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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんの、笑顔いっぱい!


 館林先生は、コホンと咳払いして言ったの。
「とにかく、今朝のことは、見晴も心神耗弱状態にあって、正常な判断が下せない状況にあったわけだから、まぁ許してやってちょうだい」
 ?
 あたし、何か妙な音が聞こえたような気がして立ちあがった。
「ねぇ、ひなちゃん、何か聞こえなかった?」
「べっつに、なーんも聞こえなかったけど。ねぇ、彩子?」
「イエス、そうね。あたしも何も聞こえなかったけど」
 おかしいなあ。何か聞こえたような気がしたんだけど。
「先生は何も聞こえませんでした?」
「な、なにも聞こえないわよ、ええなにも」
 あれ? 館林先生、なにか変。
 ま、いいか。
 あたしは座り直した。先生も安心したみたいにほっと息をつくと、肩を竦める。
「それにしても、あんな間抜けな格好で外を走り回るなんて、姉として恥ずかしいわ」

 んん〜〜!

 やっぱり何か聞こえる!
 あたしは立ち上がった。
「沙希ちゃん、どうしたのかなぁ〜?」
 あたし、そのままベッドとの間に立ってるついたてに近寄った。
 そういえば、今朝館林さんを寝かせておいたのも、このベッドだったのよね。
「あ、沙希ちゃんだめ!」
 先生が後ろでいうのもかまわず、あたしはついたての隙間から中を覗き込んだ。
「ああっ!」
「何々、どうしたの、沙希?」
 ひなちゃんと彩ちゃんもあたしの後ろからベッドを覗き込んで、絶句しちゃった。
 ベッドの上には、後ろ手に縛られて猿轡された館林さんがじたばたともがいていたの。あたしたちの方を見て何かもがもが叫んでる。
「ん〜〜!!!」
「あらぁ、見晴ってば何を遊んでるの?」
 先生が後ろから覗き込んでにこにこ笑って言う。
「ん〜〜!!!」
 じたばた。
「んもう、しょうがない娘ねぇ。あれほど保健室で遊ばないようにって言ってるのに」
「ん〜〜!!!」
 言いたいこと、わかるような気がする。

 猿轡を取ってあげると、館林さんは猛然と先生に食って掛かった。
「何考えてるのよ、晴海姉ぇ!」
「まぁまぁ。ちょっとしたお茶目さんじゃない」
「まぁまぁじゃないわよ! 第一あんな着ぐるみ着せたのは、そもそも晴海姉ぇじゃない!」
「はて、何のことやら。この越後屋、とんと覚えがございませんのぉ」
 そういって笑う先生。やっぱりただ者じゃないわ。
「それはさておき」
 不意に館林さんはあたしをじろっと見た。思わず姿勢を正すあたし。
「虹野さんっ!」
「はいっ!」
 反射的に返事しちゃうあたし。こういうところ、体育会系って言うのかな、なんて余計なこと考えちゃう。
「あ、あのね、虹野さん、その、聞きたいんだけどっ!」
 そう言いかけて、館林さん不意にむっとした顔になる。その視線を追って、あたしも振り返ると、先生がプラカードを上げていた。
Round・4

「せ、先生、なんですかそれ?」
「見ての通り、ラウンドガールよ、が・ぁ・る!
 妙に力を込めて言った部分は追及しないことにして、あたしは尋ねた。
「そうじゃなくて、なんでラウンド4なんですか?」
「ええと、夏祭り、夏合宿、文化祭……」
 指を折って数える先生。
「現在のところ、私の採点では、30−27でチャンピオン、片桐さんは30−29でチャンピオン、晴海先生は30−27でチャンピオンと、全員チャンピオン優勢となっておりますねぇ、解説の片桐さん」
「イエス、そうね。何といってもアプローチという点ではチャンピオンに一日の長ありってとこでしょう」
「やはり、“体当たり”だけと“あなたのためのお弁当”では違いますか」
「圧倒的にチャンピオン有利といっていいと思いますよ」
「そ、そんなんじゃないんだってば!」
 あたし慌てて両手を振った。
「主人くん、練習のとき、いつもお腹減ったって言ってて、大変だなって思うから、それで、その……」
「だぁーっ!」
 いきなり叫ぶ声がして、あたしびっくりして椅子から転がり落ちちゃった。
「きゃ! あ、館林さん?」
「虹野さん! 主人くんにお弁当持っていくなんて、どういうつもりなのっ!?」
 ベッドの上に立ちあがって、館林さん、床に座り込んだあたしを睨み付けた。
「どういうって、その、主人くんは同じサッカー部だし……」
「サッカー部には他にも部員はいっぱいいるじゃない!」
 そう言うと、館林さんは腰に手を当てて、あたしをじっと見下ろす。
「どうして、主人君なのっ!?」
「どうしてって……。どうしてなのかな」
 ガシャァン
 すごい音を立てて、館林さんがベッドから転がり落ちた。先生が拍手する。
「見事よ見晴。エンターテイナーがわかってるじゃないの」
「エンターテイナーじゃないわよっ!」
 ベッドの向こうからの館林さんの叫び声をよそに、あたしは考え込んでいた。
 どうして、主人くんなのかな。
 館林さんの言うとおりよね。サッカー部には、主人くんだけじゃない。前田くん、江藤くん、大山くんだっているのに。
 服部くんには清川さんがいるし、森くんは美樹原さんがいるから、ちょっと遠慮しちゃうけど。でも他の人には別に恋人もいないのよね。
 ベッドの向こうから顔を出して、館林さんはあたしに言った。
「虹野さんには、他にもいっぱいいるじゃない。あたしには、主人くんしかいないの」
「そ、そんな事言われても……。第一、あたしは主人くんの恋人でもなんでもないんだし……」
「え?」
 館林さん、きょとんとしてあたしを見た。それからじろぉっと先生に視線を向ける。
「晴海姉ぇ〜〜」
「もういないけど」
 と、彩ちゃん。ほんとだ。いつのまにか先生、いなくなってる。
「逃げたなぁぁ!」
 ゆらっと立ち上がると、館林さんはだっと駆け出した。
「ちょい待ち」
 ずでぇん
 ひなちゃんがいきなり足を引っかけて、館林さんはそのまま保健室の床に豪快なヘッドスライディングを敢行。
「痛ぁい。な、なんですか?」
「この朝日奈夕子さまに事情説明もしないで逃げようなんて、甘い甘い。『Mute』のしいたけヨーグルトより甘いわぁ!」
「そんなの『Mute』にあったっけ?」
 間髪入れずに訊ねる彩ちゃん。ひなちゃんは真面目な顔で答える。
「ない」
 ……すごくいいコンビよね。ひなちゃんと彩ちゃんって。
「と・に・か・く」
 ひなちゃん、館林さんのセーラー服のリボンを掴んで引っ張り起こす。あ、それって……。
「ちゃんと説明しなさいよ。いい?」
「……」
「これ、真っ赤になってないで、なんとか言いなさい」
「……」
 カクン
「夕子、リボンを引っ張るのは止めた方がいいと思うわよぉ。首締まってるって」
「……あ」
 あ〜あ。館林さん、白目むいてるよぉ。
「ど、どうするの、ひなちゃん?」
「こうなったら、愛の人工呼吸しかないわ! 沙希、さぁ!」
「ど、どうしてあたし?」
「それが自然の摂理というものよ!」
「ちっがぁーう!」
 ふぅー、ふぅー。
「ん……」
 館林さんが、かすかにうめき声を上げて、ゆっくりと目を開けた。
「あ、あれ? 私、どうして……」
「気がついたんだ。よかった」
 あたしはほっとため息ついた。
「先生は戻ってこないし、どうしようかと思っちゃった」
 館林さんはきょろきょろと左右を見まわして、あたしに尋ねた。
「さっきの二人は?」
「え? ああ、ひなちゃんと彩ちゃんなら、授業が始まるから先に戻ったの」
 そう答えてから、あたしはちらっと壁の時計を見た。もう5時間目の授業が始まっちゃったな。
「どうして、虹野さんが?」
「だって、放っておけないじゃない。もう大丈夫?」
 あたしは、館林さんがこくんとうなずくのを見て、立ち上がった。
「それじゃ、あたし教室に戻るけど、いいかな?」
「……うん」
 館林さんは、もう一度こくんとうなずいた。あたしは衝立ての影から出ようとした。
「虹野さん」
「え?」
 呼ばれて振り返ると、館林さんはぽそっと一言だけ言った。
「ありがと」
 そう言って、毛布をかぶっちゃう館林さん。
 やっぱり、あたしがついてても、迷惑だったかな。
 そうよね。館林さんにしてみれば、恋敵になるんだもの。
「ごめんね」
 あたしは、そっと衝立ての影から出た。
 きーんこーんかーんこーん
 鐘が鳴って、放課後になった。
 さぁて、今日はクラブ。がんばらなくちゃ。
「にぃーじのぉー。お客さんよぉ」
「え?」
 教室のドアの方からクラスメイトの声がして、あたしはそっちを見た。
 ドアの陰から、こっちを見てる、あれは……。
「……館林さん?」
 あたしは、館林さんの後ろについて、屋上に上がってきた。
 ガシャン
 あたしの後ろで、ドアが閉まる。屋上には、あたしと館林さんの2人きり。
 それまでずっとあたしの方を見なかった館林さんは、その時になって初めて振り返った。
「虹野さん……」
「は、はい」
「あのね、私、その……」
 館林さんはもじもじしてたけど、不意にぺこっと頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「え?」
 あたし、ぽかんとしてた。だって、どうして館林さんが私に謝るの?
「あの、あのね、私、その、今まであまり友達っていなかったから、どうしていいのかよくわかんなくて……。だけど、虹野さんとは、その……。主人くんのことは好きなんだけど、それとは違って、その……、ええっと、あの……」
「そういう時はさ、一言でいいんよ」
「え?」
 あたしが振り返ると、いつの間にか、屋上のドアが開いて、ひなちゃんが立ってた。
 ひなちゃんは笑ってあたしの肩を叩きながら、館林さんに言った。
「沙希ってさ、親友のあたしが言うのもなんだけど、ひっじょーぉに鈍感だから、そういうことははっきりと言わないと判ってくれないぞ」
「なによ、それ?」
 あたしはぷっと膨れた。更に笑うひなちゃん。
「んじゃさ、館林さんが沙希に何が言いたいかわかるの?」
「え? それは、その……、主人くんを取らないで、とか、虹野さんとはもう逢いたくない、とか……、じゃないの?」
「……ふぅ、やっぱりね」
 肩を竦めると、ひなちゃんは館林さんに声を掛ける。
「このとおりの奴だからさぁ、黙ってたらとんでもない誤解しちゃうぞ」
「そうですよ。言わなければ、判らないことだってあるんですし」
「如月さん?」
 またまたびっくり。ひなちゃんの後ろから現れたのは、如月さんだったの。
 あたしの視線を受けて、如月さんは済まなさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。でも、心配でしたから」
「に、虹野さん」
 館林さんの声に、あたしは、向き直った。
 館林さんは、ぎゅっと拳を握ってた。そして、顔を上げる。
「あの、その、と、友達になってくださいっ」
「……?」
 あたし、きょとんとしてた。そしたら、館林さん、しゅんとしちゃった。
「そうですよね。今まで散々いろんな事しておいて、いまさら……、迷惑ですよね。ごめんなさい」
 そのまま、館林さんは駆け出した。あたしの脇を駆け抜けて、屋上の出入り口に駆け込もうとする。
「待って!!」
 あたしは、その腕を掴まえてた。そして、訊ねたの。
「あたし、館林さんの事、ずっと前から友達だって思ってたんだけど……」
「え?」
 館林さんは振り返った。
「嘘……」
「嘘じゃないよ」
「そーそー。嘘付けるほどこの娘頭良くないから」
 ひなちゃんが、あたしの頭をぐりぐりなで回す。ひなちゃん、あとで『Mute』のラズベリータルトだからね!
 館林さん、ぺたんとその場に座り込んじゃった。
「ありがと……う」
「ほらほら、泣かないの。あ、あたしは朝日奈夕子。この沙希の親友なのよ。ってわけで、館林さんも自動的にあたしの親友に登録されたかんね」
 ひなちゃんは、館林さんを引っ張り起こしながら話しかけてる。
「でも、館林さん、じゃなんか他人っぽいよねぇ。よっし。みはりんと呼ぼう」
「え? え?」
「よぉーし、せっかく親友になったんだし、早速『Mute』で親好を深めるとしましょうか! ほら沙希も行くよ!」
「え? あ、でもあたしはサッカー部の練習が……」
「そんなのパスパス。みはりんは文芸部だったっけ? ま、1日くらい、いいっしょ。そーだ。彩子にも声掛けなくちゃ。未緒も来る?」
「え? 私は、その……」
「いーじゃんいーじゃん」
 ひなちゃんは、館林さんと如月さんの背中をぽんぽんと押しながら、階段を降りて行ったの。
 あたしは、フェンスにもたれて、青空を見上げた。
 きれいな青空。どこまでも続く……
「ほら沙希、置いていくぞぉ〜」
「あん、待ってよぉ!!」

《終わり》

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