喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃんのばれんたいんらぷそでぃ(前編)


 あっという間に月日は流れて、2月最初の日曜日。
「よろしくおねがいしまぁ〜〜す!」
 あたしの家にやってきたひなちゃんは、玄関先に出迎えたあたしに、満面の笑みを浮かべてぺこっと頭を下げたの。
「ちょ、ちょっと、突然そんな事言われても……、何をどうすればいいのよぉ?」
「んもう、わかってるくせにぃ。このこのぉ、沙希のいけずぅ」
 そう言いながら、あたしの脇腹を肘でどんどんと突くひなちゃん。
「痛い、痛いってば! ちょっと……どうしたの?」
 文句を言おうとしたんだけど、よく見るとひなちゃん、真っ赤な顔してるの。
 きっと、熱でもあるんだわ! そういえば、ニュースで、今年の風はたちが悪いって言ってたし……。
「ひなちゃん、大丈夫?」
 ぺた。
 ひなちゃんのおでこに手を当ててみる。うん、あったかいわ。
「ちょ、ちょっと沙希?」
「あーんどうしよう。と、とりあえずアイスノンあるから、うん、あたしの部屋で休んでて! 今救急車呼ぶからね!」
「ちっがぁーう!!」
「え? 違うの? でも顔赤いよ。熱もあるみたいだし……」
「熱無いと死んじゃうでしょうが! それに、顔も赤くなんてないぞ! そうじゃなくてぇ……」
「じゃ、じゃぁ……」
 あたしがあたふたしてると、ひなちゃんは大きなため息をついた。
「沙希に察せよって方が無理だったみたいね。あのね、単刀直入に言うわ。チョコの作り方、教えて欲しいんだぁ」
「チョコの作り方って? カカオ豆を煎ってから煮つめて……って?」
「このぼけぼけ沙希がぁぁ!」
 ぽかぽかぽかぽかぽか
「痛い痛い痛いってばっ!」
「ニードレストゥーセイ、要するに、夕子は沙希に、バレンタインに送るチョコを手作りしたいから、そのやり方をレッスントゥーミー、教えて欲しいって言いたいんでしょ?」
 あたし達は同時に顔を見合わせて、振り返ったの。
「ハァイ、沙希に夕子。グッモーニン、おはよう」
「彩ちゃん?」
「彩子?」
 彩ちゃんが、いつの間にかうちの玄関のドアを開けて、そこに立っていたの。

 玄関で立ったまま話してるのもあれだったから、取りあえずひなちゃんと彩ちゃんを応接間に通して、あたしはおもてなし。
 ひなちゃんは別に紅茶にはこだわらないけど、彩ちゃんなんてこだわりそう。ダージリンやめて、オレンジぺこにしようっと。
 それから……、そうそう、このあいだ作ったクッキー、まだあったよね。うん。
 クッキーをお盆に盛りつけて、ティーサーバーから紅茶をティーカップにいれる。ひなちゃんはいつもストレートだけど、彩ちゃんは……。一応砂糖とミルクも持っていこうかな。
「チャイム押しても、返事ナッシングだから、ドア開けたのよ。そうしたら、二人で遊んでるんだもの」
 くすくす笑いながら、ティーカップを傾ける彩ちゃん。
 あたしは、クッキーを盛ったお盆をテーブルに乗せながら、尋ねたの。
「でも、彩ちゃんはどうしたの?」
「ん〜〜。ちょっと暇だったから、遊びに来たんだけどね」
 そう言って、ティーカップを持ち上げて、目を細めて香りを楽しむ彩ちゃん。
「来たんだけどねって、彩ちゃん、うちに来るの初めてじゃなかったの? よくわかったね」
「前に葉澄ちゃんに教えてもらったのよ。そういえば、今日は葉澄ちゃんは?」
「うん。友達とディスティニーランドに行くって言ってたよ」
 あたし、ちょっと肩をすくめて。
 昨日の晩、大変だったんだもん。一緒に行きましょうよって。
 あたしとしては、たまには日曜日、ゆっくりしたかったから、断っちゃったんだけど。だって、この所サッカー部の仕事が忙しくて、土日もなかったんだもの。
 その代わり、葉澄ちゃんのためにお弁当作る羽目になっちゃったんだけど。
「そうなの? んー、このクッキー、ナイステイスト、美味しいわね。それに良い香りがするわ」
「気がついてくれた? そうなの。このクッキー、ハーブを入れてみたんだ」
「クッキーはいいけどさぁ」
 ひなちゃんが割り込んできた。
「チョコの作り方教えてくれるんじゃなかったの?」
「ひなちゃんったら。あのね、そんなに慌てて作ってると、絶対失敗しちゃうんだから」
「そ、そうなの?」
「そうなの」
 んー。なんとなく快感。ふだんひなちゃんにはやりこめられてばっかりだもんね。こういうときには、ちょっとくらいお返ししなくっちゃ。
 それからひとしきりおしゃべりして、あたし達は台所へ。
 今日はお父さんとお母さんも出かけてるから、家にはあたし達だけ。自由に使えるわけなの。
「それじゃ、まずエプロン付けて。はい」
「オッケー、って、彩子もやるの?」
「やって置いて損はないからねぇ」
 そう言いながら、きゅっとエプロンをしめる彩ちゃん。なんか手慣れてる感じ。彩ちゃんって料理もするのかな?
 あたしは冷蔵庫を開けて、板チョコを出すと、ひなちゃんに渡したの。
「はい。銀紙むいて、ボールに入れておいてくれる?」
「オッケー。へぇ、コレが原料なんだ」
「普通そうなんだってば。彩ちゃんはお鍋にお湯を沸かして」
「オッケー」
 あたしは、棚から型を出して、洗っておく。ハート形だけでいいかな? でもチョコも余るだろうし、ほかの型も出しておこうっと。
 ボールをお鍋のお湯につけておくと、チョコレートがゆっくり溶け始める。甘ぁ〜い香りが台所に漂ってくるの。
「はい、ひなちゃん」
 ひなちゃんにゴムへらを渡して、チョコを混ぜさせる。
「ちょ、ちょっと、沙希ぃ、これ、けっこう、力、いるじゃん、かぁ」
「そーよ。あ!」
 ガッシャァン
 ひなちゃん、思いっ切り力入れてかき回そうとして、ボールをひっくり返しちゃったの。
「あっちゃぁ。やっちゃったぁ……」
「まぁまぁ、ドンマイ、気にしない。ね、沙希」
 彩ちゃんがウィンク。
「そうよね。最初は誰だって……あ、ダメ!」
 ひなちゃん、こぼれたチョコをふき取ろうと手を伸ばす。
「熱っ!」
「彩ちゃん、水!」
 あたしはそう叫びながら、ひなちゃんの手を掴んで流しに引っ張っていった。タイミング良く、彩ちゃんが水を出す。
 ザァーッ
「ダメだよ、ひなちゃん。溶けてるチョコってすごく熱いんだから。こぼしちゃったときは、冷えて固まるまでは触っちゃダメなの」
「う、うん……つつ」
 ひなちゃん、顔しかめてる。すぐに冷やしたから大丈夫だとは思うんだけど……。
「大丈夫? ひなちゃん」
「う、うん。ちょろっと滲みるだけ」
 見たところ、大丈夫そうだけど……。
「ん。それじゃ、もう一度やろうか?」
「そうだね」
 ひなちゃんは、手を水から出して、握ったり開いたりしてみてから、うなずいたの。
「オッケー、じゃ、次いこっか」
「溶けたみたいだけど」
 チョコレートの入ったボールを、今度は慎重にへらでかき回してたひなちゃんが、振り返った。
「それじゃ、それをこっちの型に流し込んで」
「うん」
 ひなちゃんは、ボールを持ってくると、ゆっくりと流し込む。
「……こんなもん?」
「もうちょっと……。うん、それくらい」
 あとは、冷めるのを待つだけね。
「んで、どれくらいほっとけばいいの?」
「うーん。大きさによるんだけど、これくらいだと2時間くらいかな? 早く型を外しちゃったら、固まりきってなくて、変な形になっちゃうってこともあるから……」
「オッケー。んじゃさ、これからちょろっとロッ○リア行かない?」
 ロッ○リア!?
「あ、あたしは、ちょっとその、そ、そうだ! ここでチョコの番してるから、二人で行って来れば?」
「?」
 ひなちゃんと彩ちゃん、顔を見合わせて、同時にあたしの方を見た。
「どったの、沙希?」
「ワッツハペン、何かあったの?」
「ええと、その……」
 あーん、どうしよう?
 と、その時。
 トルルル、トルルル、トルルル
「あ、電話だ。二人ともごめんね」
 そう言って、あたしは台所から飛びだした。
 トルルル、トルッ
「はい、虹野です」
「あ、虹野さん? 俺、早乙女だけど」
「早乙女くん? どうしたの?」
「あのさ、そっちに朝日奈、行ってないか?」
「ひなちゃん? 来てるけど、呼ぼうか?」
「い、いや、いいんだ。そっか、虹野さんとこに行ったか、あいつ……」
 そう言って、電話の向こうで早乙女くん、黙っちゃった。
「あの、もしもし?」
「あ、ごめん、虹野さん。ありがと。それじゃ」
 チン
 一方的にそう言うと、電話は切れちゃったの。
「もしもし、もしもし? ……なんだったのかな?」
 あたしは、受話器を置いた。
 なんだか、早乙女くん、変だったな。どうしたんだろ?
「電話、誰だったん?」
「きゃ! ひ、ひなちゃん?」
 いきなり後ろから声かけられて、あたしは驚いて振り返った。
「え、えっと……」
 何故か、あたしは、早乙女くんからの電話って言えなかった。
「お母さんから、ちょっと遅くなるって」
「そ? んじゃ、ロッ○リア行こー!」
「え? あ、きゃぁ!」
 あたし、そのままひなちゃんに引っ張って行かれちゃった。くすん。
「でも、どうしてまた手作りチョコなんて作ろうと思ったの?」
 フライドポテトをつまみながら、あたしは尋ねた。
「え? な、なんとなくよ、なんとなく」
 慌てたように答えるひなちゃん。
 でも、去年までは、「適材適所って言うっしょ? 沙希は作る人、あたしは食べる人」なんて言ってたのに。
 と、横合いから不意に彩ちゃんが言ったの。
「作ってあげたい人が出来たのね、夕子にも」
「ちょ、ちょっと、そんなんじゃないって!」
 お? ひなちゃん、急に真っ赤になってる。これは、もしかしてもしかしたのかな?
「んで、渡す相手はミスター早乙女?」
「な、何を言ってるのかなぁ? この人はぁ」
「照れるな照れるな。夕子ってすれてるようで純なんだから。お姉さん嬉しくなっちゃうわ」
 あ、ひなちゃんがいつもあたしに言ってる台詞だ。そっかぁ、彩ちゃんの誕生日、ひなちゃんより早いもんね。
「あによそれ。もう、どうだっていいっしょ?」
 ひなちゃん、とうとうむくれちゃった。彩ちゃんはくすっと笑う。
「幸運を祈るわ。ゴッドブレスウィズユー」
「できてる?」
 ロッ○リアからあたしの家に戻ってきて、いよいよ型を外す時。
 ひなちゃんは心配そうにあたしの手元を見てる。
 あたしは慎重に型からチョコを押しだした。
 コトン
 テーブルの上にチョコが落ちる。あたしはほっと息をついた。
「出来たわよ。うん、いいでき」
「ホント!? さすが沙希! マスターと呼ばせてください!」
 あたしの手をとってブンブン振り回すひなちゃん。さっきまでむくれてたのが嘘みたいな笑顔。
「よかったね、ひなちゃん。あとはデコレーションだねっ!」
「……へ?」
 ピタリと動きを止めるひなちゃん。
「デコ?」
「デコレーション。飾りつけの事よ」
 横から言う彩ちゃん。
「なにそれ? チョコはもう出来てるっしょ?」
「だって、ハート形のチョコだけじゃ、なんだか寂しいじゃない。上にメッセージをホワイトチョコで書くとか、セミブラックチョコとかつかって飾りつけるとか、ね」
「マジ? い、いいよ、そこまでしなくたってぇ……」
「手作りなんだもの。ちゃんとカスタマイズしなくちゃね」
 ウィンクする彩ちゃん。
 なんだかんだ言っても、彩ちゃんも楽しんでるわよね、ぜったい。
 ……あたしも、ちょっと楽しんでるけど。
「お疲れ様でしたぁ!」
「……はう」
 ひなちゃん、椅子に腰掛けたままテーブルにつっぷしてる。その前には、綺麗にラッピングされた箱。中には、ちゃんとデコレートされたチョコが入ってるの。あ、ちなみにラッピング指導は彩ちゃんなのよ。
 あやちゃんはそんなひなちゃんの肩をぽんと叩いた。
「やればできるじゃないの」
「お願い、今はそっとしておいて」
 小さな声で言うひなちゃん。
「ホワイ、どうして?」
「今、自己嫌悪に浸ってるんだから……」
 あ、きっとあのメッセージのことね。
「ともかく、これで準備は出来たっと。あとは渡すだけよね」
 そう言うと、あたしは立ち上がった。
「さて、あたしも作らなくちゃ」
「主人くんに?」
 ひなちゃんと彩ちゃんが声を揃えて言った。
「そ、そうじゃなくて、日頃お世話になってるみんなによ!」
「義理チョコを手作りするの? まぁ、沙希らしいっていうかなんていうか」
「だって、買ってくるより安いじゃない」
「義理チョコなんて10円チョコでいいじゃん」
 あっさり言うひなちゃん。でも、それはあんまりよねぇ。
「おっと、こんな時間じゃん。んじゃ、あたしそろそろ帰るね」
 ひなちゃんが壁の時計を見上げて立ち上がった。彩ちゃんもうなずく。
「それじゃ、あたしもアイムホーム、帰るわ」
「うん。それじゃ、また明日ね」
 あたしは、チョコの箱をひなちゃんに渡した。
 ひなちゃんは、照れ臭そうに笑ったの。
「沙希も彩子も、秘密にしといてね。約束だかんね!」

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く