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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんのばれんたいんらぷそでぃ(中編)

そして、バレンタインデー。
「はい、チョコレート。手作りなのよ」
「わぁい! チョコレートだ、チョコレート!」
「こら、前田! さっさとどけ!」
「ああーっ! 俺のを取るなぁ!!」
「きゃ! も、もう、慌てなくてもみんなの分はちゃんとあるってばぁ!」
放課後、あたしはサッカー部室で、部員のみんなにチョコレートを配ってたの。
あら? 主人くんがいないな。どこに行ったのかしら?
「前田くん、主人くんは?」
「え? ああ、主人のやつなら、まだ教室にいたぜ」
「そう?」
それじゃ、そのうち来るよね。その時に渡せばいいかな。
バタン
不意に部室のドアが開いたの。みんなが一斉にそっちを見る。
「あ、彩ちゃん?」
あたしは立ち上がった。
ドアのところで息を切らせながら立っていたのは、彩ちゃんだったの。
「ど、どうしたの?」
「さ、沙希、主人くんと、早乙女くんが、喧嘩してるの。早く……」
「主人くんが?」
あたし、一瞬きょとん。だって、主人くんって喧嘩するようなタイプじゃないし、早乙女くんだって、知り合って2年以上たつけど、喧嘩してるところなんて見たこともないし……。
でも、息を切らせてる彩ちゃんを見ると、冗談ってわけでもないみたい。
「みんな、ごめんね! チョコ、その紙バックに入ってるから、みんなで分けてて!」
そう言い残して、あたしは、部室を飛びだした。
A組の前には、人集りができてたの。あたしはそれをかきわけるようにして、教室の中に飛び込んで、そこで立ち竦んだ。
バキィッ
床に倒れた早乙女くんの上に馬乗りになってる主人くんが、早乙女くんの頬を殴り飛ばした。
「てめぇ、自分のやったことが判ってるのか!?」
「や、やめて、主人くん!」
あたし、思わず叫んでいた。
「!? に、虹野さん?」
その声に驚いて、振り返る主人くん。その時、
ガツッ
早乙女くんが、主人くんに頭突きをした。横に倒れる主人くん。
「てめぇみたいな唐変木に、言われる筋合いなんて、ねぇ!」
「なにを!?」
飛び起きる主人くん。そのまま、向かい合って拳を固める二人。
「やめてぇ!!」
あたしが叫んだとき、藤崎さんが駆け込んできた。部活の途中だったみたいで、ジャージを着てたの。
「公くん、やめなさい!」
「うるさい! 黙ってろ!!」
藤崎さんを怒鳴りつける主人くん。……なんだか、いつもの主人くんじゃないよ……。
「なっ……、ちょ、ちょっと、公くん!」
「はいはい、それまで、それまで」
パンパンと手を叩きながら、館林先生がやってきた。
でも、主人くんと早乙女くん、先生の方なんて見向きもしないでにらみ合ってるの。
ど、どうすればいいの?
先生はやれやれって肩をすくめると、すぅっと息を吸って、叫んだの。
「布団が、ふっとんだぁぁぁぁぁっっっっ」
ピシッ
「虹野さん、虹野さんってば!」
肩を揺すぶられて、あたしはハッと我に返ったの。
「あ、あたし、どうしてたの?」
「よかった、気がついて」
藤崎さんがほっと息をついたの。
あたしは辺りを見回して、ぎょっとしたの。だって、まわりのみんな、真っ白になってるんだもん。
「な、何があったの!?」
「とりあえず、保健室に行くわよ。藤崎さん、虹野さん、主人くんを運んできてね」
館林先生は平然とそう言うと、早乙女くんを背負ってすたすた歩きだしたの。すごい力持ちなんだな。
主人くんと早乙女くんを保健室に運び込んで、先生がベッドの用意とかしてる間に、あたしは藤崎さんに聞いてみたの。
「さっき、何があったの?」
「え? ああ、あの時ね。……あれは、部活奥義よ」
「ぶかつおうぎ?」
あたし、鸚鵡返しに聞き返しちゃった。だって、初めて聞いたんだもの。
藤崎さんは、こくっとうなずいた。
「きらめき高校の部活には、それぞれ秘密裡に伝えられている奥義があるの。毎年、一人の生徒だけに伝えられて、受け継がれているという奥義が……。私も、実は信じてなかったんだけど……、でも間違いないわ。さっき、先生が使った技は、演劇部奥義と言われた『脱力漫才』よ」
「脱力漫才?」
「ええ。でも、そうすると、館林先生って演劇部の出身だったのかな?」
藤崎さんが考え込んでる。
脱力漫才……ねぇ。なんだか信じられないけど、でもみんなおかしくなっちゃったのは事実だし……。
「あら、気がついた?」
先生の声が聞こえて、あたしははっと我に返った。ベッドに駆け寄る。
「う、うーん」
主人くんが目を開けた。ベッド脇からのぞき込んでるあたし達に気づいて、体を起こす。
「詩織、それに虹野さんも」
どうせあたしは“それに”扱いですよぉ、だ。
なんて言ってる場合じゃないよね。
「いてて……」
「大丈夫? 公くん、もう、喧嘩するなんて何考えてるのよ」
藤崎さんが、半分呆れたような口調で言うと、主人くんは苦笑した。
「俺も、ガラじゃないとは思ったけど……。でもな」
「何があったの?」
あたしが尋ねると、主人くんは軽く頭を振った。
「それは……」
「言いたくないのは判るけど、これだけの騒ぎになったのよ。少なくとも、先生にはちゃんと説明した方が、後々いいと思うわ」
真面目な顔で言う藤崎さん。
「だけど……。好雄は?」
「あと15分は寝てるわ。必要ならもっと寝かせておくけど」
ちょうど早乙女くんをもう一つのベッドに寝かせ終わった先生が、戻ってきて顔を出したの。
「そっか……。あ、虹野さん」
「え?」
あたしは自分を指した。主人くんはうなずいて、あたしに尋ねた。
「朝日奈さん、見てない?」
「お昼にちょっと話しただけで、その後は見てないけど……、もしかして、主人くんと早乙女くんの喧嘩って、ひなちゃんと関係あるの?」
「……まぁ、そうだけど……」
そう呟いて、主人くんは頭をかいた。
「説明してくれないと、わかんないよ」
「……」
黙り込む主人くん。……やっぱり、お節介かな?
でも……。
あたしは、じっと主人くんを見つめてた。主人くんは、うなずいた。
「わかったよ、話すよ。ちょうど、6時間目が終わったとき……」
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、教室は一気に騒がしくなった。
「おい、公。収穫はどうだ?」
教科書やノートをまとめて鞄につっこんでいた公は、好雄に聞かれて苦笑した。
「さっぱりってところだな」
「でも、お前はいいよ。虹野さんのチョコは既に確約済だもんなぁ」
「そんなことないって。俺と虹野さんはサッカー部の部員とマネージャーだから、もらえるとしても義理チョコだって」
「だけど、俺の調査によると、虹野さんは義理チョコでも手作りだからなぁ。どっかの朝日奈は10円チョコで済ませてるってのに、偉いよなぁ」
「そうなのか?」
聞き返す公に、好雄は笑った。
「ああ。しかも、その義理チョコさえ俺にはくれなかったんだぜ」
公としては、その前の「虹野さんは義理チョコでも手作り」の真偽を聞こうと思ったのだが。
好雄は大きく伸びをして、ちょうど教室から出ていった詩織の後ろ姿を眺めた。
「あ〜あ。藤崎さん、義理チョコでも良いからくれないかなぁ?」
「ダメダメ。詩織は、余程のことが無い限りチョコなんてくれないぞ」
(俺にも、中学に入ってからはくれなくなったしなぁ)
と心の中でつけ加える公だった。
「そっか。チェックだチェック」
好雄は公の言葉をメモに書くと、ため息をついた。
「しっかし、今年は不作だなぁ。1枚ももらえねぇとは」
「ヨッシーにあげるような物好きなんて、いるわけないじゃん」
後ろから声を掛けられて、好雄は振り返った。
「なんだ、朝日奈か」
「なんだはないっしょ? せっかく来てやったってのに」
何が嬉しいのか、にこにこしながら話しかける夕子。一方、好雄はさらに不機嫌な顔になった。
「うるさい。あっちいけ」
「いーのかなぁ〜。そんな事言って」
「なにがだよ」
「じゃーん」
夕子は、鞄から箱を取りだした。綺麗にリボンでラッピングされた小さな箱。
「これ、あげよっか?」
「いらねぇ」
一言のもとに言う好雄。
公は、その瞬間、夕子の頬がぴくっと引きつったのに気づいた。
(朝日奈さん、もしかして……)
「ほ、ほんとにあげないぞ」
「いらねぇって言ってるだろ? どうせ中身は10円チョコだろーが。俺をだまそうったってそうはいかねぇって」
「……そ、そっか」
夕子は呟いた。
好雄は彼女の方を見もせずに、肩をすくめた。
「ま、その様子だと本命に振られたってとこだな。ガラにもなく虹野さんに頼んでチョコレートを作ってたみたいだったけど、うまくいかなくて残念でしたねぇ」
「……ま、まぁね。あはは、ばれてたかぁ」
そう言って、夕子は好雄の後ろの机に箱をおいた。
「これ、あげる」
「いらねぇって言ってるだろ!」
怒鳴りながら、勢いよく振り返る好雄。
その手が、偶然箱を弾き飛ばした。
「あ!」
床に叩き落とされ、箱は2、3回転がって、夕子の足に当たって止まった。
夕子は、屈み込むと、箱を拾い上げた。
「本命に、振られちゃった、か。ヨッシー、さすが、情報は、確かだね」
「朝日奈……」
夕子は、そのまま無言で教室を駆け出していった。
一瞬、夕子の方に手を伸ばしかけた好雄は、その手を下ろすと、笑った。
「見え見えのお芝居しやがって。けっ。突き合ってられっか。なぁ、公?」
顔をあげた好雄に向かって、公は振り上げた拳を叩きつけていた……。
「……というわけなんだ」
主人くんの説明が終わったの。
あたし、思わず立ち上がっちゃった。
「ひなちゃんは、どこに行ったの?」
「わからない……」
首を振る主人くん。
藤崎さんが、あたしに言ったの。
「虹野さん、朝日奈さんはお願いできる?」
「う、うん。でも、どこに行ったのかな?」
ひなちゃん、帰宅部だから、いつも学校からは早く帰っちゃうんだけど、その後あちこち寄り道して帰ること多いから……。
「と、とにかく、捜してみるね!」
あたしは、そのまま保健室から飛びだした。
《続く》

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