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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 新戦力と新マネージャー

キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴って、放課後。
あたしは席を立って、教室を飛びだしたの。
今日こそ、沢渡くんと秋穂さんに話をしなくちゃ。ここ何日か、いろいろあって話できなかったんだもの。
廊下を駆け抜け、階段を駆け下りて1年の教室の前までやってくると、取りあえず深呼吸する。
すーはーすーはー、よし!
えっと、沢渡くんたちのクラスは1年A組だったよね?
あたしは教室をのぞき込んだ。
あ、ちょうど秋穂さんが男子生徒と何か話しながらこっちに来る。
「どうしてあたしがそんなことしなくちゃならないのよぉ?」
「頼むからさぁ」
男子生徒が頭を下げてる。なんなのかしら?
あ。秋穂さんと目が合っちゃった。
「先輩、ですよね。何かご用ですか?」
「うん。あたし、サッカー部のマネージャーをしてる虹野沙希っていうんだけど、ちょっと秋穂さんと沢渡くんに話があるの」
「俺にですか?」
秋穂さんに頭を下げてた男子生徒が顔をあげたの。なるほど、この人が沢渡くんなんだ。
「そう。立ち話もなんだから、ちょっと食堂にでも行かない?」
「私はかまいませんけど……」
「俺も」
うなずく二人。最初から断られなくてよかったぁ。
「で、何のご用ですか?」
食堂のテーブルに向かい合わせに座ると、早速秋穂さんがあたしに尋ねたの。
「うん。有り体に言っちゃえば、サッカー部の勧誘なんだけど……」
「沢渡くん、良かったわね。早速お誘いが来たじゃない」
「いや、俺は、その……」
少しためらってから、沢渡くんはあたしに言ったの。
「あの、虹野先輩、俺をサッカー部に入れてくれるなら、この秋穂もマネージャーとして入れてくれませんか?」
「な、何て事言うのよ! 私はそんなつもり、ないですよ!」
秋穂さんは、慌てて立ち上がると言ったの。
「第一、沢渡くんがサッカー部に入ることと、私がマネージャーになることと、何の関係があるっていうのよ?」
「それは、えっと……その」
言い淀む沢渡くん。
あたしはポンと手を叩いたの。
「それじゃ、秋穂さん、沢渡くん。二人とも、体験入部ってことで、どうかな?」
「体験、入部ですか?」
「そ。1週間だけやってみて、それでいやだったら、辞めてもらっていいわ。以後、サッカー部は二度と勧誘しないから。これで、どう?」
「……」
秋穂さんは少し考えてから、うなずいたの。
「判りました。どうせ、他にやることもないし」
「うん、これで決まり、と。沢渡くんもそれでいい?」
「あ、はい」
沢渡くんはうなずいたの。
「というわけで、沢渡くんと秋穂さんです」
「うぉぉぉ、新マネージャーだ!!」
「ありがたや、ありがたや」
「めらっさめらっさ」
早速、秋穂さんを囲んで大騒ぎになってる。んもう、しょうがないなぁ。
「ほらほら、みんな騒いでないで、練習始めなきゃだめでしょ!」
あたしが手をパンパンと叩くと、みんなは「へぇ〜い」って答えて、部室を出ていったの。
後には、目をパチクリさせた秋穂さんと沢渡くんが残ってる。
「あ、ごめんね、二人とも。あ、主人くん」
「新入部員だって?」
ちょうどそこに入ってきた主人くんは、ボール籠からボールを出すと、沢渡くんに渡したの。
「俺は主人。よろしくな」
「あ、はい」
「それじゃ、早速だけど、まずはどれくらい出来るか見せて欲しいんだ。来てくれないか?」
「わかりました」
そう言うと、沢渡くんはちらっと秋穂さんを見て、出ていったの。
秋穂さんは椅子に座りこんじゃった。
「虹野先輩、私、馴染めないと思います」
「まぁまぁ、やってみないと判らないわよ。さぁて、まずはお洗濯っと」
ちくちくちくちく
「こうやって、くるくるっと回して、ぷちん、と」
糸切り歯で糸を切ると、秋穂さんはユニフォームをパンと広げたの。
「これでよし」
「秋穂さん、お裁縫上手なんだ」
あたし、感心しちゃった。
「ちょっと手先が器用なだけですよ」
秋穂さんはそう言うと、ユニフォームを机に置いて立ち上がったの。
「秋穂さん?」
そのとき、外でどよめきがあがったの。
「な、なに?」
あたしは部室から出て、グラウンドの方に駆け寄ったの。
グラウンドに駆け寄ると、あたしはそこにいた前田くんに訊ねたの。
「ねぇ、なにかあったの?」
「あ、虹野さん、それが、すげぇんだ」
前田くんはゴール前を指したの。
あそこにいるの、主人くんと、沢渡くん?
「あの沢渡ってやつ、やっぱり噂通りすげぇよ。テストってんで、PKやらせたんだけどさ、これが百発百中。森が反応できねぇんだもん」
興奮気味にしゃべる前田くん。
「森くんが反応できないの?」
「ああ。主人のPKでも、3発のうち2発は止める森が、だぜ」
江藤くんもうなずいてる。
「先輩、行っていいですかぁ?」
「いいっすよ!」
あ、沢渡くんが蹴るわ。
森くんは、パンとグローブを叩いて、身構える。
それを見てから、沢渡くんがボールを蹴る。
バァイン
わぁ!
あたしも思わず見とれちゃった。ボールはふわっと上がると、ジャンプした森くんの指先をかすめて、ゴールネットを揺らした。
綺麗な、本当に教科書に出てきそうなループシュート。
「すげぇ、本当に入れやがった」
「これで10本連続だぜ、おい」
「ほぉ」
その声に振り返ると、賀茂監督が腕を組んで沢渡くんを見てたの。
「監督……」
「あいつは? 新入部員か?」
「あ、はい。1年の沢渡くんです。あ、それから、マネージャー候補の……」
言いかけて、声が小さくなっちゃった。去年、あたしが受けたマネージャーのテストのこと、思い出しちゃったから。
秋穂さん、それほどマネージャーに乗り気じゃなかったみたいだし、あんなテストさせられたら、すぐにやめちゃうんじゃないかな? あたしは、どうしてもサッカー部のマネージャーをやるんだって思ってたから、できたんだけど……。
「マネージャーをやりたいっていう1年生が来たのか?」
「あ、はい……。1年A組の秋穂みのりって娘で、今部室でユニフォームを縫ってもらってますけど……」
「そうか。それじゃ、その娘は虹野、お前に任せるぞ」
「やっぱりテストするんで……、え?」
思わず聞き返したあたしに、監督は苦笑して言ったの。
「あいにく、今年はテストできるほど汚れ物もたまってないし、部室も綺麗に片づいてるんでな」
そういえば、あたし洗濯と掃除をさせられたんだったっけ。今は、あたしが洗濯も掃除もちゃんとやってるから、そこそこ綺麗だもんね。えへん。
それじゃ……。
「というわけで、虹野、お前がその秋穂って娘をテストして、マネージャーとしてやっていけるかどうか見極めてみろ」
「あ、はい。取りあえず、監督に紹介しますね」
あたしはそう言うと、部室に走っていったの。
「秋穂みのりです。よろしくお願いします」
秋穂さんはペコリと頭を下げたの。
「えっと、とりあえずまずは1週間、試験採用っていうのかな、うん、そういうことでマネージャーお願いしました」
あたしがそう説明すると、田仲キャプテンが訊ねたの。
「秋穂くん、なにか中学の時スポーツしてた? いや、マネージャーもなかなかの激務だからさ」
「あ、はい。中学の時は硬式テニスしてましたから」
「先生、質問!」
「誰が先生だ、誰が?」
たちまち、みんなが秋穂さんを質問攻めにしてる中、あたしは不意に違和感を感じて、部室を見回したの。
すぐに理由はわかったの。
主人くんが、いなかった。
もしかして!
あたし、そっと部室を抜けだした。
バィン
ボールを蹴る音がした。そして、ゴールネットの揺れる音。
やっぱり。
主人くん、独りでPKの練習してたの。
前田くんの言った言葉を思い出す。
「主人のPKなら3発に2発は止める森が、手も足も出ないんだぜ」
……主人くん……。
あたしは、夕日に赤く染まるグラウンドで、ボールを蹴り続ける主人くんを、じっと見てた。
ずっと……。
《続く》

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