喫茶店『Mute』へ
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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんと望ちゃんと…… その1

「ありがとうございました!」
「お疲れさまでしたぁ」
ふぅ。今日の練習も終わり、と。
あたしは、部室に着替えに入るみんなを見送ってから、ボール籠を押して体育倉庫に向かったの。道具の片づけっていうのも、マネージャーのお仕事なのよね。
「あ、虹野さん」
「え? あら、清川さん」
プール脇を通りかかったとき、呼び声が聞こえたの。顔を上げたら、プールの窓から清川さんが手招きしてたの。あ、きらめき高校のプールって、屋内プールなのよね。
「どうしたの?」
「ちょっと、相談したいことがあるんだけど、いい?」
「うん。ちょうど部活も終わったところだし……」
「オッケイ。じゃ、プールの出入り口のところで待っててくれないか?」
「いいわよ」
「すまんね。んじゃ、その時に」
そう言って、清川さん引っ込んじゃった。
でも、何の話なんだろう?
着替えてから、言われたとおり待ってたら、しばらくして清川さんが出てきたの。
「よ、お待たせ」
「うん。で、用事って?」
「えっと……。ここじゃなんなんだけどさぁ……」
清川さん、周りを見回してる。そっかぁ、何か相談って言ってたよね。
「清川さんさえよかったら、喫茶店に行かない?」
あたしが誘ったら、清川さんは頷いたの。
カランカラン
「いらっしゃいませ……。あら、沙希ちゃん」
『Mute』のドアを開けたら、舞お姉さんが迎えてくれたの。わぁ、今日の制服、ブ○ンズパロット(立川店)のだぁ。
いつも思うんだけど、マスターってば、どうやって制服手に入れてるのかな?
「舞おねーさん、ひなちゃん達来てる?」
「いいえ、今日は来てないわよ」
よかった。ひなちゃんがいたりしたら、相談どころじゃないものね。
「へぇ、結構いい感じじゃないか」
清川さんも気に入ってくれたみたい。店の中見回してる。
「や、沙希ちゃん。お友達かい?」
マスターが、サイフォンをひっくり返しながら訊ねたの。
「あ、うん。清川さんっていうの。清川さん、こちらが、このお店のマスター。清川さんは知ってるかな? ひなちゃん……、I組の朝日奈さんの従兄なの」
「へぇ。あ、はじめまして。清川望です」
清川さんはぺこりとお辞儀したの。
舞お姉さんが横から訊ねる。
「ねぇ、清川さんって、もしかして水泳部の?」
「うん、そうだけど……」
「やっぱり。この間、晴海が噂してたわ」
舞お姉さんはポンと手を打って笑ったの。清川さんは眉をひそめる。
「晴海?」
「あ、紹介するね。こちら、このお店に勤めてる上岡舞さん。きらめき高校の卒業生で、保健の館林先生の同期なのよ」
「そうだったんだ。それで、あたしを知ってるわけだ。なるほどね」
清川さん、納得したみたい。
あたし達は奥のボックス席で向かい合ったの。
「で、相談って言うのは?」
あたしは、ショートストロベリーをフォークでつつきながら訊ねた。
「ああ。実はさ、あたしと同じクラスに服部って奴がいるんだけどさ」
「清川さんって、確かG組だよね?」
「そ」
清川さんは、頷いてグレープフルーツジュースを口に含んだの。
「で、その服部……くん?」
「そ。男」
「その服部くんがどうしたの?」
そう聞いたら、清川さんは頷いて言ったの。
「虹野さん、あいつをサッカー部に誘ってみてくれないかな?」
「……どういうこと?」
「ああ……。実はさ、あたしと服部は小学校の頃から一緒に遊んでた、まぁ、平たく言えば幼なじみって奴なんだけどね」
そう言って、頭をぽりぽり掻く清川さん。
幼なじみって言えば……、主人くんと藤崎さんとか……ひなちゃんと早乙女くんは中学からの知り合いだから違うよね……って、関係ないか。
あたしは先を促したの。
「で?」
「あ、うん。そいつさ、実はサッカー上手いんだ」
「え? でも、あたしは聞いたことないよ」
「ああ。何て言うかな、あたしはスポーツなら何でもそれなりにこなせる自信があるんだけど、あいつはあたし以上に何でもこなせちゃうんだ」
「すごいじゃない、それって」
「すごい、かぁ」
そういうと、清川さんは窓際に置いてある大きな水槽の方に視線を向けたの。
「確か、小学校の3年くらいだったかな? 普段からスポーツ万能ってんで、あいつ随分色々な競技に出させられちまったんだよ。んで、それ全部にことごとく勝っちまったんだ」
「全部?」
「そ、全部。それからだったよ。他のみんながあいつから一線を引くようになっちまったのは」
そういうと、清川さんは肩をすくめた。
「ちょうどあたしが水泳にはまっちまった頃と重なっててさ、あたしもあいつとのつきあいがなくなっちまったんだ」
「うん……」
そうよね。小学校の中学年くらいから、男の子と女の子は一緒に遊ばなくなっちゃうのよね。主人くんも前にちらっとそんなこと言ってたし。
「ま、あたしのことはともかく、それから服部のやつ、本気を出さなくなっちまった。体育は手を抜いてそこそこの点が取れるくらい。スポーツは他には何もやらないってね。出来るだけ目立たなくなりたかったんだろと思うんだけど……」
清川さんは頬杖を突いたの。
「でも、そんなのってもったいないと思うんだ。虹野さんもそう思わない?」
「思う。うん、そんなのじゃいけないわ!」
あたし、ぐっと拳を握ったの。
「青春っていうのは、燃やし尽くしてこそ華よ! そんな不完全燃焼の青春なんて認められないわ!」
「ちょ、ちょっと……」
「清川さん、話はよくわかったわ。あとは不肖この虹野沙希に任せてちょうだい!」
あたしは、ぎゅっと清川さんの手を握ったの。
翌日。あたしはお昼休みにG組に行ってみたの。
そういえば、G組って言えば、江藤くんがいたよね。ちょっと聞いてみようかな?
「あれ? 虹野さん、どうしたの?」
「きゃん。もう、どうしてみんな後ろから話しかけるのよ!」
振り返って文句言ったら、江藤くんだったの。
江藤くんは、実はお父さんがブラジルの日系2世なんだって。だから、ってこともないんだろうけど、すっごく陽気な、ひなちゃん曰く“ラテン系”の人なの。
「そいつはごめんよ。ところで、何か用?」
「うん。服部くんって知ってる?」
「服部? ああ、その窓際でぼーっとしてる奴だよ」
江藤くんは窓の方を指したの。本当だ。窓際の席で、ぼんやりと外を見てる人がいる。あの人ね。
「ありがと」
「いや、いいけど、服部に何か用事?」
「うん。勧誘してみようと思って」
「服部を? こう言っちゃ何だけど、あいつあんまり運動得意じゃないみたいだぜ」
やっぱり、隠してるんだ。清川さんの言うとおりね。
「いいの。じゃね」
あたしは、服部くんに駆け寄ったの。
「服部くん!」
「え?」
振り返った服部くんに、あたしは話しかけた。
「私、サッカー部のマネージャーやってる虹野沙希だけど、あなた、サッカーやってみない?」
「……また清川のお節介か」
「え?」
「いや。とにかく、俺はサッカーには興味はないよ。運動も苦手だしね」
「でも……」
「じゃ」
そういうと、服部くんはそのままG組から出て行っちゃった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
あたしは、その後を追いかけて行ったの。
廊下であたしは服部くんに追いつくと、その前に回り込んだ。
「服部くん」
「何だよ。俺は断っただろ?」
「お願い。一度でいいから、練習を見に来てくれない?」
「しつこいのは、嫌いなんでね」
そういうと、あたしの脇を通り抜けて行こうとする服部くん。あたし、その腕を掴んだの。
「ま、待って!」
「虹野さん、一緒に入るの?」
「え?」
見上げてみると、そこは……。
だ、男子トイレ?
「は、入るわけないでしょ!」
「なら、離せよ」
服部くんは、あたしの腕を振り払ってトイレの中に入っちゃった。
ま、負けないわよ! 清川さんのためにも!
放課後。ホームルームが終わると同時に、あたしは鞄を掴んでG組にすっ飛んでいったの。
あ、いたいた! 間に合ったわ!
「服部くん!!」
「なんだ、またか」
服部くん、呆れたみたいに言うと、そのまま鞄を担いですたすたと歩いていこうとしたの。
「待ってってば! お願い、一度見に来てよ!」
「暇がねーんだよ」
そう言って、行こうとする服部くん。
「おい、いい加減にしろよ」
その服部くんの前に立ちふさがったのは、清川さんだった。
《続く》

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