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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの翠の夏休み

ドンドン
ピーヒャララァ
毎年8月の最初の日曜日、ここきらめき神宮では、夏祭りが開かれるの。
祭囃子が、なんだか気持ちをうきうきさせてくれる。
でも、一人っていうのは、ちょっと寂しい、かな?
あはは。何故かな? 去年まではそんなこと考えたこともなかったんだけど。
あ、そうか。一昨年まではいつもお父さんやお母さんと一緒に来てたし、去年はひなちゃんと一緒だったのよね。
今年は、ひなちゃん早乙女くんと約束してるって。昨日電話で聞いてみたら、そういってたの。
ひなちゃんは、「あ、沙希も一緒に行こうよ」って言ってくれたけど、邪魔するのも悪いよね。それでなくても、先週はひなちゃんと海に行ってるし。だから、それは断ったんだけど……。
あたしは、境内を見回した。さすがに人がいっぱいねぇ。
「あ、もしかして、虹野さんじゃありませんか?」
「え?」
不意に後ろから声をかけられて、あたしは振り返ったの。
そこには、浴衣を着た眼鏡の女の子が、手に巾着を提げていたの。
あ、思い出した。あたしが日射病で倒れたときに、保健室で看病してくれた、えっと……。
「如月さん、だよね?」
「え? はい、そうですけど」
如月さん、一瞬きょとんとして答えてくれた。あたし、慌てて謝った。
「ごめんなさい、あたしちょっと頭がお間抜けで、よく覚えてなかったから」
「いえ、いいんですよ」
そう言って、如月さんはにこっと笑ったの。
あれ? 如月さんは一人なのかな?
「如月さんは、一人で来たの?」
「いえ、両親と来たのですが、この人混みではぐれてしまって……」
あれ? ちょっと如月さん、顔色悪くない?
裸電球の黄色っぽい明かりだったから、ちょっとわかんなかったけど、そう言えばなんだかふらふらしてるみたい。
「如月さん、ちょっと、大丈夫?」
「ああ、目眩が……」
如月さんは、ふらっとよろめいて倒れかかった。あたしは慌てて支える。
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
「あ、はい。すみません、ちょっと休めば、すぐなおりますから」
あたしと如月さんは、神社の本殿の階段に並んで腰掛けてた。
「本当にすみませんでした」
「ううん、いいの。あたしは暇だったし」
会話が途切れて、あたし達は何となく、境内を流れる人波をぼーっと見ていたの。
「そういえば、うまく仲直りできましたか?」
不意に如月さんが訊ねてきた。
そうだ。ひなちゃんや主人くんと喧嘩しちゃって落ち込んでた時、如月さんに悩みを聞いてもらったのよね。
「うん。あの時はありがとう」
あたしは改めて頭を下げたの。
「いえ。私こそお役に立てなくて」
「そんなことないよ。……!!」
その時、あたしは視界の隅に何か見たことあるようなものが引っかかるのを感じて、そっちを見たの。
あ、あの人、主人くんだ! 間違いないよ。
「ぬ……」
立ち上がって声をかけようとしたあたし、慌ててその声を飲み込んだ。
一人の女の子が主人くんに駆け寄るのが見えたから。
声がこっちまで聞こえてきた。
「ごめぇーん、待ったぁ?」
む。なんか親しそうな声の掛け方じゃない……って、どうしてあたしがむっとしなくちゃならないのかな?
「え?」
主人くん、驚いたみたいにその娘の方を見た。あたしも改めてその娘を見てみる。
なんだか、すごい妙な髪型。お下げをくるっと輪にしてアップにしてるの。あれも最新流行の髪型ってやつなのかな?
とか考えてたら、その娘はぺこりと頭を下げました。
「ご、ごめんなさい、人違いでした」
「え? あ、そう?」
「それじゃ!」
その娘、あたふたと人混みの中に駆け込んでいったの。
不意に、くすくす笑う声が聞こえて、あたしは隣を見たの。
「如月さん?」
「ご、ごめんなさい。でも、あの娘らしいと思って……」
「え? 今の娘知ってるんですか?」
「ええ。私と同じ部の娘なんですよ」
「同じ部って……、文芸部、だったよね?」
「はい。あ、こっちに来ますよ」
如月さんの言葉に、あたしは顔を上げた。
あの娘が、にこにこしながらこっちの方に歩いてくる。でも、あたし達に気づいたわけじゃないみたい。
……って言うよりも、何も見えてない感じ。なんだかあっちにふわふわ、こっちにふわふわって感じ。
如月さんが、静かに声をかける。
「館林さん、こんにちわ」
「へ?」
その娘はこっちを見て、かぁっと真っ赤になってる。なんだか可愛いな。
「や、やだ。如月さん。見てたんですか?」
「ええ。あ、紹介しますね。こちら、虹野沙希さん。虹野さん、こちらは館林見晴さんです」
「虹野……さん」
「よろしく……ね」
な、なんなの?
その娘、一瞬すごい目つきであたしのこと睨んだような……。き、気のせいよね? だって、初対面なんだし。
「初めまして。文芸部の館林見晴です」
館林さんは自己紹介した。そう言えば、如月さんも文芸部よね。同じ部なんだ。
「あ、あたし……」
「知ってます。サッカー部のマネージャーですよね」
え? どうして知ってるの?
あれ? でも、館林ってどこかで聞いたことがあるような……。あ、もしかして。
「館林さんって、保健室の先生と親戚なの?」
確か、保健室の先生も、館林先生っていったよね?
館林さんはこくりと頷いた。
「はい。晴海は私の姉です」
「そうなんだ」
そう言われれば、似てるような気もするなぁ。
「館林さん、これから何か予定でもありますか?」
如月さんが横から訊ねたの。
館林さんは少し考え込んで、答えた。
「いえ、別に何もありません」
「それなら、私たちと一緒に行きませんか?」
「……」
館林さんは、また一瞬あたしに視線を向けると、頷いたの。
「いいですよ」
あたしたちは、参道を出店を見ながらぶらぶらと歩いていったの。
館林さん、なんだかちらちらとあたしのことを見てる。あーん、気になるよぉ。
よ、よぉし。聞いてみようっと。
あたしは、すうっと息を吸い込んだ。その前に、いきなり綿菓子が突き出されたの。
「よろしければ、虹野さんも一ついかがですか?」
べちょ
いきなりだったから、あたしは顔面からまともに綿菓子の中に突っ込んでたの。
「ふぁ」
「きゃぁ! に、虹野さん、ごめんなさい!」
ああーん、顔中べとべとよぉ。
お手洗いの水道で、あたしは水を含ませたハンカチで顔を拭ってたの。
やだぁ、前髪もべたべたになってる。
「に、虹野さん!」
「え?」
声をかけられて振り返ると、館林さんが立ってた。なんだか思い詰めた顔してる。
「館林さん?」
「一つ、聞きたいことがあります」
ずいっ!
一歩進み出る館林さん。あたしは思わず一歩下がる。
「な、何?」
「あの、あのですね、その……」
館林さんは、一瞬言いよどんで、うつむいたの。
あ、この髪飾り可愛いな……。
なんて、場違いな事を思い浮かべた瞬間、館林さんは顔を上げた。
「虹野さんは、ぬ、主人さんの……こと……」
ドキッ
「主人くんのこと?」
何でもないみたいに聞き返せたのは、館林さんの方がすっかりうろたえてたから。
館林さんはこくりと頷いた。
「虹野さんはどう……思ってますか?」
「どう……って……。主人くんはサッカー部の仲間で、同じ学年だし、あたしがサッカー部に誘ったわけだし……」
「それじゃ、単なるお友達なんですよね?」
「え? う、うん」
そうよね。単なるお友達よね?
あたしが頷くと、館林さんはほっとしたみたいに胸をなで下ろした。
「よかったぁ。ごめんなさい、変な事聞いて」
「もしかして、館林さん、主人くんのこと……」
あたしがそう聞くと、館林さんは真っ赤になっちゃった。
「や、やだ。それは、その……。……うん」
こくんと頷くと、館林さん恥ずかしいのか、ぴょんぴょん跳ね回り始めちゃった。
「やんやんやん、もうやっだぁ!」
「そう……」
あたしは、そんな館林さんを見つめながら、何となく考え込んじゃってた。
「それじゃ、私はこっちですから」
館林さんはぺこりとお辞儀して、走って行っちゃった。
それを見送るあたしに、如月さんが話しかけてきたの。
「虹野さんは、それでいいんですか?」
「え?」
「ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったんですけど、さっき館林さんと話しているのを聞いてしまったんです」
如月さんはそう言うと、眼鏡の位置をなおして、あたしに聞いたの。
「本当に、虹野さんは主人さんのこと、ただのお友達と思っているのですか?」
「……」
如月さんの眼鏡の奥の翠色の瞳が、あたしの顔を映してる。
あたしは、ほうっと大きく息を吐いて、そして答えたの。
「わかんないの」
「そう、ですか」
如月さんは頷くと、微笑んだ。
「館林さんは、主人さんのことが好きなんですよ。でも、だからって、虹野さんがそれを気にすることはないと思います。少なくとも、まだ」
「?」
「それでは、失礼します」
如月さんは頭を下げると、そのまま歩いて行っちゃったの。
あたし、如月さんが何を言おうとしたのか、よくわからなかった。それがわかったのはずっとずっと後のことだった……。
《続く》

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