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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの夏、日本の夏 その2


 2日目の練習も終わり。
 2日目の夜は、これが合宿のメインイベントとも言われてる、「全部合同肝試し大会」があるの。
 ルールは簡単。男女ペアで、順路に従って校舎の中を回って、最上階の美術室に置いてあるお札を取ってくるだけ。
 ちなみに、ペアの決め方は自由。
 さて、あたしはどうしようかなぁ?
あれ? ここでどうして主人くんの顔が浮かぶんだろう?
 なんでもないんだけどな。主人くんとは。
 あ、あれ?
 向こうから走ってくるの、館林さんじゃないの?
 うん、あの髪型、間違いないわ。
「館林さん!」
 あたしが呼びかけたら、館林さん、一瞬辺りをきょろきょろ見回して、あたしに気づくと、すごい勢いで走り寄ってきたの。
「虹野さん!!」
「は、はい!」
「主人くんが、藤崎さんとペアを組んじゃったじゃないの!!」
「え? そうなの?」
「そうなの! 虹野さんはサッカー部のマネージャーなんだから、ちゃんと管理してないとだめでしょう!」
 そ、そんなこと言われても困っちゃうなぁ。
 第一、ペアの組み方は自由なんだし……。
 でも、……そっかぁ。主人くん、藤崎さんとペアを組んだのかぁ……。お似合いだもんねぇ……。
 あたしが沈み込んでると、急に館林さんは地団駄踏み出したの。
「きぃー。もう、虹野さんじゃお話にならないわ! こうなったら、例の作戦で行くしかないわね!」
 例の作戦?
「それじゃ!」
 それだけ言い残して、館林さんはずだだだーっと走って行っちゃった。
 うーん。すごいバイタリティだなぁ。なんか、感心しちゃう。
 なんて思ってたら……。
「あ! 虹野さんだ!」
「まだ相手はいないらしいぞ!」
「すいません、俺と一緒に……」
「何を言うか! 貴様ごときに虹野さんの相手がつとまるか!」
 わきゃぁぁぁ!
 な、なに、何なの!?
 何処からともなく、津波みたいに男子生徒達がわらわらっとあたしの回りに集まってきたの。
 上級生の人もいるし。わぁん、なんだか怖いよぉ。
「虹野さん! 俺と!」
「横からはいるな!」
「えー、チケット余ってたら高く買うよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、一体……」
 ああーん。誰か助けてぇ!
「君たち、見苦しい真似はやめたまえ!」
 そこに、不意に甲高い声が聞こえたの。男子生徒達が一斉に動きを止めて、そっちの方を見る。
 あたしはというと、その場にへなへなとしゃがみ込んじゃった。
「た、助かったぁ……」
「大丈夫かね、虹野沙希くん」
「え?」
 その声に顔を上げてみて、あたしびっくりしちゃった。
 だって、そこにかがみ込んでたのは、伊集院くんだったんだもの。
 いくら噂に疎いあたしだって知ってる。理事長の孫で、頭脳明晰容姿端麗、男子の伊集院レイ、女子の藤崎詩織って人気の双璧だものね。
 その伊集院くんが、どうしてここに?
「あ、はい、無事です」
 あたし、びっくりしちゃってとんちんかんな答え方しちゃったけど、ともかく大丈夫なことは伊集院くんにもわかったらしくって、頷いて立ち上がったの。それから、辺りの男子生徒達をぐるっと見回して言ったの。
「それにしても、君たちも、もう少し礼節というものを弁えたまえ。婦女子を誘うときは、あくまでもエレガントにしなければならないのだ」
 うーん。ま、そうなんだけどなぁ。
 助けられたあたしが苦笑いしてるくらいだから、他の男子生徒達もぶつぶつ言ってるけど、さすがに直接面と向かって文句を言う人はいなかったの。
 と、不意に伊集院くんはあたしの方に振り向いたの。
「ところで、虹野くん」
「あ、はい!」
「察するところ、君はまだ今宵の庶民の余興、肝試しのパートナーが決まっていないようだが」
「は、はい、そうです」
「ならば、僕がパートナーになってあげようじゃないか。諸君、よもや異論はあるまいな?」
 って、セリフの後ろ半分は回りの男子生徒達に向かって言ったのね。
 え? ちょ、ちょっと待って、それって……。
「あ、あの、伊集院くん。私設部の人と行った方がいいんじゃ……」
 あ、私設部って、伊集院くんのファンクラブのことなの。あまりに人数が多いし、伊集院くんの、ってことで、学校側が特例として部の扱いをするってことになったのよね。
 あたしがそう言うと、伊集院くんは肩をすくめたの。
「彼女たちと行った方が角が立つことになる。相手は一人しか選べないからねぇ」
 そう言われれば、確かにそうなのよね。私設部の誰か一人だけと一緒に行ったりしたら、選ばれなかった娘が可哀想だし……って、だからってあたしじゃなくてもいいと思うんだけど。他にももっと美人の人はいっぱいいるでしょう?
 と。
「ちょっと待て、伊集院!」
 いきなり声が聞こえたの。その声、主人くん!?
 伊集院くん、眉をしかめて主人くんの方を見たの。
「誰かと思えば庶民か」
 そういえば、伊集院くんもA組で、主人くんと一緒のクラスだったよね。
 主人くんは、人波をかき分けて、あたし達の前にやってきた。
「どうした庶民?」
「伊集院、悪いが虹野さんには先約があるんだ。な?」
「え? あ、うん」
 あたし、反射的に頷いてたの。
「なんだと?」
「この1年坊主が」
「主人、貴様抜け駆けを!」
 伊集院くんの時は遠慮してたまわりの人たちも、相手が主人くんならって思ったのか、遠慮なく文句を付け始めちゃった。
 だめ! このままじゃ喧嘩になっちゃうよ。止めなくちゃ。
 ……でも、どうやったらいいの……?
 その時。
 パンパン
「はいはい、そこまでよ」
 手を叩く音と一緒に、声が聞こえたの。あたし達は一斉にそっちを見た。
「館林先生!」
 保健の館林先生がそこに立ってたの。
 先生は、あたし達をぐるっと見回して、つかつかっと主人くんに近寄ると、おもむろにその右手を掴んで上げたの。
「主人くんの勝ち!」
「は?」
「というわけで、後の人はさっさと行ったんさい。ほれほれ」
 そう言うと、まだ何か言いたげな男子生徒達に悪戯っぽく笑いかける。
「そういえばねぇ、確か美術部の片桐さんと、文芸部の如月さんのお相手がまだ決まってなかったわよ」
 それを聞いて、半分くらいの男子生徒が散っちゃった。で、残りの生徒に向かって先生は言ったの。
「じゃ、とどめの情報。演劇部の藤崎さんのお相手も決まってないんですって」
 え? あ、そういえば、藤崎さんの相手って主人くんじゃ……?
「うぉぉぉ〜〜」
 残ってた男子生徒達も、それを聞いてあっという間に行っちゃったの。それを見て、伊集院くんは肩をすくめる。
「まったく、野蛮な輩はこれだから困る。虹野くん」
「あ、はい」
「今年はパートナーがついているようなので、これで失礼しよう。その代わり、来年のパートナーの席は予約をして置くからね」
「そんなのキャンセルだ」
 横で主人くんがぶつぶつ言ってたけど、伊集院くんはそれを無視して、「それじゃ。あっはっはっは」とか笑いながら行っちゃった。
 あたしは主人くんに訊ねたの。
「主人くん、藤崎さんとペアを組んでたんじゃなかったの?」
「いやぁ、それがさぁ」
 頭を掻きながら主人くんが話してくれたところによると、なんでもいきなり見知らぬ女の子が体当たりしてきて、それが元で「実は主人にはもうペアの相手がいる」ってことになっちゃって、藤崎さんとのペアが解消にされちゃったんだって。
 それにしても、見知らぬ女の子……。まさか、ねぇ。
「さて、それじゃ、今度は藤崎さんのところの交通整理してきますか」
 館林先生はそう言って、さっさと歩いて行っちゃった。
「あ、あの……」
 あたしは、慌てて呼び止めた。
「何?」
「あの、ありがとうございました」
「別にいいのよ。今度また保健室に遊びにいらっしゃいね」
「え? あ、はい」
「んじゃ」
 ウィンクして、先生は歩いて行っちゃったの。

 そんなこんなで、あたしは主人くんとペアを組むことになったの。なんだかうきうきしちゃうような……。って何考えてるのかしら、あたし。
「虹野さんは、こういうのってどうなの?」
「こういうのって、肝試し?」
 主人くんが聞いてきたので、あたしは肩をすくめたの。
「あんまり、得意じゃないなぁ。だって、幽霊って根性なさそうだもの」
「そうかなぁ? 死んでもこの世に未練を残して出て来るって、考えようによっちゃすごい根性じゃないか?」
「うーん。そうかもしれないわね」
 あたし達、顔を見合わせて笑っちゃった。
 ちょうどその時、校舎の中からすごい悲鳴が聞こえてきたの。
「きゃ!」
 あたし、思わずびくっとして、主人くんにしがみついてた。
「虹野さん、ちょ、ちょっと」
「あ、ご、ごめんなさい。今の、なにかしら?」
「音響効果だと思う……。まだ始まってないし……」
 主人くんも、校舎の方をじっと見てる。
 うーん、部活で夜遅くなったときに、よく暗くなってから校舎に入ったことはあったけど、一つも電気がついてなくて真っ暗な校舎っていうのは、初めてなのよね。
 ちょっと、怖いかな? あはは。
 こういうときにひなちゃんがいれば、心強いんだけどなぁ。
「やっほー、沙希。元気してる?」
 そうそう、こんな感じで明るく声かけてくれて……、え?
「ひ、ひなちゃん?」
 びっくりして振り返ったら、ひなちゃんがにこにこ笑ってたの。
「ど、どうして? ひなちゃん、部活には入ってないでしょう?」
「ちょっと遊びに来たんよ。やっぱ、こういうお祭りには行かないとね!」
「お祭りって……」
「ま、あたしは仕掛ける方だから。そうそう、ヨッシーも張り切ってたかんね。超楽しみにしててよ! んじゃ!」
 ひなちゃん、しゅたって手を振って、そのまま校舎の中に駆け込んでいったの。
 ちょっと待ってよ。それじゃ、早乙女くんが一枚噛んでるの?
 確か、去年の中学校の文化祭で早乙女くんが指揮をとって作ったお化け屋敷、失神者続出でとうとう先生達に営業停止にさせられちゃったのよ。その早乙女くんがやってるの?
 ああーん、神様。か弱い沙希をお守り下さい〜。
 い、いよいよあたし達の番になっちゃった。
 あたし、ごくんとつばを飲み込んで、主人くんの顔を見上げたの。
「ぬ、主人くん、あたし達の番ね」
「んじゃ、行こうか」
 主人くんはいつもと同じ。平然としてる。
 こういうの、怖くないのかな?
 廊下には、非常灯の赤いランプが投げる光が弱々しくともってる。あたし達の足音だけが、カツーン、カツーンって……。え?
「主人くん、あたし達以外にも、足音がしなかった?」
「そう?」
 あたし達、そこで立ち止まったの。変な音はしない。
「気のせいじゃないの?」
「そ、そうね。ごめんなさい」
 歩き出すあたし達。
「や、やっぱり変な足音がする!!」
 ちょうどその時。
 ぽた、ぽた……。
 何かがあたしの肩に落ちてきたの。水滴?
 反射的に見上げた天井から、生首がぶら下がってたの。その切り口から、赤いのが、ぽたっと……。
「……虹野さん! 虹野さん!!」
「……う、うん」
 目を開けると、主人くんの顔が見えたの。あたしの肩を揺すってる。
「大丈夫か、虹野さん」
「う、うん……。あたし、気絶してたんだ……」
「もう大丈夫だよ」
 そう言われて、あたしは辺りを見回したの。
 グラウンドに、体育祭で使ったテントを張って、下にはシートが引いてあるの。まわりは、うんうん呻いてる人がいっぱい……って、みんなあたしみたいに?
「あら、虹野さん気がついたのね」
 館林先生が、その人達の間を歩いてやってきたの。
「先生、これは……?」
 あたしが聞いたら、先生は肩をすくめたの。
「近頃の子は軟弱よね。まったく」
 結局、今年の肝試し大会は、一組も合格しなかったの。
 ちなみに、藤崎・伊集院組もリタイアしちゃったんですって。なんでも途中で伊集院くんが「こんな庶民の遊びには付き合っていられるか。帰るぞ」って言って帰っちゃったらしいの。
 そんなこんなで、夏合宿もあっという間におしまい。今日が最終日なの。
 それにしても、今日は暑かったね。あたし、じっと練習見てただけなんだけど、それだけで汗でべたべたになっちゃった。
 ちょっとシャワー浴びてから帰ろうかな。
 とか思って、合宿所の女子更衣室のほうに歩いて行ってたら、主人くんと早乙女くんが前を歩いてたの。
 声をかけようと思ったんだけど、はたと気がついたの。どうして早乙女くんがここにいるの? だって、早乙女くん部活は何もしてないのに。
 何か話してる。あたし、こそこそっと二人の後ろに近寄ってきいてみたの。
「ったく。約束だから教えるけどな」
「サンキュー。いやぁ、さすがの俺の情報網でも、どの部がいつ女子更衣室を使うか、その詳細スケジュールまでは判らなかったんでな」
 む。
 主人くん、呆れたみたいに早乙女くんに言ったの。
「しかし、お前もよくやるよなぁ。そんなにのぞき……」
「お黙り」
 早乙女くん、主人くんの口をふさいだの。そしてちらっと腕時計を見る。
「今の時間は?」
「えっと……。演劇部かな?」
「何!? 演劇部と言えば藤崎さんのクラブだな?」
「ま、まぁそうだけど……」
「……くれないいろのかみがぬれてしろいはだをすべるすいてきのえろちしずむ」
「は?」
「至近距離で覗こう」
「……お前の青春、ドロドロだな」
 主人くんも呆れ顔。
「俺は遠慮しとくよ。そんなことをする男じゃないんでな」
「そっか? まぁ、俺も無理には誘わねぇけど。んじゃ」
 そう言って、主人くんと早乙女くん、左右に別れていったの。
 よかった。主人くん、やっぱり覗きなんてする人じゃないものね。
 さぁて、と。
 あたしは、くすっと笑うと、女子更衣室に走っていったの。
 翌日の日曜日。第3日曜だから、いつも通りサッカー部は練習があったの。
 で、その帰りにあたしは久しぶりに『Mute』に寄ってみたら、ひなちゃんがちょうどいて、合宿の話なぞしてるわけ。
「で、ヨッシーはどうなったん?」
 アイスコーヒーのストローをくわえながら、ひなちゃんはあたしに訊ねたの。
 あたしは肩をすくめた。
「ご想像にお任せします。まぁ、ひなちゃんが改めて天誅を下すほどのこともないわよ」
「ありゃりゃ。ま、自業自得ね」
 そう言って、ひなちゃんは笑ったの。
 それから、たわいもないおしゃべりをしながら、夏の長い午後はゆっくりと過ぎていく……。
「そういえばさぁ、優美っぺが、あ、優美っぺってヨッシーの妹なんだけど、その優美っぺが、中体連でねぇ……」
「ふぅん、すごいねぇ……」
「っしょ?」

《続く》

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