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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 とりあえず、ライバル宣言!

始業式の翌日の昼休み。あたしがお弁当を片手に廊下を歩いてると、主人くんの教室をのぞき込んでる娘がいたの。
オレンジがかった茶色の髪をリボンで結わえてポニーテイルにしてる、活発そうな娘。1年の娘よね。
でも、どこかで見たような……。
あ。思い出した! 昨日の朝すれ違った、早乙女くんの妹さんだわ。
早乙女くんを捜してるのかな?
あたしは話しかけてみた。
「あの……」
「はい、何れすか?」
その娘はくるっとこっちを見たの。やっぱり、どことなく早乙女くんに似てるよね。
「あなた、早乙女くんの妹さん?」
「はい、そうれすけど」
ちょっと舌足らずっぽいしゃべり方をしてる。だけど、それも似合ってるって感じね。
「あ、ごめんなさい。私、虹野っていいます。早乙女くんとは中学の頃から知り合いなの」
「……」
な、何かな?
その娘、じぃっとあたしを見てる。ううん、見てる、なんてもんじゃなくて、睨んでるっていう方が正しい感じ。
あたし、何か悪いことしたのかな?
「……早乙女優美れす」
ぺこっと頭を下げて、またあたしをじぃっと見てる。あーん、どうしてよぉ?
「えっと、あの、その……」
「……」
「おい、優美、何やってるんだ?」
「あ、お兄ちゃん?」
よかったぁ。早乙女くんが来てくれて、優美ちゃんは早乙女くんの方に向き直ったの。あたし、ほっと一息。
「あ、虹野さん。公のやつならもうすぐ来ると思うぜ」
「!」
その瞬間、優美ちゃんは早乙女くんとあたしを交互に見たの。なんだかムッとしてる顔して。
もう、一体何なのよぉ?
「あ、虹野さん」
後ろから主人くんの声がしたの。あたしは振り返った。
「主人くん、こんにちわ」
「先輩、こんにちわ」
優美ちゃんの声。へぇ、優美ちゃん、主人くんのこと知ってたんだ。ま、そりゃそうよね。主人くんと早乙女くん仲良いし。
「やぁ、優美ちゃん。昨日はどうもでした」
「えへへ」
優美ちゃん、にぱっと笑う。なんか可愛いよね。
「先輩、これからお昼ですかぁ?」
「え? ああ、虹野さんが弁当作って来てくれてるから」
そう主人くんが言ったとき、優美ちゃんがまたじろっとあたしを睨んだの。
もしかして、優美ちゃん主人くんのこと……?
「そうれすか、残念れす。優美、先輩に食堂案内してもらおうと思ってたのに」
「なんだよ、食堂なら俺が……」
言いかけた早乙女くん、不意に顔をしかめて、そのままうずくまっちゃった。
「ゆ、優美、それはやめろって……」
「お、おい、好雄、大丈夫か?」
「大丈夫れす。いっつもこれくらい、すぐに起きあがってますから」
あっさり言う優美ちゃん。本当に大丈夫なのかな?
「とにかく、今日はこっちが先約なんだ。ごめん」
「それじゃ、明日は案内してくらさいね。約束ですよぉ。それじゃ!」
優美ちゃんは主人くんにぱっと手を振ると、あたしにはあっかんべーをして、そのまますたたっと走って行っちゃった。
うーん。
あたし達、苦笑して顔を見合わせたの。
「それじゃ、主人くんも昨日初めて逢ったの?」
「そうなんだよ」
主人くんは、イカフライをぱくっと食べながらうなずいたの。
「昨日の朝、校門のところでね。まぁ、好雄に電話したときに声だけは聞いてたんだけど、実際に逢ったのはそれが初めてだよ」
「そうなの?」
「うん。あ、お茶くれる?」
「あ、はい」
あたしはお茶をコップについで渡しながら、言ってみたの。
「可愛い娘よね」
「そうだね」
主人くんは微笑んでうなずいたの。
あたしは、何故か胸がキリッと痛くなったの。
「……そうね」
とりあえず、そう答えるのが精一杯だった。
「どうしたの? 虹野さん」
「え?」
気がつくと、主人くんがあたしの顔をのぞき込んでた。
慌ててあたしは首を振ったの。
「なんでもないよ。沢渡君の勧誘しなくちゃって考えてたの」
「好雄の言うことが正しければ、その秋穂って娘が鍵だね」
「うん。今日にでも逢ってみようと思ってるんだけど……」
放課後になって、あたしは廊下に出たの。
今日は、秋穂って娘に逢ってみなくちゃって思って。
つい最近まで毎日歩いてた、1年の教室。でも、なんだかもうあたし達のいた場所じゃなくなってるのよね。なんていうか、雰囲気が違うの。なんだか不思議だなぁ。
そう思って歩いてると、急に声をかけられたの。
「あの、虹野先輩ですか?」
「え?」
振り返ると、緑色のロングヘアの女の子があたしに近寄ってくるの。見たことない人だけど……1年生よね?
「うん、あたし、虹野だけど、あなたは?」
「あ、ごめんなさい。私、館林美鈴っていいます。姉達がいつもお世話になってます」
ぺこっと頭を下げると、その娘は顔をあげたの。
え? 館林?
「もしかして、館林先生の妹さん?」
「はい。あと、見晴もうちの不肖の姉です」
そう言って苦笑する美鈴ちゃん。うーん、そう言われれば何となく二人に似てるような気がするなぁ。
でも、館林さんの妹さん、かぁ……。
あ、そうだ。美鈴ちゃんなら知ってるかも。
「あの、館林さん、秋穂さんって知ってる?」
「秋穂みのりって娘なら、同じクラスですけど。でも、中学も違うし、昨日初めて会ったばかりだから、どんな娘かまでは知らないです」
はきはきと答える美鈴ちゃん。
「そうなんだ……」
「秋穂さんに何かご用なんですか? あ、もしかして先輩、放課後生意気な後輩を校舎裏に呼びだしてヤキ入れようってんですか?」
「ちょ、ちょっと、変な事言わないでよ。人聞きの悪い」
あたしは慌てて手をぱたぱたと振ったの。美鈴ちゃんはクスッと笑った。
「そうですね。虹野先輩ってそういうこと出来ないだろうし」
「え?」
「こう見えても、人を見る目はあるんですよ、あたしは」
そう言ってにこっと笑う美鈴ちゃん。うーん、なんだかあなどれない感じ。さすがに館林先生の妹さんね。
「あ、ほら虹野先輩、向こうからくるのが秋穂さんですよ」
急に美鈴ちゃんは、あたしの後ろを指したの。あたしは振り向いた。
栗色のカールした髪を揺らしながら、女の子が歩いてくる。髪の左右に大きな髪留めをしてるのが、とっても目立ってる。
あの娘が、秋穂さんなんだ。
「ありがとう、館林さん。それじゃ」
あたしは美鈴ちゃんにお礼を言うと、そっちに駆け寄ろうとした。
その時、不意に横から呼び止められたの。
「虹野先輩。お話がありますれす」
「?」
そっちを見ると、優美ちゃんが腕を組んで立っていたの。
「あ、優美ちゃん、ちょっと今は……」
あたし、断ろうとしたんだけど、優美ちゃんじっと睨んでるし……。ええい、もう。
「わかったわ」
あたしは肯いたの。そのあたしの後ろを、秋穂さんは何も気づかずに歩いて行っちゃった。あーあ。
あたしは優美ちゃんの後に続いて、校舎裏にやってきたの。
4月といってもまだ日蔭に入るとちょっと肌寒いな。
「ねぇ、優美ちゃん、一体何の用なの?」
あたしが訊ねると、優美ちゃんはくるっと振り返ったの。
「虹野先輩、主人先輩とはどういう関係なんれすか?」
「どういうって、そりゃ……」
半分予想してた質問だったから、いつものように答えようとしたんだけど……。
「単なるサッカー部員とマネージャー! それ以上ではないわっ!」
とんでもない方から声が聞こえたの。とんでもない方って、つまり……。
「上?」
あたし達が見上げると、校舎の窓から見慣れても妙な髪型の娘が顔を出していたの。
「誰れすかっ!?」
もちろん知るわけない優美ちゃんが叫ぶ。
「謎の美少女館林見晴よっ!」
……自分で“謎の美少女”って名乗る辺り、やっぱり館林先生の妹だなって思うわ。
「そこの1年生、今行くからちょっと待ってなさい!」
そう言うと、見晴ちゃんは首を引っこめた。と、微かに声が聞こえてきたの。
「館林さん、危ないことは……」
「未緒ちゃん、これは女の戦いなの! というわけで、部長にはよろしく言っておいてね!」
「ああっ、ちょっと……」
パタパタパタパタパタ
なんだかなぁ……。
しばらくして、見晴ちゃんが駆け寄ってくると、そのまま息を切らして壁に手を突いたの。
「あの、大丈夫れすか?」
あまりの様子に、優美ちゃんが声をかけてる。
見晴ちゃんは「心配ない」って風に手を振って、しばらく呼吸をととのえてから、顔をあげると、やにわにあたしをぴっと指したの。
「い〜い? この虹野沙希はね、主人くんとは単なる同じ部活の部員とマネージャーで、それ以上ではないのよ!」
「でも、お弁当作ってましたよ!」
優美ちゃんもぴしっとあたしを指して、見晴ちゃんに言う。
「それはね、単なるこの娘の癖なのよ!」
「癖……れすか?」
優美ちゃん、きょとん。あたしも、目をぱちくり。
それにかまわず、見晴ちゃんは言葉を続けるの。
「そうなのよ。この娘はね、なんだか知らないけどそういう癖があってね、主人くんにお弁当を作ってくる事自体にはそれほどの意味はないのよ! そうよね、虹野さんっ!」
「え? えっと、そのぉ……」
急に話を振られて、あたし詰まっちゃった。だって、ねぇ……。
優美ちゃんはじろりっと見晴ちゃんを見たの。
「そういう館林先輩はどうなんれすか?」
「え? あの、えっと、そのそれはねぇ……」
いきなりしどろもどろになる見晴ちゃん。ご丁寧にかぁっと真っ赤になって、つんつんと指を突き合わせながら小声で呟く。
「あたしは、その、えっと、あ、ほら、なんていうかぁ……」
「関係ないんれすね!」
ぴしっと言う優美ちゃん。でも、見晴ちゃんは顔をあげないの。
「やだ、そんなことないよぉ。もうやんやん」
「……あの、もしもし?」
あたしがおそるおそる声を掛けてみるけど反応無し。はぁ、こりゃだめだわ。
「とにかく!」
優美ちゃんはあたしにぴっと指を突きつけたの。
「虹野先輩は優美のライバルれすからね! 優美、負けませんから!」
「あ、うん」
何となく反射的にうなずいちゃったあたしを置いて、優美ちゃんはそのままばたばたと走って行っちゃったの。
はぁ……、何となく疲れたなぁ。
「お疲れさま、虹野さん。うちの新入部員が迷惑かけたわね」
「え?」
その声に顔をあげてみると、鞠川さんと十一夜さんが立ってたの。
「あ、鞠川さんに十一夜さん」
「ども」
「こんにちわ」
鞠川さんは軽く手を振って、十一夜さんはぺこっと頭を下げて、それぞれ挨拶。
あたしは、まだトリップしてる見晴ちゃんをちらっと見て、二人に駆け寄ったの。
「鞠川さん、新入部員って、優美ちゃんのこと?」
「そうよ」
「まだ、内定だけどね」
横から十一夜さんが口をはさむ。
「内定?」
「うん。優美ちゃん、去年の中体連で、女子バスケ県大会まで出たのよ。身長的にはちょっと小柄だけど、それを補って余りあるスピードを持ってるからね。鍛え方では全国を狙えるって言われてるくらいだもの」
「そうなのよ。現にきらめき高校にも、スポーツ特待生で入ってきたんだから」
「すごいんだぁ!」
十一夜さんの言葉を聞いて、あたし、びっくりしちゃった。
あ、スポーツ特待生って、文字通りスポーツ優秀な人を取る制度でね、毎年数人しか取らないの。去年は清川さんがスポーツ特待生で入ってきたのよね。
「それで、バスケ部内定なんだ。納得」
あたしはうなずいた。男の子だったら絶対勧誘してるところだなぁ……。
「あ、もうこんな時間。恵、あたし達も行かないと」
「そうだね。うん」
二人は腕時計を見てうなずき合ったの。それから、鞠川さんがあたしの方を見て言う。
「虹野さんも良かったら来ない? ちょっとした見物かもよ」
「見物?」
「そ。うちの新兵器のね」
そう言って、鞠川さんは微笑んだの。
体育館に入ると、ちょうどバスケ部の人たちが出てきたところだったの。
なんだかおしゃべりしてるみたい。
「ったく、鞠川も物好きだねぇ。あんなちびっ子、役に立つと思ってるのかな?」
「そうそう。ま、最近ちょっと生意気だから、いい機会だよ」
「あのちびっ子と一緒に鼻をへし折ってやればいいって。あはは」
と、その中の一人が口笛吹いたの。
「お、ちびっ子の登場だぜ」
あたしもそっちの方を見たの。
体育館の入り口に優美ちゃんと鞠川さんが立ってる。あ、優美ちゃん、ユニフォームがぶかぶかみたいで、腰で縛ってる。多分、鞠川さんのを借りたのね、あれは。
「なに、それ。あははっ」
「ほんとにちびっ子だねぇ。変なの」
優美ちゃんは、そんな先輩達をちらっと見ると、鞠川さんに訊ねたの。
「で、どういうテストをするんですか?」
テストって入部テストなのかな?
「そうねぇ。じゃ、こうしましょう」
鞠川さんは、コートをくるっと見回して、言ったの。
「先輩6人に入ってもらって、5分以内に1ゴールでも出来たら合格。もちろんあなた一人でね」
「優美一人れすか?」
ちょ、ちょっと鞠川さん、そんな無茶な……。
「そんなの、誰も合格しないよ。特にそんなちびっ子じゃね」
先輩達も笑ってる。
「これで合格するなら、十分でしょ?」
鞠川さんはそう言うと、優美ちゃんの肩をぽんと叩いたの。
シューズの具合を確かめてる優美ちゃんを見てると、不意に後ろから肩を叩かれたの。
「よ」
「え? あ、主人くん」
振り返ると、主人くんが来てたの。でも、練習はどうしたの?
あたしの言いたいことが判ったみたい。主人くんは肩をすくめたの。
「いや、戎谷に呼ばれてさ。なんでも優美ちゃんの真価を見たけりゃ、来いってさ」
「戎谷くんに?」
そういえば、戎谷くんって男子バスケ部だったよね。あんまり練習に出てこないくせに上手いんだって鞠川さんが嘆いてたの、覚えてるもの。
あたしは手短に、優美ちゃんが入部テストを受けることになったことを説明したの。
「……で、5分以内に1ゴール出来たら合格ですって」
「入部テストねぇ。サッカー部にはそんなのなかったんだけどなぁ」
そりゃ、部員少ないから、ふるい落とす必要なんてないんだもの。……ちょっと空しいな。
「お、始まるぞ」
主人くんの声に、あたしは視線をフィールドに戻す。
バン、バン、バン
優美ちゃんがボールを2、3回ついてる間に、先輩達がフィールドの中に入りはじめたの。
訊ねる優美ちゃん。
「アップしなくてもいいんれすか?」
「そんなの、する必要もないだろ」
「ふぅん」
その時、優美ちゃんが微かに笑ったような気がしたの、あたしだけかな?
「じゃ、始めます!」
ピッ
鞠川さんがホイッスルを吹いた。
「行っくよぉ! ターボ!」
ダッ
え? ええっ?
一瞬、優美ちゃんの姿が見えなくなったの。
ううん、いきなりダッシュしたんだ。それも、すごい勢いで。
「え?」
「ど、どこに行った?」
「この、ちょろちょろっと!」
伸ばされる手をかいくぐり、優美ちゃんは一気にゴールの真下に走り込んだ。
「てぇい、と見せかけてぇ」
今の、フェイント? ゴールすると見せかけて、くるっとボールを回して、一人の手をかわしてシュートする。
バァン
ボールがゴールのネットを揺らした。
ピィッ
鞠川さんが笛を吹いた。ストップウォッチをちらっと見て、言う。
「12秒。さすがね、早乙女優美ちゃん」
「まーかせて!」
ガッツポーズ。
後ろで先輩達が驚いた声を上げてる。
「早乙女優美って、去年の中体連の得点王の?」
「確か、特待生で入って来たんだっけ?」
「なんでそれを早く言わない!」
鞠川さんは回りの先輩達を見回して言ったの。
「先輩方、文句はありませんよね」
「……ああ」
あれ? 優美ちゃん体育館から出ていこうとしてる。どうして?
パチパチパチ
主人くんが急に拍手したの。そのまま優美ちゃんに歩み寄って、声をかけてる。
「かっこいいじゃん、優美ちゃん」
「あ、ありがとうございますぅ」
優美ちゃん、立ち止まるとにぱっと笑ったの。
「わかったでしょ?」
鞠川さんはにこっと笑った。
「男の子って、女の子が輝いているところが好きなんだから」
「はい、優美、バスケ部に入りますぅ。ううん、入れてくらさい!」
優美ちゃんは鞠川さんの手を握った。
「よぉし、これからがしがししごいてあげますからねぇ」
「えー? 優美、やだなぁ」
「大丈夫? 優美ちゃん。奈津江ちゃんは厳しいからね」
「そんなことないわよ。私って優しい先輩だからね」
アハハハ
みんな笑った。
うん、なんだかすごく青春してて、いいなぁ。
でも……。
あたし、その時、みんなの真ん中で笑ってる優美ちゃんに、なぜかとても複雑な思いを感じてた。
どんな思いなのか、自分でもよくわかんないくらい、複雑な……。
《続く》

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