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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 沙希ちゃん親友のためにがんばる


 バレンタインから、また、あっという間に時は流れて、もうすぐ2月も終わり。
 あれ以来、ひなちゃんずっと元気ないみたいなの。
 今までみたいに明るく元気に振る舞ってるみたいだけど、……ううん、あたしには判るんだ。ひなちゃんがわざとそう振る舞ってるって。
 でも……どうしたらいいんだろ?
 こういうことって、下手にお節介焼いちゃうと、まとまるものもまとまらなくなっちゃうって、それはわかってるんだけど……。
 でも、あんなひなちゃん見てるのも……つらいの。

「沙希の気持ちは、アイアンダースタン、判るんだけどねぇ」
 喫茶店『Mute』で久しぶりに彩ちゃんとお茶しながらその話をしたら、彩ちゃんはコーヒーを飲みながら肯いたの。
「でも、こればっかりはねぇ」
「うん。あたしなんかが口出す事じゃないっていうのも、わかってるんだけど……」
 あたしは、コーヒーカップを両手で挟んで、呟いた。
「わかってるんだけど……」
「オッケイ。それじゃ、夕子を誘ってディスティニーランドにでも、レッツゴー、行きましょう」
「ディスティニーランド?」
 あ、ディスティニーランドって、近くにある大きな遊園地なのよね。
「イエ〜ス、ザッツライト」
 彩ちゃんはぴっと親指を立てたの。
「ちょうど明日は日曜だし、ちょっとは夕子も気晴らしになるでしょう?」
「うん……。そうよね、うん!」
 あたしは肯いたの。
 とりあえず、マスターに電話を借りて、ひなちゃんの家にかけてみることにしたの。
 ええっと……。ピッピッピッと。
 トルルル、トルルル、ピッ
『はい、朝日奈です。ごめんね、今ちょろっと出かけてんだぁ。ご用がありましたら、ピーッと鳴ったらメッセージを入れてね』
 留守電かぁ。まだ帰ってないんだ。しょうがないから、メッセージ入れておこっと。
 Pi---
「あ、もしもし、虹野です。明日、暇だったらでいいんだけど、よかったらディスティニーランドに行かないかなと思って。あ、ホントに暇だったらでいいの、うん、無理しないでいいから……、あ、ちょっと!」
「ハァイ、アイアムアヤコ・カタギリ! 明日は朝10時にディスティニーランド正門前に集合よん。待ってるからね! ちなみに沙希のお・ご・り・ってよぉ〜。んじゃね!」
 カチャ
 あたしから受話器を取ってそれだけ言うと、彩ちゃんは電話を切っちゃったの。
「あーん、もう! 彩ちゃん何て事言うのよぉ」
「おごりって言えば、多分来ると思ったのよ」
「だからって、なにもあたしのおごりなんて言わなくてもいいじゃないのぉ」
「ソーリー。あたし今月ピンチなの。新しいマーカー買っちゃったしねぇ〜」
「んもう!」
 あたしは腕を組んで膨れた。そりゃ確かにまだ余裕はあるんだけど、ためられるときにためておかないと大変なんだよ。
 家に帰って、夕御飯食べて宿題やって、と一通り済ませちゃうと、もう9時過ぎてた。
 ふぅ。
 あたしはベッドにごろんと横になって、天井を見上げる。
 明日、ひなちゃん来てくれるかなぁ?
 と。
「お姉さまっ!」
 わきゃぁぁっ!
 いきなりドアが開いて、葉澄ちゃんが顔を出した。
「は、葉澄ちゃんどうしたの?」
「……」
 わぁ、なんだかしらないけど怒ってる顔してるぅ。あたし何かしたんだっけ?
「はいっ!」
 葉澄ちゃんはずかずかっとあたしの前までやってくると、何かを突きだした。あれ? 電話の子機?
「え?」
 思わず受け取っちゃうあたし。
「電話ですっ! 渡しましたからねっ!」
 そう言うと、またずかずかっと部屋を出ていく葉澄ちゃん。
 半瞬それを見送ってから、あたしは慌てて子機に耳をつけた。
「もしもし、虹野ですが」
「あ、虹野さん? 俺、主人だけど」
「主人くん? どうしたの?」
 聞き返しながら、あたし納得。葉澄ちゃん、まだ疑ってるんだなぁ。
「うん。明日なんだけど、暇ある?」
 主人くんの声。明日は……。
「ごめんなさい。明日は用事が……」
「そっかぁ。いや、別にいいんだ。こっちこそごめんね」
「ううん、ごめんなさい。今度また、誘ってくれるかな?」
「ああ。今度は虹野さんが暇なときに誘うことにするよ。そうそう、そういえば聞きたいことがあったんだけど……」
 それから10分くらい、サッカー部の話をしてから、あたしは電話を切ったの。
 でも、わざわざ誘ってくれたのに、悪いことしちゃったな。ごめんね、主人くん。
「お姉さまっ」
「うひゃぁ!」
 ちょっと考え込んでたら、いきなり声をかけられて、あたし、腰掛けてたベッドから10センチくらい飛び上がっちゃった。
「は、葉澄ちゃん?」
 その、気がついたらそばにいるっていうの、やめて欲しいなぁ。
 葉澄ちゃんはぐいっとあたしに顔を近づけた。
「お姉さまは、まだあの主人とかいう男と何かあるんですか?」
「え? べ、別に何もないけど……」
「だったらどうして、電話なんかかけてくるんですか?」
「え? あ、そのね、そう、サッカー部のことで……」
 嘘じゃないよね。サッカー部の話してたもん。
「そうなんですか? なら、いいんですけど」
 なんか、葉澄ちゃん納得できないって顔してるなぁ。うーん、困っちゃうなぁ。
 でも、本当に何もないのになぁ、あたしと主人くんって。みんながはたで騒いでるだけであって……。
 うん、それだけよね、それだけ……。
 と、葉澄ちゃんは壁の時計を見上げて、慌てて立ち上がった。
「きゃぁ! もうこんな時間! 失楽園が始まっちゃう!」
「しつ……?」
「テレビの連続ドラマで、もうすごいんですよ。今度一緒に見ましょうね! じゃ!」
 そのまま、バタバタと出て行っちゃう葉澄ちゃん。
 あたしはふぅと溜息ついて、またベッドに寝転がる。
 ひなちゃん……。
 去年、あたし達がまだ中学生だった頃。
 高校受験も終わって、卒業式までの、ぽっかりあいた、のんびりした時期。
 あたし達は、休み時間になると、よく屋上に上がって、おしゃべりしてたんだ。
 まだ風はちょっと冷たかったけど、なんとなくもうすぐ春って感じがしてた、あの時期。
「やっぱ、せっかく高校行くんだからさ、いー男見つけてやるんだ」
 ひなちゃんが言うと、後ろで聞いてた早乙女くんが笑う。
「やめとけやめとけ、朝日奈の相手するような男なんていねぇって」
「あによ、それ。超むかぁ」
 ぷっと膨れると、ひなちゃん、早乙女くんを追いかけ回し始めたの。
「ちょっと待てぇ、この!」
「やっだよぉーだ」
 逃げ回る早乙女くん。追いかけるひなちゃん。

 二人とも、本当に楽しそうだったなぁ……。
 楽しそうだったのに……。
 どうしちゃったの……?

「う、うーん」
 目が覚めた。なんだか夢を見てたみたい……。
 窓の外は、もう明るくなってる……。
 って、やだ、あのまま寝ちゃったんだ。
 あたし、がばっとはね起きて……。
 あれ? ちゃんとパジャマ着てる。おかしいなぁ。
 ごそごそ。
 !? ど、どうしてちゃんと下着まで新しくなってるの?
 ……とっても怖い考えになっちゃったから、これ以上考えるのはやめましょ。
 と、とにかく、今日は遊園地に行くのよ!
 時計を見ると、午前5時半過ぎ。
 時間もあるし、お弁当作って行こうかな。うん、そうしようっと。
 あたしは手早くトレーナーに着替えると、階段を駆け下りた。
「来ないね……」
 あたしと彩ちゃんは、ディスティニーランドの正門前でじっと立ちつくしてた。
 時計の針は、10時15分。
 もう15分過ぎてる。
「やっぱり、だめなのかなぁ……」
「まぁまぁ。夕子が遅れるのはいつものことじゃない。もう少し待ちましょうよ」
「う、うん……」
 確かに彩ちゃんの言うとおり、ひなちゃんが待ち合わせに遅れてこなかったためしはないんだけど……。
 でも……。
 と。
 ピリリリ、ピリリリ、ピリリり
「ソーリー、ちょっとごめんね」
 彩ちゃん、肩にかけてたリュックから、携帯電話を取りだした。わぁ、彩ちゃんも持ってたんだ。
「ヘロゥ。イエス、アイアム。……リアリィ? オー、アンビリーバブル。……フーン、ザッツライ。オッケイ。グッバァイ」
 なんかすごい、全部英語だったよね?
「ごめんね、ちょっと家から電話で」
「ふぅん。何だったの?」
「帰りにお豆腐買って来てって」
「……」
 なんだかすごいよね。うん。
 と、
「ごっめぇ〜〜〜ん。電車がモロコミでさぁ!」
「ひなちゃん!?」
 あたしは振り向いた。
 確かに、駅から走ってくるのは、ひなちゃんだったの。
「ヘイ、夕子、遅いぞ!」
「ごめんごめん、ハァハァハァ
 あたし達の前まで走ってくると、ひなちゃんは息を整えながら言ったの。
「もう、来ないのかと思って心配したんだよ」
「沙希のおごりだってのに、来ないわけないっしょ?」
 顔をあげてにまっと笑うひなちゃん。
 う゛……。
 振り返ると、彩ちゃんはぴっと親指を立てて笑ってるし。
 んもう、払えばいいんでしょ、払えばぁ!
 ……しくしくしく。
 むしゃむしゃむしゃ
「うーん。やっぱ沙希のお弁当は美味しいねぇ」
「アイシンクソー、あたしもそう思うわ。うん。ナイステイストよぉ」
「ありがと、二人とも」
 お昼になって、あたしたちは芝生の上にシートを広げて、お弁当を食べてたの。
 ひなちゃんも元気になったみたいだし、よかったな。
 ……って思ってたら、不意にひなちゃんがよその方を見て、ふぅって溜息ついてるの。
 やっぱり、だめなのかな?
 と。
「沙希、ちょっとちょっと」
 彩ちゃんが手招きしてる。ひなちゃんのことかな?
「なに?」
 あたし、ちらっとひなちゃんを見てから、彩ちゃんに顔を寄せたの。
 そしたら、彩ちゃん、全然違う方向を指さすの。
「あれあれ」
「え?」
 そっちを見て、あたしびっくりしちゃった。
「主人くん?」
「その隣にいるの、古式さんよね?」
「ゆかり?」
 えっ? と思う間もなく、あたしの背中にひなちゃんがのし掛かってきたの。
 あたしは、もう一度そっちを見てみたの。
 確かに、主人くんのとなりでにこにこしているの、古式さんよね。
「へぇ、主人くんもやるわねぇ。二股かけてたのかぁ」
 彩ちゃんがにまっと笑うと、あたしに顔を向ける。
「沙希としては、放っておけないよねぇ?」
「そ、そんなことないんだけど……。大体、あたしが先に断ったんだし」
「ワット? 何それ?」
 あたしは、昨日主人くんから電話があったことを話したの。
「……で、あたし、今日は彩ちゃんやひなちゃんと約束してたから、断っちゃって……」
「ジーザス! 沙希、あんたねぇ」
 彩ちゃん、額をペシンと叩いたの。
「そう言うときは、主人くんのお誘いを優先させるべきでしょうが」
「だって……」
 そんな事言われたって、あたしはひなちゃんを元気付けようと思って、こっちの方が大事だなって思ったからなのに……。
「んで、断られた主人くんはゆかりを誘ったってわけかぁ」
 ひなちゃんがうんうんと肯く。
「でも、主人くんもひどいよねぇ。沙希ってものがありながら」
「ちょ、ちょっと、あたしと主人くんとは……」
「はいはい、マネージャーと部員でしょ」
 あーん、もう!
「お、沙希、二人とも行っちゃうよ。いいの? 追いかけなくても」
「いいの!」
 もうホントに二人とも、人をからかうの好きなんだから。
 ガタンガタン
 ゆっくりとゴンドラがあがっていく。観覧車のゴンドラには、あたし達3人だけ。
 もう太陽も西にかなり傾いてる。
「夕子、ここなら誰にも聞かれないだろうから、聞くけど」
 しばらく黙ってた彩ちゃんが口を切った。
「ん〜?」
 なんだかもの憂げに、窓から外を見てたひなちゃんが、あたし達の方に視線を向けると、微かに笑った。
「わーってるって。ヨッシーのことっしょ?」
「そ。あたしはともかく、沙希なんて、二人のことが心配で夜も眠れないって言うし」
「ちょ、ちょっと彩ちゃん。あたしは何もそこまでは……」
「でも、心配なんでしょ?」
「……う、うん……」
 確かにそうなんだけど……。
 ひなちゃんは、こくんと肯いた。
「あんがと、二人とも。でも、心配なんてしてくんなくてもいいって。あたしとヨッシーは、最初からなんにもなかったんだし」
「嘘!」
 あたし、思わず叫んでた。
「ひなちゃんと早乙女くん、中学の頃からずっと仲良かったじゃない! あたし、ずっと見てたから、知ってるもん!」
「……沙希……」
 髪をかき上げると、ひなちゃんはあたしに向き直った。
「ありがと、沙希。でもね、違うんだ。あたしとヨッシーは、違うの」
「何が、違うの?」
「うーん、上手く言えないんだけどさ、あたしとヨッシーじゃ、どうやっても友達以上恋人未満ってとこで終わっちゃう、そんな感じなんだ」
「友達以上恋人未満?」
「そ。どうやっても、本物の恋人って関係にはなれないし、それに……」
 そう言ってから、ひなちゃんはゴンドラの外に視線を移したの。そして、ぽつりと呟く。
「あいつ、好きな娘がいるんだってさ」
「!?」
「だから……、もういいの」
 そう言うと、ひなちゃんはあたし達に視線を戻して、にこっと笑ったの。
「ほら、後悔なんかしたくないからさぁ、元気に生き抜いて行かなくっちゃ。ね」
 ポツン
 シートに水滴が落ちた。
「あ、あれ? やだな。目にゴミでも入ったかな? アハ、アハハ」
 そう言いながら、目をゴシゴシこするひなちゃん。
「……ひなちゃん、いいよ」
 あたし、そっとひなちゃんを抱きしめた。
「沙希ぃ……。うわぁーーーん」
 翌日。
 あたしが学校に向かって歩いてると、後ろから声が聞こえたの。
「おっはよぉー、沙希ぃ!」
「あ、ひなちゃん!」
 ひなちゃんは、いつもみたいに笑顔であたしに駆け寄ってきたの。
「ねぇねぇ、知ってる? 昨日聞いたんだけどさぁ……」

《続く》

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