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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんと望ちゃんと…… その2

「おい、いい加減にしろよ」
「清川さん?」
あたしは振り返ってびっくりしちゃった。
行っちゃおうとした服部くんの前に立ちふさがったのは、清川さんだったの。
「清川、おまえこそいい加減にしろよな」
服部くんはため息をついた。それから、清川さんに言ったの。
「迷惑なんだよ!」
「っ!」
清川さんの右手が、すごい勢いで飛んだの。
パァン
風船を割ったみたいな音がした。あたし、てっきり服部くんが殴られたと思って、一瞬目を覆ったんだけど、おそるおそる目を開けてみたら、清川さんの拳を服部くんの手が受け止めてた。
すごい。服部くん、ホントに運動神経いいんだ。
服部くんは、舌打ちしたそうな顔で呟いた。
「口でダメなら、すぐに手が出る。相変わらず……」
「もういいよ!」
清川さんはそう叫ぶと、きびすを返して歩いていっちゃった。
あたしには、その時清川さんが泣いてた……みたいな気がした。
「……ということがあったの」
その日の練習も終わって帰り道。あたしは主人くんに今日の服部くんと清川さんの一件を話してたの。あ、別に主人くんに話したのには深い意味はないんだけど、こういうことならひなちゃんや彩ちゃんより主人くんのほうがいいかなって思ったからなのよ。ホントなんだから。ね?
「それで今日は虹野さん、部活に来るのが遅かったのか」
そういうと、主人くんは暮れかかってる夕焼け空を見上げた。それから振り返ってあたしに言ったの。
「『Mute』にでも寄っていかないか? おごるよ」
「!」
あたし、慌てて辺りを見回してから頷いた。
「うん、ありがとう」
「どうしたの? きょろきょろしたりして」
「う、うん。どこかでひなちゃんが聞いてないかなって思って」
ひなちゃん、「おごる」っていう言葉に反応して何処からでも出てきそうだから。
まさか、今日はでてこないわよね?
カランカラン
「あら、沙希ちゃんに、そちらは主人くん、だったかしら」
「ど、ども」
舞さんが笑顔で迎えてくれた……のはいいんだけど、主人くんったら、でれっとしちゃって、もう!
あ、別に怒ってるってわけじゃないんだけど……。そうよ、どうして主人くんのことであたしが怒るのよ。ねぇ?
「どうしたの、沙希ちゃん?」
「え? あ、なんでもないです!」
はっと我に返ったら、舞さんがあたしの顔を覗き込んでたの。もう、恥ずかしいなぁ。
奥のボックス席に、あたし達は向かい合って座ったの。
主人くんは、コーヒーカップを持ち上げて、呟いた。
「その服部ってやつのことも、判るような気がするな。俺は」
「服部くんのこと?」
「ああ。境遇こそ違うけど、俺にも幼なじみがいるから」
すぐにピンときたの。
藤崎さん……。勉強もスポーツも何でも出来る、きらめき高校のアイドル……。
「いや、詩織もそうなんだけど、俺自身もね」
「主人くん自身も?」
「ああ……」
主人くんはそういうと、ソファにもたれかかった。
「俺も、小学校の頃かな。結構運動でも何でも出来てたんだ。だけど、それが原因でまわりのみんなと壁が出来ちまうことに気がついてから、俺は努力するってことを放棄してた。そこそこ出来れば、みんなと同じなら、それでいいやってね。
でも、そんな俺と逆に、努力を続けていったやつがいるんだ。まわりの雑音なんて気にしないで。少なくとも、気にしているそぶりさえ見せなかった、それが詩織なんだ」
「藤崎さん?」
「ああ。今の詩織、あれはいわゆる天賦の才能ってやつじゃない。外見はともかく、少なくとも中身はね」
なんだか……不思議な気持ちだった。藤崎さんの事を話す主人くんって、すごく誇らしげで、ちょっと照れてて……。
それよりも、あたしの知らない主人くんがそこにいた……。そんなこと、当たり前なのに……。
「虹野さん?」
「あ、ごめんなさい」
あたしがぼーっとしてたせいか、気がつくと、主人くんはあたしを心配げに見てた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫、元気元気!」
あたしはガッツポーズを取って見せたの。主人くん、笑いながら言ったの。
「まぁ、勧誘に失敗したからってそんなにしょげなくてもいいって」
あ、そう思ったんだ。
でもね。勧誘に失敗しちゃってがっくりきたのって、主人くんの時だけなんだけどな。
そんなあたしの心の中なんて知らない主人くん、コーヒーを飲み干して立ち上がったの。
「よし、明日は俺も行ってみるよ。G組に」
「うん。ありがとう。でも、くれぐれも服部くんと喧嘩しないでね」
「そんなことしないって」
主人くんは、笑ってレシートを取ったの。
「お勘定、いくら?」
翌日のお昼休み。あたしは主人くんと待ち合わせて、G組に行ったの。
「あれ? 今度は2人連れかい?」
「あ、江藤くん」
G組に入ろうとしたところで、出てこようとした江藤くんと鉢合わせたの。
江藤くんは、教室に入ろうとしたあたし達を押しとどめて、廊下に押し出した。
「なんだよ、江藤?」
「服部だろ?」
江藤くんはあたしに尋ねたの。あたし、こくんと頷いた。
「今日はやめといた方がいいぜ」
「え?」
「今朝、服部と清川が派手にやりあってな。それからG組はお通夜状態さ」
肩をすくめてみせる江藤くん。
「やりあった?」
「なんだか最近あの2人変だったけどな。まぁ、こういう事なら早乙女の方が詳しいと思うけどさ」
「呼んだか?」
「うわぉう!」
「好雄、お前何処からわいて出てきた!?」
「公、お前人を便所虫みたいに」
あたしもびっくりしちゃった。早乙女くんがいつの間にかあたし達の後ろに立って、メモを広げてたんだもの。
あ、でも、ちょうどよかった。
「ねぇ、早乙女くん、知ってるの?」
「ああ、清川さんと服部のことね」
好雄くんは少し考えて、あたし達に言ったの。
「ここじゃ何だから、食堂にでも行かねぇか?」
「……で、なんでひなちゃんがいるわけよ?」
「こういう時にでも出てこないと、このシリーズ出番なさそうだしさぁ」
そういいながら、ひなちゃんはカツサンドをぱくついてる。シリーズって何の事かしら?
「それはともかくさ、なかなかおもしろそーな事になってんでしょ?」
ひなちゃんは好雄くんの肩越しにメモ帳を覗き込んだ。
「わ! こら朝日奈、お前は見るな!」
「なんでよぉ、ケチ」
「こんなところで、喧嘩しないの! ほら、ひなちゃんはこれ食べる!」
「むがぁ」
あたしはひなちゃんの口にあんパンを詰め込んで、早乙女くんに向き直る。
「それで、早乙女くんの見るところ、どうなの?」
「ああ、清川さんと服部か? この愛の伝道士早乙女好雄の評価によるとだな、あの2人、お互いに憎からず想ってるらしいぜ。ただ、素直に相手にそれを表現できないだけってとこだな」
「そうなの?」
あたし、びっくりしちゃった。だって、昨日もあれだけ派手に喧嘩してたし、今日もうやりあってたって聞いたから、ものすごく仲が悪いのかと思ってた。
あ、でも、それなら清川さんがわざわざあたしに服部くんを勧誘してくれ、なんて頼みに来るはずないかぁ。やっぱり、実は心配してたってことなのね。
でも、服部くんのほうは清川さんのこと嫌ってるみたいに見えたんだけどなぁ。
「だから沙希はまだまだ初なのよ」
ひなちゃん笑ってる。うー、なんだか悔しい。
「かといって、このタイプの2人は、まわりではやし立てるとますます意固地になって、仕舞いにゃまとまるものもぶっ壊しにしちまうからな」
「でも、このままでもちょろっとやばそーじゃん」
早乙女くんの頭の上にあごを乗せて、ひなちゃんは言った。
「俺の見たところ、服部のやつ、どうも引っ込みがつかなくなってるってところだな」
早乙女くんはそういうと、あたしに視線を向けた。
「一番いい方法は、虹野さんがあいつをサッカー部に入れちまうことだな」
「ええ? でも、どうして?」
「とりあえず、2人の喧嘩の種は、服部のやつがサッカー部に入るか入らないか、だろ? 意固地な服部のことだ。いまさら自分からサッカー部に入れて下さいって行くには自分のプライドが許さないってところだろうしな。その点、虹野さんが勧誘してくれれば、あいつが誘ったから仕方ないって言い訳が立つだろう?」
「ちょっと待て」
主人くんがあごに手を当てて、早乙女くんに訊ねたの。
「肝心なこと忘れてた。服部ってサッカーできるのか?」
「?」
あたし、一瞬考えて、わかった。主人くんの質問の意味が。
「つまり、サッカーって団体競技なんだし、服部くんにその団体競技をこなす協調性があるのかってことを心配してるのね?」
「ああ。いくら個人技が優れててもダメなんだよ、サッカーは。なぁ、江藤?」
ふふ。主人くん、ここぞとばかりに江藤くんに突っ込み入れてる。江藤くんってドリブルが1年の中では一番上手いんだけど、それに頼りすぎて一人で中央突破しようとしてボールを取られちゃう事多いものね。
「俺はとりあえずいーの。確かに服部には協調性がありそうにないもんなぁ」
江藤くんは、手を頭の後ろで組んであくび混じりに言ったの。
「そんなこと、やってみなくちゃわかんないわよ」
あたしは、立ち上がった。
「とにかく、服部くんを誘ってみるね!」
それから、3日が過ぎた。
放課後。
「お願い! 一度でいいから、練習を見に来て!!」
あたしはぺこりと頭を下げた。
「……」
もう服部くん、あたしに口をきくのも億劫だって感じで、何も言わないで通り過ぎていく。
「待って!」
あたしは振り向いて呼びかけるけど、服部くんは無視してどんどん行っちゃう。
やっぱり、ダメなのかなぁ。
ううん、沙希。ここでくじけちゃダメよ。根性で頑張らなくちゃ!
あたしは服部くんの後を追いかけた。
「お願いだから!」
「いい加減にしろ!」
とうとう怒ったみたい。服部くん振り向きざまに手を振り上げた。
叩かれる!
あたしは、思わず首をすくめた。
「待てよ」
「……え?」
あたしは顔を上げて、思わず目を丸くした。
服部くんの腕を掴んでいるのは、主人くんだったの。
《続く》

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