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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの文化祭1年目(後編)

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ
アラームが鳴ってる。あたしは、それをどこか遠い国の出来事みたいに夢うつつで聞いてた。
なんか鳴ってるけど、まぁいいわ。って感じ。
だって、今日は日曜日なんだもん。
第一、どうして日曜日なのにアラームが鳴ってるのかしら? いつもは日曜日にはアラームなんてかけないのに……。
……あ!
慌ててあたしは布団をはねのけた。
そうよ、今日は文化祭の2日目で、10時に主人くんと待ち合わせてるんだったぁ!!
「わぁー、超やば〜。超急いで準備しなくっちゃ!」
って、ひなちゃんの真似してる場合じゃないわ! 急がないと!
パジャマを脱ぎながら鏡を見て、凍り付くあたし。
やーん、どうしてこういう日に限って寝癖がついてるのよぉ!
ドライヤー、ドライヤー何処に置いたっけ? きゃぁ! コード引っかけたぁ!
ドンガラガッシャァン
「おはよ、虹野さん。待たせちゃった?」
「ううん。あたしも今来たところだから」
10時ぴったりに主人くんは校門の前に来た。5分前から待ってたあたしは、主人くんに訊ねる。
「ねぇ、今日は何処を見にいく?」
「そうだね……。あ、パンフ持ってる?」
「うん、はい」
あたしは鞄からパンフレットを出して主人くんに渡したの。
あ。
その弾みに、一瞬手が触れた。あたし、反射的に手を引っ込めてた。
主人くん、それには気がつかなかったみたい。真面目な顔をしてパンフレットを読んでる。
あたしは、そっと自分の手をさすった。主人くんの手が触れたところを。
どうしてなのかな? なんだか、ドキドキしてる。
「この射的なんて面白そうだね……。虹野さん、どうしたの?」
「え? あ、なんでもないのよ。ほら、行きましょう!」
あたし、慌てて答えると、先に立って歩き出してた。なんだか、顔を合わせるのが恥ずかしくて。
今日は日曜日ってこともあって、近くの学校の生徒なんかもいっぱい来てて、すごい賑わいになってたの。
そんな中、あたし達は並んで教室を見て回ってた。
「そういえば、主人くんのクラスは何やってるの?」
あたしが廊下を歩きながら訊ねると、主人くんは肩をすくめた。
「見に行きたい? 早乙女好雄プロデュースのお化け屋敷」
「え、遠慮しとく」
あたし、冷や汗かきながら手を振った。だって、早乙女くんのお化け屋敷って本当に怖いんだものね。夏合宿の時もあたし気絶しちゃったし。
「そう言う沙希ちゃんのクラスは?」
「あたしのクラスはめそ……ゴホゴホ。なんでもない」
「そ、そう?」
あたしは慌てて窓から体育館の方を指さしたの。
「あっち、あっちに行ってみない?」
「いいけど、めそって……」
「ああー、急がなくっちゃ!」
慌てて駆け出したあたし。ごめんね、主人くん。
「おーい、虹野さん、めそって何だよぉ!?」
聞こえない聞こえないっと!
「いっけぇ! そこだぁ!!」
「やっちゃえ!」
「おっしぃ!!」
あたし達が体育館に入ると、すごい歓声でわいてたの。
「な、なんなの?」
思わず入り口で立ち止まっちゃったあたしの後ろで、主人くんがプログラムをめくる。
「あ、これだな。バスケ部主催の3on3大会。優勝商品は、後夜祭のフォークダンスのバスケ部の女の子との優先権。うよし」
主人くん、腕まくりしてる。もう、なにが「うよし」よぉ。
あ。
あたしは笑いながら、主人くんの肩をつついたの。
「残念でした。ほら、ここ」
「え?」
主人くんは、あたしの指したルールのところを読んだ。
「なになに? 『ただし、運動部の方はご遠慮下さい』……がっくり」
「なによ。そんなにバスケ部の娘と踊りたかったの?」
なんとなくむっとしちゃう。
「あ、虹野さんは知らないのか。いやね、後夜祭のフォークダンスって、体育祭みたいに強制参加じゃないだろ? 特に、女の子はあまり参加しないから、結構競争率厳しくてねね。相手を見つけておかないと、最悪男同士で踊る寒い羽目になるわけだ、これが」
主人くんはそう言って肩をすくめたの。
あたしは思わず笑っちゃった。
「なんだか、子供みたい。あ、ごめんなさい」
「いや、まぁその通りなんだけどね。でも、好雄が前に言ってたけど、男の浪漫ってやつだよ」
頭を掻きながら、主人くんは言ったの。
笑いながらあたしは何気なく答えてた。
「それに、主人くんにはあたしがいるじゃないの」
「え?」
一瞬目を丸くした主人くんを見て、あたし、自分が何を言ったのか、初めて気がついたの。
「あ、えっと、そんな深い意味はないのよ。ただ、なんていうか、ね?」
やだ。ほっぺたがかぁっと赤くなるのが自分でもわかっちゃう。
「虹野さん……」
主人くんが、じっとあたしを見つめてる。
ドキドキが止まらない。
どうしようどうしようどうしよう……。
「あ、あの、あたし、ごめんなさい!」
あたしはぺこっと頭を下げて、駆け出してた。
「に、虹野さん!」
背中から、主人くんの声が聞こえてたけど、あたしは立ち止まらなかった。だって……、立ち止まったら、どうなるのか自分でもわかんなかったから……。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。
あたしは荒い息をつきながら辺りを見回した。
無我夢中で走ってきたから気がつかなかったけど、そこはサッカーグラウンドだったの。
今日ばっかりは、誰もいないグラウンド。校舎の方から、みんなの声が聞こえてきて、よけいに静かな感じがする。
あたしは、土手にゆっくりと歩み寄ると、スロープの芝生に腰を下ろしたの。
今日のあたし、一体どうしちゃったんだろう?
主人くんにも悪いことしちゃったし……。でも、何て言って謝ればいいの?
あたし……。もう、自分がわかんないよぉ。
あたしは、顔を両膝に埋めた。
どれくらいそうしてたのかな。
不意に声が聞こえたの。
「虹野さん」
「え? ……藤崎さん」
顔を上げたら、土手の上に藤崎さんが立っていたの。
藤崎さんはにこっと笑って言ったの。
「そこ、いいかな?」
「え? あ、うん、どうぞ」
あたしがそう言うと、藤崎さんは土手を駆け下りてきて、あたしの隣に腰を下ろしたの。
あたしは藤崎さんに訊ねた。
「どうして、こんなところに?」
「虹野さんを捜してたの」
そういうと、藤崎さんはゴールポストの方を見つめた。そのまま言葉を続ける。
「公くんが、おろおろしながら講堂まで来てね。『詩織ぃ、助けてくれぇぇ』ですって。自分で捜せばいいのにね」
「主人くんが?」
「うん。なんだか虹野さんを傷つけてしまったらしいんだけど、俺には何がなんだかさっぱりわからないんだぁって」
そのときの様子を思い出したみたいで、くすくす笑いながら、藤崎さんは言ったの。
「だからって、何も私に頼まなくてもいいと思うんだけどね。そういうところ、朴念仁なんだから、公くんは」
さぁっと冷たい風が、あたしの髪を揺らして、藤崎さんの髪を舞いあげた。
それを片手で押さえて、藤崎さんはあたしを見たの。
「何があったのか知らないんだけど、公くんが何かしたの?」
「……」
あたしは黙って、首を振った。
「主人くんは悪くないの……」
「ふぅん」
あたしが話し終わると、藤崎さんはにこっと笑うと、あごを膝の上にのせて、呟いたの。
「わかるなぁ、そういう気持ち」
「え? わかるの?」
「うん。私にも、そういう時期があったもの」
そう言うと、藤崎さんは立ち上がった。
「藤崎さん?」
「私からのアドバイス。虹野さん、その気持ちを大事にね」
「?」
怪訝そうに首を傾げるあたしを見て、藤崎さんはくすっと笑うと、言ったの。
「いつか、きっとわかる時が来る。その時になって、今の気持ちが甘酸っぱい思い出になってるわ、きっと」
「思い出に?」
「そう、ときめいてたメモリアルにね」
藤崎さんはそう言うと、土手を駆け上がって行ったの。
「……ときめいていたメモリアル……かぁ」
あたしは、そんな藤崎さんを見送りながら、呟いていたの。
やっぱり、さすが演劇部ね。あんなセリフがさらっと自然に言えるんだもの。
何となく、あこがれちゃうなぁ。同じ歳のはずなのに……。
……やっぱり、負けてるよぉ……。
あたしは、また顔を両膝に埋めた……。
「あら、沙希ちゃん」
「え?」
振り返ったら、土手の上に、今度は舞お姉さんが立っていたの。
「あ、こんにちわ」
あたしは慌てて立ち上がって頭を下げたの。
舞お姉さんは、辺りを懐かしそうに見回してる。
「変わらないわね、この辺りも」
そうか、舞お姉さん、きらめき高校の卒業生だったっけ。
「あの……」
あたしが口を開きかけたとき、舞お姉さんは不意にあたしの方を見下ろして、にこっと笑ったの。
「主人くんが、沙希ちゃんのこと捜してたわよ」
「え?」
「ほら、はやくいらっしゃい」
舞お姉さんは、あたしに手を伸ばしたの。
あたし……。
その時、何か吹っ切れたような気がした。
何がそうなのか、自分でもよくはわからなかったけど。
でも……。
あたしは土手を駆け上がると、舞お姉さんの手を掴んだ。
「はい、よくできました」
「えへ」
何となく照れくさくて、あたしはぎこちなく笑ったの。
そんなあたしの背中を、舞お姉さんはそっと叩いた。
「行ってらっしゃい。主人くんは、伝説の樹の辺りにいたわよ」
「はい!」
あたしは、駆け出した。
校門の脇に立っているひときわ大きな樹。
あたしは、その樹の下に立っている人影に駆け寄っていった。
「主人くん!」
「虹野さん?」
主人くんはびっくりしたみたいにあたしの方を見たの。
あたしは駆け寄っていくと、頭を思いっきり下げたの。
「ごめんなさい!」
「え? あ、いや、謝るのは俺……」
「そ、それから、その……」
あたしは、大きく深呼吸してから、言ったの。
「よかったら、今夜のフォークダンス、一緒に踊ってくれないかな?」
《続く》

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