
 ひなちゃんは、あたしの顔を見るなり立ち上がると、そのまま廊下に出て行っちゃった。
 それも、あたしが入ろうとしたのとは反対側のドアから。
「あ……」
 あたしは、伸ばし掛けた手を、ゆっくりと降ろして俯いた。
 なにやってるんだろ、あたし……。
 どうして、こんなことになっちゃったの?
 立っていられなくなって、あたしはその場にしゃがみ込んだ。
 胸が締め付けられたみたいに、苦しくなって……。
 もう、何も考えたくない……。
 キーン・コーン
 今日の授業が全部終わった。
 いつもなら、鞄を提げてひなちゃんのクラスに行って、5分くらいおしゃべりしてから部活に行くんだけど……。
 I組に行ってみたら、もうひなちゃんの姿はなかった。
 誰もいない席が、そこにあるだけ。
 いつもと違うって事が、こんなに寂しい事だなんて、思ったこともなかった。
 部室の中で、あたしは立ちすくんでいた。
 連絡掲示板には大きく書いてあった。
『今日は、連絡会議のため、部活は中止 賀茂』
 それじゃ、主人くんに会えないの?
 あ、今ならまだ、学校にいるかもしれないね。
 とにかく謝らないと……。探さなきゃ!
 あたしは、部室から、外に飛び出した。
 まず、主人くんの教室に行ってみる。
 ……いない。
 放課後ってこともあって、みんな思い思いに固まっておしゃべりしてるけど、その何処にも主人くんの姿はなかった。
 もう、帰っちゃったのかな?
 ……仕方ないよね。
 あたしは、教室をあとにした。
 ホントに、暑いなぁ。
 太陽は西に傾きながらも、容赦なくジリジリと照りつけてる。
 グラウンドからも、陽炎が立ちのぼってる。
 あ!
 校門のところに、主人くんがいた!
 あたしは、思わず走り出してた。
 グラウンドを横切って。
 暑い午後、他には誰もいないグラウンドを。
 走った。
「ぬ……」
 喉まででかかった言葉が、そのまま凍り付いた。
 主人くんは、一人じゃなかった。
 その隣に、寄り添っていたのは……。
 昨日の電話の声が、あたしの耳の中でこだました。

『あ、ごめんね、公くん、呼んでくるわね。公く〜ん! 虹野さんからお電話よ!
『そんなに笑うなよ、詩織』

 やっぱり、主人くんと藤崎さんって……。
 あたし、その場に立ち尽くしてた。
 笑いあう二人が、陽炎の彼方に消え去っても。
 ずっと、ずっと……。

《続く》

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