喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く

沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんのサードデート

7月31日。
あたしは、約束の時間の5分前に、もうついて待ってたの。
うーん。なかなか来ないなぁ。
ジリジリと、朝から太陽が照りつける。ホントに今日も暑くなりそう。
早く泳ぎたいなぁ。水着も新しく買ったんだし、ね。
べ、別に主人くんのために買ったんじゃないのよ。去年までの水着が小さくなっちゃったから、ね。
あたしは、腕時計を見た。
9時39分。あー、もう!
9時に来てねって、昨日電話であれくらい念を押したのにぃ!
遅れてくるのはいつものことだけど、ここまで遅いと……。あ、来た来た!
「あ! こっちこっち!」
「おっまたせぇーっ!」
ひなちゃんは手を振って走ってきた。
「遅いじゃないの!」
「ごっめーん。電車がもろ混みでさぁ」
ひなちゃんは頭をかいた。それから言う。
「だいたい、沙希だって悪いんだぞ。昨日急に誘うんだもん。準備だって色々あるのにさぁ」
「だって……、急に主人くん都合が悪くなっちゃったって言うんだもん」
「どうしたんだって?」
「うん。なんだかお爺さんが倒れたって言ってた。危篤ってほどじゃないって言ってたけど、遠くに住んでるから移動するのも1日がかりって言ってたな」
「ふーん。あ、とにかく泳ごーよ! せっかく海に来たんじゃん!」
「そーね。じゃ、きがえよっか」
あたし達は、海の家に入っていったの。
「うわぁ、すっごい派手ぇ」
「どーだ! 今年の最新流行だぞ」
ひなちゃんはえっへんと胸を張った。
やっぱり、さすがひなちゃん。
でも……。
「ひなちゃん、よくそんな水着買えたね」
「これも、沙希のおかげ。感謝してます」
あたしを拝むひなちゃん。あ、そっか。
「戎谷くんから巻き上げたお金を全部つぎ込んだの?」
「まーね」
「一体いくら貰ったのよ?」
「えーっとね。ごにょごにょ」
ひなちゃんの囁いた金額を聞いて、あたし目を丸くしちゃった。
「ええーっ!? そんなに貰ったの?」
「まーね」
「あ。でも、あたし主人くんとはデートしてないのよ。ひなちゃんの勝ちでもないじゃないの」
そーよ。ひなちゃんは主人くんとあたしがデートする方に賭けてたんだもんね。
ひなちゃんは、慌てて手を振る。
「忘れよ、忘れよ。さ、泳ごう!」
「う、うん。あ、そーだ!」
飛びだそうとするひなちゃんの腕を捕まえて、あたしは一言。
「今日は、割り勘だからねっ!」
そうそういつも払わされてたまるもんですか!
シャーッ
散々泳いだり、砂浜ではしゃいだりして騒ぎまくって、海の家で焼きそばを食べる。これが正しい海の楽しみ方よね。
焼きそばは、脂の使い過ぎとか、麺がどーとか言いたいけど……。ま、海の家じゃ、こんなものよね。
で、午後も遊んで、今はシャワーで砂を落としてるところ。
「あー、ちょー面白かったね」
ひなちゃん、どうでもいいけど、誰も見てないからって水着の胸元開けてシャワー浴びるのはちょっとはしたないと思うよ。
でも、ちょっと焼きすぎちゃったかな? 明日辺り、ヒリヒリしそーだなぁ。
うー。
「でもさ、やっぱ男の子と来たいね、こーいう所はさぁ」
ひなちゃん、不意にしみじみと呟いた。
「ひなちゃん……」
「ま、あたしみたいなハイセンスな女の子にあうよーな男の子ってそうそういないもんね」
「そうよね。ひなちゃんみたいな浪費癖につきあえる男の子ってそうそうないわよねぇ」
「あによ、それ。刺がある言い方じゃん」
「あるわよぉ。なにせ、先月のお小遣いをあっという間に消費し尽くしてくれたんだもんね!」
「あう……。忘れよ、忘れよ! ささっと着替えてさ、帰りにゲーセンに寄って帰ろっか?」
「ちょ、ちょっとゲーセンは……。疲れちゃったしね」
「そっか。じゃさ、『Mute』に寄って帰ろーよ。かっちゃんが新しいメニュー入れたって言ってたし!」
「そうね。そうしましょうか」
あたしは、水着を脱ぎながら頷いた。
8月に入って、ますます暑くなって、うだるよーな日が続いてたの。
そして今日は3日。部活も無いから、『Mute』に行って、マスターにあのルセットの作り方教えてもらおうかな、とかベッドにごろーんと寝転がって考えてたら、お母さんが1階から呼ぶ声が聞こえた。
「沙希、電話よ!」
あたしは起き上がると、ドアを開けて階段を下りながら聞いた。
「誰? ひなちゃん?」
「早乙女好雄さんって」
「早乙女くん?」
あたしは受話器を受け取った。
「はい、もしもし?」
「あ、虹野さん? 俺、早乙女だけど」
1週間ちょっとあってないだけなのに、何だか懐かしい感じがするな。
「久しぶりね。どうしたの?」
「今日、部活ないでしょ? 遊園地に行かない?」
「遊園地? でも……」
「公の奴も来るんだよ。あと、藤崎さんも誘っといた」
あっけらかんと言う早乙女くん。
ちょ、ちょっと待ってよ。どうしてそういう組み合わせなわけなの?
「あ、あたしは……」
「ほら、サッカー部のマネージャーとしては、未来のエースストライカーを見張っとくのもお仕事でしょう?」
「う、うん。そっ、そうよね。お仕事よねぇ」
「オッケイ。じゃあ、9時にきらめき駅の改札のところ。南口ね。じゃ」
ピッ
電話が切れた。あたしはお母さんに向き直った。
「あたし、出かけてくるね!」
あたしがきらめき駅の改札についたら、もう藤崎さんが来てたの。
「あ、藤崎さん、こんにちわ!」
「虹野さん? あ、そうかぁ。虹野さんを誘ったのね、早乙女くん」
藤崎さんは、フフッと微笑んだ。
「あれぇ、藤崎さん知らなかったの?」
「ええ。今朝いきなり早乙女くんから電話があって、その時は、もう一人誘うとしか言ってなかったから」
「お、もう来てるね!」
早乙女くんがやってきた。あれ? ほっぺたに傷がある。
「早乙女くん、どうしたの、その切り傷?」
「え? ああ、出掛けにちょっと妹とやり合ってね」
「優美ちゃんと? ふーん。あ、絆創膏持ってるよ。はい」
あたしは絆創膏を出して、ぺたっと張って上げたの。
「サンキュー。やっぱり虹野さんって優しいよねぇ」
「そうね。私も見習わなくっちゃ」
早乙女くんはともかく、藤崎さんにそう言われると、照れちゃうよね。
「は、早く行きましょう!」
「え? でも、公くんは?」
「公の奴には、遊園地で10時にって言ってあるんだ。先に行って脅かしてやろうと思ってね」
早乙女くんは悪戯っぽく笑った。
もうすぐ10時ね。……あ、来た!
公くんは早乙女くんに駆け寄ってきて、何か言ってる。
柱の陰に隠れてたあたしと藤崎さんは、にこっと笑って頷きあった。そして、揃って出ていく。
「急に呼び出してなんなんだ……。あれ? 詩織と、虹野さん?」
「こんにちわ、公くん」
「主人くん、こんにちわ」
あたし達はすましてお辞儀した。
早乙女くんがニヤッと笑う。
「来てよかっただろう? 感謝しろよ」
「あ、ああ……」
主人くん、びっくりしちゃってる。なんだか、可愛い……。
「じゃ、次にどれに乗る?」
手始めにコーヒーカップでぐるぐる回った後、早乙女くんは主人くんに聞いたの。
「うっぷ。静かな乗り物がいい」
気分悪そうに口を押さえながら主人くん。
あたしも、藤崎さんも偉そうなことは言えないのよねぇ。顔を青くしてるの。
早乙女くんだけが元気いっぱい。
「なんだよ、だらしないなぁ」
「お前がぐるぐる回すからだろうが! うっぷ」
怒鳴って、慌てて口を押さえる主人くん。
そういう主人くんだって、「いけいけぇ」って叫んでたじゃないのぉ。
「しょうがねぇなぁ。じゃ、観覧車はどうだ? 一周30分だから、休憩にもいいぜ」
「そ、それいこう」
「意義はないわ」
あたしと藤崎さんも頷いた。
「二人乗りのゴンドラなのよね……」
あたし達は観覧車の掲示板の前で説明を読んでいた。
早乙女くんがあたし達を見る。
「どういう組み合わせで乗る?」
「あたしは……どっちでもいいわよ」
主人くんと……なんて我侭言えないし……。早乙女くんに悪いものね。
「私も、どちらでもいいわ」
「俺、男同士だけはイヤだ」
早乙女くんはそう言うと、主人くんの肩をポンと叩いた。
「では、究極の選択です。君は藤崎さんと虹野さんと、どちらを選びますか?」
「あう」
主人くん、あたしと藤崎さんを見比べたの。
心臓が、ドキドキいいはじめる。
……主人くん……。どっちを選んでくれるの?
「じゃ、虹野さん」
「ええーっ!?」
あたし、思わず叫んじゃった。
「い、イヤなの? それじゃ……」
「ううん、違うの! 乗りましょ!」
あたしは、先にチケット売場に走っていった。だって、真っ赤になってるの、見られたくなかったんだもの。
ガタン
ゴンドラはゆっくりと上がっていく。
あたしは、にこっと笑った。
「これに乗るの、2度目だよね、主人くん」
「そうだね。あの時はゴンドラが止まっちゃって、びっくりしたよねぇ」
「……また、止まらないかな?」
「え?」
「わーっ、何にも言ってないよ! あ、ほら、早乙女くんが手を振ってる!」
あたし、慌ててごまかした。
あっという間に、一通り遊園地をぐるっと回っちゃった。
早乙女くんがガイドを見ながら呟く。
「ま、こんなもんかな?」
「あ、そろそろ帰らないと!」
藤崎さんが時計を見て言う。それを見て、あたしも時計に目を走らせる。
あ! 早く帰らないと、夕御飯が作れないわ!
「あたしも、もう帰るね」
あたしは立ち上がると、お辞儀した。
「それじゃ、主人くん、さよなら」
「公くん、さようなら」
藤崎さんもお辞儀すると、あたしに言った。
「それじゃ、きらめき駅まで一緒に帰る?」
「そうね」
あたしも頷いた。
カタン、コトン、カタン、コトン
電車は単調な音をたてながら走っている。
藤崎さんは列車のドアにもたれて、外の景色を眺めている。
やっぱり、美人よね。こんなさりげない仕草でも、絵になるんだもの。
彩ちゃんがいたら、さっそくスケッチブックを出してるところよね。
そんなことを思ってたら、視線に気がついたのか、藤崎さんがあたしの方を見た。
「どうかしたの?」
「え? あ、あの……」
あたし、反射的にこう答えてた。
「藤崎さんは主人くんのことどう思ってるの?」
「え?」
あーっ、何てことを聞いてるのよ! 沙希のばかばかばかぁ。
「そうねえ……。やんちゃな弟って感じね」
「弟?」
「ええ。あ、虹野さん。私、2学期からは公くんにお弁当つくるの、やめるわね」
「ええっ!?」
「だって……」
藤崎さんは、微かに頬を染めて、言った。
「本当につくってあげたい人は、公くんじゃないもの。それに、公くんには本当につくってあげたい人がちゃんといるものね」
「公くんに、お弁当をつくってあげたい人がいるの?」
「ええ」
悪戯っぽく、藤崎さんは囁いた。
「私の前に、一人、ね」
「あ……」
あたし、ほっぺたが熱くなるのを感じてた。
車内アナウンスが、その時告げた。
「次は、きらめき。きらめき。お降りの方は、お忘れ物の無いように……」
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く