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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃん大ピンチ


 キーンコーンカーンコーン
 お昼休みを告げるチャイムが鳴って、あたしは鞄からお弁当を出した。
 さぁて、A組に行かなくちゃ。
 今日のお弁当はうまく出来たと、自分でも思うんだ。うん。
 昨日のアレが効いたみたいで、葉澄ちゃん今朝はあたしの部屋に入ってこなかったから、気持ちよくお弁当作れたのよね。でも、葉澄ちゃんにはちょっと悪い事しちゃったかな。あは。
 と。
 ピンポンパンポン
『1年E組の虹野沙希さん、1年E組の虹野沙希さん、至急保健室まで来てください。繰り返します。1年E組の虹野沙希さん、至急保健室まで来てください』
 え? あたし?
 なんだろう?
 と、とりあえず行かなくちゃ。あ、その前に主人くんに断ってからにしないと。
 あたしはお弁当を置いて、A組に向かって走ったの。

 A組の後ろのドアから中を覗いてみる。あら? 主人くんがいない……。
「あら、虹野さん。保健室にはもう行ったの?」
「あ、藤崎さん、ちょうどよかった。あのね……」
 あたしは、後ろから声を掛けてきた藤崎さんに、主人くんに伝言を頼んで、それから保健室に向かって走ったの。
 トントン
「虹野です! 失礼します!」
 声をかけてから、あたしは保健室に入ったの。
 保健室の中には、白衣を着た館林先生と、あら、如月さんだわ。
「あら、いらっしゃい。ごめんなさいね、呼びだして。まぁ、そこに座ってちょっと待ってて。すぐ済むから」
「あ、はい」
 あたしの返事を聞いてから、先生は如月さんの方に向きなおった。
「とりあえず、もう大丈夫だと思うけど、念のためにこの薬を飲んでおいてね。あと、気分が悪くなったら無理しないで、すぐにここに来なさいね」
「はい。ありがとうございます。それでは、私は失礼します」
 そう言って、如月さんは薬を受け取って、立ち上がろうとしたんだけど、先生がそれを止めたの。
「まぁ、休み時間いっぱいはここで休んでいきなさいよ」
「でも、私がいてもいいんですか?」
 そう言って、あたしの方に視線を走らせる如月さん。
 先生は笑ったの。
「かまわないわよ。如月さんは口が堅いだろうし。虹野さんもかまわないわよね?」
「え? ええ」
 どんな話をするか聞いてないんだけど、いやとも言えないし、ね。
「オッケイ。それじゃ、如月さんはベッドで休んでてもいいわよ」
「いえ、そこまでは……」
「いいのいいの」
 にこにこする先生に押し切られたみたいに、如月さんはうなずいて、ベッドに横になったの。
 その如月さんにお布団をかけてあげてから、先生はあたしの方に向きなおった。
「さて、虹野さん」
「はい、なんですか?」
「昨日ね、葉澄ちゃんが電話かけてきたのよ」
 ドキッ
「そ、そうなんですか?」
「それで、開口一番『沙希お姉さまは主人とか言う男と付き合ってるんですか!?』って叫んだんだけど」
「ええ!?」
 びっくりして立ち上がろうとしたあたしをまぁまぁと制して、先生は腕を組んだの。
「話はそれだけじゃ終わんないのよね。葉澄ちゃん、相手も確かめずに叫んだのよ」
 なんだか、いやぁな予感がする……。
 あたしの表情を見て、先生はうなずいた。
「まぁ、虹野さんの予想通りだと思うわよ。よりにもよって、その電話を取ったのが、うちの見晴だったわけ」
 さぁっとあたしの顔から血の気が引いた気がした。
 晴海先生の妹の館林見晴さん、ずっと主人くんに片思いしてるの。
 先生は肩を竦めた。
「もう見晴の荒れる事荒れる事。挙げ句の果てに物騒な事言いだすから、今日は家に閉じこめてきたけど、早いうちに釈明した方がいいと思うわよ」
「……はい」
 あたし、しゅんとしちゃった。
 葉澄ちゃんに言ったのは、そう言えば葉澄ちゃんもあたしに迫るのをやめるかなって思ったからなんだけど、まさかそんなことになるなんて……。
 二人に、悪いことしちゃったな。謝らなくちゃ。
「先生、帰りに先生の家によって、館林さんに謝ります」
「そう?」
「何と言って謝る気ですか?」
 不意に声が聞こえて、あたしはベッドの方に視線を向けた。
「如月さん……」
「割り込んで、ごめんなさい」
 如月さんが、ベッドから半身を起こしてあたしの方を見ていたの。
「でも、館林さんはお友達ですから……」
 そうだよね。如月さんと館林さんって同じ文芸部だし、それに如月さんも、館林さんが主人くんの事を好きなのは知ってるのよね。
「ごめんなさい」
 あたし、如月さんにも頭を下げたの。
 如月さんは頭を振った。
「私に謝られてもちょっと困るんですけど。それよりも、館林さんになんて言って謝るんですか?」
 そう言ってから、一息ついて如月さんは言葉を続けた。
「なにも、野次馬根性で言ってるわけじゃないんです。ただ、後々までしこりを残すような事になったら、と思ったものですから」
「そうよね」
 先生はうなずいた。
「パターンは大きく分けて3つ。「そんなの冗談に決まってるわ、あたし主人くんなんてなんとも思ってないんだから、どうぞご自由に恋愛でも結婚でもしてください」と、「まぁ今は冗談だけど、いずれそうなりたいなぁって思ってるのよ」と、「実はもう将来を誓い合ったモノホンの仲なの」ってね。さぁ、どれかしら?」
「え? え?」
 あたしは目を白黒。
 そう言われても、困っちゃう……。
 先生は、あたしの顔を覗き込んだ。
「ずばり、虹野さんは主人くんの事をどう思っていらっしゃるのかな? 「主人くんはサッカー部の部員であたしはサッカー部のマネージャー」とかいう公式見解はこの際置いておいて、率直な意見を聞きたいな」
「そんなこと言われても……」
 あたしは困っちゃって俯いた。
「少なくとも、嫌いじゃないんでしょう? お弁当まで作って持って行ってあげてるくらいなんだから」
 お弁当……。
「あ!」
 あたし、時計を見上げた。わわ! もうお昼休み半分過ぎちゃってる!
 ど、どうしよう。
 藤崎さんに、すぐ戻るから待っててって伝言頼んだから、主人くんまだお腹空かせて待ってるわ、きっと。あーん、どうしよう。
「あら、虹野さん、そわそわしてどうしたの?」
 めざとくあたしの様子に気がついたみたい。先生はあたしに尋ねた。
「あの、実は……、あたし主人くんにお弁当あげるって約束してるんです。それで今ちょっと待っててもらってるんで……」
「あら、そうなの? それならそうと早く言いなさいよ」
「す、すみません」
「ほら、主人くんお腹空かせて待ってるわよ。早く行ってあげなさい」
「はい!」
 あたしは立ち上がった。そしてぺこっとおじぎしてから保健室を飛びだす。
「主人くん、いる!?」
 あたし、片手にお弁当を持って、A組に飛び込んだ。
「あ、虹野さん」
 早乙女くんとおしゃべりしてた主人くんが、あたしの方を見た。
 あたし、肩で息をしながら、そっちに駆け寄るの。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「いや、いいんだけど……」
 そう言って辺りを見回す主人くん。あたしもつられて辺りを見る。
 あ……。
 あたしが大声で叫びながら飛び込んできたもんだから、みんなあたし達の方を注目してる。
 や、やだ、あたしったら……。
「あの、ごめんなさい」
 あたしが謝ると、主人くんより先に早乙女くんが笑うの。
「まぁ、それが虹野さんらしいといえばらしいよな」
「そうだね」
 そう言うと、主人くんはあたしに訊ねた。
「それじゃ、どこで食べる?」
 あたしはちょっと考えた。
 このままここっていうのもちょっとみんなの目が気になっちゃうよね。でも、屋上や中庭っていうのも、ちょっと寒いかな。うーん。
「それなら、いいスポットがあるぜ。公、ちょっと耳貸せ」
 早乙女くんが主人くんの耳を引っ張って、何事か囁いた。
「……は?」
「そっか、それは盲点だったな。んじゃ、虹野さん、行こうか」
「え? あ、うん」
 あたしは主人くんの後に着いていったの。
「サッカー部室かぁ。確かに盲点よね」
「ここならそんなに寒くないしね」
 あたし達は、校庭にあるサッカー部室に来てたの。
「はい、どうぞ」
 あたしはお弁当の包みを開いて、主人くんの前に差し出したの。
「美味しいと思うんだけど……」
「どれどれ?」
 主人くん、お弁当箱を取って、ぱくぱく食べ出した。
「うん、美味しいよ」
「よかった。たくさんあるからどんどん食べてね」
「うん。……ところで、さっき何呼ばれてたの?」
「え?」
「放送で保健室に呼ばれてたじゃない」
「あ、うん……」
 まさか、言えないわよね。
 あたしは笑って手を振ったの。
「大したことじゃないの」
「そう? ならいいんだけど」
 主人くんはそれっきり黙ってお弁当を食べ始めたの。
 あたしは、机に頬杖ついて、そんな主人くんをじっと見てた。
 あたしの視線に気がついた主人くんが、お箸を止めてあたしに訊ねる。
「何? 顔に何かついてる?」
「ううん。主人くんがおいしそうに食べてくれるから、嬉しいなって思ってただけ」
「いや、本当においしいんだもの」
 そう言って、主人くんは豚肉の霙揚げをお箸でつまんだの。
「これも、いけるしね」
「そう? よかったぁ」
 その豚肉の霙揚げ、今日初挑戦のメニューだったのよね。よかった。
「ごちそうさま」
 主人くんはお箸を置くと、ポンと両手を合わせたの。
「お粗末様でした。あ、お茶飲まない?」
「うん、ありがとう」
 あたしは水筒からコップにお茶を注いで、主人くんに渡したの。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
 それを受け取って、飲み干す主人くん。
 なんだか新婚さんみたいね……。
 はっ? あたし、今何を考えたの?
「虹野さん、どうかしたの?」
 笑顔で訊ねる主人くん。
 そ、そういえば、あたし達、今二人っきりなのよね。
 え、えっと……。
 やぁん、この間ひなちゃんに見せられた本のこと思い出しちゃったよぉ。
 あ、あれは、ひなちゃんがあたしに強引に見せたんであって、あたしが見たかったってわけじゃないのよ。ほんとなの、ほんとなんだったらぁ!
「ところで、虹野さん」
「は、はい!」
 主人くんは笑顔であたしに言ったの。
「デザートはないの?」
 う、嘘ぉ!
「な、な、なんにもないわよ。あたしは、その、それほど美味しいわけじゃないし、えっと、あのね」
 あたし、お弁当箱を抱きしめて立ち上がった。
 怪訝そうに見上げる主人くん。
「虹野さん?」
「あたし、その、まだそういうことは早いと思うの、うん。あ、別に主人くんが嫌とかそういうわけじゃなくて、そのね、あ、あのね……」
 あたし、焦りまくってた。
「その、あの、ご、ごめんなさい!!」
 そう言い残して、あたしは部室を飛びだしてたの……。
「沙希、あんたねぇ」
 放課後、一緒に帰りながらお昼の事を話したら、ひなちゃんは呆れたみたいに肩をすくめたの。
「そりゃ考えすぎっしょ?」
「そうかな?」
「そうよ。そりゃ変な本の読み過ぎ」
「読み過ぎって、読ませたのひなちゃんじゃないのぉ」
「そりゃそうだけどさ。でも、男がみんなあんなヨッシーみたいな変態ばっかじゃ大変じゃん?」
 ひなちゃんそう言って笑うの。でも、早乙女くんに悪いわよ、そんな言い方。
 と。
「おーい、待ってくれよぉ!」
「え? お、噂をすればヨッシー!」
 振り返ったら、早乙女くんがメモ帳を片手にこっちに駆け寄ってくる。
 ひなちゃんは、鞄をその場に置くと、早乙女くんの頭を拳骨でぽかりと殴った。
「いってぇ! 何すんだよ、朝日奈!」
「そりゃこっちのセリフ! 人の、その、変なデータまで男子に流さないでよ」
 ひなちゃん、ぽっと頬っぺた赤くして小声でぼそぼそっと言ったの。早乙女くん耳に手を当てて聞き返す。
「はぁ? 変なデータって?」
「殴るわよグーで!」
「もう殴ってるじゃ……、わぁ、待て待て!!」
 もう一回手を振り上げたひなちゃんを見て、早乙女くんは慌てて両手を振ったの。なんだかほんと、見てて飽きない二人よね。
「おっと、こんな事してる場合じゃない。虹野さん」
「え? あ、はい」
 急に呼ばれて、あたしは慌てて早乙女くんに向きなおった。
「昼休み、何かあったの?」
「え?」
「いやぁ、昼休み終わってから、公の様子がなんかおかしかったからさ。ずっとしきりに首をひねってたし、休み時間には俺に向かって「女の子はわからないなぁ」とか言いだすし」
「え?」
 それじゃ、ひなちゃんの言う通りなの?
 ……主人くんに悪いことしちゃったな。どうしよう……。

《続く》

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