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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの文化祭1年目(前編)


 ポン、ポン
 気の抜けたみたいな花火の音。
 綺麗に飾られた校門には、大きなアーチが作られてて、そこには大きく書いてある。

 『きらめき祭へようこそ!!』

 そう、今日はきらめき高校の文化祭なの!

「あ、虹野さん、おはようございます」
 校門のところでそのアーチを見上げてたら、後ろから声が聞こえたの。
「如月さん、おはよう! いよいよね」
「はい。虹野さんもあとで遊びに来て下さいね」
 如月さんは文芸部。なんでも、今年は詩集を作ったんだって。ここ何週間か、毎日遅くまで残ってやってたのよね。
「うん。きっと行くね」
「それじゃ、私は準備がありますので、失礼します」
 丁寧にお辞儀して、如月さん学校に入っていったの。
 そうよね。文化祭は、文化系クラブの晴れ舞台だもん。彩ちゃんもここしばらく忙しそうだったし。あ、そういえば藤崎さんは演劇部よね。確か今年は演劇部は時代劇やるとか、ひなちゃんが言ってたなぁ。
 そんなこと考えながら、校門にもたれてたら、その藤崎さんが、両手にいっぱい紙袋提げて通りかかったの。
「虹野さん、おはよう」
「おはよう、藤崎さん。今日の舞台、頑張ってね!」
「ええ。見に来てね……って、今からちょっと緊張しちゃってるけど」
 そう言って、藤崎さんはぺろっと舌を出して肩をすくめたの。
 あたしは、ガッツポーズを取ってみせたの。
「根性よ!」
「うん、そうね。ありがとう」
「ところで、その荷物、大変そうね」
「うん。お芝居の小道具なの。あ、大丈夫よ。見た目ほど重くないし。それじゃ」
 藤崎さんはそのまま講堂の方に行っちゃった。
 それにしても……。
 あたしは、時計をちらっと見たの。9時過ぎてる。
 遅いなぁ……。
「あ、いたいた。おっはよぉー、沙希!」
「ひなちゃん、もう、遅いぞ!」
 そう、今日はひなちゃんと一緒に見て回ろうって約束してたのだ。
 ひなちゃんはばたばたと駆け寄ってくると、パチンと手を合わせた。
「超ごめん! 今日一緒に見て回れなくなっちゃった」
「何か用事でも出来ちゃったの?」
「うん。あたしも超むかなんだけどさぁ、優美っぺ、知ってる?」
「早乙女くんの妹さんでしょ? あたし、直接は逢ったことないんだけど、話にはよく聞いてるし」
「そそ。その優美っぺが文化祭見に来るってゆーんだけどさ、ヨッシーのやつ、あたしにも来いっていうのよねぇ」
 ひなちゃんは腕組みをして大げさにため息をついたの。
「ったくぅ」
 あ、そうか。さては早乙女くん、妹さんをだしにしてひなちゃんと……。
 それじゃ、お邪魔しちゃ悪いわよね。
「仕方ないね。あたしはいいわよ」
「ほんとにごめん!」
「いいってば。あ、そうだ。今度『Mute』のブルーベリータルトおごってちょうだいね」
「はいはい。んじゃ、急ぐから!」
 ひなちゃんはそれだけ言い残して、またばたばた走って行っちゃった。後ろ姿がスキップしてるぞ、ひなちゃん。
 さぁて、それじゃ仕方ないよね。一人で行こうかな?
「あれ? 虹野さんじゃない?」
「え? あ、主人くん、おはよう」
 振り返ったら、主人くんがいたの。
 主人くん、辺りをざっと見回して、あたしに訊ねたの。
「もしかして、一人?」
「うん。主人くんも?」
「ああ。好雄と見に行くつもりだったんだけど、あいつ何か別件とか言って、さっさと行っちまいやがった」
 肩をすくめる主人くん。そっかぁ。
「それじゃ、あたし達同じだね」
「え?」
 怪訝そうな顔をした主人くんに、あたしはひなちゃんのことを説明したの。
「それじゃ、虹野さんも友達にキャンセルされたの?」
「そうなの。しかも、そのお友達同士がデートなんだもんね」
 あたしはぷっと膨れてみせる。でも、すぐに笑い出しちゃった。
 主人くんも笑いながら言ったの。
「それじゃ、友情よりも愛情を優先させた友達に振られた者同士、一緒に見て回らない?」
「うん、いいわよ」
 あたしも自然に頷いてたの。
「何処から行く?」
 あたしと主人くんは、パンフレットをのぞき込んだの。
「うーん、そうだなぁ」
 考え込んでる主人くん。あたしは、話しかけようとして、主人くんの方を見た。
 ドキン
 思ったよりずっと近くに主人くんの顔があったの。
「……なんか、どうかな?」
 不意に主人くんがあたしの方に視線を向けたの。
「え? え?」
「だから、美術部の似顔絵描きって面白そうだから」
「あ、び、美術部ね! うん、いいと思うよ!」
 あたし、なに慌ててるんだろ? でも、びっくりしちゃったし……。
 しまったぁ。美術部って……。
「ハァイ、沙希! ウェルカム、ようこそ!」
 そうよ、そうなのよ、彩ちゃんがいるんじゃないのぉ。
 もう、沙希のバカバカ!
「あら、主人くんも一緒なの。あ、逢うのは初めてだったかしら」
 彩ちゃんは立ち上がって、あたし達の方に駆け寄ってきたの。
「ウェルカム、ようこそ。あたし、片桐彩子」
「あ、お、俺は主人公」
 突然言われてびっくりしたみたい。主人くんも慌てて答えたの。
 彩ちゃんはその主人くんの腕を取って、じっと見つめてる。
「な、なに?」
「オッケイ、インスピレーションがわいてきたわ! そこに座って」
「あ、はい」
 言われるとおり、置いてある椅子に座る主人くん。
 彩ちゃんは、自分のキャンバスの前に座ると、コンテを片手に絵を描き始めたの。
 ……こうなると思ったのよねぇ。
「イッツグレイト! 出来たわよ、主人くん」
「へぇ、流石上手いもんだね」
「それじゃ、イッツプレゼントフォーユー」
 主人くん、彩ちゃんに似顔絵貰ってる。うーん、何となく悔しいような……。ってどうしちゃったのかな、あたし。
「残念だけど、このあと伊集院くんの似顔絵描かないといけないから、お二人さんは他のところに行ってみたら?」
「え? あ、そ、そうね」
 彩ちゃんに言われて、あたしは慌てて美術部室から出てきたの。
「虹野さん、ちょっと待ってよ」
「あ、うん。ごめん」
 あたしは立ち止まって主人くんを待ったの。
「これからどうするの?」
「ああ、思ったより時間取られたからなぁ……。あ、いけね」
 主人くんは腕時計を見て慌ててる。
「どうしたの?」
「そろそろ金太郎侍の時間だ。体育館に行こう!」
 そう言って走り出す主人くん。金太郎侍って、演劇部の今年の出し物よねぇ。
 そっかぁ、藤崎さんが出てるんだ。それでかぁ。
「面白かったね」
「うん。時代劇だから、どうかなって思ってたんだけど、意外と面白かった」
 あたしと主人くんはそんなことを話しながら、体育館を出てきたの。
「でも、いいの? 藤崎さんに挨拶しないで」
「いいよ。虹野さんも見たろ? あの楽屋の混みよう」
 主人くん肩をすくめる。そうよねぇ。お芝居が終わると同時に、みんな楽屋にどっと押し寄せて行っちゃうんだもの。
「それより、ちょうどお昼だし、どこかで飯にしない?」
「いいわね。あ、それじゃここにしない? ほら、3年D組の喫茶店」
「3年D組って、明石キャプテンのクラスか。行ってみようか?」
 あたし達は、階段を上がっていったの。
「いらっしゃいませ(ピクピク)」
 な、な、なんなの? ここは?
「ポージング喫茶『兄貴の園』にようこそ(ピクピク)」
 あたし達を出迎えたのは、筋肉むきむきのお兄さん達。何か一言言うたびにポージングっていうのかな? ポーズをとってるの。
「ちょ、ちょっと虹野さん、ここは……」
「そ、そうよね、あたしまだ喉も乾いてないし……」
「やぁ、主人に虹野さん!」
 くるりと振り向いたあたし達は、後ろから声をかけられて動きを止めたの。
 おそるおそる振り返る。
「あ、明石キャプテン!?」
「ここまで来てお帰りとは、またつれないじゃないか」
 競泳パンツ1枚になって、ワセリンを全身にテカテカに塗った明石キャプテンが、にこにこ笑いながら歩いてきたの。
「さぁ、お二人様ご案内だ!」
「オウケェイ、アニキ!」
 ……あは、あはは。もうあたし、どうでもいいわ。
 あたし達は、『ぷろていんコーヒー』(でも実はただのコーヒーみたい)を飲みながら、脇に立ってる明石キャプテンを見上げたの。
 主人くんが小声で訊ねる。
「あの、キャプテン、恥ずかしくないですか?」
「最初の5分だけだ。後は慣れる」
 きっぱりと言うキャプテン。
 あたしは周りを見回してみた。なんだか結構繁盛してるみたいだし。女の子のお客も多いし。
 と、明石キャプテンが時計を見て、呟いた。
「そろそろだな」
「え?」
 と、不意に教室の照明が落とされた。そして、教壇のほうがライトで照らされる。
「イッツ、ショータイム! さぁ、皆さんも手拍子足拍子お願いします!」
 わぁ!
 男の人たちが肩を組んで、踊ってるぅ。もしかして、ラインダンス?
 飛び散る汗、立ちこめるワセリンの匂い。
 こ、これは……。結構キテるかも……。
 みんなも乗っちゃって、「アニキー!」って声援を送ってるし。
 あたし達は、喫茶店を出て、廊下を並んで歩いてた。
「あ〜、ひどい目にあった」
「でも、結構面白かったね」
「そうか? 俺はもう勘弁。今晩夢に見そうだ」
 うげぇって顔をしてる主人くん。
 あ、そういえば!
 あたしは主人くんに言ったの。
「主人くん、ちょっと図書館に寄りたいんだけど、いい?」
「図書館って、文芸部?」
「うん。お友達に、見に来てって誘われてたの」
 朝、如月さんに誘われてたのよね。
「ああ、俺はいいよ」
 主人くんは頷いてくれたの。
 うーん、やっぱりこういう地味なのって人気ないのかなぁ。文芸部の展示は閑散としちゃってるの。
 入り口の机に如月さんが座ってたから、あたしはそっちに駆け寄った。
「如月さん!」
「あ、虹野さん。来てくれたんですね。ありがとうございます」
「うん。約束したもんね。あ、紹介するね。サッカー部の主人くん」
「ども。主人です」
 主人くんがぺこりと頭を下げた瞬間、あたしは強烈な視線を感じて振り返ったの。
「……?」
 そっちには、本棚が並んでるだけ。誰の姿もないの。
「どうかしましたか、虹野さん?」
 如月さんに言われて、あたしは向き直った。
「ううん。気のせいみたい」
 如月さんに詩集を貰って、あたしたちはそれを読みながら廊下を歩いてたの。
「俺、こういう文学作品ってよくわからないなぁ」
「実は、あたしも」
 あたし達、顔を見合わせて笑っちゃった。
 主人くんは、ぺらぺらと詩集をめくると、不意にその手をとめた。
「でも、こういうのっていいな」
「え?」
 あたしもそのページをのぞき込んだ。


  今日もあの人だけをじっと見ていた
  昨日もあの人だけをじっと見ていた
  明日もあの人だけをじっと見てる

  そんな毎日の繰り返し

  今日もあの人だけをじっと見ていた
  昨日もあの人だけをじっと見ていた
  明日は……

  明日は、繰り返しじゃない日にしよう
  そう思う


 あたし、詩心ってないからよくわかんないけど、何となくいいなぁ。
 え!
 あたし、その作者のところを見て、思わず立ち止まってた。
 最後に小さく、書いてある名前。
 確か、前に如月さんが言ってた。確か、これ、館林さんのペンネーム。
 あたしは、夏祭りの時のことを思い出してた。

 「もしかして、館林さん、主人くんのこと……」
  あたしがそう聞くと、館林さんは真っ赤になっちゃった。
 「や、やだ。それは、その……。……うん」

 そういえば、さっきの視線。あれ、もしかしたら……。ちょっと悪いことしちゃったのかな?
 で、でも、あたしは別に深い意味があって主人くんと一緒に見て回ってるわけじゃなくて、たまたま一緒になっただけなのよ。
「……さん、虹野さん」
「きゃ! え? あ、主人くん?」
「どうしたの? 急にボウッとしちゃって」
「な、なんでもないよ。あ、そうだ! 次に行こう、次に!」
 あたし、慌てて主人くんの腕を引っ張ったの。

「結構おもしろかったね」
「そうだなぁ」
 1日目が終わって、あたし達は並んで一緒に帰り道を歩いてた。
 不意に前を歩いてた主人くんが、振り返った。
「虹野さん、明日はどうするの? 何か予定ある?」
「え?」
 急に言われて、あたしどきんとした。慌てて考える。えっと、明日はひなちゃんとも彩ちゃんとも約束してないよね。
「べ、別に何もないけど」
「それじゃあさ、明日も一緒に見て回らない?」
「え? でも、いいの? 明日は早乙女くんも暇なんじゃ……」
「いや、少なくとも俺は虹野さんの方がいい」
 え? い、今何て言ったの主人くんってば!
 や、やだ、そんなこと……。
 なんだかすごくどーよーしてるわあたしってば。あ、どーよーって言えばあたしはあの赤トンボの歌が好きだったなぁ……って何を考えてるのかしらあたしってば莫迦莫迦!
「あ、あのぉ、虹野さん?」
「あ、はい!」
 思わず直立不動のあたしに、主人くんは訊ねたの。
「で、どうかな?」
「あ、うん、いいわよ」
「オッケイ。それじゃ、10時に校門のところで」
「うん、わかったわ」
「んじゃ、俺こっちだから」
 そう言って、主人くんたたっと走って行っちゃった。あたしといえば、そのまましばらくぼーっと立ちすくんでたの。

《続く》

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