喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く

沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃん綺麗なお姉さんに逢う

「こんにちわー」
今日は久しぶりに部活がなかったから、あたしは帰りに『Mute』に寄ったの。
あ、『Mute』ってね、ひなちゃんの従兄のおにーさんが一人でやってる店なのよ。ケーキとコーヒーがとっても美味しいんだ。
今の時間なら、多分ひなちゃんもあそこでだべってるはずだと思ったんだけど……。
「いらっしゃいませ」
え?
あたしを迎えたのは、いつものマスターの声じゃなくって、若いお姉さんの声だったの。
あたし、思わず外に出て、ドアを確かめちゃった。
古い木の扉に、木の看板が掛かってるの。とってもシックで、あたし気に入ってるんだ。
ひなちゃんに言わせると、「お金がなくって、自動ドアに取り替えられないのよ」ってことらしいんだけど。
間違いないわ。いつものお店よねぇ。
「What do you do,Saki? 沙希、なにしてるの?」
「あ、彩ちゃん!」
彩ちゃんがあたしの後ろから声をかけてきたの。そういえば、今日は画材を買いに行かなきゃならないから、部活はパスって言ってたわね。画材店の名前の入った紙袋を抱えてるから、買い物は終わったのね。
「Why? なぜ、突然出てきたの?」
「ねぇ、彩ちゃん、先に入って」
「Ok いいけど……」
彩ちゃんはドアを開けて入っていった。そしてきっかり2秒後、また飛び出して来たの。
やっぱり。
「間違えて、無いわよね?」
ドアを確認する彩ちゃん。と、突然そのドアがバタンと開いた。そして、中からお姉さんが顔を出したの。
「何をしているの?」
綺麗なロングヘアのお姉さん。なんとなく、藤崎さんに似てるみたいな感じがするな。そうね、藤崎さんがあと5年たったら、こんな感じになりそうね。
「あの、私たち……」
「ここの常連の2人だよ、舞ちゃん。沙希ちゃん、彩子ちゃん、ちょっと通してくれないか?」
「マスター!?」
あたし達が振り向くと、近所のスーパーの紙袋を両手に抱えたマスターが立ってたの。
コポコポコポ
サイフォンからコーヒーカップにコーヒーを注ぎながら、マスターは苦笑いしてた。
「それで、本当にここかどうか確かめてたのか。ひどいなぁ」
カウンター席に並んで座って、あたしと彩ちゃんはうなずきあった。
「だって、突然こんな綺麗な人がいたら、びっくりするわよね。彩ちゃん」
「Sure, その通りよ」
「まぁまぁ。紹介するよ。俺の大学の後輩で……」
「上岡舞です。よろしくね」
お姉さんはにっこり笑って言った。
あ、そう言えば、春に一度、ここの前でマスターに挨拶してた女の人じゃ……。
そうよ! 思い出したわ!!
「それじゃ、先輩。今日はありがとうございました」
「ああ。また、気が向いたら寄ってくれよ」
「はい」
「あの話、よかったら考えてみてくれないかな?」
「……はい」
確か、GWの直前だったわよね。
あたしが聞いたら、マスター笑って、大学の時の後輩だって言ってた。
間違いないわ!
あたしは慌てて立ち上がった。
「虹野沙希ですっ」
「My name is, 私は片桐彩子よ」
「虹野さんと、片桐さんね。名前は聞いてるわよ」
「え? マスターからですか?」
あたしが聞くと、お姉さんは首を振った。
「いいえ。あの娘から」
「え?」
振り向いたら、ボックス席に見覚えのある赤毛のショートカットが見えたの。
でも、こっちを見ようともしない。
ははぁ……。
あたしは、こそっと後ろに忍び寄って、大声を上げた。
「わぁっ!!」
「ひゃぁぁぁっ!」
ひなちゃんはびっくりしたみたいにこっちに向き直った。
「沙希ぃ……」
「ひなちゃん、口の周りについてるぞ」
「え? ああっ!」
ひなちゃんは慌てて口の周りをナプキンで拭くと、とってつけたような笑みを浮かべた。
「あははぁ。まぁ忘れよ忘れよ」
「ひなちゃん。次にそれを食べるのは、あたし、だったわよねぇ」
あたしは腕を組んでひなちゃんを見おろした。
「さ、沙希ぃ、ちょっと顔が怖いわよぉ。それじゃ、運動部のアイドルが台無しよぉ」
「問答無用! コチョコチョ……」
「キャハハハ」
へへーん。ひなちゃんがくすぐられるのに弱いのは、お見通しなんだからぁ。
「おいおい、やめろって。沙希ちゃん、それくらいで許してやれよ」
マスターが声をかけてきた。あたしは振り向いた。
「でも、あれは1日1個しか……」
「大丈夫。舞ちゃんが来てくれたから、多少余裕が出来てな。ほら」
マスターは、お皿にのせたそれをカウンターに置いた。
「わぁ! あ、彩ちゃん! ダメェ! それあたしの!」
「Excellent! 頂きます」
彩ちゃんがスプーンをかざした。あたしは慌ててお皿を奪い取った。
「このババロアモーブは、あたしのなの!」
一段落したとこで、あたしはお姉さんに聞いてみた。
「ところで、その服って、マスターの趣味なんですか?」
「そうなの。変な趣味でしょ?」
「うーん」
あたし、何て答えていいのか……。
だって、それってPiaキャロットの制服でしょ? よく手に入ったのね、マスターったら。
でも、似合ってるなぁ。美人なんだもん。
あたしも、あんな美人になりたいなぁ。
なれるよね、きっと!
……多分……。
……なれると、いいなぁ。
……くすん。
「ありがと。また来てね」
「はい。ご馳走様でした」
あたし達は連れだって『Mute』から出た。もう西の空は赤く染まっている。
「ところで、舞さんと何を話してたのぉ」
ひなちゃんが聞いてきた。
「べっつにぃ」
「あ、隠し事は良くないぞぉ、沙希ぃ」
「なんでもないもーん。じゃーねー!」
あたしは走り出した。
早く帰って、あのババロアモーブ、つくってみるんだもんね。
後で聞いた話だと、舞さんってきらめき高校の卒業生だったんだって。ほんとに藤崎さんみたいに文武両道才色兼備のすごい人だったって。
何ていったって、賀茂先生も知ってたんだから。部活の時にちらっと聞いたら、「ああ、上岡か。覚えてるさ」だって。
でも、舞さん、結局伝説の樹で告白しなかったんだって、賀茂先生は教えてくれたの。「あの上岡に釣り合うような男がいなかったんだな」って笑ってた。
「そうなの。賀茂先生、お元気?」
数日後、帰りに『Mute』に寄って、舞さんにその話をしたら、舞さんは懐かしそうにカウンターに頬杖突いて、目を細めてた。
「はい。とっても」
「私が高校生だった頃……なんて言い方、ちょっとおばさんっぽいかな」
「そ、そんなことないです。何かあったんですか?」
舞さんは微かに首を振ったの。そして、遠い目をした。
「あの頃のサッカー部、結構強かったのよ。高校サッカー地区予選準決勝まで行ったくらいなんだから」
「へぇ〜、そうなんですか?」
「ええ。その時のエースストライカーが、決勝戦に怪我で出られなくって、負けちゃったんだけどね」
「あ、そいつ俺の同級生だったんだ」
マスターが横から割り込んできたの。
え? ちょっと待って。
「それじゃ、マスターもきらめき高校の卒業生だったんですか?」
あたし、思わずカウンター席から立ち上がっちゃった。
「ああ。舞ちゃんの2年先輩だったんだぜ。もっとも、舞ちゃんと知り合ったのは大学に入ってからだけどな。ま、それはともかく、そのサッカー部員、中山って奴なんだけど、そいつは必殺シュートを持っててな」
「必殺シュート?」
「ああ。その名も“炎のシュート”っていうすげぇやつ」
マスターは、ぴっと人差し指を立てて言ったの。
“炎のシュート”かぁ。すごく根性のありそうな名前ね。
舞さん、にこにこしながら頷いたの。
「そう、それよそれ。私たち下級生の憧れだったのよ、中山さん。思い出しちゃうなぁ。晴海なんて随分お熱だったし」
晴海? って、もしかして。
「舞さん、晴海さんって?」
あたしが聞いてみると、舞さんは、カウンターに頬杖ついて、懐かしそうな顔をしたの。
「うん、私の親友だった娘。きらめき高校を卒業した後、私は大学、晴海は専門学校にって進路が分かれちゃって、それっきりになっちゃったのよ」
「ねぇ、もしかして、その晴海さんって、館林晴海さんっていうんじゃ……?」
舞さんは、あたしの言葉にきょとんとしたの。
「え? どうして知ってるの?」
「それは、私館林晴海がきらめき高校に養護教諭として勤めているからなのよ!」
不意に声がして、あたしは振り返ったの。
「館林先生!」
「おひさ、舞」
いつの間に来たのか、ドアのところに立ってた館林先生は、ぴっと額に指を当ててみせたの。
館林先生と舞さんは、懐かしそうに話してる。
「それにしても水くさいじゃないの、舞。帰ってきたなら一言くらい言いなさいよ」
「ごめんね。ちょっとゴタゴタしてて。落ち着いたら連絡しようと思ってたのよ。それにしても晴海が先生だなんて……くすっ」
「笑うなって。これでも結構真面目に社会人してるんだから」
「はいはい」
それを横目で見てるあたしに、マスターが囁きかけてきたの。
「おい、沙希ちゃん。あの美人は?」
「きらめき高校の保健の先生なの。でも、舞さんと同じ学年とは知らなかったな。あ、先生の妹さんがあたし達と同じ学年なのよ」
「そうなのか。いや、舞ちゃんの高校時代は俺余りよく知らないからなぁ」
そう言って、マスターは頭を掻いたの。
舞さんと晴海先生の話は長くなりそうだったから、あたしは一足先に帰ることにしたの。
「それじゃ、マスター、ごちそうさま」
「ありがと。それじゃお休み」
「お休みなさい」
ぺこりとお辞儀して、あたしは夕暮れの道を歩いていったの。
なんだか、いろいろあるんだな、なんて思いながら。
と、不意に肩を叩かれたの。
「よ」
「きゃ。な、なんだ、主人くんかぁ」
びっくりして振り返ったら、主人くんが笑ってたの。
「その様子だと、『Mute』に寄ってきたんだね」
「ご名答! でも、どうして判っちゃったの?」
「なんとなく、ね」
「そういえば、主人くんは知ってる? あのね、何年か前はね、うちのサッカー部って結構強かったって……」
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く