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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃん達サッカー部、ライバルに出会う
11月ももうすぐ終わり。11月が終われば12月、そして年が変われば3年のみんなはもう卒業しちゃう。
そう、もう3年のみんなは受験シーズンの本番なのよね。
あたしは、グラウンドを見回せる土手に座って、頬杖を突いて練習を見ながらそんなことを考えてた。
第3日曜は部活の練習日。だけど、今日は随分と人が少ないの。3年のみんなは受験勉強だし、2年のみんなは今日は公開模試とかで練習はお休み。だから、今日来てるのは1年生ばっかりなの。
でも、だからってさぼってるわけじゃないのが、偉いよね、みんな。
ちょっと残念なのは、ここに森くんがいないことなんだけど……。
5月の練習試合からずっときらめき高校のゴールを守ってきてくれた森くんなんだけど、先週交通事故に遭っちゃったの。なんでも、道路に飛び出してダンプカーに跳ねられちゃったって。
この前お見舞いに行ったら、本人は結構元気そうにしてたけど、右腕を複雑骨折したとか言ってて、リハビリに半年くらいかかりそうだって。
でも、森くん、「絶対に戻る」って言ってくれたものね。
ん?
フェンスの外から、じっと練習を見てる人がいる。背格好を見ると、あたし達と同じくらい。高校生ね、きっと。
何か用なのかな?
あたしは立ち上がった。
「あの、何かご用ですか?」
あたしがフェンス越しに声をかけると、その人はあたしの方を見たの。
ジーンズにジャンパー、黒いナップザックを肩に掛けてる。
「いや、たまたま通りかかっただけだよ」
そういうと、その人はまた練習の方を見たの。それから、あたしに視線を向ける。
「君、ここの学校の人?」
「え? あ、はい」
「ふぅん。……ま、いいか」
「は?」
そのまま、その人は歩いていこうとした。あたしは思わず呼び止めてた。
「あの、よかったら、中で見ていかない?」
あたしは裏の通用門を開けたの。
「どうぞ」
「いいのかい? 他校の生徒を入れたりして」
「いいわよ。どうせ今日は日曜日だし」
あたしは笑うと、グラウンドの方に視線を向けた。
「今日は1年生しかいないんだけど……」
「ふぅん」
そういうと、その人は呟いた。
「……懐かしいな」
「え?」
あたしが思わず振り返ったとき。
「危ない、マネージャー!!」
「!?」
主人くんの声がした。向き直ったあたしに向かって、まっすぐサッカーボールが飛んでくる。
「きゃぁ!!」
バシィッ
鈍い音がした。でも、あたしには……当たってないよね?
あたし、おそるおそる顔を上げて、びっくりしちゃった。
あたしの前に、さっきの人がいたの。あたしの後ろにいたはずなのに。
あ、あれ? ボールは?
どうして、みんな驚いたような顔してこっち見てるの?
バィン
急にあたしの横でボールが跳ねたの。あたし、思わずびくっとしちゃう。
そっかぁ。さっきの人が、あたしに飛んできたボールを蹴り上げたんだ。で、今そのボールが落ちてきた、と。
え? でも、そんなこと出来るの?
主人くんが駆け寄ってきた。
「大丈夫、虹野さん」
「う、うん」
あたしは、立ち上がった。
「気を付けろよな」
ぼそっと言う、その人に主人くんは視線を向けた。
「ごめん。でも、さっきのすごかったじゃないか。サッカーやってるんだろう?」
「やってた、だよ」
そういうと、その人はナップザックを担ぎ上げた。
「邪魔したな」
「ちょっと待って!」
あたし、その人を呼び止めた。
「?」
「あの、ありがとう。助けてくれて。あたし、このきらめき高校サッカー部のマネージャーの虹野沙希って言います。あなたは?」
「……三浦」
その人はぼそっと答えたの。
あたしはちらっと時計を見たの。うん、ちょうどお昼時ね。
「あの、もしよかったら、お昼食べていかない?」
「え?」
「さっきのお詫びってことで。どう?」
あたしは三浦くんに言ったの。
「はい、サンドイッチ。美味しくは、ないかもしれないけど……」
あたしは、バスケットからサンドイッチを出して、三浦くんに勧めたの。
「ありがとう」
そう言って、三浦くんはサンドイッチをぱくり。
「ん。なかなか美味しいな」
「当たり前だろ? 虹野さんが作ったんだから」
「前田、お前が偉そうに言うな」
そう言うと、主人くんは三浦くんの方に向き直ったの。
「ところで、さっき言ってたよな。サッカーやってたって」
「……ああ。でも、もうやめた」
あっさりとそう言う三浦くん。
と、不意に今まで黙って何か考えてた江藤くんが急に立ち上がったかと思うと、三浦くんを指さして叫んだの。
「思い出した! お前、河崎高校の三浦一樹だろう!!」
「落ち着けよ、江藤」
主人くんが、江藤くんの肩を掴んで押さえつけた。そして一言。
「で、誰だ、それ?」
ホントに、主人くん、サッカーにうといんだからぁ。あたしでも知ってるよ。
河崎高校っていえば、高校サッカー界の中でも一二を争う強豪校。全国大会の常連で、何度も優勝したこともあるのよね。
その河崎高校に今年、一人のスターが登場したの。なみいる先輩を後目に、今年のユース大会で合計16得点を叩き出した、スーパールーキー。それが三浦一樹くん。
……って、ええっ!? そ、そんな人がどうしてこんなところにいるのよぉ!!
あたし、思わず立ち上がっちゃった。みんなも同じ。
主人くんは不思議そうにみんなを見回してる。
「なんだよ、みんなして」
「主、主人くん、ちょっとちょっと!」
あたしは、主人くんの腕を引っ張って、部室から出たの。
「……って人なのよ」
あたしが説明すると、主人くんはピューッと口笛を吹いた。
「そりゃ、大したもんだ」
「でしょう?」
「でもさ、同じ高校生、それも1年生同士だろう?」
「え?」
「宇宙人やコアラじゃないんだからさ。あんまり騒ぐのも何だと思うんだけどな」
そう言って、主人くんは頭の後ろで腕を組んだの。
「でも、興味はあるな。どんなプレイをするのか、さ」
「そうよね。見せてくれないかな?」
あたし達が部室の方を見たとき、ドアが開いて三浦くんが出てきたの。
「あ……」
「世話になったな」
それだけ言うと、三浦くんはそのままグラウンドから出ていこうとしたの。
「ちょっと待ってくれないか」
主人くんが駆け寄った。
「なんだ?」
「頼みがあるんだ」
「何?」
「勝負がしたい」
あたし、びっくりしちゃった。だって三浦くんって、ユース大会の得点王なんでしょ? そんな人と勝負だなんて……。
「……」
三浦くん、ちょっと黙ってたけど、ぼそっと呟いた。
「俺、もうサッカー辞めたんだよ」
「!!」
あたしや主人くんだけじゃない。部室からこっちを伺ってたみんなも思わず飛び出してくる。
「……どうして?」
主人くんが訊ねると、三浦くんは肩をすくめた。
「もう、燃えないんだよ」
「燃えない……」
「バーンアウト症候群?」
横から大山くんがぼそっと呟く。何のことだろ? 後で如月さんにでも聞いてみようっと。
と、主人くんがパンと手を打った。
「よっし、わかったよ。それじゃ、一度だけやってみないか? それで、まだ燃えないっていうんならそれで諦める。だけど……」
「だけど?」
聞き返す三浦くんに、主人くんは言ったの。
「もし、燃えることが出来たなら、俺の言うことを一つだけ聞く。それでどうだ?」
「……ああ」
三浦くんは頷いたの。
「で、勝負の方法は?」
予備のユニフォームを着て、グラウンドに出てきた三浦くんは、主人くんに訊ねたの。
主人くんは、肩をすくめたの。
「どうしたい?」
「そうだな。お前達全員でかかってきてもいいぜ」
あっさりと言う三浦くん。
あたしは、またまたびっくりしちゃった。だって……。
いくら相手が三浦くんって言っても、こっちは主人くん、渡辺くん、大山くん、江藤くん、山内くん、前田くん、服部くんと7人もいるのよ。
「なめられたもんだぜ」
憮然として言う服部くん。
「そっちがそれでいいんなら。大山、キーパー頼めるか?」
「ああ、いいぜ」
いつもは主人くんの後ろでアシストするミッドフィルダーの大山くんが、頷いてゴールに走っていく。
「代わりに、俺のキックオフからでいいか?」
「ああ」
主人くんが頷くと、三浦くんはボールを持って……。あら? 逆のゴールに向かって走っていく。
「お、おい! どこへ?」
「ここから始める」
三浦くん、ゴール前にボールを置いてそう言ったの。
主人くんは、あたしの方に視線を向けた。
「それじゃ、審判は頼むよ」
「うん」
あたしは、ホイッスルを吹いた。
ピーッ
ガッ
それと同時に三浦くんがボールを蹴った。そのままドリブルで上がっていく。
「させるか!」
主人くんがスライディングで突っ込んだ。
え?
三浦くん、それをジャンプでふわっとかわしたの。
服部くんがその脇から飛び込んでくる。三浦くんはくるっと振り向くように見せかけて、さらにくるっと回ってそれをかわす。
す、すごい。ホントに踊ってるみたい……。
左右から、江藤くんと前田くんが突っ込んでいく。2対1なら、三浦くんも……。
「え?」
あたし、思わず声出しちゃった。三浦くん、一瞬止まるように見せかけて、次の瞬間全速で走ってたの。止まった瞬間にボールを取ろうとした二人、そのままその場に置いて行かれちゃった。
「やらせるかよ!」
叫びながら、正面から突っ込んでいく山内くん。
三浦くんは、そのままボールを右に蹴ろうとした。山内くんはそれを読んで右に……。
違う!
右に出した足は、ボールを蹴るんじゃなくて、そのままボールをまたいでる。そして、実際には左足でボールを逆方向に蹴り出してたの。
本で読んだことある。マシューズフェイントって技だけど……。
「うぉぉぉぉ!!」
叫びながら飛び出してくる大山くん。え? もうペナルティエリアなの?
「もらったぁ!」
ボールに飛びつこうとする大山くんをするっとかわして、さらに前に出る三浦くん。あーん、もう誰もいないよぉ……。
そして、三浦くんはボールをゴールに軽く蹴った。
バィン!
勢いよく跳ね返ったボールを、三浦くんは胸で止めて地面に落としたの。
「そうそう、行かせるかよ」
荒い息をしながら、主人くんが笑って見せた。嘘! もうそこまで戻ってきてたの?
それから、三浦くんと主人くんの競り合いが始まったの。
主人くんを抜こうと右へ、左へと振る三浦くん。それにぴったりとついて抜かせない主人くん。
「これなら、どうだ?」
不意に三浦くんの足下からボールが消えたの。
え? ど、どこに?
三浦くん、それと一緒に猛然とダッシュした。ゴールに向かって。
「ちぃっ!」
ポン
走る三浦くんの前にボールが落ちてきた。
あ! 思い出したわ。雑誌で読んだことがある。ヒールショットっていうやつね。かかとでボールを蹴り上げて、前に落とす技。正面にいるディフェンダーからしてみれば、一瞬ボールが消えたみたいに見えるっていう……。
主人くん、抜かれちゃった?
「もらったぁ!!」
「まだだぁっ!」
シュートを打とうとする三浦くんの後ろから、スライディングする主人くん。
それに気付いた三浦くん、舌打ちしてふわっとボールを浮かせた。その下を滑って行っちゃう主人くんの足。
一拍置いて、シュートを打つ三浦くん。
バシィッ
「きゃぁー!」
あたし、思わず悲鳴を上げちゃった。
だって、その三浦くんのシュート、主人くんが顔面で止めたんだもの。
「ぶはぁ……」
そのまま倒れちゃった主人くん。三浦くんは、コロコロと戻ってきたボールをさらに蹴る。
ううん。蹴ろうとしたとき、横合いから飛び込んできた服部くんが大きく脇に蹴り出していたの。
「くっ」
三浦くん、その場にがっくりと膝をついた。
「ふぅ……」
ピーッ
あたしは笛を吹くと、そのまま主人くんに駆け寄った。
「大丈夫!? 主人くん」
「らいりょうふ」
そう言うと、そのまま主人くん、ばたっと倒れかかる。あたしは慌てて主人くんを支えて、叫んでいたの。
「は、はやく、110番してぇ! 主人くんが倒れちゃったぁ!!」
「賭は、君たちの勝ちだよ。燃えさせてもらったからね」
三浦くんは、タオルで汗を拭きながら笑ったの。うん、さっきに較べて、すごくいい顔してるよ
主人くんは、あたしの渡した濡れタオルで顔を冷やしながら、頷いたの。
「そりゃよかった。痛い思いした甲斐があったな」
「ごめんよ。それと、約束は果たすよ。俺に何をしろって?」
「また、勝負がしたいんだ」
主人くんはそう言うと、三浦くんをじっと見つめた。
「勝負?」
「ああ。今度は国立競技場で、な」
「!!」
他のみんなが思わず顔を見合わせてる。
あたし、思わず立ち上がってた。だって、それって……。
三浦くんは笑顔で頷いた。
「ああ。待ってるぜ」
「じゃあな」
そう言って、去っていく三浦くんを見送りながら、あたしは主人くんに聞いてみた。
「ねぇ、主人くん。三浦くんに言ったこと……」
「え? ああ、国立に行くってこと?」
主人くんは、頭を掻いた。
「まぁ、目標だけどね」
でも……、あたし、嬉しかった。
だって、初めてだったんだもん。主人くんのほうから、国立へ行くぞって言ってくれたの……。
《続く》

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