喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く

沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんの、ハッピーハッピーバースデー(前編)

「おねえさま、おはようございますぅ」
ぺろん
「ひゃぁっっ!!」
いきなりパジャマをまくり上げられて、あたしは悲鳴を上げて飛び起きたの。
「ははははは葉澄ちゃん!!」
「きゃは、起きた起きた」
ポンと手を打ってニコニコ笑う葉澄ちゃん。
あたしはため息をついた。
「葉澄ちゃん、おねがいだから朝はそっとしておいてくれないかな?」
「だって、沙希お姉さま、敏感なんだもの。あたしうれしいな」
なにが? って聞いたらとっても怖い答えが返ってきそうだったから、あたしは諦めてベッドからでたの。
ブルル。寒いなぁ。
カーテンをシャッと開けると、朝日が部屋の中に射し込んできたの。その朝日に向かって大きく伸びをする。
「う〜〜〜〜〜ん」
さぁて、今日も、頑張る、頑張るっと。
「朝日に向かって誓いをたてるお姉さま、ステキですぅ」
う゛……。
「それじゃ、お姉さま、お元気で〜」
そう言って、葉澄ちゃんは中学校の方に駆けていったの。あたしも鞄を手にして、きらめき高校へ。
「よ!」
「あ、清川さん。おはよう」
またばったり清川さんと会っちゃった。
清川さんは片手で軽々と鞄を持ちながらあたしに尋ねたの。
「こないだのコアラ騒ぎは片づいたの?」
「え? ああ、うん。ありがとね、あの時は」
あたしがお礼を言うと、清川さんは笑って手を振ったの。
「いやぁ、あんなのどってことないって」
清川さんとおしゃべりしながら、学校についたの。
「んじゃ、あたしはこっちだから。またね」
そう言って、温水プールの方に行く清川さん。
朝から練習なんだ。頑張ってるなぁ。
そう思ってたら、不意に後ろから背中をポンと叩かれたの。
「グッモーニン、おはよう!」
「彩ちゃん、おはよう」
彩ちゃんは、今朝も元気一杯って感じでにこにこしてる。
「いよいよ今日よね」
「え?」
「ハッピーバースデー! コングラッチュレーションズ、おめでとう!」
「あ、そうかぁ」
うっかりしてたな。そういえば、今日じゃないの。あたしの誕生日って。
「もしかして、フォゲット、忘れてたの?」
「あは、あはは」
あたし、笑って誤魔化そうとして、はっと思い出したの。
「そういえば、ひなちゃん達、『Mute』を貸切にしてパーティーするとか言ってたよね? あれ、本当にやる気なのかしら?」
「えーっと、私の立場ではお答えするわけには参りませんので、ノーコメントということにさせていただきます」
彩ちゃん、うれしそうににまーっと笑いながら答えたの。
うー。気になるよぉ。
あ。そういえば、ひなちゃん、確か館林先生にもなんか頼んでたような……。
ふ、不安だわ……。
きーんこーんかーんこーん
「あら、予鈴じゃない。それじゃ」
彩ちゃん、さっと手を振って廊下を走って行っちゃった。
あっという間に時間は過ぎて、お昼休み。
あたしはお弁当を鞄から出して、廊下に出たの。
A組は、4時間目が体育だから、きっと主人くん、お腹すかせてるだろうなぁ。
今日は「特製スタミナ弁当」よ!
「あら、虹野さん」
スキップしながら廊下を歩いていたら、横から呼び止められたの。
「え? あ、如月さん」
「嬉しそうですね。どうかしたんですか?」
「そんなに嬉しそうかな?」
あたし、聞き返しちゃった。
如月さんは眼鏡を直しながら頷いたの。
「はい。とっても」
「そっかな?」
あたしが首を傾げてると、如月さんはにこっと笑って言ったの。
「B組でも噂になってますから。お昼休みの幸せ配達人って」
「そ、そうなの?」
「ええ。それじゃ、私はこれで……」
そういうと、如月さんはすっと頭を下げて歩いていったの。あたし、あわててぺこりと頭を下げて、如月さんを見送っちゃった。
っと、いけない。早く行かなくちゃ!
A組の教室をのぞき込んでみる。
よかった。主人くん、まだ座ってる。
あたしは、ほっと一息つくと、A組に入っていったの。
「主人くん」
「あ、虹野さん」
隣の早乙女くんと何か話してた主人くんが、あたしの方を見上げてにこっと笑う。
「お、主人。ランチのデリバリーサービスかぁ」
「やだ、早乙女くんったら」
早乙女くん、大げさにため息をつく。
「ああ〜、だれかこの俺にも愛のランチサービスをしてくれる、優しいけなげな女の子はいないもんかなぁ?」
「そんなに言うなら、ひなちゃんに作ってもらえばいいじゃない」
あたしが言うと、早乙女くんはがっくりと肩を落とす。
「冗談。あいつに弁当作ってくるような甲斐性なんてないよ」
「その前に、よっしーに弁当を作ってもらえるような甲斐性がないっしょ!」
その声に、あたし達は一斉に顔を上げたの。
ひなちゃんが腕組みしてこっちを見てる。ひゃぁ、顔が怖いよぉ。
「ぬ、主人くん、今日は天気がいいから、中庭で食べましょう!」
「そ、そうだね、虹野さん。好雄、それじゃ」
「あ、こらちょっと待て、そこの二人!」
「待つのはおのれじゃ!」
がしぃっと襟首掴まれた早乙女くんを残して、あたし達は教室から飛びだしかけた。
「あ、沙希ぃ!」
ひなちゃんの声に、あたしはドアのところで急ブレーキ。
「な、なに?」
「沙希の誕生日パーティーは3時半からだかんね! ちゃんと来なさいよ!」
それだけ言うと、ひなちゃんは早乙女くんに何か言いはじめちゃった。
邪魔しちゃ、まずいよね。
「主人くん、行こ!」
そんなわけで、あたし達は中庭でお弁当を拡げたの。
「はい、どうぞ」
「サンキュ。今日も美味そうじゃない」
「お世辞言っても、何も隠してないわよ」
そうは言うけど、ホントは嬉しいな。やっぱり、喜んでもらえれば、嬉しいんだもの。「ほうふぃふぇふぁ」
「え?」
主人くん、ごくっと口の中のものを飲み込んで、言いなおしたの。
「そういえば、今日の部活はどうするの?」
「え?」
「だって、今日は放課後、誕生日パーティーやるって言ってたじゃない。こないださ」
「そ、そうだったのよね。あははは」
ひなちゃんと館林先生プロデュースってところで、ものすっごく不安なんだけど。
でも、今日の部活どうしよう? せっかく誕生日パーティーしてくれるんだから、あたしが行かないってワケにもいかないんだけど、サッカー部のマネージャーとしては、部活をおろそかにするわけにもいかないし……。
うーん。困っちゃったなぁ。
「ごちそうさま」
主人くんは、空っぽになったお弁当箱のふたを閉めると、言ったの。
「何だったら、俺が監督に言っておこうか? 虹野さんは今日は休みますって」
「そんなのだめよ。あたしの都合でみんなに迷惑かけられないもの」
あたしは思わず立ち上がって、主人くんに言ったんだけど……。
「一日くらい、マネージャーがいなくてもなんとかなるって」
「でも……」
「まぁ、任せといてよ。はい、これ。美味しかったよ」
主人くんはお弁当箱をあたしに返した。
「あ、うん。お粗末様。……あ、ちょっと!」
「んじゃ!」
そう言って、主人くん、走って行っちゃった。
でも、主人くんはああ言ってくれたけど……、どうしよう?
きーんこーんかーんこーん
チャイムが鳴って、今日の授業はお仕舞い。
だけど、どうしよう?
あたしは、鞄を掴んだ姿勢のまま、考え込んでた。
うーんうーん。
よし、やっぱり部活に行こう!
部活が終わってから『Mute』に行っても、大丈夫よね。
そう思いながら、時計をちらっと見上げる。
3時。
「沙希の誕生日パーティーは3時半からだかんね! ちゃんと来なさいよ!」
ひなちゃんが昼休みに言った言葉を思い出してた。
きらめき高校から『Mute』までは、歩いて15分くらい。
……。
あたしは、ブンと頭を振って、教室から出たの。
サッカー部の部室の前。
あたしはふぅと息をついて、ドアに手を伸ばしたの。
「マネージャーの誕生日!?」
不意に向こうから声が聞こえてきて、あたしは手を止めた。
主人くんの声が聞こえる。
「はい。だから、今日は虹野さんは休ませて……」
「却下」
田仲キャプテンの声が聞こえた。
「キャプテン?」
「そりゃないっしょ! マネージャーは毎日一生懸命やってんだから、1日くらい休ませてあげてもいいじゃないっすか!」
「そうですよ、キャプテン!」
みんな……。
あたし、思わずじぃんとしちゃった。と、キャプテンの声。
「お前ら、なにぼけっとしてるんだ?」
「は?」
「今日の練習は休みだ。みんなでそのパーティーに参加するぞ」
え? キャプテン、今、何て?
「いつも世話になってる俺達が、我らがマネージャーの誕生日パーティーに参加しなくてどうするんだ? 練習なんていつでもできるが、1月13日は今日しかないんだぞ」
一拍置いて、部室の中は大騒ぎになっちゃったの。
「さすがキャプテン! 話が判るぜ!」
「それじゃ、早速行こうぜ!」
「ぼけぇ! プレゼントくらい買って行かなくてどうするんだ!」
「しまった! 俺今日金持ってねぇ!」
「やかましい、割り勘だ、割り勘!」
キャプテン、それにみんな……。
あたし、またじぃんとしてたんだけど……。
でも、あたしのためにそんなこと、だめよね。
あたし、部室のドアをノックしようと、手を挙げた。
「おっと」
その手が後ろから掴まれたの。あたしは振り返った。
「賀茂先生……」
「あいつらの好意を無にすることもないだろ? ここは、乗ってやれよ」
賀茂先生はにこっと笑って言ったの。でも……。
「不服そうだな。それじゃ、こう考えたらどうだ? サッカー部の結束を強める為のパーティー、と」
結束を強めるため……。
「納得したら、行って来い。今日の主賓がこんな所にいたらダメだろ」
「は、はい。それじゃ、先に行ってます」
あたしはペコリと頭を下げて、駆けだしたの。
はぁはぁはぁはぁ
通学路を走りながら、時計を見る。
3時25分。
角を曲がると、目の前にこじんまりとした喫茶店のドアが見えてくる。
ま、間にあったぁ……。
あたしは、『Mute』のドアに手をついて、息を整える。
暫くして、やっと顔をあげたあたしは、そこで絶句したの。
「な、なにこれぇ!?」
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く