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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんのメリークリスマス(前編)

「ねぇねぇ、沙希のとこにも来た?」
『Mute』でマスターとおしゃべりしながらアップルティを飲んでいたら、急に後ろからひなちゃんがのしかかってきたの。
「ひ、ひなちゃん、重い……」
「誰が重いって? だぁれぇがぁ?」
そう言いながら、あたしの頭をぐりぐりするひなちゃん。
「痛い痛い、やめてってばぁ!」
「ま、いっか。それよりさ、沙希のとこにも、これ来た?」
ひなちゃんは鞄から金の縁取りが入った封筒を出したの。
あたしは頷いた。
「伊集院くんのクリスマスパーティーの招待状でしょ? うん、あたしのところにも来たよ」
「そっかぁ、やっぱりね」
「で、どうして俺のところには来ないんだよ。伊集院のやろー」
早乙女くんが歯がみしてる。ひなちゃんはからかうように笑った。
「ま、よっしーとあたしじゃセンスがちがうもんねー」
「そんなに違うかよ」
腕を組んで、早乙女くんはぼそっと言ったの。
「こないだの日曜だって……」
「わぁーわぁー! あれはちょろっとしたミスってやつじゃん!」
「ねえねえ、何があったの?」
あたしが聞くと、ひなちゃんはじろっとあたしに視線を向けたの。
「沙希ちゃん。世の中にはね、知らない方が幸せって事があるのよぉ」
「……あ、なんだか急に全然聞きたくなくなっちゃったな。あははは」
「で、行くの?」
「うん……」
あたしはちょっと考え込んだの。
24日といえば、イブよねぇ。クリスマスイブの夜って、やっぱり好きな人と一緒に……なんてね。きゃ。
「沙希。おーい、虹野沙希さぁん」
ひなちゃんが呼ぶ声で、あたしはっと我に返ったの。
「え? な、なに?」
「なに、じゃないっしょ? まったく、でへぇーっとしちゃって」
「え? そ、そんなことないよぉ」
「……よだれ」
「きゃ、やだやだ、ホント!?」
あたしは慌てておしぼりで顔を拭いた。
ひなちゃんがにまぁっと笑ってあたしの顔をのぞき込む。
「何を考えてたのかなぁ? この娘は」
「何でもないってばぁ」
「ま、いいけどさぁ」
あれ? ひなちゃんにしては簡単に引き下がるのね。いつもだったら、あたしが「今日はおごる」って言うまで食い下がるのに。
「それよかさぁ、沙希も行くっしょ?」
そうね。クリスマスイブを一緒に過ごすようなステキな恋人なんて今のところはいないもんね。……あくまでも“今のところ”なのよ。
……予定はないけど。
あたしはこくんと頷いたの。
ひなちゃんは満足そうに笑うと、あたしの腕を引っ張って立ち上がった。
「んじゃ、行こう!」
「え? ど、どこに?」
「決まってるっしょ? 服を買いに行くのよ」
「服って?」
あたしが聞き返すと、ひなちゃんは鼻を鳴らしたの。
「やっぱ沙希ってちょろっと抜けてるのね。おおかたまだ招待状ちゃんと読んでないっしょ?」
ちょっとむかっ。でも、事実なので反論できないのよねぇ。
あたしは、封筒から招待状を出して広げてみた。横からひなちゃんが指を指す。
「ほら、ここよ、ここ」
えっと……。
『なお、正装でいらっしゃってください』
正装って?
「わかったっしょ? だから、今から服を買いに行くの」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あたし、そんなにお金持ってないよ」
あたし、慌ててお財布を出して広げてみた。
えっと、5000円札が1枚と、1000円札が3枚……と、なんで10000円札が2枚入ってるのよぉ!
思い出した! 今日は新しいはかりとお料理の本を買おうと思って、お母さんからお金をもらってきたんだったぁ。
はっと気付いて財布を隠そうとしたけど、もう遅かったの。
ひなちゃんがあたしの肩をぽんと叩く。
「それだけあれば十分っしょ? さー行こう! 心配しなくても、あたしが見繕ってあげるってば」
あーん。あたしのはかりぃ、あたしのレシピぃぃぃ。
「さ。サクッと行こう!!」
「あたしって不幸ぉぉぉ」
ずるずる
そんなわけで、引っ張ってこられちゃった、デパートの中のブティック。
「ねぇねぇ、沙希! じゃじゃーん。これなんかどうかな?」
試着室のカーテンを開けて、ひなちゃんが姿を出す。うわぁ、すごい派手なパーティードレスぅ。
でも、高いんじゃないのかな?
あたしは、そのドレスについてる正札を見て、くらっとしちゃった。
「よ、よ、よ、よんまんえーん!?」
ちょっと、ひなちゃん! そんな服買えるわけないでしょ!?
「ひなちゃん! ちょっと、その服いくらかわかってる!?」
「じょぶじょぶ。あ、おねーさん!」
ひなちゃん、店員のお姉さんを呼び止めて、招待状を見せた。
「これでよろしくぅ」
「あ、伊集院さんの割引券ですね。はい、半額になりますから、20000円になりますね」
「よし、買ったぁ」
「え? 半額?」
怪訝そうな顔をしてるあたしに、お姉さんが説明してくれたの。
「はい。この招待状をお持ちの方のお洋服のお買い物は50%の割引になっておりますのよ」
なぁんだ、そうなんだぁ。
よぉし、それじゃ、あたしも……。
「ありがとうございましたぁ」
店員さんの声に見送られながら、あたし達は店を出たの。
「それにしたってもさぁ、どーしてそういう地味ぃーなのを選ぶかなぁ、沙希は」
「いいじゃないのぉ」
結局あたしが買ったのは、黒のセーターと紫のチェックのジャンパースカート。
だって、家でも着られそうな服ってそれくらいしかなかったんだもん。せっかく服買うんだから、いつでも着られそうな服買った方がお得だとおもうわよね? そうよね?
「あら? 虹野さんに朝日奈さんじゃない?」
急に声かけられて、あたしびっくりしちゃった。思わず紙袋を落っことしちゃう。
「きゃん!」
「あら、ごめんね。びっくりさせちゃって」
そう言いながら、その人は身をかがめると、紙袋を拾ってくれたの。
「藤崎さん、ありがとう」
藤崎さんと……、その後ろに隠れるみたいに美樹原さん。
「あの、こんにちわ」
「あ、どもどもっす。こんちこれまたお久しぶりって感じっすねぇ〜」
ひなちゃんってば、変な挨拶しないでよぉ。
藤崎さん、くすくす笑ってるぅ。
「ご、ごめんなさい。くっくっく、面白くって……」
「あ、もしかして藤崎さん達も、服を買いに来たん?」
ひなちゃんがぽんと手を打って、訊ねたの。
「そうなの。ほら、招待状に“正装”って書いてあったし。ねぇ、メグ」
「そ、そうですね」
ちょっと恥ずかしそうに、はにかんだみたいにうつむいて答える美樹原さん。なんだか可愛いな。
「あ、ブティック行くんならさ……」
ひなちゃんがお勧めの服の話を始めちゃった。これ、長いんだよねぇ。
それにしても……。
あたしは、ひなちゃんの話を真面目な顔をして聞いてる藤崎さんを見つめてた。
ホントに、綺麗な人よね。男の子って、こういう人に憧れるんだろうなぁ。
それにひきかえ……。あうぅ。暗くなるからやめよ。
「虹野さん」
「は、は、はい!」
いきなり名前を呼ばれて、あたし慌てて返事したの。
藤崎さんが笑顔で言ったの。
「公くんのこと、よろしくね」
「は、はい」
「それじゃ」
「私も失礼します」
そのままブティックの方に歩いてく二人を見送ってると、急にひなちゃんがあたしの背中をドンと叩いたの。
「公くんのこと、よろしくねぇ、かぁ」
「あ、そういうんじゃないってば! きっと、サッカー部のことよ、うん」
「そうなのかなぁ?」
「そうなんだってばぁ!!」
翌日の放課後。
あたしは、部室で本を読んでたの。
「えっと、縦が105メートルでしょ? それから横が68メートル。PKが11メートルで、ペナルティエリアが16.5メートル……っと」
「あれ? 虹野さん」
「ひゃん!」
もう、どうしてみんな急に声かけるのよぉ!
「主人くん。一人?」
「ああ。虹野さんこそ。みんなまだ来ないの?」
「ええ」
そこで、会話がとぎれちゃった。
や、やだな。なんか、昨日の藤崎さんの言ったこと、意識しちゃう……。
だって、そんな……、まさか……、ううん……。
「あれ? ルールブックなんて読んでるんだ」
「ひゃ!」
び、びっくりしたぁ。もう、後ろから覗き込むなんて反則じゃない!
「そ、そうなの。マネージャーとしてお勉強しないと、ね」
「感心感心」
主人くんはあたしの肩をポンポンと叩いた。
そして、また会話がとぎれる……。
「あっ、あの、主人くんは、伊集院くんのクリスマスパーティーに行くの?」
「ああ。招待状も来たし」
「そ、そうなんだ……」
あーん、なんだか間が持たないよぉ。誰か早く来てよぉ。
「お、二人とも早いねぇ」
ちょうどその時、ドアが開いて江藤くんが入ってきたの。
ちっ。
「お、江藤。ちゃんと来たなぁ」
「なんだよ、それ?」
「昨日新作ゲーム買ったじゃないか。だから今日は来ないと思ってたぜ」
「何をおっしゃいますやら。マネージャーの顔を見るためなら、新作ゲームの一つや二つ」
「やだ、何冗談言ってるのよぉ」
江藤くんったら、相変わらずなんだからぁ。
あたしはルールブックをパタンと閉じて立ち上がった。
「さて、と。それじゃあたしはボール出してくるね」
「ほい了解」
笑って言う主人くんをちらっと見る。
「……何?」
「ご、ごめんなさい。何でもないから。本当に何でもないんだってば!」
慌てて視線を逸らして、あたしは部室から飛び出していった。
もう、どうしちゃったんだろう、あたし……。
《続く》

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