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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
話 春だ、花見だ、沙希ちゃんだ(後編)


 翌日の朝。
 ピピピピピピピピ
 目覚まし時計がけたたましく鳴ってる……。
 あたしは、半分寝ぼけたままで、目覚まし時計に手を伸ばしたの。
 と、
 ピピピピッ……
 急に止まっちゃった。あれ?
 まぁ、いいかぁ……。
「うにゃぁ、もうこんな朝早くから鳴らないでよぉ。私、眠いんだからぁ……むにゃむにゃ
 よくないっ! 今の声誰っ!?
 あたし、静かに身をずらしてベッドから降りると、カーテンを引っ張った。
 シャッ
 カーテンの隙間から、夜明け前の白々とした光が入ってきて、あたしの部屋を照らしだす。
「は、葉澄ちゃん!?」
 どどどどど、どうして葉澄ちゃんがあたしのベッドで寝てるのぉ!?
「うみゃぁ、お姉さまぁ……」
 枕を抱きしめて頬摺りしてる。
 ……起こさない方がよさそうよね。うん。
 あたしは、こそこそと部屋から出たの。

 そう、今日早起きしたのは、お弁当作ろうと思ったからなのよね。
 お花見と言えば、お弁当だもん。
 えっと、参加するのは、あたしも入れて18人よね。
 18人分かぁ。ま、根性入れて作ってみるわ!
 取りあえず、ご飯を……普通主人くんにお弁当作るときは1合よね。それじゃ……18合炊けばいいのかな?
 ……って、18合!? うちの炊飯器、1升しか炊けないよぉ。
 急いでやれば、2回炊けるかな? よぉし、まずはお米洗おうっと。
 ぜいぜいぜいぜい。
 で、出来たぁ……。
 あたしは、最後のお弁当に蓋をすると、そのままテーブルに突っ伏しちゃった。
 さ、さすがに18人分……。途中で起きてきたお母さんや葉澄ちゃんにも手伝ってもらったけど、それでもこの量は、さすがに……。
「こらこら、沙希。寝てないで、このお弁当を届けなきゃならないんでしょ?」
「そ、そうよね」
 身を起こしたとき、タイミング良く電話が鳴った。
「あ、私が出ます!」
 葉澄ちゃんが玄関にバタバタと走っていったの。
 あたしは起きあがって、取りあえずお弁当を袋に詰めはじめたところで、葉澄ちゃんが子機を持って、バタバタと戻ってくる。
「お姉さま、あいつからですっ」
「あいつ?」
 あたしは子機を葉澄ちゃんから受け取って、耳に当てたの。
「もしもし?」
「あ、虹野さん? 主人だけど。まだ家にいたの?」
「う、うん。ちょっと準備に手間取っちゃって……って、もうこんな時間!?」
 答えながら時計に目を走らせて、あたし大あわて。だって、もう10時過ぎてるんだもの。
「ご、ごめんなさい! 今から出るから!」
「あ、今から出るなら、直接公園の方に行ってくれないかな。俺達ももう学校出発するから」
 本当は、学校に集合して、みんなで公園に移動する予定だったのよね。
「うん。そうする。みんなにもごめんなさいって伝えておいてくれないかな?」
「オッケイ。で、虹野さんがこんな時間まで家にいるってことは、当然期待してもいいんだよね?」
「うん。お昼ご飯は買わないでも済むようにしたから」
 あたしが答えると、主人くんは笑って言ったの。
「了解。それじゃ、公園で」
「うん。本当にごめんなさい」
「いいって。じゃ」
 ピッ
 電話を切ると、あたしはお母さんの方に視線を向けてびっくり。もうちゃんとお弁当をビニール袋に詰め終わってるんだもの。
「なぁに、驚いた顔して。婦人会じゃいつも100個以上詰めてるんですから、これくらいどうってことないわよ」
 さすがお母さん。あたしなんてまだまだよね。
 「私も行きますぅ」という葉澄ちゃんを振りきって、あたしは自転車を押してきらめき中央公園に着いたの。
 うわぁ、昨日と打って変わって、今日はお花見しに来てる人がいっぱいいるぅ。
「あ、マネージャー! 来たっすね?」
 公園の入り口に取りあえず自転車を止めたあたしに、声が聞こえたの。あたしは振り返った。
 入り口の柱のところに森くんと、……美樹原さん?
 あたしは、荷台からお弁当を降ろしたの。お、重い……。
「あ、手伝うっすよ」
 駆け寄ってくる森くんと、その後をちょこちょこと着いてくる美樹原さん。あ、森くんのシャツの裾をしっかり握ってる。可愛いな、そういうのって。
 でも、どうして美樹原さんが?
 あたしの顔を見て、森くんはお弁当のビニール袋を軽々と持ち上げながら笑ったの。
「俺が誘ったっす。キャプテンに聞いたら、かまわないって言ったし」
「ご、ごめんなさい。森さんが誘ってくれたから……」
 雑踏のざわめきにかき消されそうな声で謝る美樹原さん。あたしは慌てて両手を振ったの。
「ううん、いいのいいの。部外者だって歓迎だもん」
「よく言った沙希! それでこそマネージャーのカガミ!」
 ……この聞き慣れた声は、まさかぁ……。
「ひなちゃん? どうしてひなちゃんがここにいるのよぉ!?」
 振り返ると、ひなちゃんがにこにこして立ってる。その右手にあるのは使い捨てカメラ?
「見てのとおり、お花見なのだ」
「なのだって、ちょっと……」
「まぁまぁ、みんな待ってるし、ささっと行こう!」
 そう言ってさっさと歩きだすひなちゃん。
 あたしは森くんに尋ねたの。
「ねぇ、もしかして……」
「あ、多分当たりっす。人数、増えてるっすよ」
「……そうなんだ」
 お弁当足りないよぉ。どうしよう?
「お、マネージャーのご降臨だぁ!」
「うぉぉぉぉぉ」
 パチパチパチパチパチ
 な、なんなの?
 えっと、ひのふのみの……30人近くいるじゃないのぉ。
「ごめんね、虹野さん。勝手に押し掛けちゃって」
「え? あ、藤崎さんまで……」
「主人くんに誘われちゃって」
 苦笑気味に、シートに座った藤崎さんが言う。隣の主人くん、ちらっと先輩達の方を見て、これまた苦笑。
 ははぁん。きっと先輩達に「お前、幼なじみだろ? なんとか連れて来いよ」とか言われたのね。藤崎さん、上級生の間でも人気あるもんね。
「こっちこそ、ごめんなさいね。無理に誘っちゃったんでしょ?」
 あたし、藤崎さんの隣に座って頭を下げたの。
「ううん。私はちょうど暇だったし。それに、メグも森くんに誘われたって言ってたから」
 藤崎さんは、森くんの背中に隠れるようにしてる美樹原さんの方に視線を向けたの。
 そっか。藤崎さん、美樹原さんのことも心配で、来たんだ。いいなぁ、こういうの。
 それに較べて、あたしの悪友はぁ……。
「ん? どったの、沙希?」
 チキンナゲットをくわえて、あたしの方を見るひなちゃん。あたしは一つため息ついて、肩をすくめるの。
「なんでもない」
「そ? あ、そのジュースあたしのだってば!!」
 それはそれとして……。
 あたしは、藤崎さんに「ごめんね」と会釈してから、田仲キャプテンのところに駆け寄ったの。小声で言う。
「キャプテン、すいません。お弁当、人数分しか作ってこなかったんです」
「まぁ、人数がここまで増えるとは俺も思ってなかったからなぁ。しょうがない。前田、江藤、服部、森、お前らそこらの屋台で何か買ってこい!」
「ええ? 俺達がですかぁ?」
「それなら、あたしが……」
 立ち上がろうとしたあたしをキャプテンは「まぁまぁ」と止めると、前田君たちに言ったの。
「お前ら、マネージャーにこれ以上仕事させる気か?」
「任務了解しました! 前田以下4名、コレより食料調達に発進します!」
 ぴっと敬礼してそう言うと、前田君はおそるおそる尋ねたの。
「つきましては、司令。その、予算が……」
「しょうがねぇなぁ。ほれ」
 キャプテンは、財布から5000円札を出して、前田君に渡したの。
「酒はだめだぞ」
「了解であります。では!」
 そう言って、4人は走っていったの。あ、服部君が声かけてる。
「清川、お前も来いよ」
「ええ? どうしてあたしがぁ」
 そう言いながらも立ち上がる清川さん。付き合いいいのよね、清川さんって。
「んじゃ、ちょっと行って来るっす」
「あ、はい。わかりました」
 こっちは待たせておくのね、森くん。確かに、美樹原さんをこの人混みの中に連れていったら、迷子になっちゃいそうだし。
 あたしは、そのまま森くんを見送っている美樹原さんに声を掛けたの。
「美樹原さん」
「きゃ。は、はい、なんでしょう?」
 おどおどとこっちを見る美樹原さんに、あたしは笑いかけたの。
「いいのいいの、そんなに緊張しないで楽にしてて。あ、藤崎さんあそこにいるわよ」
「詩織ちゃん?」
 きょときょとしてから藤崎さんに気がついた美樹原さん、そっちに駆け寄っていく。
 きっと今まで緊張してて、他のことは目に入ってなかったんだろうなぁ。
 藤崎さんと話してる美樹原さんを見ながら、そんなこと考えてると、不意に後ろから肩をポンと叩かれたの。
「え? あ、主人くん」
「お疲れさま」
 笑って言うと、主人くんは持っていたコップをあたしに渡したの。中にはジュースが入ってる。
「とりあえず、乾杯」
「そうね」
 あたしは主人くんのコップと縁を合わせて、乾杯の真似。
「乾杯、っと」
 あ、喉乾いてたから、美味しい。
「昨日にもまして、綺麗な桜だねぇ」
 主人くんは頭上の桜を見上げたの。
「ホント……。あ。」
 ヒラヒラと落ちてきた桜の花びらが、あたしのコップの中に入ったの。
「なんだか風情があるね」
「そうだね……」
 ぐー
「……」
「……」
 あたしたちは顔を見合わせて、くすっと笑っちゃった。
「まだ風情より食欲ってところかな。あはは」
「うふふふ、そうね。前田君たちが今買い出しに行ってるから、もう少し待っててね」
 前田君たちが帰ってきたところで、おもむろに田仲キャプテンが立ち上がったの。
「静まれ、皆の者静まれぇい!」
 皆が雑談をやめてキャプテンの方を見ると、キャプテンは咳払いをして言ったの。
「今日は、きらめき高校サッカー部の懇親会に多くの人が集まっていただきまして……」
「長いぞキャプテン!」
「ひっこめぇ〜」
「えーおほん。それでは今日のスペシャルゲスト、1年A組の藤崎詩織さんを紹介しよう」
「え?」
 不意に名前を呼ばれてキョトンとしながらも立ち上がった藤崎さん。
「えっと、藤崎詩織です。公くん……主人くんに誘われて来ました。御邪魔だと思いますけれど、よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げる藤崎さんに、みんなが拍手する。
「さて、それでは我がサッカー部の誇るマネージャー、虹野くんが得意の腕を振るって弁当を作ってくれた。そう、皆も知ってる「虹弁」だ!」
「うぉぉっ!!」
 な、なんなのぉ? その歓声は?
 そのどよめきをさっと腕をふって鎮めると、キャプテンは言ったの。
「だが、残念ながらこの虹弁、18個しか用意できなかった」
 しゅん。
「というわけで、誰がこの虹弁を食べるか、だが……、ここはやはりジャンケンで決めようと思う。勝ち残った者から上位18名ということで……」
 大騒ぎしながら、お昼ご飯も終わって、みんなでおしゃべりなんかしてるうちに、時間も過ぎていったの。
 来年のサッカー部についていろいろ話してた田仲キャプテンが、時計をちらっと見て呟いた。
「そろそろかな?」
 つられて、あたしも時計を見ると、もう午後3時。
 キャプテンは立ち上がると、ぱんぱんと手を叩いた。
「はい、注目! そろそろお開きにするぞ」
「はぁーい」
「んじゃ、皆ゴミを拾え。燃えるものはこっち、燃えないものはこっちだ」
「おー」
 みんなでやると、やっぱり早いの。あっという間にゴミは袋に集められちゃった。
「よし、それではこのゴミは1年で学校まで持って帰って捨てること。では、解散!」
 そう言って、お花見はお開き。
 先輩達がそそくさって帰るのを横目に、前田君がごみ袋を前にして言ったの。
「帰り道に学校を通るのは誰だ?」
「しょうがねぇなぁ」
 主人くんが、ごみ袋を下げて言ったの。
「それじゃ、私も……」
「藤崎さんにごみ袋を持たせて道を歩かせたら、俺達が何て言われるか判りませんよ」
「なら、俺はいいのか?」
「主人は却下」
「どぉしてぇ〜」
 主人くんが情けない声をあげて、みんながドッと笑う。
 あたしも笑いながら言ったの。
「あたしも手伝うわ。ほら、あたし、自転車で来てるし」
「マネージャーが行くなら俺も!」
「俺はいいのか?」
「主人は却下」
 またドッと笑うみんな。
 結局、残った1年みんなで行くことになっちゃった。
 学校のごみ捨て場にごみを捨ててると、どこからか桜の花びらが飛んできたの。
「あ、桜……」
「本当。綺麗ね、やっぱり」
 藤崎さんが、すっと手を伸ばして、桜の花びらを掴んだの。
 ……やっぱり、絵になるよね。
「虹野さん」
「え? あ、はい」
 不意にあたしの方を見て、藤崎さんはくすっと笑って言ったの。
「いよいよ、あたし達も上級生になるのよね」
「うん……」
 なんだか、実感わかないけど、そうなのよね。もうすぐあたし達は2年生で、そして新しい1年生が入ってくる……。
「お互いに、頑張りましょうね」
 笑って、藤崎さんは右手を出したの。
「そうね」
 あたしも笑って、藤崎さんの手を握ったの。
「おーい、詩織、虹野さん、何してるんだ? もう帰るよ」
 主人くんが、グラウンドの向こうから叫んでる。
 あたし達は顔を見合わせて、なぜかクスッと笑ったの。
 こうして始まった春休みは、あっという間に終わって、
 そして、あたし達のきらめき高校生活は、2年目に入ったの。

《続く》

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