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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの夏、日本の夏 その1

ぴっかぁぁぁんと晴れた青空!
陽炎の揺れるグラウンド!
そう、我がきらめき高校サッカー部は、今日から夏合宿なのよっ!
もっとも、サッカー部だけじゃないんだけどね。
きらめき高校の恒例行事として、全ての部が、夏休みの1週間、合同夏合宿をするの。だから……。
「グッモーニン、沙希! 朝から随分張り切ってるみたいじゃない」
「あ、彩ちゃん。おはよう!」
肩からバッグを提げた彩ちゃんがあたしの肩をポンと叩く。ちなみに私服。そう、夏合宿の間は制服じゃなくてもいいの。とはいっても、あたし達みたいな体育部系の部活の間はそうもいかないけどね。
「彩ちゃんも今日からよね?」
「イエス。美術部の合宿よ。まぁ、たまにはこういうのもイマジネーションがわいていいかもね」
そう言って彩ちゃんはウィンクしたの。
「でも、合同合宿って、そもそもは、部活をしてる人ってそれを口実に夏休みの宿題をやってこないことが多かったから、それなら部活してる人を集めて強制的に勉強させよう、ってことで始まったんですって」
そう言いながら、藤崎さんがあたし達の後ろからやってきたの。そういえば、藤崎さんは演劇部だったよね。
「もっとも、今はその名残は夜のお勉強会くらいしか残っていないんだけどね」
「よく知ってるのね、藤崎さんは」
彩ちゃんが笑って言ったの。
「わたくしは、明日の夜の肝試し大会が、楽しみですねぇ」
「あら、古式さん」
古式さんの私服姿って、初めて見たような気がするなぁ。うーん、やっぱりそこはかとなく清楚な雰囲気がある白いブラウスに紺のプリーツスカート。男の人ってこういうのが好きなのかな?
「あのぉ、わたくしの服に何かついておりますのでしょうか?」
古式さんがおっとりと言って、あたしははっと我に返ったの。慌ててぶんぶんと手を振る。
「う、ううん、なんでもないよ、なんでも」
「はぁ、そうですか?」
う。彩ちゃん隣でクスクス笑ってるぅ。
わ、話題を変えなくちゃ。
「そういえば、あと誰が来るのかな?」
あたしは藤崎さんに訊ねたの。藤崎さんは小首を傾げる。
「あと、私の知ってる人で合宿に来るのは……、文芸部の如月さんとか、バスケ部の鞠川さん、それと水泳部の清川さんくらいだと思うけど」
そっかぁ。文芸部って事は、館林さんもくるのかな?
鞠川さんや清川さんは、あたしも知ってる。同じ運動部だし。
「そろそろ、部ごとのミーティングの時間じゃない?」
藤崎さんが時計を見上げて言って、あたし達はそれぞれの部に散って行ったの。
「前田! もっとちゃんとパスしろ!」
「はいっ! すみません!」
午前中はみんなグラウンドで練習。元気のいい声が飛び交ってる。
それにしても、暑いねぇ。
「虹野さん!」
「え?」
後ろから急に呼ばれて振り返ったら、十一夜さんがおろおろしてたの。
あ、十一夜さんって、女子バスケ部のマネージャーさんなのよ。
「どうしたの? 十一夜さん」
「奈津江ちゃんが、奈津江ちゃんが! うわぁぁ〜〜ん」
いきなり十一夜さん、あたしのジャージにすがって泣き出しちゃった。何があったんだろ?
とにかく、行ってみなくちゃ。
あたし、練習を見てた賀茂先生に駆け寄った。
「先生、ちょっと体育館に行ってます。すぐ戻りますから」
「ああ、それはかまわんよ」
「じゃ!」
あたしは、十一夜さんに向き直った。
「行きましょう!」
「うん」
「ほんとに、ごめんなさいね。大したことないのに、恵ったら血相変えて走って行っちゃうんだもの」
体育館の更衣室で、鞠川さんは肩をすくめたの。
あたしは、その右足首にテープを巻き終わると、立ち上がった。
「これでとりあえずは大丈夫だと思うけど、念のために保健室に行った方がいいと思うな。先生は来てるはずだから」
「そうね。でも、あたしはちょっとあの先生苦手なんだけどなぁ」
鞠川さんは苦笑いしたの。なんとなく、それわかるなぁ。
「虹野さん、ごめんなさぁい」
十一夜さん、やっと安心したみたい。あたしにぺこりと頭を下げたの。
「奈津江ちゃんが、急に足を押さえて倒れちゃうから、あたしもしかして奈津江ちゃんの足が折れちゃったかと思って……」
一番近くにあるサッカーグラウンドに走って来たってわけなのね。
鞠川さんは、十一夜さんの肩を借りて立ち上がると、足を軽く振ってみた。
「それにしても、虹野さん手慣れてるのね」
「どーせ、あたしは手慣れてませんよぉだ」
ぷんと膨れる十一夜さん。
あたしは頭を掻いた。
「やっぱりマネージャーとしては応急手当くらい出来なくちゃって思って、館林先生に教えてもらったの」
「さすが虹野さん。恵、ちゃんと見習いなさいよ」
「ふみぃ」
と、いきなり更衣室のドアがばたんと開いたの。
「奈津江が足の骨折ったって!?」
「誰がよ!」
怒鳴り返す鞠川さん、きょとんとしたあたしに気がついて咳払いする。
「オホン。そうそう、紹介するね。これが芹澤勝馬」
「え?」
言われて、あたしは芹澤くんに視線を向けたの。
何となく、主人くんに似てる雰囲気。ピンときたわ!
「芹澤くん!」
あたしはぴょんと立ち上がると、芹澤くんに駆け寄ったの。
「は、はい?」
「あなたには根性があるわ! あたしと一緒に国立競技場を目指しましょう!!」
「へ?」
後ろで鞠川さんが笑って言う。
「ダメダメ。勝馬みたいに根性も協調性もない人に団体競技なんてできっこないって」
「うるせぇ」
芹澤くんは小声で言うと、あたしに視線を向けた。
「まぁ、奈津江の言うとおりで、俺には団体競技は向いてないからさ」
「それより勝馬、あたしが足の骨折ったなんてデマ、誰に聞いたのよ」
「戎谷だよ。折ってないのか。ちぇ」
「なによ、それは!」
鞠川さん、すっかり怒っちゃったみたい。十一夜さんの肩を振りほどいて芹澤くんに駆け寄ろうとする。
「あ痛っ」
「奈津江ちゃん、捻挫してるんだから」
慌てて支える十一夜さん。
「覚えてなさいよ、勝馬!」
そう言いながら、鞠川さんと十一夜さん、保健室の方に歩いていったの。
あたしは、それを何となく見送ってる芹澤くんに尋ねたの。
「本当にサッカーする気ない?」
「え? ああ、残念ながらね。それじゃ!」
芹澤くんはさっと手を振ると、走って行っちゃった。うーん、あの足の速さ、やっぱりもったいないなぁ。
さしたることもなく、1日目は午後に入ったの。
午前中は部活動をすることって決まってるんだけど、午後は各部の自主トレってことで、真面目に部活をする部もあれば、自由時間にしてる部もあるの。
サッカー部は、賀茂監督の「そんなに練習ばっかりしてても仕方ないだろう。集中して練習、集中して遊べ」っていう方針で、午後は自由時間。って言っても、主人くん達1年生はちょっと自主練習みたいなことしてるみたい。やっぱり、根性あるよね。
で、あたしはというと、夕御飯の準備をしてるの。
この夏合宿、朝と昼の食事は、伊集院くんが駆り出してくれた「伊集院家専属コック」の人たちが用意してくれるんだけど、夕食だけは慣例として各部で用意するってことになっているのね。
料理好きなあたしとしては、腕が鳴るわけ。
見よ! 7月のうちに考えておいた、この1週間分の"おしながき"!!
ちゃんと栄養のバランスも考えてあるんだからね。
というわけで、今あたしは学校の近くのスーパーに買い出しに来ているの。
「あら、虹野さん」
「え? あ、藤崎さん、それにみんなも」
声をかけられて振り返ったら、藤崎さん達が籠を提げてたの。そっかぁ、他の部も買い出しなのね。
買い物を済ませて、あたし達は家庭科室に入ったの。料理はここですることになってるのよね。
あたしは、さっとまな板を洗うと、持ってきたバッグの中から包丁を出したの。
隣で、藤崎さんが目を丸くしてる。
「虹野さん、包丁持ってきたの?」
「うん。だって、やっぱり使い慣れてる包丁の方がいいから」
あたしがそう答えると、藤崎さん腕組みしちゃった。
「なんだか、負けた気分」
「え?」
「ううん、なんでもないの」
向こうでは、古式さんが包丁を出してる。わぁ、綺麗な柳刃包丁ね。よく手入れされてるみたいだし……。あ!
「古式さん、ちょっと、その包丁見せてくれないかな?」
「はい、よろしいですよ。どうぞ」
古式さん、そう言うと包丁をくるっと回して、柄の方をあたしに向けて差し出してくれたの。
受け取って見てみる。やっぱり、これ、之定(のさだ)だわ! すごい業物じゃないの。
「古式さん、この包丁……」
「はい、大層由緒のあるものだそうですよ。2年前にお母様にお譲りいただきまして、それから使っておりますが、まだ一度も研いだことがございません」
「ちょっと、いいかな?」
断ってから、傍らにあったキッチンペーパーをその包丁ですっと切ってみる。
わぁ、剃刀みたいに切れちゃう。すごいなぁ。
古式さんの包丁に一通り感心してから、あたしは料理に取りかかろうとしたの。
と、その時急に家庭科室のドアが開いて、数人の黒服の男の人たちが、桶を提げて入ってきたの。あ、たしか古式さんのところの人よね。体育祭の時に見たわ。
「お嬢様、お待たせしました!」
「取れたてのやつ、お持ちしましたぜ!」
わぁ、大きな鯛に鮪! って、まさか、古式さんおろせるの?
「まぁ、みなさんご苦労様です」
古式さんは答えると、机の上に鯛をどんと乗せたの。わぁ、まだビチビチ動いてるよ、あれ。
「では、参ります」
古式さんは、鯛に向かって手を合わせてから、おもむろに柳刃包丁を握ったの。
「私、初めて見たわ。活け作りをつくるところなんて」
藤崎さんが、目を丸くしたまま呟いたの。あたしも同じ様な感じ。
古式さん、見事な鯛の活け作りを作っちゃった。プロの板前さんとしても通用しそうだわ。
「さて、鮪は刺身がよろしいでしょうねぇ」
そう言いながら、さっさと鮪を切り分け始める古式さん。
そうだ、あたしもお料理しなくっちゃね。
トントントントントン
うーん、なんか幸せ。この小気味いいリズムがたまらないのよねぇ。
「じゃ、沙希。このジャガイモも、プリーズ、お願いね」
「うん」
トントントントン
「虹野さん、この人参も……いいかな?」
「うん」
トントントン
「ごめぇん。この牛蒡もお願い」
「うん」
トントン……
はっ!?
ふと我に返ってみたら、あたしの横にみんながお野菜抱えて列を作ってるの。
「ちょ、ちょっと、みんなぁ……」
「だって、虹野さん上手いんだもの」
藤崎さんが笑いながら言うの。
「でも……」
こっちのお料理がこれじゃ出来ないよ……。
えーい、こうなったらぁ!
「藤崎さん!」
「は、はい」
「演劇部の今日のメニューは?」
「えっと、肉じゃがとコンソメスープ」
「彩ちゃん、美術部は?」
「ビームストローガンダム」
「……ビーフストロガノフのこと?」
「そ、そうとも言うわね。ドントマインド、気にしちゃダメよ」
「まぁ、いいけど。十一夜さん、バスケ部は?」
「えっと、ニラレバ炒め、だったよね? 奈津江ちゃん」
「どうしてあたしに聞くのよ、そういうことを」
「それじゃ、如月さん、文芸部は?」
「はい。カレーライスです」
「さて、今から変更のきかない。今日は絶対にそれじゃなくちゃダメって部はある?」
しぃーん
あたしは、ぐっと頷いたの。
「よぉーし。それじゃ今日の夕食の総指揮は、不肖この虹野沙希が取らせていただきます! メニューは豚カツ定食! いい?」
「え? それって……」
みんな顔を見合わせる中、藤崎さんがにこっと笑って頷いたの。
「そうね。みんなバラバラに作るよりも、みんなで作った方がいいものね」
「そう」
あたしは、それから、振り返ったの。
「古式さん、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
「はい、何でございましょうか?」
古式さん、刺身のツマを作ってたんだけど、あたしの声に顔を上げたの。
「古式さんの鯛と鮪、みんなで分けない? そのかわり、あたし達の作った定食も分けるから。ほら、お刺身だけだと栄養が偏っちゃうでしょう?」
「それは、よろしいですねぇ。はい、わたくしはかまいませんよ」
目を細くして笑いながら、古式さんは頷いたの。
大きなお鍋に一杯のお味噌汁。ちょっとお玉ですくって味を見てみる。
うん、ぐっど。
あとは、お豆腐を……。う……。
あたし、これだけはできないのよ。お豆腐を手の上で切るっていうあれ。小さいときに手に碁盤目を描いちゃって以来、なんとなく、ね。
しょうがないから、まな板の上にぽんぽんと木綿豆腐をパックから出して並べる。
そして一気に!
トントントントン!!
で、まな板をお鍋の上まで持ってきて、一気にお鍋に豆腐を入れて……。
はい、お味噌汁出来上がり、と。
「藤崎さん、盛りつけの方は……。彩ちゃん! 盛りつけは芸術にこだわらなくてもいいの!!」
「虹野さんって……。お料理になると人が変わるのね」
こうして、できあがった夕御飯。みんな美味しいって食べてくれたの。やっぱり、嬉しいな。うふふ。
《続く》

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