喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く

沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃん困惑する

「た、館林さん!?」
あたし、目をぱちくり。
朝の通学路。いきなりあたしを追いかけてきたこあらの着ぐるみは、たまたま通りかかった清川さんがノックアウトしてくれたんだけど、その中から出てきたのは、館林さんだったの。
「知り合い?」
あたしと、気絶しちゃってる館林さんの顔を見比べながら、清川さんが訊ねる。
「えっと、あの、ね」
なんて説明したらいいのかな? あ、そうだ。
「保健の館林先生の妹さん」
「そういえば、館林先生の妹が同級生にいるってきいたことあったなぁ」
そう呟いて、清川さんはこあらを見おろしたの。
「でも、なんで、朝からこんな着ぐるみを着て、虹野さんを追いかけ回してるわけ?」
「ええっと、それは……」
心当たりがありまくるあたし、思わず口ごもっちゃった。
そんなあたしを見て、苦笑する清川さん。
「なんだか複雑な事情が有りそうだけどさ、とりあえずこいつをどうするか決めないと、あたし達まで遅刻しちゃうぜ」
「そ、そうよね」
あたしもうなずいたんだけど、どうしよう……。保健室まで運んだ方がいいのかな? でも、あたし達だけじゃ運べないし……。
「なにやってんだよ、望」
考え込んでたら、服部くんが通りかかったの。あ、服部くんはね、清川さんの幼なじみで、あたし達サッカー部の一員なの。
「あ、ちょうど良かった。ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれない?」
「俺がかぁ?」
「他に誰がいるってのよ。ほら、そっち持って」
ぶつぶついいながら、服部くん、結局手伝ってるのよね。仲がいいなぁ。ちょっぴりうらやましかったりして。
トントン
「すいませーん」
ノックして、保健室のドアを開けたら、誰もいなかったの。
「あら?」
あたし、振り返ってドアに張ってある「はるみちゃんのゆくさきあんない」を見なおした。
ちゃんと「います。熱烈歓迎(特に美少年と美少女)」になってるよね。
「どうしたの? 虹野さん」
「うん、ちょっといないみたいだけど、ドアも開いてるからそのうち戻ってくるんじゃないかな」
「じゃあ、寝かせとけばいいか」
そう言うと、清川さんは服部くんに声をかける。
「ほら、運び込むよ」
「へいへい」
館林さんをベッドに寝かせて、あたし達はしばらくお喋りしてたんだけど(服部くんは「これ以上付き合わされてたまるか」って言って、さっさと教室に戻って行っちゃったのよね)、先生は戻ってこないの。
「まずいなぁ、もうすぐ授業始まっちまうぜ」
清川さんは時計を見上げたの。壁に掛かった時計は、確かにあと10分で授業が始まるところまで針を進めてる。
「でも、館林さんを放っておくわけにもいかないでしょ。清川さん、先に戻ってていいよ。あとはあたしが見てるから」
「また襲われたらどうするんだよ。あたしも付き合うって」
そう言う清川さん。
「そんなこと言って。だめよ、さぼっちゃ」
「まさかぁ、朝日奈じゃあるまいし」
あたしは苦笑。もう、ひなちゃんってば。
と、保健室の前で声が聞こえたの。
「とにかく、これはもう決まった事だから」
あら? あのちょっとかん高い声は、教頭先生の声よね。
「仕方ないですね」
こっちは館林先生の声……よね?
「館林先生には、色々と生徒達のために尽くしてもらって感謝しているよ。これは本当に。ただ、色々と諸事情がね……」
「わかってますよ。別にあたしの人気に他の先生方がやっかんで、追い出し工作をした、なんて思ってませんもの」
「?」
あたしと清川さんは顔を見合わせた。
「それじゃ、私は仕事に戻ります」
「うむ。残り短い期間だが、よろしく頼むよ」
その言葉を残して、遠ざかる足音。
そして、「ふぅ」というため息が聞こえたの。
「あら、沙希ちゃんに望ちゃんじゃない。どうしたの?」
ドアを開けたのは、いつもどおりの館林先生だった。
「先生、今の話って?」
あたしは思い切って聞いてみた。先生は苦笑した。
「聞こえた?」
「はい、しっかり」
「うーん。まぁ、聞かれちゃったものは仕方ないかぁ。でも、ほかのみんなにはまだ内緒よ」
そう言うと、館林先生はロッカーを開けて、中から白衣を出して羽織ったの。
「まぁ、早い話あたしは今年度一杯できらめき高校保健教諭の座を追われることになったわけよ」
「えっ!」
「なんでも、上の方で決まった人事とかで、もう次の先生も内定してるみたいなのよね」
先生は、椅子に座りながら苦笑したの。
「まぁ、そんなあたしの話はどうでもいいとして、何のご用なの?」
「あ、そうだ。実は……」
あたしは、先生に、館林さんに襲われた事を話したの。
先生は、ベッドでまだ伸びている館林さんを見て、頭を掻いて呟いた。
「この(検閲)がぁ。まったく……」
「あの……」
あたしが話そうとしたとき、チャイムが鳴った。
キーンコーンカーンコーン
「あら、もう1時間目が始まっちゃうわよ。それとも、フケる?」
「あ、はい! それじゃ失礼します!」
あたしは慌てて鞄を持って保健室を飛びだした。その後から清川さんが出てくると、「お先」って言って、さっさと追い越していっちゃった。さすが早いなぁ……、なんて感心してる場合じゃない! 急がないと!!
きーんこーんかーんこーん
「ホームルームに堂々と遅れて入ってくるとはいい度胸だ。見せしめじゃ、廊下に立っておれい」
「……はぁい」
んもう、結局廊下に立たされちゃったよぉ。
「あれぇ? 沙希ってば、なにしてんの?」
「あ、ひなちゃん」
廊下を歩いてくるひなちゃん。なんかもう慣れきってるって感じよねぇ。
……って、今ごろ来るって事は、立派な遅刻じゃないのぉ!
「へぇー、沙希が立たされてるってことは、さしずめ遅刻かぁ?」
「う、うるさいわね。ちょっといろいろあったのよ。それより、ひなちゃんだって遅刻じゃないの」
「あたしはいいの。んじゃ〜ね〜」
そう言って、ひなちゃんはI組に歩いていった。あ、後ろのドアからこっそりと入ろうとしてる。
よぉし。
あたしはおほんと咳払いしてから、おもむろに叫んだ。
「朝日奈さん! なにしてるんですかぁ!?」
「さっ、沙希! やめいっ!」
慌てて振り向くひなちゃん。そのひなちゃんの頭上から、I組の佐々木先生が顔をひょこっと出す。
「おやおや、朝日奈さん。そんなところで何してるのかなぁ?」
「あ、先生、今日もお美しくていらっしゃいますねぇ」
「まぁ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
先生はにこっと嗤って、丸めた教科書でひなちゃんの頭をぐりぐりと。
「痛い痛い、せんせぇ」
「そのお世辞に免じて、今日は勘弁して上げるわね。ほらさっさと入りなさいな」
「わぁい、超ラッキー!」
「ただし、鞄を席に置いたら、バケツに水をくんで、廊下に立ってなさい」
「……わぁーん(;_;)」
「沙希ってば超ひどいって感じ! そう思わない、彩子!」
お昼休み、ひなちゃんは牛乳パックを片手に彩ちゃんにしゃべくってたの。
彩ちゃん、フランスサンドを加えて肩をすくめた。
「ふぉっちゃふぉっちゃ」
「イングリッシュ英語をしゃべっとらんで、ちゃんと日本語をしゃべれい!」
一通り怒鳴ってから、ひなちゃんは不意にあたしに顔を向けた。
「で、沙希はどうして今日は遅れて来たん?」
「え?」
「そうよねぇ。真面目に度がつく沙希が、意味もなく遅れて来はしないわよねぇ。夕子じゃあるまいし」
「ちょっと、それどういう意味よ! あたしはちゃんと意味があって遅れてるの!」
「ほぉー? それはどういう意味でしょうか?」
「朝ちゃんと睡眠をとらないと、お肌に悪いでしょうが!」
言い合ってるひなちゃんと彩ちゃんを横目に、あたしは腕を組んで考え込んじゃった。
館林さん、確かにあたしの名前を叫んで襲ってきた。ってことは、人違いなんかじゃなくて、間違いなくあたし目当てってことよね。だとしたら……。
理由はあれ、しかないわね。
うん。
あたしは立ち上がった。
「ごめん、ひなちゃん、彩ちゃん。あたしちょっと行くところがあるから、またね!」
そう言い残して、あたしは駆け出した。
トントン
「失礼しますっ!」
あたしはそう言って、保健室のドアを開けた。
「あら、誰かと思えば沙希ちゃんじゃないの。どうしたの? そんなに息せき切って」
「あ、館林先生。あの、あたし、館林さんに……」
「見晴に? あ、そうか。今朝のあれでね。ごめんね、あたしがちょっと目を離した隙に、あの子、家から逃げ出したみたいで」
「逃げ出した、んですか?」
「そうなの。ホントに困った子だわ」
先生は、ほっぺたに手を当てて、ほうとため息をついたの。それから、あたしに視線を向ける。
「それで、沙希ちゃん。そっちは決まったの?」
「え?」
「見晴に何て言うか、よ」
そう言われて、あたしははっと思い出した。
「主人くんのことですか? えっと、あの……」
あたしの様子を見て、もう一度ため息をつく先生。
「まぁ、いいわ。沙希ちゃんに決められないなら、主人くんに決めてもらおうかしら」
「ええっ!? そ、それはぁ、そのぉ……」
あたし、すっかりうろたえちゃった。だって、先生なら本当にやりかねないんだもん。
「やっぱり、あのですね、それはぁ……」
と、不意に先生、静かにってゼスチャーをすると、こそこそっとドアに近寄った。そして、いきなりがらっと開く。
「ひゃぁ!」
「オウッチ!」
ごろんと転がり込んでくる二人を見て、あたし思わずかけてた椅子から立ち上がっちゃった。
「ひなちゃん、彩ちゃん!?」
「や、やほー」
「ハァイ、沙希」
床に倒れたままひきつった笑いを浮かべて手を振る二人。
先生はあたしに笑って見せた。
「いいお友達が多いわね、沙希ちゃんは」
「あは、あは、あはは」
「だいたいの事情は飲み込めたわ」
うんうんとうなずくと、ひなちゃんはあたしをじろっと見た。
「要するに、沙希がいつまでもはっきりしないのがいけないんじゃない」
「そ、そんなこと言ったって……」
「そうね、まだ出会って1年もたってないんだし、これでもう決めなさいっていうのは、ちょっと酷かもしれないわね」
彩ちゃん、あなたは心の友よ!
そう思ってたら、彩ちゃんあたしを見てウィンク。
「あっさり決まっちゃっても面白くないしねぇ〜」
前言撤回!
もう……。誰かあたしに優しくしてよぉ!
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く