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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんのメリークリスマス(中編)

すっごぉい!
伊集院くんのクリスマスパーティー会場は、もう人、人、人!
本当に広いホールは、人で埋め尽くされてるって感じなの。
ひなちゃんと一緒に来たんだけど、会場に入った早々に別れ別れになっちゃうし……。
「虹野さん」
不意に名前を呼ばれて、振り返ったら明石キャプテンだったの。
「あ、キャプテン。お久しぶりです」
「おいおい、もう俺はキャプテンじゃないって」
苦笑する明石キャプテン……、もとい、明石先輩。
そうなの。3年生は2学期いっぱいで引退しちゃったんだよね。
「どうだ、サッカー部は?」
「はい、平穏無事です」
「そうか……」
先輩、ちょっと寂しそうな顔をしたの。
あたしは訊ねた。
「それにしても、明石先輩、パーティーなんて来てもいいんですか? 受験勉強あるんじゃ……」
「まぁ、息抜きってやつだよ。あはは」
笑ってから、先輩は真面目な顔になってあたしに言ったの。
「虹野さん、話がある……」
「はい、なんですか?」
聞き返したら、先輩はきょろきょろと辺りを見回して、口ごもった。
「ちょっと、ここじゃなんだから……。こっちに来てくれないか?」
「あ、はい」
あたし、先輩の後について、クリスマスツリーの後ろに回ったの。
大きなツリーと壁の間、ちょうど人目にはつかないところに、あたしと先輩は向かい合って立ってたの。
「それで、先輩。話って何ですか?」
「その、なんだ……」
先輩、どうしたのかな? やたらどもって……。いつもの竹を割った先輩らしくないなぁ。
「ええい」
「きゃ」
不意に先輩、あたしの肩を掴んだ。あたし、びっくりして小さな悲鳴を上げちゃった。だって、急だったんだから……。
「虹野……。君が好きだ」
「……」
その瞬間。あたしの頭の中は真っ白に飛んじゃった。
え? な、なに? 何がどうしちゃったの?
あたし、何も考えられずに先輩がしゃべるのを聞いてた。先輩が何か一生懸命にしゃべってるのは判るんだけど、その言葉はあたしの頭の中を素通りしていっちゃって、意味なんて掴めない。
「すぐに返事をくれ、なんていうのは無理だろうけど……。でも、できるだけ早く返事が欲しい」
「……はい」
「そ、それじゃ」
先輩、そそくさとツリーの影から出て行っちゃった。
あたしは、一人残されて、ぼーっとしてた。
「あらぁ。虹野さんでは、ありませんか」
不意に横から声が聞こえて、あたしはそっちを見たの。
「あ、えっと……」
一瞬誰だかわかんなくて、あたしは口ごもった。それを見て、その人は笑って言ったの。
「ご無沙汰しておりました。古式、ゆかりです」
「古式さん……?」
えっと、えっと、あーんわかんないよぉ。
あたしがほーっと古式さんを見てると、古式さんのほうもじーっとあたしを見てた。
な、なにか言わなくっちゃ。
「あ、あの……。納豆は好きですか?」
ひぃーん、あたし何を言ってるんだろ?
あたし、思わず頭抱えて逃げ出そうとしちゃった。でも、その時古式さんが言ったの。
「はい、好きですよ」
「ほえ?」
「やはり、納豆と言えば水戸の納豆ですねぇ。それにお醤油と砂糖を入れて混ぜて、ほかほかのご飯に載せていただくと、とても美味しゅうございますねぇ」
へ? 古式さん、今なんと?
「砂糖? 納豆に?」
「はい。わたくしの家ではそうしておりますけれども」
ガガーン!
「納豆といえば、辛子とお醤油と分葱でしょ!」
「いいえ。お醤油と砂糖です」
古式さん、きっぱり言い切る。
「でも、それってやっぱり違うんじゃ……」
「いいえ。わたくしの家では先祖代々この食べ方だったともうしますよ」
「だけど……」
「ハァイ、沙希アンドゆかり。メリークリスマス!」
パァン
急に後ろから陽気な声がしたかと思うと、大きく手を叩いたみたいな音がしたの。あたし、びっくりして飛び上がっちゃった。
「ひゃん! だ、誰?」
「ヘロゥ。アイアム彩子・片桐。かたぎりんとは呼ばないでね」
「彩ちゃん!?」
振り返ってみると、彩ちゃんが手にクラッカーを持ってにこにこしてたの。
「あら、これは片桐さんではありませんか。大変ご無沙汰しておりました。いかが、お過ごしだったでしょうか?」
古式さん、礼儀正しく頭を下げると、にこっと笑ったの。
「ザッツライト。あたしはいつも通り元気よ。……あら?」
彩ちゃんはあたしの方に視線を向けると首を傾げたの。
「沙希は元気ないみたいね。どうしたの?」
「え? そ、そんなことないよ」
あたし、慌てて手を振ったの。
彩ちゃんはつかつかと近づいてくると、あたしの両肩を掴んだの。
「ノンノン。このあたしを誤魔化そうだなんて、1000年早いわよぉ。ほら、さっさと言いなさい」
「あーん、なんでもないって……。そ、そうだ、彩ちゃん!」
あたしは彩ちゃんに聞き返したの。
「彩ちゃんは納豆に何を入れるの?」
「納豆?」
「そ、納豆」
「オーマイガッ!!」
彩ちゃん、急に悲鳴みたいな声を上げて2、3歩よろめいたの。
「彩ちゃん、どうしたの?」
「納豆なんて、納豆なんてぇぇぇ!」
あらら? 彩ちゃんって納豆ダメなんだっけ?
「あの、彩ちゃん?」
「やはり、納豆にはお砂糖だと、思いませんか?」
古式さんがにこにこしながら彩ちゃんに話しかける。
「やめてぇー」
「なんと言いましても、あの香りがいかもに納豆という感じで、それに糸を引くあの粘りといい、かき回してぐーるぐーると……」
「ひゃぁぁぁ!!」
……ひょっとして、古式さん楽しんでるのかな?
あたしは、逃げる彩ちゃんと追いかける古式さんを目で追いながら、そんなことを考えてた。
うん、どうやらなんとかまともに考えられるようになったみたい。でも明石先輩……。
あんたほんとにごいすやで。
ああーっ、まだダメだわぁ。うん、先輩のことはしばらく考えないことにしようっと。
こういうときには……。やっぱひなちゃんかなぁ。
ひなちゃん、どこに行っちゃったのかな?
ドン
「きゃ!」
きょろきょろしながら歩いていたあたしに、後ろから誰かがもたれかかってきたの。
慌てて振り返ったら、如月さんだった。
わぁ、綺麗なドレス……って、顔色が真っ青じゃない!
「如月さん! 大丈夫? 顔色がすごく悪いわ!」
「あ、虹野……さん。すみません……」
そういえば、如月さんって体弱いのよね。確か、夏祭りのときも……。
なんて言ってる場合じゃないわ。とにかく、どこかで休ませないと!
「本当に、すみませんでした」
あたし達は、大きなクリスマスツリーの下で休んでたの。ちょうどここには椅子が並んでたから、如月さんにはそこに座ってもらってね。
「もう大丈夫です」
そう言って、如月さんは立ち上がろうとしてよろめいた。あたし、慌てて押さえつける。
「ダメだってば! まだ休んでないと」
「すみません……」
座り直すと、如月さんはあたしに視線を向けた。
「ところで、その後、いかがですか?」
「え? いかがって何が?」
「主人さんと、ですよ」
「え!?」
あたし、かぁっと赤くなっちゃった。ちょ、ちょっと、どうして赤くなるの? 落ち着け、落ち着くのよ虹野沙希!
まずはしんこきゅー! すーはーすーはー。
よーし、落ち着いた。
「別にこれといってなんにもないわよ」
うん。理想的な答えだわ!
「そうですか?」
如月さんは、あたしの顔を覗き込んだ。
な、なによぉ。真面目な顔して……。
「一つ、教えてあげますね。主人さんは、ここにはいませんよ」
「え? で、でも、主人くんも招待状もらったって言ってたわよ」
確か、あたしが聞いたらそう言ってたはず……。あ、別に来るかどうか確かめたとか、そういうんじゃないのよ。ないんだってば。
「私がここに来たとき、ちょうど主人さんが帰られるところでした」
「え?」
あたしは、思わず聞き返してた。
「だって、パーティーってさっき始まったばっかりでしょ?」
「入り口で服装チェックをしていたでしょう? 主人さん、そこで止められてしまったようでしたから」
そんな……。
「……如月さん、あの……」
言いかけたあたしに、如月さんは微笑んだ。
「ありがとう、虹野さん。もう大丈夫ですから」
「そ、それじゃ!」
あたしは身を翻して、駆け出した。
後ろから、如月さんの声が聞こえた。
「虹野さん、パーティーを楽しんでくださいね」
カランカラン
ドアのカウベルが、あたしが開けた弾みに揺れて大きな音を立てる。
「あら、いらっしゃい、沙希ちゃん」
舞お姉さんが、カウンターを拭く手を止めてあたしに視線を向けたの。
ここまで走ってきたあたしは、息を整えながら店の中を見回す。『Mute』の店内はいつもと同じ。
そして……。
「あれ? 虹野さん。どうしたの?」
やっぱり、ここにいたんだ。主人くん。
でも……。
「主人くんこそ、どうしたの? その格好……」
主人くん、黒っぽいスーツ姿で、それなりに決まってると思うんだけど……、泥まみれなの。
「いやぁ、あははは」
頭を掻いて苦笑する主人くん。
「実は、伊集院の家に向かう途中で転んじゃってさぁ。家に帰って着替えてる暇もなかったから、そのまま行ったんだけど、案の定門番に追い返されちまったよ」
「そうなんだ」
「で、沙希ちゃんは? 追い返されたってわけじゃないんでしょ?」
ぎく。
「あ、あのね、あたしはちょっと色々あって……」
あたしが口ごもってると、舞お姉さんが助け船を出してくれた。
「こら、主人くん。女の子に根ほり葉ほり聞くものじゃないわよ」
「す、すいません」
主人くん、慌ててあたしにも頭を下げる。
「ごめん、虹野さん」
「あ、ううん、いいの……」
あたし、慌てて手を振ったんだけど、その弾みに思い出しちゃった。
明石先輩……。
「……どうしたの、虹野さん?」
「え? あ、なんでもないってばぁ」
気がついたら、主人くんがあたしの顔を覗き込んでたの。あたし慌ててもう一度手を振ってからマスターに聞いたの。
「ひなちゃん、来てない?」
「いや、来てないけど……。急用?」
「そんなんじゃないんだけど、あたしパーティー会場ではぐれちゃったから、ちょっと気になって……」
「あいつのPHSの番号なら判るけど」
そういえば、ひなちゃん前にちらっとPHS買ったとか貰ったとか言ってたけど。
「でも、伊集院のパーティー会場に繋がりますか?」
主人くんがマスターに尋ねてる。
「やってみようか」
マスターは電話を取って、番号を押してる。
「……あ、もしもし、俺、克也だけど……。え? いや、俺じゃなくて、虹野さんがここにいるんだよ。……ああ、そう。……え? はいはい。虹野さん」
マスターはあたしに受話器を差し出したの。
「あ、すみません。もしもし?」
なんだかすごく騒がしい音に混じって、ひなちゃんの声が途切れ途切れに聞こえてくる。
『沙希? 『Mute』でなにしてんの?』
「なにって、お茶飲んでるんだけど。まだパーティー会場なの?」
『そそ。あん、うるさいヨッシー!』
「え? 早乙女くんもいるの?」
『いないって。電波が混信したんじゃないの? それよか、今『Mute』にいるわけ?』
「ええ」
『え? 何? 聞こえなーい!』
「だから、『Mute』にいるんだってば!」
『おっけー。んじゃ、戦利品抱えて行くから、待ってなよぉ』
ブチッ
電話は切れちゃった。
《続く》

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