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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんと望ちゃんと…… その4


 翌日の放課後。
 グラウンドは黒山の人だかりになってたの。
 どういうわけか、体育祭の時に使ったテントの下に放送席まで出来てるし……。
「あ、テストテスト。さぁ、皆さんお待ちかね、二人三脚の時間がやって参りましたぁ! 実況は私、愛の伝道士こと早乙女好雄がつとめさせていただきます」
「やっほー! 解説の朝日奈夕子でぇーす」
 ……どうしてあの二人がマイクを握ってるのよぉ!
 早乙女くんが片手に持ってる紙を読み上げてる。
「第1のコース、主人公、虹野沙希ペア。第2のコース、服部博樹、清川望ペアっと。解説の朝日奈さん」
「はいはい、何でしょう?」
「ずばり、どちらが有利だと思われますか?」
「ロンモチ、服部清川ペアっしょ?」
「ははぁ、やっぱりそうなるでしょうか?」
「そりゃそうっしょ? ああ見えて、沙希って運動はさっぱりだもん」
 ……ひなちゃん、そこまで言う?
 ちょっとむっとしたあたしの頭を、不意に主人くんがくしゃっと掴んだの。
「きゃん」
「あんなの気にするなって。な」
「ん……。でも、あたし……」
「大丈夫って」
 ぐっと親指を立ててみせる主人くん。やだ、なんだかすごくかっこいい……。
 と、放送席から別の声が聞こえてきたの。
「で、いつになったら私の紹介をしてくれるわけ?」
「あ、失礼しました。放送席には特別ゲストとしてこの二人三脚の仕掛人、館林晴海先生に来ていただいております。どうぞよろしく」
「はいはぁい。保健室のアイドル、館林晴海でぇす」
「さて、それでは先生にお聞きしましょう。そもそも、どうして二人三脚なんですか?」
「面白いから」
 あっさり答える先生。あ、早乙女くんフォローのしようがなくて絶句してる。

「虹野さん、きつくない?」
 主人くんは、白いはちまきであたしの右足と自分の左足をぎゅっと縛りながら、あたしに訊ねた。
「う、うん、大丈夫」
 あたしは答えてから、ちらっと隣のコースを見たの。
 服部くんと清川さん、足は結んでるんだけど、そっぽ向き合ってる。
 なんだか、すごく険悪な感じ……。大丈夫なのかな?
「虹野さん、その、肩組んでいい?」
「うん。あ、え?」
 あたしが聞き返したときには、もう主人くんはあたしの肩に腕を回してた。
「きゃ!」
「え?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫」
 そ、そうよね。二人三脚だからよね。うん。
 でも、胸がドキドキしてる。……主人くんに気づかれちゃうかな?
「さぁ、こうしている間にもスタートの時が刻一刻と近づいて参りました。それではここで、先生の方から改めてルールをもう一度説明して貰いましょう」
「はいはい。ルールは簡単です。同時にスタートして、この400メートルトラックを先に一周してゴールに着いた方が勝ちです」
「わかりやすいルールですね、解説の朝日奈さん……。あ、こら朝日奈、逃げるな!」
 早乙女くん、席をそろそろと立とうとしてたひなちゃんを見つけてマイクを片手に叫んでた。ひなちゃん、肩をすくめてる。
「ち、見つかったかぁ」
「あら、朝日奈さん。そんなに暇ならスターターやってくれる? はい、これスタートピストル」
 先生が、ピストルをぽんとひなちゃんに渡した。
「へ? あたしが?」
「朝日奈さん、やったことないでしょう?」
「そりゃ、まぁ……」
「ほら、あなたはだんだんやりたくなる、やりたくなぁ〜〜る」
「……ま、ちょろっとやってもいっかなぁ?」
「それじゃ、お願いね」
 先生に言われて、ひなちゃんしぶしぶって感じであたし達のところまでやってきた。
 あたしは、ひなちゃんに小声で訊ねたの。
「どうして、ひなちゃんがこんなところでこんなことしてるの?」
「それは、そのぉ、ね。あ、そういえばお二人さんよくお似合いじゃん」
「ば、ばかぁ!」
 あたし、かぁっとほっぺたが熱くなるのを感じながら言い返したの。
「それじゃ、位置についてぇ!」
「ちょ、ちょっとちょっと!!」
 慌ててあたし達、スタートラインにつこうと……。あ!
 ドテン
「痛っ!」
「虹野さん、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
 心の中でため息。これじゃ、本番も……。
 主人くんはあたしを引っ張り起こすと、落ち着いた声で言ったの。
「よし、かけ声は、1・2だ。1で縛ってる方の足を前ね」
「わ、わかったわ」
 あーん、緊張してきちゃったぁ。
 と、主人くんが、もう一度あたしの肩に手を回して、そしてぎゅっと左肩を握ったの。
「俺を信じてくれ。俺も虹野さんを信じるから」
 トクン
「う、うんっ!」
 あたしは、思い切り頷いて、じっと前をにらんだ。
 もう、服部くん達の方を見てる余裕なんてなかった。
 頑張れって自分に言い聞かせながら……。
「用意!」
 ひなちゃんは、反対側の指を耳に突っ込んで、ピストルを上げた。そして、引き金を引いた。
 パァン!
 大きな音が響いた。
「いっちに、いっちに!」
 あたし達は声を合わせてトラックを駆け出した。
 なんだろう? すごく気持ちいい感じがする……。
 リズム
 足音。心臓の音。
 二つの音が、なんだかすごくぴったり合ってて……。
 そして、主人くんの声……。
「いっちに、いっちに……」
 え?
 あたし、急に目の前に白いものが見えたから、ちょっとびっくりしちゃった。
 あ、あれって、もしかしてゴールのテープ?
 あたし達はそのままゴールのテープを切ってた。
 なんだか、ちょっと残念。ずっとこうして走り続けていたかったな……。
 な、なに考えてるの、あたし?
 ちょっと変。もう走り終わったのに、ドキドキが止まらない……。
「ありがと、虹野さん。いい走りだったよ」
 主人くんが、くしゃっとあたしの頭をなでてくれた。
「きゃん」
「お、来た来た」
「え?」
 言われてあたしが後ろを見ると、服部くん達がゴールに入ってきたところだった。
「あれ? ……ってことは、主人くん、もしかして……」
「ああ。俺達、勝ったんだよ」
「ほんと? やったぁ!」
 あたし、思わず主人くんに抱きついてた。
「に、虹野さん!?」
「あ。ご、ごめんなさい!」
「はい、ご苦労様」
 ぱちぱちと手を叩きながら、館林先生がやってきたの。
「先生、これは……!」
 叫ぶ服部くんを押さえるように、先生は笑って言ったの。
「はやく着替えてらっしゃい。それからみんなで『Mute』にいらっしゃい。文句ならそこで聞くから。それじゃね」
 そのまま、先生はくるっと振り返って、行っちゃった。
 あたしと主人くんは顔を見合わせた。
 『Mute』の前には、館林先生の緑のちいさな自動車が停まってた。
 制服に着替えたあたし達4人は、ドアを開けて中に入ったの。
 カランカラン
「あら、いらっしゃい。晴海なら奥の席よ」
 舞お姉さんが、奥のボックス席を指さした。
「あ、こっちこっち!」
 あたし達に気がついた晴海先生が、手招きしてる。
「納得いかない」
 席について、開口一番服部くんが言ったの。
「何について?」
 晴海先生は、コーヒーを口に運びながら聞き返した。
「全部だよ、全部!」
 あたしは、ちらっと清川さんを見た。
 清川さん、レースの前から一っ言も口きいてない。今も、腕を組んで黙ってる。
 服部くんは、そんな清川さんにちらっと視線を向けた。
「こんなの八百長だ! そうだろうが、清川! 全部おまえが仕組んだんだろう!?」
「……莫迦っ!」
 不意に清川さんが叫んだ。
「な!?」
「もう、もういいよ!!」
 そう叫ぶなり、清川さんは鞄を持って『Mute』を飛び出して行っちゃった。
「あ……、待って!」
 あたしは、清川さんを追いかけた。
 す、すっごく早いよ、清川さん。
 鞄持ってるのに、なんであんなに早く走れるのよぉ……。
 あ。立ち止まった。
 あたしは、必死になって駆け寄った。
「き、きよふぁわしゃん……。ぜいぜいぜい」
「……もう、知るもんか」
 清川さんは小声で呟いた。
 あたし、何も言えなくて、ただ荒い息をついてた。
 ポタッ
 アスファルトの歩道に、黒い染みが落ちた。雨? ……ううん、そうじゃない。
 あたし、やっとのことで息を整えて、話しかけようとした、ちょうどそのとき。
「ハァイ、沙希。何してるの?」
「きゃぁぁ!」
 いきなり後ろから話しかけられて、あたしびっくりして飛び上がっちゃった。
「あ、あ、彩ちゃん!?」

《続く》

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