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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんと望ちゃんと…… その5
いきなり後ろから話しかけられて、あたしびっくりして飛び上がっちゃった。
「あ、あ、彩ちゃん!?」
「ワッツハペン、どうしたの? あら、そっちは望じゃない」
あれ? 彩ちゃんって清川さんとも知り合いなの?
あたしが不思議そうな顔をしてたせいか、彩ちゃんはすぐに説明してくれたの。
「前に、絵のモデルをしてもらったのよ。あ!」
清川さん、また駆け出そうとしたんだけど、彩ちゃんがはっしとその腕を掴んだの。
「ウェイト、待ちなさいよ」
「う……」
清川さん、振り返ってあたし達を睨んだの。ぐっと唇を噛みしめて……。
それをみて、彩ちゃんは、わわっ! 清川さんを抱きしめてるぅ!!
そのまま、彩ちゃんは清川さんの背中をぽんぽんと叩いたの。
「泣きなはれ。好きなだけ泣きなはれ。なぁ」
「ううっ……」
清川さん、そのまま彩ちゃんにすがりついて泣き出しちゃったの。
ムシャムシャムシャ
パクパクパク
ロッ○リアの2階席で、あたしは隣の彩ちゃんと向かいに座ってる清川さんを交互に見てはため息ついてたの。
二人とも、どこにそんなに入るのよぉ。ま、今日はあたしのおごりじゃないからいいんだけど。
ずずー。
最後にコーラを飲み干して、彩ちゃんが一息ついた。
「ふぅ、食べた食べたっと。さて、それじゃ話を聞きましょうか?」
あたしはちらっと清川さんを見た。まだ黙々と食べてる。
「彩ちゃん、噂は聞いてないの?」
「うーん。ここのところ、ずっとアトリエに籠もって絵を描いてたから、世間にゃ疎くなっちゃってさぁ」
頭を掻いて苦笑いしてる彩ちゃん。しょうがないなぁ、もう。
あたしは最初から彩ちゃんに説明したの。
あ、もちろん、清川さんと服部くんの関係っていうか、そのあたりは誤魔化してただの幼なじみってことで説明したの。だって、本人が横にいるんだもん。
「……ってわけで、服部くんが八百長だって清川さんを責めて、それで清川さんが怒って飛び出しちゃって、あたしがそれを追いかけてきたの」
「オッケイ。アイアンダースタンド、わかったわ」
彩ちゃんは、オレンジジュースを飲んでいる清川さんに視線を向けたの。
「望、あなた服部くんが好きなの?」
ブゥッ
清川さん、思わずオレンジジュースを吹き出しちゃった。
「ななななな、何を言ってるんだよ!」
「何動揺してるのよ」
「どどどどうようなんてしてないぞっ!」
「してるわよ」
そう言うと、彩ちゃんはちっちっと指を振った。
「せめてあたし達の前くらい、素直になったって罰は当たらないわよぉ」
「そーそー。ちゃちゃっと言ったんさい」
「ひなちゃん!?」
びっくりしたぁ。どこから来たの?
ひなちゃんはあたしの横に座ると、フライドポテトをむしゃむしゃほおばった。もちろん、それはあたしのフライドポテト……。しくしく。
清川さんはむっつりと黙りこんじゃった。
そんな清川さんに、彩ちゃんが話しかけたの。
「望、このままでいいとは思ってないんでしょう?」
「……」
「このままじゃ、また繰り返しだよ。第一ムシがよすぎると思わない?」
「え?」
「自分は変わらないで服部君にだけ変わってもらおう、なんて。人に変わって欲しいのなら、まず自分が変わらなくちゃ」
「あ、それってイチローのむがぁ」
あたしはとっさにあたしのエビバーガーをひなちゃんの口に突っ込んだ。いいところなんだから、茶々を入れちゃダメ!
「自分が……」
清川さんは呟いた。
「そう。でなくちゃ、何も変わらないままよ。ガンバレ」
彩ちゃんはそう言ってウィンクした。
「……ああ。そうだな」
清川さんはそう呟くと、立ち上がった。
「清川さん……」
「みんな、ありがと。もう大丈夫だよ」
そう答えた清川さんは、あの水泳してるときと同じ顔をしてた……。
カランカラン
「いら……」
「舞ねーさん、まだみんないる!?」
あたしが息せき切って訊ねると、舞お姉さんは苦笑して奥の席を方に視線を向けたの。
「晴海の言う通りね」
「まぁね」
「? ま、いっか。清川さん!」
「あ、ああ……」
清川さんが、彩ちゃんに背中を押されるように『Mute』の中に入ってきたの。その二人の後ろからひなちゃんも顔を出す。
「あ、舞ねーさん、クランベリーパイある?」
う……、そのパイはあたしの……。
ま、この際ひなちゃんには餌をあげて静かにしておいてもらったほうがいいかなぁ?
うんうん。
あたしは心の中で泣きながら、奥の席に駆け寄ったの。
「服部くん! 清川さんが話があるって!」
「あんだよ、もう」
服部くん、いかにも面倒くさそうな……。あれ?
今、何となくだけど、今までの服部くんとはちょっと雰囲気が違ってるみたいな気がしたんだけど……。気のせいかな?
あたしは、何となく服部くんの座ってたソファに代わりに座って、服部くんの背中を見つめたの。
「なんだよ、清川」
「あ、あのさ、その……」
清川さん、もじもじしてる。
がんばって、清川さん!
あたしは心の中でエールを送ってた。
チッチッチッチッチッ
時計の針が秒を刻む音が聞こえてる。
秒針がきっかり一回りして、服部くんはため息をついた。
「あのな、清川。一つだけ聞いてもいいか?」
ごくり
唾を飲み込む音が聞こえて、あたしは隣を見た。え? きゃ、どうして主人くんがここにいるの? って、最初からいたんだっけ? わ、わざとじゃないのよ。別にわざとじゃないんだからぁ!
「な、なに?」
妙にかすれた声で、清川さんが聞き返したの。
服部くんは、静かに訊ねた。
「……どうして、そんなに俺にお節介を焼きたがるんだ?」
あたし、ぎゅっと手を握った。
清川さんは、あたしをちらっと見た。かすかに頷いて、そして、服部くんをまっすぐ見つめた。
「……好きだから」
「!!」
その瞬間、『Mute』の店内は静まり返った。時間さえも止まったみたいな、そんな気がした。
その時間が動き出したのは、服部くんの言葉から。
「……俺、サッカー部に入るよ」
服部くんも、清川さんをじっとみつめて、言った。
黙って、それでも並んで帰っていく服部くんと清川さんを見送りながら、あたしは主人くんに訊ねたの。
「ねぇ、主人くん」
「何?」
「あたし達が戻ってくるまでの間に、何かあったの?」
「ああ。館林先生がちょっと服部に話をしてたんだよ」
「話?」
「あんまり女々しい事して、清川さんに心配かけるんじゃないって、一喝してね。それで、それでも服部がなんだかんだとごねやがるからさ、それなら彼女に直接聞いてみなって。どうして自分にお節介を焼くのかをさ」
「あ、そうなんだ……」
「ま、雨降って地固まるってやつかな」
そう言って、主人くんはあたしに微笑んで見せてくれたの。
その日、サッカー部の部員名簿に、新しい名前が一つ増えました。
《続く》

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