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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんと望ちゃんと…… その3


「なんだよ、お前は?」
 自分の腕を掴んだ主人くんの手を振り払って聞き返す服部くん。
 主人くんは、その手をぽんとあたしの肩に乗せて答えたの。
「俺はサッカー部の主人。うちのマネージャーが殴られちゃたまらないからな、こうしてお節介させてもらったわけだ」
 そういうと、主人くんは服部くんに笑いかけた。
「うちのマネージャーが迷惑かけたな」
 その一言で、文句を言おうとしてた服部くん、毒気を抜かれちゃったみたいに黙りこむ。
 そんな服部くんに主人くんは言ったの。
「まぁ、うちのマネージャーはこのとおりのお節介だから、そう簡単にはあきらめてくれないだろう。そこで、提案なんだが……、一つ勝負しないか?」
「勝負?」
「ああ。俺が負けたら、今後一切サッカー部は服部には声をかけない。ただし、俺が勝ったら服部、お前にサッカー部に入ってもらう」
「!」
 服部くんは、主人くんをにらんだ。主人くんもにらみ返す。
 わぁ、なんだかすごいな、2人とも。
「……いいだろう。で、勝負は何でつけるんだ?」
「それは……」
 主人くんの顔がとたんに困った顔になる。な、なに? もしかしてその後考えてなかったの?
「ちょっと待ってくれよ」
「言っておくけど、サッカーで勝負なんてのはお断りだからな」
 ああー。あっさり服部くんに釘刺されちゃった。主人くん、どうするの?
 と。
「その勝負、この私が預かるわ」
 不意に後ろから声がして、あたし達は振り返ったの。
「館林先生?」
 そこに立っていたのは、保健の館林先生だったの。
 先生はにっこりと笑って、主人くんと服部くんの肩をぽんぽんと叩いたの。
「まぁ、保健室にいらっしゃいな」

 あたし達は保健室に入ったの。
「で、先生、どういう勝負を?」
「そうねぇ。どっちが先に虹野さんをいかせるか、っていうのはどう?」
「なっ!!」
 あたし、思わず真っ赤になって立ち上がっちゃった。
「何て事言うんですかっ!」
「あら、いい方法だと思うんだけど……」
「よくないです! 真面目にやって下さい!」
「もう、虹野さんったらウブねぇ」
 そう言ってクスクス笑う先生に、今度は服部くんが言ったの。
「先生。冗談やってるなら帰ります」
「もう、せっかちね。早すぎると望ちゃんに嫌われるわよ」
「……」
 服部くんはじろっと先生を睨み付けてる。先生は肩をすくめたの。
「じゃ、真面目にやりましょうか」
 やっぱりふざけてたんじゃないのぉ。
「それじゃ、こういうのはどうかしら?」
 先生は、ぴっと一本指を立てたの。
「二人三脚で勝負をつけるの」
「二人三脚ぅ!?」
 あたし達、思わず顔を見合わせたの。それから一斉に先生に視線を向ける。
「まさか、俺と服部が?」
「それもいいかもしれないけどね。でも勝負にならないでしょ? それぞれ、女の子とペアを組んでの二人三脚よ」
「ペア?」
「そ。当事者同士で決着付けるのよ」
 当事者?
 あたしが聞こうとしたとき、先生は不意にあたしを指した。
「片方は、サッカー部代表、主人虹野ペア」
「え? ちょ、ちょっと待ってください! あたし、その、運動は……」
「あれだけ勧誘してるんだから、ここはもう一つ根性見せなさいよ」
 ぽんとあたしの肩を叩く先生。
「でも……」
「がんばって! 根性あるのみよ!」
「……」
 う。何も言い返せないよぉ。
「で、俺の相手は? ……まさか!!」
 服部くんははっとして叫んだ。先生はウィンクする。
「ご明察。清川さんにお願いするつもりよ」
「冗談! そんなの最初から勝負が見えてるじゃないか」
「そうかしら?」
「ああ。あいつ、絶対に俺の邪魔するに決まって……」
「そう、思う?」
 先生がまじめな顔をして、じっと服部くんを見つめた。
「清川さんが、そんなことをすると思う?」
「……」
 服部くん、不意に立ち上がって、そのままドアの方に歩いていったの。
 その背中に、先生は声をかけた。
「明日の放課後に、グラウンドでやるから。体操服に着替えていらっしゃいね!」
 何も答えないで、服部くんはそのまま保健室を出ていっちゃった。
 顔を見合わせるあたしと主人くんに、先生は笑っていったの。
「大丈夫よ。さて、と。これから清川さんの説得に行ってきますか」
「あ、それならあたしも……」
 立ち上がりかけたあたしのおでこを、先生は人差し指で押さえたの。
「いいからいいから、お姉さんに任せておきなさいって。それよりも、練習した方がいいんじゃないの?」
「そうだね。ちょっと練習しとこうか、虹野さん」
 主人くんは頷いてあたしの方を見たの。
 そうね。練習した方がいいよね。
「つつ……」
「はい、消毒は終わりましたよ」
 30分後、あたしと主人くんは保健室に逆戻りしちゃった。裏庭で練習してたんだけど、あたしがタイミングを外して転んじゃって、膝小僧をすりむいちゃったの。
 先生はまだ戻ってきてなかったんだけど、ちょうど如月さんがいて、手際よく消毒してくれたの。
「ありがとう、如月さん」
「いいえ。明日は頑張って下さいね」
「え?」
 あたし達は顔を見合わせたの。それからあたしが訊ねる。
「どうして知ってるの?」
「ええ、先ほど図書室に朝日奈さんがいらっしゃいまして、明日虹野さんと主人さんが二人三脚をするとか……」
 ひなちゃん!? でも、どうしてひなちゃんが知ってるの?
 主人くんも額を押さえてる。
「朝日奈さんかぁ。ってことは、好雄も知ってるわけだよなぁ。こりゃ今日中に全校に知れ渡るぜ」
「う、うん……」
 どうしよう。
 きっと明日は大勢の人が見に来るわ。そんな前でさっきみたいに転んじゃったら、あたしはともかく、主人くんがみんなに笑われちゃうんじゃ……。
「虹野さん」
「え?」
 如月さんがにこっと笑った。
「自信を持って下さいね。主人くんのパートナーはあなたなんですから」
「!」
 あたし、かぁっと真っ赤になっちゃった。
「あ、あの、あのね」
 あたし、ちらっと主人くんを見た。よかった。主人くん、先生の持ち込んだ漫画の本読んでて、あたし達の会話には気がついてないみたい。
 それを確かめてから、あたしは如月さんに向き直った。
「だからね、それは違うのよ。今回はサッカー部ってことで、成り行きでこうなったわけなんだし、その……」
「ただいまぁ」
 ちょうどその時、ガラガラッとドアを開けて、先生が戻ってきたの。
「あら、如月さん。虹野さんの手当しててくれたの? ご苦労様」
「いいえ。たまたま居合わせただけですし……」
 あら? 如月さん、なんとなく赤くなってるみたい。熱でもあるのかしら?
「どれ、お姉さんに見せてご覧なさい」
 先生はあたしの前にかがみ込んだ。そして、すぅっとあたしの太股を撫でる。
「きゃん」
「ま、敏感なんだ。こりゃ主人くんも開発のし甲斐があるってもんよね」
「せ、先生!!」
 あたしと主人くんの声が綺麗にはもっちゃった。先生はあたし達を交互に見てクスクス笑いながら、薬をしゅっと吹き付けた。
「ま、頑張りなさいよ。はい、治療終わり」
「ふみぃ……」
「ふぅん。沙希ちゃんが主人くんと二人三脚かぁ」
 その日はそれで帰ることにして、あたし達は『Mute』に寄り道したの。
 カウンター席に並んで座ったあたし達の前にコーヒーカップを置くと、舞お姉さんはあたしの前に頬杖をついた。
「懐かしいなぁ。二人三脚って、あたし達の頃も体育祭の花形競技だったものね」
「そうだったな。二人三脚で3年連続で優勝したペアは幸せになれるっていう伝説だってあるくらいだし」
 マスターがケーキを切りながら言ったの。舞お姉さんが聞き返す。
「本当なんですか?」
「ああ。もっとも、オレには縁のない伝説だったけどな」
 苦笑しながら、マスターはお皿にシフォンケーキを乗せて、あたし達の前に出した。
 そういえば、舞お姉さんって文武両道才色兼備よね。
 あたしは訊ねた。
「舞さん、ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「なぁに?」
「二人三脚を上手く走る方法ってありますか?」
「……そうねぇ……」
 舞お姉さんは少し考えて、にっこりと笑ったの。
「2人が仲良くすること、かな?」
「え?」
 あたし達は顔を見合わせた。
「二人三脚は、2人の息がぴったり合わないと、いくら運動神経のいい人でも勝てないわ。相手を思いやる気持ち、それが大事よ」
 相手を思いやる気持ち……かぁ。
 あたしは、コーヒーの湯気越しに、主人くんを見つめてた。

《続く》

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