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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの爆弾発言


「ねぇ、どう思う?」
「ふ〜むぅ」
 彩ちゃんは、手に乗せた箱をためつすがめつしてる。まるで本物の鑑定家みたい。
 しばらくしてから、あたしに箱を返しながら言ったの。
「沙希、正直に言いなさいよ。どこから持ってきたの?」
「さっきも言った通り、廊下で拾ったのよ」
「リアリー、ホントに?」
 彩ちゃんはあたしがカウンターに置いた箱を指さして言ったの。
「ズバリ、それって結構高いわよ」
「ねぇねぇ、どれくらいかな?」
 後ろからひなちゃんがのぞき込む。
 彩ちゃんは腕を組んで言ったの。
「そんじょそこらの質屋じゃ、追い返されるだろうけどネ。でもちょっと鑑定眼のある骨董屋に持って行ったら、そうねぇ、100万は下らないと思うな」
「ひゃ……」
 あたし、絶句。
 ひなちゃんが、さっと箱を取る。
「んじゃ、ちょっと行ってきます」

「どこへ行く、どこへ!!」

 今日は部活の無い日で、あたし達は『Mute』で集まっておしゃべりしてたの。その時にたまたま何げなくポケットをさぐったら、この箱があったのよね。
 この箱、始業式の日に廊下で拾ったんだけど、オルゴールなの。すごく可愛い音がするのよね。
 それに箱自体にも、きれいな細工がしてあるの。
 何げなく出したら、彩ちゃんがちょっと見せてって言うから、渡したら……。
 そんなに高価なものだったの?
 あたしはやっとのことでひなちゃんから取り返した箱をじっと見てた。
 横からのぞき込みながら、彩ちゃんが説明してくれる。
「箱自体は、多分15世紀のフランスの貴族が使っていた化粧品の箱ね。いい香りがするから、メイビー、多分香水が入っていたんじゃないかしら」
「ふぅん」
「んで、その箱にあとからオルゴールを組み込んだんだけど、そのオルゴール、この造りからいって17世紀のスイスのものね。そんな昔のものがこれだけのいい保存状態で残ってる事自体、ファンタスティックよね」
 彩ちゃん、大袈裟にため息ついてる。
 でも、そうすると、これってあたしなんかが生まれるよりもずっと前からあったのよねぇ。
「あら、沙希ちゃん彩子ちゃん夕子ちゃんの仲好しトリオじゃないの」
「え? あ、晴海先生」
 振り返ったら、館林先生が「やっほー」と手を振りながら入ってきたの。
「あ、館林先生、ちょうどよかった」
 あたしは先生を手招きしたの。
「なぁに、沙希ちゃん。あ、もしかして先生に処女を捧げる決心をしてくれたの? 嬉しいわぁ。痛くしないから……」
 パコォン
「晴海、店の中でいかがわしい会話しないでね」
 木のお盆で頭を叩かれて、先生そのままうずくまっちゃった。
「ま、舞……、それはちょっときつい……」
「天罰てきめーん、よ」
 にっこりと笑う舞さん。うーん、だんだん舞さんのイメージが……。
「んで、何?」
 いきなりぴょこんと立ち上がると、先生はあたしの手元をのぞき込んだ。
「あら、珍しい。スイスのオルゴールね」
「廊下で拾ったんです。今まで忘れてたんですけど、結構高価そうだから、あたしが持ってるよりも、先生に預かってもらった方がいいかなって思って」
 先生は、箱を取ると、蓋を開けたの。きれいな音色が流れだす。
 その音色を聞きながら、先生は言ったの。
「こういうものって、それ自体の値うちよりも、それに込められた人の想いの方が大事なのよね」
「先生……」
「ん、わかったわ。預かっておいてあげる」
 先生はにこっと笑って、箱を鞄に入れたの。
「あ、そうだ。舞姉ぇさん。かっちゃんいる?」
 思い出したみたいに、ひなちゃんが舞さんに訊ねたの。
「マスター? マスターなら、今日はディスカスの卵が孵るからって、奥で様子を見てるけど、用事?」
「あっそぉ。かっちゃん、熱帯魚のことになったら、もう夢中だもんねぇ」
 ため息つくひなちゃん。そういえば、前に聞いたことあるんだけど、そもそも、マスターが喫茶店する事になったのは、自由業だからずっと熱帯魚の世話ができるからなんだって。
「んじゃ、舞姉ぇさんでもいいや。金曜、ここ借りたいんだけど、だめかな?」
「え? 『Mute』を?」
 聞き返す舞さんに、ひなちゃんはあたしにちらっと視線を走らせてうなずく。
「そ。ここにいる虹野沙希嬢が、めでたく16歳になりますので、そのお祝いをしなくちゃって思ってね」
「だから、そんなにしてもらわなくてもいいってばぁ」
「まぁまぁ、そう言わずに。なにせ16歳の誕生日は一生に一度しかないんだぞぉ」
 笑って言うひなちゃん。
「それはそうかもしれないけど……」
「ってわけで、どうかなぁ?」
 ひなちゃん、あたしを無視して舞姉さんに向きなおる。
 舞姉さんは、にっこりと笑ってうなずいた。
「いいわよ。それじゃ、準備しなくちゃね」
「さっすが舞姉さん、話がわかるぅ! んじゃ、決まりね!」
「えっと、金曜の4時から、でいいのかしら?」
 舞姉さんはカレンダーに何か書き込みながらひなちゃんに聞き返す。ひなちゃんは、ぴっと親指を立てた。
「チョベリグー」
「どうしてそういう美味しい話を、あたし抜きに進めるかなぁ、君たちは?」
 いきなり後ろから声がして、館林先生がぬぅっと顔を出した。
「きゃ! せ、先生?」
「もっちろん、せんせーには色々とご相談があるんですよ」
 ひなちゃんがもみ手しながら笑う。
「そ? それじゃ、相談に乗っちゃおうかなぁ」
 にこっと笑う先生。あーん、なんだかとっても不安だよぉ。
 と。
 カランカラン
「お姉さまっ!!」
 ドアの開く音と同時に、声が聞こえて、あたしは反射的に振り返った。
「葉澄ちゃん!?」
 中学校の制服のブレザー姿の葉澄ちゃん。片手に鞄を持ってるから、学校帰りなんだろうけど……。わぁ!
「やっぱりここだったぁ! お姉さまっ!」
 葉澄ちゃんが、ジャンプしてあたしに飛びついてくる。きゃぁ!
 バシィン
 思わず硬直したあたしの目の前にお盆が突きだされて、葉澄ちゃんはそのお盆に顔面から激突した。わぁ、痛そう。
「は、葉澄ちゃん、大丈夫?」
「はひ……。おめめぐるぐるぅぅ」
 バタン
「はっ、葉澄ちゃん!?」
「だから、言ってるでしょう? 店内では静粛に」
 舞姉さんがお盆を引っこめながら言ったの。あ、顔は笑ってるけど、こめかみに血管が浮いてるぅ。
 あ。
 はっと気づくと、ひなちゃんと彩ちゃんが、あたしと床にのびちゃってる葉澄ちゃんを向後に見比べてる。
「お姉さま?」
「あ、あのね、この娘はね……」
「虹野葉澄ちゃん。沙希ちゃんの二つ歳下の従妹で、現在虹野家に同居中。誕生日は8月2日の獅子座で血液型はA。身長は152センチ体重ヒミツスリーサイズは82・52・81」
 すらすらっと言う先生。でも、どうしてスリーサイズまで知ってるの? それに……。
 あたしはあらためて葉澄ちゃんを見おろした。あーん、ちょっとだけ負けたぁ。
「そうなんだぁ。ふぅん」
「ん……。あ、晴海さまぁ」
 葉澄ちゃんが目を覚まして、のぞき込んでる先生を見つけて、手を伸ばす。
「目が覚めた?」
「はい。あの……」
「何も言わないの」
 葉澄ちゃんの唇に指をぴとっと当てる先生。それから、にこっと笑う。
「で、中学校はどう?」
「あ、はい。それなんですけど……」
 困った顔になる葉澄ちゃん。まさか……。
「葉澄ちゃん、もしかしていじめられたの?」
 あたしが聞くと、葉澄ちゃんふるふると頭を振った。
「そうじゃないんですけど、困ってるんです。あの、見てください」
 そう言って、葉澄ちゃんは鞄を開けると、カウンターの上でひっくり返す。
 ドサドサドサッ
 白やらピンクの封筒が、テーブルの上に落ちて山になったの。
「……葉澄ちゃん、これもしかして?」
「はい。あたしの靴箱とか鞄とか机の中に入ってたんです。どうしましょう、お姉さま?」
「どうしようって言っても……」
「へぇ、葉澄ちゃんってもてるんだぁ」
 ひなちゃんがにこにこしながら言った。怪訝そうにそっちを見る葉澄ちゃん。
「?」
「あ、ごめんごめん。あたし、朝日奈夕子。んで、こっちが片桐彩子」
「ハァイ」
 小さく手を振ってみせる彩ちゃん。
「早い話、沙希の友達なわけ。よろしくぅ」
「あ、どうも始めまして。虹野葉澄ですぅ」
 ぺこりと頭を下げると、葉澄ちゃんはあらためてじぃっとひなちゃんを見つめる。
「な、なにかなぁ?」
「……」
 無言のまま、葉澄ちゃんは今度は彩ちゃんをじっと見る。
「ホワット?」
「……うん、さすが沙希お姉さまのお友達ですね。ステキ……」
 手を組んで、二人を見比べる葉澄ちゃん。怪訝そうに顔を見合わせるひなちゃんと彩ちゃん。
 あたしは慌てて葉澄ちゃんに言ったの。
「で、どうするの? この手紙」
「あ、はい。あたしは別に男の子と付き合うつもりはないですし……」
 真面目な顔で言う葉澄ちゃん。あたしは思わず額をおさえる。
「それはそれで問題だと思うな」
「え?」
「あ、なんでもないなんでもない」
「どれどれ? 『初めてあなたを見たときから、僕の胸は高鳴りました』? なんか超ダサって感じ」
「そうねぇ。もう少しハイセンスでグレイトなラブレターのセンテンスを考えつかないものかしらね」
「あ、こら! そこの二人、勝手に開けて見ない!」
「別にあたしはかまいませんけど……」
「かまうの! もう、先生も何か言ってください」
「うーん。やっぱりまず誤字脱字のあるようなラブレターは論外よね。それから、リターンアドレスがないのも困るわね。あ、それからこういう手合いは下手するとそのままストーカーになっちゃうから、困った事があったらいつでも相談しなさいね」
「はい、晴海お姉さま」
「……なにか違う」
 思わずカウンターに突っ伏して呟くあたし。
 カチャ
 小さな音と、いい香りに顔を上げると、あたしの前に湯気の立つコーヒーカップが置かれていた。
「え?」
 舞お姉さんが、にこっと笑うと、奥のボックス席を指さした。
「あちらから、よ」
 あたしは振り返った。
「主人くん?」
「や」
 主人くんが笑って手を振ってた。あたしはひなちゃん達の方を見た。
 葉澄ちゃんを中心にしてわいわいやってるのを確認してから、コーヒーカップを持って、ボックス席の方に行ったの。
「いいの? こっちに来て」
「うん。だって当分終わりそうにないから」
 あたしは主人くんの正面に座ると、カウンターの方を見て、苦笑い。
「でも、いつ来てたの? 全然気がつかなかったわ」
「ついさっき。今日は部活がないから暇でねぇ」
「そうなんだ。あれ? でも、早乙女くんは?」
 主人くん、暇な時ってよく早乙女くんと一緒に遊んでるよね?
 あたしが聞いたら、主人くんは笑ったの。
「あいつ、今日はちょっと野暮用とか言ってさっさとテニスコートに走って行ったよ」
「テニスコート?」
「ああ。朝日奈さんが先に帰ったって聞いて、『チャ    ンス』って」
「ああ、そういうことなんだ」
 あたし、思わずくすっと笑っちゃった。早乙女くん、暇さえあれば女の子ナンパしてるんだけど、最近ずっとひなちゃんが見張ってたから、なかなかナンパできないってぼやいてたものね。
 うーん。ひなちゃんに教えてあげた方がいいのかなぁ?
「そういえば、次のサッカー部の練習試合っていつだっけ?」
 不意に聞かれて、あたしは慌てて鞄を探った。
「え? ちょっと待ってね……」
 メモ帳を出して、めくってみる。
「あ、あったあった。結構先ね。来月まで予定はないわ」
「来月かぁ。森の調整が間に合うかなぁ?」
「あ、森くん退院が決まったのよね。17日だったかしら?」
「確かね」
 そんな話をしながら、あたしはふと時計を見上げた。
「あ、いけない。もうこんな時間だわ」
「え? 何かあるの?」
「あ、うん、ちょっとね」
 あたしは笑って鞄を持った。さすがに、近所の商店街のタイムサービスが始まるから、なんて、ちょっと恥ずかしいかな。この間ひなちゃんにそう言ったら、お腹抱えて大笑いされちゃったし。
 あ、そうだ!
「主人くん、もしよかったらでいいんだけど、明日お弁当作って行ってもいいかな?」
「虹野さんが? うん、俺はいいけど、迷惑じゃない?」
「こっちこそ、迷惑でなかったら食べてくれないかな?」
「うん、いいよ。虹野さんのお弁当美味しかったし」
 にこっと笑う主人くん。よかった。
「おせじでも嬉しいな。それじゃ、明日のお昼休みに」
「ああ。期待して待ってるよ」
「やだな、それほどのものじゃないってば。それじゃ」
 あたしは立ち上がって、『Mute』を出た。
「ただいまぁ」
 家に帰ると、まず台所に行って、買ったものを冷蔵庫に入れて、それから自分の部屋に戻るの。
「あら? 葉澄ちゃん、どうしたの?」
 部屋のドアを開けると、葉澄ちゃんがあたしの部屋の真ん中にいたの。
 どうしたのかな? なんだか怒ってるみたい……。
「お姉さまっ!!」
「は、はい!」
 いきなり怒鳴られて、思わずあたしは直立不動。
「あの男はお姉さまのなんなんですか!?」
「え?」
 一瞬、葉澄ちゃんが何を言ってるのかわかんなかった。ちょっと考えてから、おそるおそる聞いてみる。
「もしかして、主人くんのこと?」
「そうですっ!」
 葉澄ちゃんはぴっとあたしの胸に指を突きつけた。
「恋人なんですか!?」
「ま、まさか!」
 あたしは慌てて手を振ったの。
「主人くんは、サッカー部の部員でね、あたしの、そう、お友達よ。うん」
「お姉さまは、お友達に手作りのお弁当を食べてもらうんですか!?」
 さらにずいっと迫る葉澄ちゃん。
「えっとね、それはその……」
「お姉さま! 目を逸らさないでちゃんと答えてください!」
 あう……。
「だから、これにはいろいろとこれまでの経緯とか訳とかあってね……」
「せ・つ・め・い・して下さい!」
 困ったなぁ……。
 そうだ!!
 考え込んだあたしの頭の中に、不意にひらめいたの。
 あたしは、コホンと咳払いして、葉澄ちゃんの肩に手を置いたの。
「葉澄ちゃん、聞いてくれる?」
「はい」
 こくんとうなずく葉澄ちゃん。
 あたしは言ったの。
「主人くんは、そのね、あのね、えっと……」
 だめよ、沙希。ちゃんと言わないと信じてもらえないじゃない。
 あたしは思い切って言った。
「主人くんはあたしのこここっこっこっこっ国公立受験志願者じゃなくて、すーはーすーはー」
「お姉さま、顔真っ赤ですよ」
「うん。あ、そうじゃなくて、あの、こ、こ、こっこっこ……」
「たまごっちですか?」
「違うのっ!」
 あたしはもう一度深呼吸して、言ったの。
「恋人なのっ!」

《続く》

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