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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃん、詩織弁を目撃する

「まったくぅ。死ぬかと思っちゃったわよ」
「ごめんってば」
体育の時間が終わって、あたし達は更衣室で着替えてた。
あたしはブラウスのボタンを留めながらひなちゃんに言った。
「とにかく、二度と人をプールに突き落としたりしないでよ」
「しないってば、もう」
ひなちゃんは苦笑しながら髪に櫛をかけてたけど、不意にあたしの方を見た。
「しっかし、二人とも……」
そう言ってくすくす笑ってる。
「二人ともってなによ?」
「沙希と主人くんの事よ。二人とも、相手に嫌われたって落ち込んでんだもの。おかしくって、クスクスクス」
「あによぉ」
怒って見せたけど、……ホントに、誤解なのかな?
主人くんが、そう思ったのはわかるんだ。あたし、主人くんのこと、ちょっと避けちゃってたから。
でも、そうしたのは最初に主人くんが……。
そういえば、藤崎さんが何か言いかけてたな。昼休みにつかまえて聞いてみようかな?
「じゃ、バイバーイ、沙希」
「え?」
ひなちゃんはバッグを肩にかつぎ上げると、更衣室から出ていこうとした。
「バイバーイって、ちょっと、もうすぐ授業始まっちゃうよ?」
「次、うちのクラス、仲村の数学なの。ってわけで、あたし、バックレるから。じゃ〜ねぇ」
ひなちゃんは手を振ると、そのまま走って行っちゃった。きっと、屋上かどこかで昼寝でもする気なのね。しょうがないなぁ、もう。
4時間目が終わってお昼休みになったの。
ひなちゃんってば、本当に4時間目さぼっちゃったのかな? まぁ、いいかぁ。
あたしは、藤崎さんのクラスに向かった。後ろのドアから、中をのぞき込む。
い……た、けど……。
窓際の主人くんの席の前に藤崎さんが座って、主人くんに何か話しかけてたの。
あたし、とっさに身を隠して耳を澄ませてた。
藤崎さんの声が聞こえてくる。
「はい、お弁当。作ってみたの、食べてくれる?」
「いいけどさぁ。詩織の手作りか?」
「うん。一応、ね」
「一応ってことは、そうか、おばさんか」
「あたしもちゃんと手伝ったもの」
「手伝ったってことは、詩織の手作りにはならないぞ」
「だって……。あたしだけじゃ時間に間に合いそうになかったんだもの」
主人くんと藤崎さん、楽しそう……。
藤崎さんの渡したの、お弁当箱よね。
「しかし、何でまた、俺に食わせるわけ?」
「予行演習よ。それに、公くんにお弁当を作ってきてくれそうな奇特な女の子っていないでしょ?」
「あ、言ったな?」
「じゃ、いるの?」
「……いないよ」
主人くん、ぼそっと呟いた。
藤崎さんはくすっと笑った。
「嘘ばっかり。そんなに隠すことないじゃないの」
「な、何を?」
「幼なじみを甘く見ないでよ、公くん」
微笑みを浮かべて、主人くんの顔を上目遣いに見る藤崎さん。
「公くんに、好き……まではいかなくっても、気になる女の子がいることくらい、わかってるんだから」
「え……」
主人くんのお箸が止まる。
あたし、思わずごくりと唾を飲みこんじゃった。
誰なの、主人くんの気になる女の子って?
藤崎さんの口振りじゃ、藤崎さん自身じゃないみたいだけど……。
「ねぇねぇ、何やってんの?」
「ひょわぁぁ!?」
いきなり後ろから肩を叩かれて、あたしは思わず飛び上がっちゃった。
心臓がばっくんばっくんいってるよぉ。
「ひ、ひなちゃん?」
「何かあるの?」
教室をのぞき込もうとするひなちゃんを、慌てて押し戻しながらあたしは言った。
「ひなちゃん、お昼食べたの? なんならおごってあげてもいいわよ」
「ホント? 超ラッキー!」
5分後。
「モグモグ……。このツナサンド、結構いけるね。でも、このミックスピザサンドはイマイチってとこかな? こっちのキウイフルーツサンドは、どっかなぁ〜?」
「ひなちゃん……。遠慮を知らないのね」
「使い尽くせよ他人の財布ってね。あ、もう一つ追加してもいい?」
「……もう、好きにしてよぉ……」
「超ラッキー! じゃ、ハイパーメモリアルサンド、買ってくんね! お金頂戴!」
ひなちゃんは上機嫌であたしの前に手を出した。あたしは、最後の千円札を載せる。
「これで終わりよぉ」
「わかってるって。じゃ、ちゃちゃっとひなちゃん、買ってきまーす!」
そのまま走り去っていくひなちゃんをぼーっと見送るあたし。
ああーっ! 買おうと思ってたレシピ集がぁぁぁ。
ぐっすん。
と、
「よっ。マイハニー」
「へ?」
振り向いたら、戎谷くんが立ってた。にこにこしながら、あたしの前の席を指す。
「ここ、座ってもいいよね?」
「え、でもそこは……」
言いかけたところで、戎谷くんは座っちゃった。机の上の食べかすをさっと脇にどけて言う。
「で、デートの日は何時にする?」
「あの、そのことなんだけど……」
「あ、そうか。こんな人の多い所じゃなんだね。だったら図書室かどこかに……」
「えーびすたにぃ!!」
ひなちゃんが後ろから声をかける。戎谷くんは振り向いた。
「よ、朝日奈」
「よ、じゃないっ!。そこはあちしの席なのよ」
「いいのいいの。さ、君はこっち」
戎谷くんがあたしの右にある椅子を指した。ひなちゃんは珍しく、反論しないでその椅子に座る。
「で、何の話をしてたん?」
「なぁに、俺と沙希姫のデートの場所を決めようって……」
言わなくちゃ。沙希、ガンバ!
「あの、戎谷くん!」
「え?」
声がちょっと大きかったみたい。近くの人がみんなこっちを見てる。
でも、思い切って言わなくちゃ!
「あの。ごっ、ごめんなさいっ! あたし、戎谷くんとデートは出来ません!」
あたし、立ち上がって頭を下げた。
戎谷くん、怒っただろうな。
でも、あたし……。
「アハハハ」
え?
もしかしたら、叩かれるかもって思って身を固くしてたあたしの耳に入ってきたのは、戎谷くんの笑い声だったの。
あたしは恐る恐る顔を上げてみた。
「戎谷……くん?」
「いやぁ、まいったなぁ」
戎谷くんは、笑いながらあたしに言ったの。
「まさか、この俺がデートの申し込みを蹴られるなんて……」
「ホントに、ごめんね。でも……」
「わかったよ。これ以上つきまとったりはしないって。俺みたいないい男ってのは、引き際も心得てるのさ」
パチッとウィンクしてみせると、戎谷くんは立ち上がった。
「さぁて、振られ男は大人しく退場させてもらいましょうかねぇ」
「ちょいまち」
ひなちゃんがその襟首をむんずと掴むと、にぃーっと笑った。
「戎谷く〜ん。約束は、わかってるわよねぇ?」
放課後。
あたしはどきどきしながら、部室のドアに手をかけてた。
ひなちゃんの声がよみがえってくる。
『ま、放課後にでも、ちゃんとお話ししなさいよ。二人でね』
この中に、主人くんがいるのよね。
あたしは、ドアノブから手を離すと、大きく深呼吸した。
すーはー、すーはー。
よしっ!
自分に気合いを掛けて、ドアノブを回して押す。
バタン
ドアが開いた。
中には、主人くんがいた。
「虹野さん?」
「あっ、あの……」
な、何て言ったらいいのかな?
主人くんも、言葉に困ってるみたい。
その一瞬が、すごく長く感じられた……。
《続く》

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